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「彼の夢のその先を、見ていきたいと思ったの」

 ジョンとエリーゼは、生徒会室へと足を運んでいた。ザックはというと、細々とした事務処理がまだ残っているらしく、職員室へと引き換えしてしまった。

 ザックを見送った後、ジョンとエリーゼは共に国立第四魔法学校(クロフォード)の廊下を歩いていた。

 ジョンの横を歩いていたエリーゼは、やや顔を斜めに上げるようにして、ジョンに問う。


「生徒会室には行ったことがあるの?」

「一回だけな。同好会申請書を出しに行ったときに」

「ああ、すげなく断られたときね」

「いちいち古傷を突くような注釈を加えなくていいから」


 エリーゼを同好会に勧誘したときにも説明した通り、同好会の開設は2名以上でないと申請できない。最初に生徒会に乗り込んだときは、まさに、それを理由に断られたのであった。

 だいたいさー、とジョンは愚痴っぽく続ける。


「あの会長ムカつくんだよな。リクトってヤツなんだけどさ。知ってる?」

「ええ、もちろん。この国立第四魔法学校(クロフォード)きっての英才でしょう? 入学説明会でも登壇してたわね。

 国立第四魔法学校(クロフォード)の試験を、900点満点中、876点という、前人未到の好記録ハイスコアで合格した逸材。たしか……歴代一位なんだっけ?」

「そうそう。まあ実力があるのは認めるけどさー、あからさまに人を下に見てくんだよ。最初に申請書を提出しに生徒会室に来たときも、『貴様キサマは同好会創設に必要なものをまるで揃えていないようだが、それを承知で意見をしに来たのだろうな?』とか言っちゃってさ。フツーに『同好会の創設は二人以上じゃないとダメだ』って教えてくれりゃあいいのにさ」


 ジョンの意見に、エリーゼは同意する。


「まったく、性格悪いヤツもいたものね」

「ホントだよな、そういうのエリーゼ(おまえ)だけで十分なのに」

「ジョン、その申請書、私に渡してくれない? 大丈夫、破いたりしないから」

「嘘つけお前の右手から魔力が溢れてるゾ」


 そんなやりとりを交わしつつ、二人はいよいよ生徒会室にたどり着く。

 生徒会室は本校舎の一角にあるが、生徒たちの喧騒からはやや離れた、静かな場所に佇んでいる。

 生徒会室前の掲示板には、今月の標語やら、活動目標、そして意見箱など、どの学校でも見慣れたものが備わっていた。

 これが普通の学校であれば、肝心の部屋の中も、わりと和気藹々《わきあいあい》とした雰囲気の中、役員たちが談笑する光景が広がっているのだろうが、こと国立第四魔法学校(クロフォード)に関しては違っていると断言できる。

 単純に、生徒会長が《《あの》》リクトであるというのもそうだが、なにより他の一般的な生徒会と違うと感じさせる要因に、その重々しい玄関があった。

 牛皮のような赤茶色の革が特徴的な、仰々しい大扉。

 ドアノブは金色に輝いており、日本らしさをあまり感じさせない重厚さがあった。

 思わずノックすることさえも尻込みしてしまうような、ある種の圧迫感。

 それは、権力の象徴というよりは、「この程度で引け目を感じてしまうようなら、はなから門を叩くな」と、言外に訴えているようであった。

 こんな扉を採用させるところからも、生徒会の、国立第四魔法学校(クロフォード)に対する強い影響力をうかがわせる。


 ……まあ、ジョンに限っていえば、そんなものはまるで意味をなさないのだが。


 ジョンはドアをノックしようと扉に近づいた。

 ――が、不意に、その大扉が勢いよく開かれた。

 さすがのジョンも驚いて、ドアからサッと退く。


「た、助けてええええ!」


 そう、情けない悲鳴を上げながら、生徒会室から転がりでてくる男がいた。

 思わず「ヒッ」と悲鳴を上げ、ジョンの背中に隠れるエリーゼ。

 上級生だろうか、ややせ形のその男は、這う這うの体で生徒会室から飛び出してきたかと思うと、一目散に駆け、逃げだしてしまった。

 廊下の角に消えたその影を、茫然と眺めるエリーゼ。彼女は恐る恐る問う。


「……なに、今の?」

「……いや、知らんけど、おおかたリクトにコテンパンにやられたんじゃねえの」

「……生徒会って、暴力団か何かなの?」

「違うけど、そんだけ恐ろしいヤツだってこった。

 同室にいたナターシャって女は『いつものこと』って言ってたが」

「私の常識いつもとはまるで違うのだけれど……」

「いいから、グダグダ言ってねえで行くぞ」

「あ、ちょ、待っ」


 心の準備をしようとしたエリーゼの抵抗も空しく、ジョンは、ドアノブをゴンゴンとノックする。そりゃもう無遠慮に。

 エリーゼがちょっと心配そうな顔をする中、数秒後、部屋の中から声が届いた。


「入れ」


 そう、ドア越しのくぐもった声が、ジョンの耳に届く。

 それを聞いたジョンは、意気揚々とドアを開く。

 そこには、畏怖や謙遜などをまるで感じさせない、鈍感とも言えるほどの堂々とした気迫があった。

 ジョンは、ドアを突き飛ばすように開け、開口一番声を張り上げる。


「邪魔するぜ!」

「ああ、まったくもって邪魔であること甚だしい。早急にご退室願いたいのだが」

「おいおいリクトちゃーん、少しくらい話を聞いてくれてもいいんじゃないの~?」

「黙れ。ただでさえ任務が詰まっているというのに、貴様の言葉を解するという行為に脳の容量を使う気はない」

「ヘイヘイ、そうですか。じゃあポンとハンコだけ押してくれや? それで帰るから」

「なんの精査も無しに要求を通せだと? 莫迦か貴様は。猿だってもう少し慎重に物事を見定めるぞ」


 ガヤガヤと、一進も無ければ二審もなく、三振ばかりの指針に、エリーゼはこめかみを抑えつけた。

 どっちがヤクザだ、とエリーゼは胸中で呟いた。

 ジョンとリクトが口論する傍ら、エリーゼは室内を見回す。

 生徒会室は、ちょうど通常の教室一つ分の広さを有していた。

 一言でその部屋を表現するならば、「学校の校長の応接室に、上流IT企業のワーキングスペースを足して二で割った感じ」、だろうか。

 中央には、長いテーブルと、それを挟むようにして長い高級そうなソファが設えてある。

 周囲には、金・銀のトロフィーや症状がかけらているシックな棚や、おそらく生徒会役員の私物が納められているクローゼット。奥にはなにやら怪しげな扉。

 部屋の奥には、生徒会長、リクトの執務机があり、リクトはその席に座っていた。

 ナターシャはというと、リクトの背後に、ともすれば寝ているのかと思われるほど寂然じゃくねんとした様子で佇んでいた。

 リクトもナターシャも、これでなかなか顔が良い。まあ、そんなのは、エリーゼの気にするところではなかったが。

 エリーゼは、リクトの机に体を預けるようにして肘をつくジョンに、ひと声かける。


「ジョン、イチャコラしてないでさっさと用事を済ませなさいよ」

「事実無根の誤解を生まないで⁉」

「……まあ、見る人が見ればそうとも取られかねないけどね」


 そうツッコミを入れたのは、宝石のような蒼い長髪を持つ少女、ナターシャであった。背丈はエリーゼよりやや低いが、足腰がスリムなせいか、心なしか高く見える。

 彼女は、硝子ガラスのような精緻な声音で、ひどく気だるげにつぶやく。


「あなたは……エリーゼだね?」

「……そうだけど、なにか?」


 エリーゼが頷くと、陽光を背に椅子に座っていたリクトが驚異した。


「エリーゼ……! 君も来ていたのか」

「来ちゃあ悪い?」

「いや、驚いただけだ。まったく……、このような破天荒な男が同好会を創設するための人間を引っ張って来たというから、どのような逸材が来るかと思ってみれば……。……まさか、君が来るとはな」

「お褒めにあずかりまして」


 皮肉に皮肉で返す、エリーゼ。互いに互いを罵倒しあっているにも関わらず、言葉だけは綺麗だ。

 エリーゼは、改めて、現生徒会長のかんばせを睨んだ。

 ――なるほど、ひどく憎たらしい顔をしている。

 特に、いかにも聡明っぽい感じにかけている眼鏡が、余計にエリーゼの癪に障った。へし折ってしまいたい。

 ともあれ、エリーゼは、自己紹介を始める。それはある意味で、間合いを図るための牽制の意もあったが。


「あなたがリクトね? 私はエリーゼ。エリーゼ・デーベライナーよ」


 あえて威嚇するように、「デーベライナー」という苗字を強調するエリーゼ。

 だが、紹介された二人は、既にエリーゼのことを知っていたらしく、大した驚きも見せなかった。


「君のことは知っている。今年の入学試験を、成績トップ、かつ歴代11位という好成績で合格した才女だろう? ジョン(こいつ)とは違って」

「エリーゼを引き合いに出して遠回しに俺をバカにするのやめてくんない?」

「気のせいだ」「気のせいよ」「自意識過剰だね」

「なんでそんなときだけ同調シンクロするの⁉」


 あと一人だけやたらと辛らつだった。誰とは言わないが。

 ガックリと肩を落とすジョンを、まるでフォローする素振りすら見せず、さっさとスル―して、エリーゼはリクトの傍にはべる少女に尋ねる。


「それで……、あなたは秘書かなにか?」

「まあ……そうだね、明確な肩書かたがきではないけれど」


 ナターシャはそう言うと、エリーゼの方へ体を向け、自身の胸に手を当てた。


「入学式のときにしたと思うけれど、もう一度自己紹介するね。

 私はナターシャ。『アナスタシア・ヴィクトロヴィチ・フルメヴァーラ』。この生徒会の書記をしているの」

「そうなの、随分と大任を担っているのね?」

「リクトは忙しいからね。本人の性格はどうであれ、その思想は尊敬しているつもりだから」


 しれっとリクトを問題児扱いするナターシャ。

 エリーゼは顔をしかめてつぶやく。


「揃いも揃って口が悪いヤツばかりね」

「え、お前がそれ言う?」


 ジョンが素で聞き返した瞬間、間髪入れず、エリーゼはジョンの足を踏み抜いた。

 ちょうどヒールの部分がぶっ刺さり、声にならない悲鳴を上げるジョン。

 しかし、三人はまるで意に介さず、ゴキブリを見るような目で睥睨した後、再び論議に戻った。あんまりである。


「しかし、驚いたぞ、エリーゼ。なぜまた、このような馬鹿で愚鈍で粗暴な人間に力を貸そうと思ったのだ?」

「お前ら俺をこき下ろしてそんなに楽しいか」

「まあ馬鹿で求道ん粗暴な人間であることは否定しないけれど」

「いや否定しろよそこは⁉」

「しかもコイツ、復唱したぞ」

「……でもね」


 散々ジョンを弄ったエリーゼであるが、しかし、ふと、真剣な声音をリクトたちに見せる。

 足の痛みを抑え、なんとか立ち上がったジョンの手を握り、エリーゼは答える。


「……彼の夢の、その先を見てみたくなったの」


 普段の傲慢なエリーゼとは違い、今のエリーゼは、なんだか怯えているように見えた。

 ジョンの手を握るエリーゼの肌は、汗ばみ、熱がこもっている。

 唇も、わずかながら震え、普段のような瑞々しさがなかった。


 ……それでも、彼女は。

 一歩を、踏み出す。

 自身の、変えようが無いと諦めていた、希望のために。


「こんなしょうもない男だけど、……こんな、底辺で、弱くて、それでいて言うことだけは一人前の無謀な男だけれど、何物にも代えがたい、大事なモノを持っているの。


 《《絶対に折れない、強い志よ》》。私はそこに惹かれたわ。


 だから、私は、コイツになら、力を貸してやってもいいかなって、そう思ったの」

「……」


 エリーゼの、強い意志を感じる物言いに、リクトは少しだが、されてしまった。

 ナターシャも、珍しく目を開いていた。

 ついでに言うと、ジョンもビックリしていた。エリーゼが、自身のことを、そんな風に思っていたとは、想像もつかなかったからだ。

 ジョンは内心、「かーらーのー?」とオチを期待していたが、それすらなく、余計に気恥ずかしくなった。


「……なるほど」


 リクトは眼鏡をクイと直し(エリーゼが小さく舌打ちした)、それから指を組み、机の上に置いて、ジョンを見据えた。

 ジョンの、ともすれば不遜ともいえるほどの堂々とした姿を、銀縁の眼鏡に映す。

 それからリクトは、改めて、ジョンから渡された用紙を手に取り、「ふむ」と相槌を打つ。


「……確かに、以前、私が言った通り、『同好会の創設申請には2名以上の初期メンバーが必要』という条件は満たしてある」

「それ以外だって、ちゃんと隙なく書いてあるはず――イテテ」


 エリーゼに尻をつねられたジョンは、しぶしぶ口を噤んだ。エリーゼは、これ以上話を逸らしたくなかったのだ。面倒くさいから。

 リクトはジョンに聞こえるように「チッ」と鳴らしたが、もはやその程度の精神攻撃はジョンには効かない。なにを戦っているのだという話だが。

 リクトは、「ハア」と息を吐き、それから腕を組み、ジョンたちに告げる。


「却下だ」


 ……と、短くリクトはつぶやいた。

 生徒会室の空気が、固まる。

 ジョンとエリーゼは、なにが起こったのか分からず、茫然と、リクトの顔を見つめていた。

 聞き間違い……、あるいは、幻聴であってほしい。なんにせよ、「同好会の創設を認めない」という意の言葉であってほしくない、……そんな思いが、彼らの緊張を生む。

 ……だが、リクトの言葉は、変わらなかった。

 彼は、変わらず冷徹な表情で、二人に告げる。

 今度はしっかり、注釈を加えて。


「却下だ。……同好会の申請を受理することはできない」


 リクトは、ハッキリと、明確に、拒絶の意を主張する。

 生徒会室に、暗雲が立ち込めた。

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