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「守りたいものってあるか?」(加筆エピソード)

 幼少の頃、エリーゼは母親に、ある質問をしたことがある。


「お母様、なぜ、デーベライナーは嫌われているの? お父様もお母様も、決して野蛮ではないというのに」


 エリーゼの母、ヴィクトリアは、厚手の本を机に置いた。それから、その事実をどう娘に伝えればよいかと思案した。彼女、ヴィクトリアは、正確にはデーベライナーの人間ではないが、一族の由縁を深く知っていた。

 エリーゼは無垢な瞳で、兎の人形を抱きながら、母の顔を見ていた。ヴィクトリアはフウと息を吐いた。


 ――せめて、良い子に育ちますよう。


 ヴィクトリアは語る。


「それはね、エリーゼ。昔々、私たちの一族が起こした戦いに由来しているの」

「……?」


 エリーゼは、母の言葉の意味をうまく理解できなかったようだ。ヴィクトリアは、その歴史云々よりも、自分たちが何をしたかったのか、語る。


「私たちはね、大切な人を守り、大切な家族を守り、大切な国を守るために戦い――そして、皆から忌み嫌われてしまった。そういう一族なの。おそらく、やり方が悪かったのでしょうね」


 ヴィクトリアは立ち上がり、エリーゼに歩み寄る。目元の鋭さは、父、ジークハルトによく似ている。顔かたちは母親似だった。

 ヴィクトリアは屈み、我が子を抱きしめて言う。


「……でもね、私たちがしてきたことは、――反省すべき点はあれど、決して、間違っていたとは思ってないわ。

 ……だからね、エリーゼ、貴方も、守りたい人、守りたい場所が現れたとき、ちゃんと、命をかけて、それを守るのよ。それがデーベライナーの誇りだから」

「……うん」


 ――言葉の意味は、よく分からなかったが。「守る」というその言葉が、エリーゼの胸に強く響いた。




「……」


 ――エリーゼは、自身が涙をながしていたことに気付いた。

 柄にもなく、昔のことを思い出していたらしい。


 ――まだ、夢も希望も抱いていた頃のことを。



「……あら」


 校内をうろついていたエリーゼは、あの男の姿を見つけた。


「ジョンじゃない」


 と、彼の名を呼ぶ。ジョンは「ん」と振り返った。

 エリーゼの着いた先は小規模なホールとなっており、6つのソファに液晶モニターのテレビが設えられていた。全体的に温かみのあるクリーム色の内装で、近くには飲み物とアイスの自販機が置いてある。ジョンはテレビを見ながらコーラを飲んでいるところだった。コーラのボトルを口から離したジョンは、エリーゼの姿を認め、返事をする。


「おう、エリーゼじゃねえか。暇なのか?」

「授業も終わったしね、やることもないから学校を探索していたのよ」

「なるほどね。ちなみに聞くけどさ、この学校に入る前は放課後なにやってたんだ?」

「自宅に直帰」

「あっ……(察し)」

「なによ、その目。自宅に帰ることがなにか悪いことなのかしら? 親を心配させず、勉学にも打ち込める最高の過ごし方だと思わない?」

「ボッチだったんだな、お前」

「……」


 エリーゼの方から幾筋もの汗が垂れた。明らかに動揺している感じだ。見ればちょっと顔も羞恥気味に赤くなってるし。

 慌ててエリーゼは弁解をする。


「い、いや、違うわよ、ボッチなわけないじゃない。ほら、私ってば優秀だから? あんまり他人と合わせることも無かったし?」

「そもそも他人が遠のいていったし?」

「そうね、ハンナは『エリーゼと勉強しても楽しくない』って言ってたし? ザブリーナは『エリーゼちゃんなんでいつも悪口ばかり言うの?』って言ってたし……? ……レオノーラも『お前と遊ぶくらいなら道端の石に話しかけたほうがマシ』……って、そう……言って……!」


 後半あたりから徐々に語調が弱くなり、終いには涙目になっていた。ジョンはそんなエリーゼの肩を叩き、エリーゼの顔を見ながら、笑顔でこう言った。


「正論だな」

「お前よお! なんだよ! 今のどう考えたって同情するところでしょーが!」

「いや、アレ、激しく同意できるっていうか……。ああ、エリーゼって昔から変わってないんだなって……」

「なにそのムカつく回顧主義!」


 エリーゼはプンスカと頬を膨らまし、腹いせにジョンの右手にあったコーラを奪った。


「あっ、おまっ」


 ジョンは急いで取り戻そうとするが、エリーゼは必死の形相でごくごくと喉を鳴らし、瞬く間に飲み干してしまった。なんというか凄く残念な光景である。美少女としてそれはどうなのだろうか。

 ジョンは唖然としてその光景を見ていた。


「おま……なに全部飲んでんだよ……!」

「……うえっぷ」

「しかもげっぷしやがったしよお……」

「ふうー喉渇いてたからちょうどよかったわー」

「もうなんなんだよお前……」


 エリーゼはコーラのペットボトルをゴミ箱に投げ込んだ。リサイクルのリの字も知らなさそうである。げんなりとした表情でジョンは近くにあったソファに座った。エリーゼもジョンに並んで座る。


「テレビを見ていたの?」


 エリーゼがモニターを指差し尋ねた。ジョンは「ああ」と頷いた。


「国際情勢を知るのは大切なことだろ?」

「そうね、貴方は世界を救うんだもんね。はいはい、偉いえらい」

「うっわあクッソムカつくなあコイツ……!」

「それより面白い番組やってないの? ほら、春物特集とか」

「俺はファッションには無縁だからな……。だいたい、男向けのそういう番組少なすぎだろ」

「そうね、貴方はお笑い番組観てゲラゲラ笑ってそうね」

「ああ、それ、大好き。なんでみんな死んだ目で見るんだろうな?」

「くだらないからじゃない?」

「ハッキリ言いやがった……」


 げんなりとした視線をエリーゼに送るジョン。まあ、コイツと話してもそういう結果になることは目に見えてるな、とジョンは諦念した。


「なあ、エリーゼ」ジョンは問う。「お前、守りたいものってあるか?」

「……」


 ジョンのその言葉に、エリーゼは普段とは違った反応を見せた。ジョンはその微細な変化に気づかなかった。エリーゼは「そうねえ」と語る。


「強いて言うなら、私の一族ね。皆は野蛮だと馬鹿にするけれど、私にとっては何物にも代えがたい宝よ」

「いいじゃねえか」ジョンはニコリと笑った。「俺も家族は本当に大切だな。それから、地元の仲間、友人、地域……。守りたいものはいっぱいあるな」

「なぜ、そんなことを、急に?」

「ほら」ジョンは液晶モニターを指差す。「今って、いろいろ大変じゃん?」


 テレビでは、最近起こった事件を次々と放映していた。どこの国で紛争があっただの、どの地域で殺人事件があっただの――。

 ニュースキャスターは、淡々と情勢を語る。


『――この通り、空賊やその他の武力集団、及びその地域への特需を狙う武器会社により、尚も混沌とした紛争状態は続いており――』


「……でもさ、エリーゼ。世の中には大切な物を守れなかった人間や、……そもそも守る力を持ってすらいない人間が居るんだよ。そんなの……、やり切れないじゃないか」

「……そうね」


 エリーゼも、そのことについては同意だった。それどころか、思い当たる節があるような感じすら見せた。


「私だって、何も考えずにここまで生きてきたわけじゃないわ。今のこの学校の成績だって、大切なものを守ろうと決意した、その結果でもあるもの。

 貴方の言う通りよ、ジョン。血筋で入試は受からないわ。相応の努力はしたつもりよ」

「それでこそデーベライナーだって、そう言われたいよな」

「まったくだわ。これだからデーベライナーだなんて、一生言われたくない」

「だからこそ、さ」


 ジョンは立ち上がる。その両目には何が映っているのだろうか。


「目の前に困ってる人がいたら助けたいんだ。ソイツが手を伸ばしてくる限りな」

「……それが、貴方が同好会サークルを作る理由?」

「その通りだ」


 ジョンは笑って、そう答えた。


「……とっても、素晴らしいわ」


 エリーゼも心から同意した。


元からこのエピソードは書こうと思っていたのですが、1章を書いてるとき頭から抜けてしまっていて……。何気ない会話ですが、この後のエピソードの説得力に繋がるので、みっともないかもしれないですけど補完的な形で挿入させて頂きました。

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