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「俺は魔法使いだよ」

 ジョン・アークライトは、脱線した車中で、重く伸し掛る瞼を無理矢理こじ開けた。

 体中に鈍い痛みが走る。どうやら全身を打っているようだ。


「……いってえ……」


 ジョンの眼前では、衝撃により割れた蛍光灯が、バチバチと火花を散らしている。

 視界の上下には窓ガラスの割れた新幹線の壁が見え、左右には通路が見えた。

 そこまでを認識したとき、ジョンは現在の状況を悟った。


 ――国立第四魔法学校(クロフォード)へと向かう列車が、蒼き龍の群れに襲撃され、横転したことを。


「龍が……なんで……」


 掠れた声で、そうつぶやく。

 事態は未だ把握できていないが、このまま寝そべっているわけにもいかない。いつ、先ほどの龍が来襲するかも分からないからだ。

 ジョンは、軋む体に鞭を打ち、無理やりに体を起こす。寝惚けた頭を強引に覚まし、見据えた景色に、彼は戦慄した。


「……なんだよ、これ……」


 シートを杖にして立ち上がって見た光景は、惨憺(さんたん)たるものだった。

 電車の金属質な破片が散乱し、怪我をした人々の血も散見された。

 不幸中の幸いというべきか、国立第四魔法学校(クロフォード)へと赴く若い学生が多く利用していたため、老齢の人間の姿は、少なくともジョンからは見えなかった。

 もっとも、この車両だけ特別で、他の車両――例えば特等席とか――に、身動きの取れない老人がいる可能性も否定できなかったが。


「まったく……出鼻を挫くようなマネしやがって」


 ジョンは、悪態――というよりも、自嘲気味に軽口を叩いた。

 そもそも、龍という人語が解せるかどうかも分からない存在を罵ったところで、事態が好転するわけではない。

 むしろ、ジョンとしては、不謹慎な話ではあるが、子供の頃からよく観ていた、「ピンチな状況を切り抜けていくヒーロー」になったようで、ほのかな高揚感さえもあった。

 彼の名が「ジョン」という、ありふれていながらも、同時に映画のヒーローによくある名前であったのも、その一因である。


 とにかく、この場に留まってはいられない。

 この車両の横転の原因は、確かに龍による仕業かもしれないが、まだ見ぬ第三勢力が、虎視眈々とこの車両を狙っている可能性も否めない。

 なにせ、未来のエリートとなるやもしれぬ人材が大量に乗る電車だ。当然その中には、両家の御子息、御令嬢も多数いることだろう。それだけでも襲うには充分すぎる。

 一刻も早い対応が求められていることを悟ったジョンは、椅子席をかき分けるようにして、後部座席を目指すことにした。


「ちょいとごめんよ」


 と、壁に寝転がっている、おそらく気絶したと思われる生徒たちを跨いでいく。

 本来であれば、すぐにでも手当をしたいのだが、事態が事態であるだけに仕方ない。

 決して、「もし悪党がいたら、是非とも俺の力で撃退したい」と焦っているわけではない。本当である。


 気絶している人の頭や体を踏まないように気を付けながら、車両の後部を目指す。

 散乱したガラスの凹凸が、パリパリとした音を靴底に響かせた。

 そうして、ついに、後ろの車両へと連結するドアにたどり着いた。

 幸い、電気制御から手動開閉モードに切り替わっていたため、多少力を入れて引っ張るだけで開けることができた。


 ジョンは慎重に車内を歩いていく。

 明かりが付いていないため、中は暗い。

 客室ではなく、トイレや喫煙室がある車両であるため、窓が少ないのだ。

 それでも、なんとか部屋の端を把握できる程度の光量は確保されているため、前後不覚には至らない。

 そうして、両手で壁を伝い、奥へと進むジョンに。


「――ッ」


 ――後頭部に、なにやら冷たく、硬い感触。

 ――そして、喉元には、黒く輝く魔法のナイフ。


 早い話が、二つの凶器をいっぺんに突きつけられたのだ。

 ジョンはそこで両手を上げ(ハンズアップ)、敵意が無いことを悟らせる。

 身動きを取らずに時を待ったが、その凶器が下げられることはない。

 やがて、目の前の、ゴシックロリータに身を包んだ少女が、ジョンに問うた。


「あなた、この先になんの用?」

「まともな神経をしてたら、こんな状況で黙ってられねえと思うが?」

「悪いことは言わないわ。ここから立ち退きなさい」

「お前に決められる道理はねえだろ」


 ジョンと少女はにらみ合う。

 ジョンは、どうやってこのお嬢様を退かそうかと思案する。

 目の前の少女とは別に、ジョンの後頭部に突きつけられているもの――おそらく、拳銃――がある以上、うかつに動くことはできない。

 そこで、ジョンはあえて、横柄な態度で話を進める。


「まあまあ、そう怒んなよ。銃を突きつけられてはビビッて話もできやしねえ」

「そう言って、この手を下したが最後、力づくで通り抜けるんでしょう?」

「なんなら羽交い絞めにでもするか? 後ろの――えっと、男か女かは分からねえけど」

「悠長に交渉なんてしている暇はないわ!」


 どうにもこうにも話がまとまらない。

 ジョンに拳銃を突きつけていたメイド、エルナは、その膠着(こうちゃく)したようすに、ハア、とため息を吐く。


「エリーゼ様、そのような水掛け論をされるよりも、もっと建設的な方向へ話を進めませんか?」

「だから、コイツが退けば――」

「エリーゼ様」


 なおも強引に話を持っていこうとするエリーゼを、エルナは止めた。普段は見せぬその静かな気迫に、エリーゼは珍しく口を閉ざす。

 エルナは、複雑そうな、……悲しげな瞳で、滔々とエリーゼに語る。


「そう言って……また、要らぬ悲劇を繰り返すおつもりですか?

 お母さまが……それを望まれますか?」

「……」


 エリーゼは唇を噛んだ。しかし、エルナの言葉も一理あると捉えたのか、魔法のナイフを下ろした。

 ――そのナイフを、しまうことはなかったが。

 エルナも、ジョンの後頭部から拳銃を下ろした。

 ジョンは、あえて両手を上げた状態のまま、後ろの人物に問う。

 年齢・外見は分からないが、声音から、恐らく女性だろう、と判断した。


「お前は話が聞けるみてえだな。名前は?」

「エルナです。苗字はありません」


 エルナは素っ気なくそう返した。

 次いでエリーゼがジョンに問う。


「あなた、名前は?」

「俺かい? ヘヘッ、聞いて驚け。いつかはこの世界の頂点に立ち、まるっと平和へと導く――」

「そういうのいいから」

「アッハイ」


 ジョンは素直に頷いた。


「俺はジョン・アークライト。サウスディグノ出身」

「サウスディグノ……ねえ」


 ……その地名を聞いた途端、エリーゼの表情に、小馬鹿にしたような愉悦が浮かぶ。

 エリーゼは「サウスディグノ」という地名を知っていた。

 それは、彼女が博識だから……というよりも、テレビのニュース等でたびたび取り上げられる、いわば貧困地域の代名詞であったからだ。

 ダイナの国の北部に位置する、経済・産業・そして魔法使いの誕生率――どれをとっても下位に属する地域。

 また、「魔法石」という、魔法使いの道具である「魔導具」に使われる宝石の採掘地域でもあるのだが、市場や企業の構造から、どうにも経済発展へと結びつかない不遇の地でもある。


 彼――ジョン・アークライトが「サウスディグノ」出身だと聞いて、まさか魔法使いではないだろうと勘繰ったエリーゼは、居丈高な態度をよりいっそう強くした。


「そう……。なら、この先には近づかない方がいいわ。なにせ、龍が飛び交ってるんだもの。あなたなんかが行ったって無駄死にするだけよ」

「それはお前も同じじゃないか?」

「……私の名前を知っても、同じことが言えるかしら?」


 少女――エリーゼは、侮蔑するように、ジョンを睨む。

 「デーベライナー」という姓。

 人々から忌み嫌われ、軽蔑される家柄。

 その名を示すのは、相手に恐れを抱かせる以外のなにものでもなかったが――同時に、自らの、権力とはまた別の意味の力、「能力」を、一言で表すものでもあった。

 なにせ、デーベライナーの一族は皆、百戦錬磨の鬼才ばかりが集っていたのだから。


 本当ならば、不用意に明かしたくなかった、自らの苗字。

 しかし、この場においては仕方ない。

 恐怖と、その実力――その両方を示すため、エリーゼは、あえて名乗る。


「私はエリーゼ。エリーゼ・デーベライナーよ」

「……」


 ――その言葉に、ジョンは目を丸くした。

 ややあって、ジョンは言葉を返す。


「……え、なにそれ?」

「……」


 ……。

 ……あれ、おかしいぞ?

 「デーベライナー」を……知らない?

 いやいや、そんなはずはない。

 なにせ、他国にまで知れ渡るほどの、悪名高き一家なのだから。

 悪名高すぎて、エリーゼの容姿に惚れて言い寄った男子も、軒並み退散してしまうくらいなのだから。

 たぶん、聞こえなかったのだろう。

 そうに違いない。

 ……そうであってほしい。

 仕方なく、エリーゼは、もう一度、自身の苗字を告げる。


「デーベライナーという姓……知らないとは言わせないわよ?」

「存じ上げておりません」

「い、言い方の問題じゃなくて!」

「なあ、エリーゼ……だっけ? よく分かんねーけど、そろそろ行っていい? マジでもうそろそろ龍が来るかもしれないから」

「ちょ、待ちなさい!」


 エリーゼは肩で息をし、なんとしても目の前の大バカ者(ジョン・アークライト)を引き留めようとする。

 ――まったく、これだから田舎者は……!


「いーい? 言っとくけど、龍ってそうとう強いわよ? あなたなんかに歯が立つかしら? デーベライナーの名を知らないほどの田舎者に?」

「そうだな。でも、この車両には魔導人形が積んであるんだろ? それを使えば俺だってなんとかなる」

「あなたなんかに……使わせるわけないじゃない。魔法を使えない一般人なんかに。資源の無駄も甚だしいわ」


 エリーゼはこれ見よがしにジョンを睥睨したが、対するジョンも、まるで退(しりぞ)く素振りを見せない。

 それどころか――ジョンは、エリーゼにとって、衝撃的な事実を告げる。


「俺は魔法使いだよ」


「!……」


 ――その、言葉に、エリーゼは目を見開く。

 エリーゼが硬直した隙をつき、ジョンは車両の奥へと走っていく。


「あ、ちょ、あなた!」


 エリーゼはジョンの後ろへと駆け出すが――


「ぐぇっ」


 ――エルナに襟首を掴まれ、美少女としてそれはどうなんだろうという感じのうめき声を吐いた。


「エルナ……苦しい」

「落ち着いてください、エリーゼ様。あの男と協力しましょう」

「はあ⁉ 協力⁉ なに言ってんの⁉」


 激昂するエリーゼを、エルナは窘める。


「エリーゼ様がお怒りになられる気持ちも分かります。ですが……彼の言っていることは、どうにも本当のようです」

「アイツが魔法使いだってこと?」

「ええ。ですから、ここはひとまず、彼と共に、龍を調査、場合によっては撃退されたほうがよろしいかと」

「……仕方ないわね……」


 エルナの理路整然とした説得に諭されるエリーゼ。

 渋々ではあったが、仕方ない。

 それに、もし、先ほどの男が、悪の手先ではなく、本当に国立第四魔法学校(クロフォード)の生徒だった場合、後で学校側からエリーゼに処罰が下される恐れもあった。

 正直なところ、エリーゼとしては、学校を退学してしまってもよかったのだが――あんな男のために、誇り高きデーベライナーの家名に傷を付けるのも、それはそれで癪だった。

 そこまでの理由付けをして、初めて、エリーゼはジョンと協力することを承服する。


 正直に言えば、気にくわないのだ。

 あんなにも、明るく、阿呆な男が。

 エリーゼが歯噛みをする中、不意に、ジョンから声が響いた。


「おーい、魔導人形があったぞー!」

「ホント⁉」


 聞き返すエリーゼ。

 しかし、彼と協力するという屈辱があるためか、足取りは重い。

 エルナは、そんなエリーゼの背中を後押しする。


「さあ、行きましょう。いつまた、あの龍が襲撃に来るか分かりません」

「……はあ、こんなことなら一本早く乗るんだった」


 エリーゼは、呆れ気味にそう呟いた。



 車両の中間部分まで渡ったところに、魔導人形の出撃室はあった。

 4基のカプセル型のポッドが並んで配備されており、通路を挟んだ反対側の部屋には、簡易的な更衣室が設えらえてあった。

 本来ならば、その更衣室での着替えをするのだが、事態は急を要するため、ジョンはジャケットとTシャツを脱いだだけだった。


「俺は先に行ってる! お前は後から来い!」

「私に命令しないで! あんたと一緒に行くわ!」

「俺の力を甘く見るなよ! 足止めくらいにはなる!」

「急に弱気な見積もりしないで⁉」


 そんな軽口を交えつつ、ジョンはポッドのハッチを開け、中に入った。

 電車の蛍光灯が消えているので、ポッドの電気も途絶えているのではと思ったが、予備用の電力が積んであるのか、問題なく動いた。


 ジョンはコックピッドのような内装をサッと眺め、起動用の電源を見つけ、オンにする。

 ハッチが閉まり、一瞬、辺りが闇と静寂に包まれる。

 ……かと思えば、ポッドの下部にある排熱用のファンが回り、基盤を走る電気がヂヂヂと音を鳴らした。


 ポッドのシステムバージョン情報がパパッと表示された後、簡素なインターフェースと共に、転送先の情報が表示された。

 ジョンは迷わず、ハッチ裏面の画面に浮かぶ、「出撃」のボタンを押した。


 直後、耳を突くような高音。

 そして生じる、浮遊感。

 ジョンの意識は、魔導人形へと「転送」される。


 エリーゼも、ジョンの後を追うようにして、ポッドに乗り込んだ。

 機器を操作する傍ら、エルナに命令する。


「あんたはここで見張ってなさい。誰かがやってきて、生身(ほんたい)を攻撃されたら困るからね」

「ご武運を。エリーゼ様」


 エルナに見送られ、エリーゼも魔導人形に意識を転送した。

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