「約束だぜ、エリーゼ」
「……」
カプセルポッドから目を覚ましたエリーゼは、目の前の電子画面を眺めていた。
ポッドがエリーゼの覚醒を認識し、気持ち高めの電子音で勝敗を告げる。
『You Lose...』
ダウナーな音楽と共に、大きな青い文字が浮き出た。
そのあとに、細かな戦績、魔力の消費量などのデータが委細に表示される。
ジョンに敗北したことで、エリーゼの学内レーティングは10.0から7.8に落ちていた。
その表示を見たエリーゼは、苛立たし気に画面をポンポンと叩き、テロップを送る。
最後に、メッセージ音声が流れる。
『お疲れ様でした。これより、ポッドカバーが開きます。荷物のお忘れがないようご注意ください。またのご利用をお待ちしております』
「とうぶん使う気になれないわね……」
戦闘の心的ショックで、エリーゼの脳は鈍痛を訴えていた。
魔導人形が受けた衝撃は、直接エリーゼの体に響くことはないものの、記憶や感覚は共有しているので、斬られたときの痛みと、なにより劣等生に負けたという屈辱感が、エリーゼの肩にのしかかった。
それでもなんとか体を起こし、出撃室を後にし、更衣室へ飛び込む。
戦闘用のスーツを脱いで、ゴシックロリータを乱暴にかぶり、髪を軽く梳かして外へ出た。
通常の運動とは違い、汗はかかないので(まあ冷や汗は若干あるが)、制汗剤の類は必要なかった。
重い足取りで、玄関近くのホールに出ると、ジョンとザックが、ゆうに4・5人は座れそうな大きなソファに、対面するように腰かけていた。
エリーゼ同様、ジョンも先ほどの戦闘にかなりの精神的疲労を感じていたようで、辛うじて意識はあるものの、ソファの上部を枕にしてぐったりしていた。
そんなジョンの様子に苦笑していた教師ザックは、エリーゼの帰還に気づき、「よう」と片手を上げた。
「残念だったな、もう少しだったのに」
「……同情のつもりならやめてくれない?」
「ハッハッハ、そうだな、実に面白い試合だった。実力では彼に勝っていたというのに……、――《《手を噛まれたな》》?」
「細かく感想を言われてもそれはそれで腹が立つわね……」
結局、なにを言われようともイライラしてしょうがないエリーゼなのである。
面倒くさい女って感じですね(違う)。
ついで、先ほどまで「あー……」と声を漏らしていたジョンも、エリーゼの来訪に気づき、姿勢を戻した。
「よっ、エリーゼ。言い訳なら訊くぜ?」
「あんったホンット性格悪いわね……!」
「すまねえな、俺は相手の《《態度》》に合わせて対応を変える性分なんだ」
「へえー? だったらもうちょっと礼儀正しくするべきじゃない?」
「え?(笑)」
「うっわクッソムカつく……」
エリーゼはコホンと息を吐く。
「ほ、ほら、私、これでもお嬢様だからね? そう、例えばメイドや執事が対応するっぽい感じで……」
「この期に及んで未だ妄言を吐かれますか、エリーゼ様」
「いやエルナの態度は真似しなくていいから⁉」
「いつもエルナこんな感じなのか……(困惑)」
冗談で細かすぎて伝わらないモノマネをやったらまさかの完走である。
ふだんの二人のやりとりが気になるジョンであった。
「……にしても、あなた、なかなかやるじゃない」
エリーゼはジョンを称賛した。
もちろん、睨みつけるようなその視線から分かる通り、真っ赤な皮肉であるのだが、ジョンにはまるで通じない。
「お前が人を褒めるなんて珍しいじゃねえか」
「だってそうじゃない? あんな姑息な手段で勝つなんて、その誇りの無さには感嘆の一言よ」
「……言わなかったか、エリーゼ? 『《《勝負に卑怯もヘッタクレもねえよな》》』……って」
「……」
……ああ、そういえば、そんなこと言ってたっけ。
つい数日前、この国立第四魔法学校に向かう新幹線が襲撃されたとき、確かに彼は、そんなことを言っていた。
そのときは、「不意打ちをしてきた空賊たち」に対する、ある種の威勢のようなものだったので、エリーゼはさして嫌悪感を抱いておらず――むしろ、言い訳を口にしない彼の姿勢を評価していたのだが――今回ばかりは違った。
……まさか、《《そういう意味も含まれていたなんて》》。
ハア、とエリーゼは嘆息し、ジョンに問う。
「……まったく、なにが『魔法を扱うのが苦手』よ。土壇場であんな魔法使ってくるなんて……小賢しい」
「魔法? ああ、爆炎のこと?」
「違うわよ、それじゃなくて、地面をこう……グアってやった魔法」
エリーゼは身振り手振りで、地面が急激に隆起し爆発する様子を伝えた。
……が、ジョンは依然として首を傾げている。
「いや……だからそれ、爆炎のことだろ?」
「……ひょっとして、最後のアレも爆炎なの? 体から炎がバーって出てくる魔法……」
「……ああ」
そこでジョンは、エリーゼの疑問に合点がいったようで、手をポンと叩いた。
「ごめんな、エリーゼ。言ってなかった――っていうか、手の内を明かす必要もないから言わなかったんだけど、実は爆炎って、秘密にしてたところがあるんだ」
「そう……、そうなのね。……まったく、あなたがもっと魔法を使うのが得意な人間だって知ってたら、あんな油断はしなか――」
「爆炎ってさ、体全体だけじゃなくて、《《体の一部からでも出せる》》んだよ」
「……」
「……」
「……え、それだけ?」
「うん、それだけ」
「……証拠は?」
「見る?」
「おい、ジョン……」
ザックがジョンを静止する前に、ジョンは腕をまくり、肘から下にかけて炎を出した。
ボッ、……と、腕全体に炎が灯る。
「へぇー……」
エリーゼが、目を輝かせてその赤い焔を見つめる。
――が、次の瞬間。
ざぱあん! ……と、ジョンの体に滝のようなシャワーが落ちた。
一瞬の出来事に、ジョンとエリーゼは静止する。
ザックは「あちゃー」という感じで目を抑えていた。
ジョンの髪から、腕から、ポタポタと雫が垂れる。
その間抜けな光景に、エリーゼはとうとう堪えきれなくなり……。
「ぷ……く、くく……ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
……なんというか、美少女としてそれはどうなんだろうと思わずにはいられない感じで大笑した。
その後も、「イヒヒヒヒヒヒ!」と奇声を上げて、手近なソファに体を預け、クッションシートばしばし叩いていた。
ちょっとバカ受けしすぎじゃないですかね……。
ザックは、髪の無い頭皮をポリポリと掻いた。
「……ジョン、注意が遅れたが、この演習場は火気厳禁でな……。さっきみたいに、火を検知すると、問答無用で水をぶっかけられるのだ……」
「……ありがとう、次は気を付けるよ」
「……ぶっ、……くく……あはははははははははは!!!!」
「うっせえ黙れ!」
「グエーッ」
ジョンがエリーゼの横っ腹に蹴りを入れた。
エリーゼは電撃に打たれたようにのたうち回った。
ご覧ください、この、塩をかけられたナメクジみたいな彼女ですが、これでも今年度の試験をトップで合格した才女です。本当なんです。信じてください。
「……はあ、はあ、い、いい度胸してるわね、こんな美少女を蹴りつけるなんて……!」
「顔は可愛くても中身は不細工だろお前」
「言いたいこと言ってくれちゃってぇ……!」
ガルル、と唸るエリーゼ。
だがしかし自信の態度が美少女然としていないことを悟ったエリーゼは――今さらではあるが――深呼吸し、息を落ち着けた。
ソファに腰を下ろした状態のエリーゼは、背面に背中を預け、背の高いジョンを見上げる。
「……それで、そろそろ種明かしをしてほしいのだけれど?
あなたが《《地面を割った》》その方法を……」
「ああ、あの方法な。なーに、単純だよ」
ジョンは左手を腰に当て、仰々しく力説する。
至極、単純な通りを。
「お前にさ、背中に鎌をぶっ刺されたじゃん。いま思い出してもめちゃ痛えんだけど……。
……その後さ、お前に背中を蹴られている間、俺はただ黙って攻撃を受け続けたと思うか?」
「思う」
間髪入れないエリーゼの反応。
珍しく純粋だな、とジョンは驚いた。
「私の攻撃になすすべなく打ち震えているだけだと思っていた」
「……本当はツッコミの一つも入れたいところなんだが……今回ばかりは誤算だったな!」
ジョンは、ここぞとばかりにドヤ顔をした。
一気にしかめっ面になるエリーゼ。
普段の態度が逆転しているようである。
エリーゼは憎まれ口の一つでも叩きたかったが、いい加減これ以上話の腰を折ると、ジョンが何も喋ってくれなさそうな気がしたので、唇を噛んで皮肉を堪える。
「お前に蹴られている間――、俺は、演習場の地面を掘っていたのさ!」
「地面の下に逃げようと思ってたの?」
「いや、さすがにそんな余裕はないかな……」
それもそれで、奇襲としては面白そうであるが、いろいろと現実的ではない。
第一、潜っている間にグサリとやられるのがオチであろう。
「……っていうか、地面なんてよく掘れたわね。あんな状況で。片手でしょ?」
「だから、最初に土質を確認したんじゃんか。ほら、演習場に来たとき」
「……ああー……」
エリーゼは、かつて、自分が言った言葉を思い出す。
『……止しなさいよ、子供じゃないんだから』
ノリノリで地面をペタペタ触っていたジョンに、エリーゼは呆れて、そう物申した。
こんな歳にもなって砂遊びなんて……と、エリーゼは眉をひそめていたが、実の狙いは違ったのだ。
「ちょうど、昨日、雨が降っててさ、土が柔らかくなってたんだ。だから、片手で穴を掘れたってわけ」
「掘って……それでどうするの?」
「腕を入れた」
「???」
エリーゼは目を白黒させて続きを催促する。
察しの悪いエリーゼを、ジョンは鼻で笑う。
「ヘイザック! こいつズルして試験合格してるぜ!」
「オー、ジョン! そいつァ困ったなあ! ベルクの国へ送り返すか⁉」
「あんたら打ち合わせでもしたの⁉ テレビショッピングみたいに!」
ハア、とジョンはため息をついた。
エリーゼは目を細め舌打ちをする。
「なあ、エリーゼ、水分のたっぷり含まれた土を熱したらどうなる?」
「えっと……、水分が蒸発して、土が乾くわ」
「普通はそうだな。でも、水の分子が、土と土の間をすり抜けるよりも早く熱したら、どうなると思う?」
「……あっ」
――そこまで説明されて、エリーゼは、やっと答えを見つける。
「爆発する……!」
「ご名答」
「……はああ~……」
ジョンが頷くと同時に、エリーゼは肩を落とし、体を弛緩させた。
「……ホンット、まあ、そんな泥臭い作戦を……」
「仕方ねえだろ、こうでもしなきゃお前に勝てなかったんだから」
「……」
そうだ、とエリーゼは納得する。
……と、同時に、ばつが悪くなる。
ジョンに、ここまでの、ある種屈辱的な作戦を取らせたのは、……その原因は、他でもない、エリーゼ自身なのだから。
――私の、要らぬ誇りが、彼をこんな目に合わせてしまった。
――と、同時に……《《救われた》》。
エリーゼの胸中にうずく、ほのかな想い。
結局のところ、試合には負け、勝負にも負けてしまったが……。
――大事なものは、残った気がした。
「……ねえ、ジョン」
「……ん?」
「その……」
エリーゼは、多少顔を赤らめ、上目遣いでジョンに問う。
「あなた……同好会を作るのよね?」
「ああ、そうそう」
ヘヘン、とジョンは得意げに笑い、……それから。
エリーゼに、手を差し伸べる。
「約束だぜ、エリーゼ。俺と一緒に来いよ」
「……ええ」
エリーゼは、小さく頷いた。
ほのかに染まる、透明な頬。
ゆっくりと、その手を差し伸べる。
――あのとき、叩いた手。
今度はしっかり、握り返した。
 




