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「一生そこで這いつくばってろ」

「鎌が……なんで……!」


 ジョンは、背中に走る激痛に、思わずうめいた。

 先ほどの、エリーゼとの戦闘で受けた数々の傷に加え、この致命打である。

 ジョンの背中の隙間から、魔導人形の魔力が、蒸気のように噴き出した。

 ジョンの口からも、蒼い魔力が煙のように漏れ出す。

 体中に気合を入れ、辛うじて持ちこたえているものの、ジョンの体力は、もはや風前の灯だった。

 ジョンは、掠れた視界の中、考える。


 ――なぜ、自分の背中に、エリーゼの大鎌が突き刺さっているのか?


 答えはすぐに出た。


「……ぐッ」


 ジョンは再びあえいだ。

 ……と言うのも、背中に、さらなる痛みが走ったからだ。

 背中に刺さっていた大鎌が、クルクルと回転し、エリーゼの手中に収まっていく。

 その光景を目にしたとき、ジョンは理解する。


 ――そうか、エリーゼの能力だ。


 先ほどから、ジョンは疑問に思っていた。

 エリーゼの、妖精の様に舞う戦闘スタイル。

 その節々で、エリーゼは、鎌を投げ、あるいはけん制として、あるいは投擲物として利用してみせた。

 ジョンはその攻撃を受けながらも、「あの鎌が、自分の手の届かない場所に飛んでいってしまったらどうなるのだろう?」と考えていた。

 もしかしたら、そこに彼女エリーゼの隙があるかもしれない、とも勘繰っていた。

 ……しかし、実際は違った。


 エリーゼは、あの大鎌を、《《いつでも自分の元に呼び寄せることができる》》のだ。

 さながら、縄を引くように。

 そして今回は、エリーゼと、自分ジョンを挟んだ反対側に、大鎌があった。

 エリーゼの元へ飛んで来た鎌が、ジョンの背中に刺さるのは、もはや必然であった。

 そこまでのカラクリを把握したジョンは、悔し気に唇を噛む。


「ふふふ……」


 エリーゼは、ゆらゆらと蜃気楼しんきろうのような所作でたたずむ。

 頬に薄い笑みをたたえ、これからこの男をどう料理してやろうかしら、と舌なめずりをする。

 エリーゼは、荒い息を吐きながら、努めて冷静にジョンに問う。


「……本当に、私に勝てると思っていたの?」

「……ヘヘッ、当たり前だろ?」


 この期に及んでも、ジョンのやる気は衰えない。

 その轟々とした炎は、まだ、静まる兆しを見せない。

 その様子が……また、エリーゼにとって、堪らなく不快で。

 同時に――彼女の嗜虐心サディズムを刺激した。

 ジョンは、なおも威勢よく吠える。

 うつ伏せに、うずくまった体勢のまま。


「俺の漢気を甘く見るんじゃねえぞ……。こんなところで倒れてられっかよ……!」

「……ふうん」


 エリーゼは、ジョンの未だ冷めやらぬ闘志を、冷めた眼差しで蔑視する。


 ――ああ、くだらない。

 ――三文芝居もいいところ。


「行動を伴わない熱意なんて、醜悪なだけよ」

「俺には……これしかねえからなあ……!」


 ボロボロになって、それでも立ち上がろうとするジョン。

 右手を吐き、息も絶え絶えに、なんとか起き上がろうとする。

 ――が。


「フン」


 ガッ! ……と、エリーゼは、ジョンの頭を踏みにじる。


「ぐッ……!」


 ジョンの顔が、地面に押し付けられる。


「クソがあ……!」


 ジョンは、エリーゼに踏まれた体勢のまま、彼女を睨みあげる。

 その双眸そうぼうからは、まだ、負けを感じない。

 忌まわしいほど、キラキラした眼。

 もう、魔導人形がいつ壊れてもおかしくない状態なのに、それでも、勝ちを信じている。

 ――なんて、無謀。

 ――なんて、愚鈍。


 ――なんて、羨ましい。


「えいっ」

「ぐあッ!」


 エリーゼのサディズムが、加速する。

 顔を踏みつけては、いかにジョンのやる気があろうと、すぐに魔導人形が壊れてしまう。

 それでは駄目だ。

 もっと、痛めつけないと。

 もっと、苦しめないと。

 もっと、辱めないと。


 そして――屈服させないと。


 エリーゼは、ジョンの背中、首の根元に近い辺りを、執拗に蹴りつける。


「えい、えい、えいっ」

「ぐ……がはッ!」


 エリーゼの、ほんの軽い一蹴りで、ジョンの痛みは加速する。

 こんなにも簡単に、ジョンを苦しめることができる。

 ……なんて、快感。

 ゾクゾクする。

 とんでもなく、興奮してきちゃう。


 ――彼が降伏するまで、……根を上げ、服従を誓うまで、あと何秒?


 エリーゼは、脳内にアドレナリンをまき散らせながら、狂ったように泣き叫ぶ。


「いいか、ジョン! これがお前の弱さだ! これがお前の無様さだ!」


 ――せっかく、手を差し伸べてくれた相手に、私は牙を向けている。


「お前なんかに、世界が変えられるわけない! 変えられていいはずが無い!」


 ――せっかく、友達になれそうだった相手に、私は恭順を強要している。


「だって……、だって……!」


 ――だって!


「《《私にだって、変えられなかったんだからッ‼》》」


 ガツン! ……と、ひときわ大きな蹴り。

 もはや、ジョンから、うめき声も、泣き声も聞こえない。

 ただ、背中からシュウシュウと漏れる、蒼い魔力のみが、エリーゼの鼓膜を刺激していた。


「……うっ、うう……!」


 エリーゼは、泣いていた。

 もう少しで、ジョンはエリーゼの奴隷だ。

 喜ぶべきなのに――なぜか、ひどく悲しい。

 まるで――昔の弱い自分を、痛めつけているようで。

 ジョンの心を折ろうとしているはずが、……自分の心の方が、先に折れそうだった。



 ずっと、独りぼっちだった。

 父がいて、母がいて、たくさんの使用人がいて。

 確かに、没落気味だったけど――それでも、そこらの家よりはぜんぜん裕福で。

 なにより……とんでもなく恵まれた才能と、誰もが羨むような美貌と、どれだけ努力してもたどり着けないほどの実力を備えていて。


 ――それでも、私は孤独だった。


 手を差し伸べた人は、みんな去って行ってしまった。

 どれだけ最善を尽くしても、結果は同じだった。

 だから――いつの日か、私は、人と友達になることを止めてしまっていた。

 人を信じることすらも、受け入れられなかった。

 全ての人を拒絶して生きていくつもりだった。


 だって……その方が、傷つかなくて済むから。

 要らない悲しみを背負う必要がないから。

 だから、私は、人から離れた。


 ……でも、違うんだ。

 本当は、欲しかったんだ。

 私の血を、嫌わず、避けず、迷わない友達が。

 私のことを、ちゃんと見てくれる人が、欲しかった。


 ただ、それだけなんだ。



「……」


 エリーゼは、ジョンの、ほとんど死体と化した身体を睥睨していた。

 未だ魔導人形が消滅しないということは、まだ、意識があるのだろう。


 ――無駄なことを。


 エリーゼは、そう思った。

 たとえ、ここから一歩でも歩けたとして、そこからどのような攻勢に出ることができるだろうか。

 どれだけ足掻いても、負けは確定している。

 いい加減、こんなつまらない結末を待つつもりはない。

 映画のエンディングは、その映画が嗜好であったからこそ、余韻に浸れるのだ。

 こんなクソ映画のスタッフロールなんか、眺めるだけ無駄だというものだ。

 ハア、とエリーゼは息を吐く。


「……一生……」


 エリーゼは、あらん限りの力を込めて、右足を上げる。

 そして、叫ぶ。


「一生! そこで! 這いつくばってろッ‼」


 ……その瞬間。

 ドン! ……という地響きと共に、土煙が上がった。


「――⁉」


 ――いきなりのことに、エリーゼの頭が、真っ白になる。

 周囲の地面がめくれ、剥離し、熱い蒸気が噴き出す。


 ――なに、なんなの⁉


 エリーゼは、片足を上げた状態のまま、よろめいてしまった。

 さらに、周囲の砂埃がエリーゼの器官に入り、エリーゼはゴホゴホとむせてしまう。


 ――ヤバい!


 蒸気と砂埃で酸素を奪われ、さらに視界も定まらなくなってしまったエリーゼは、とにかく、この危機を脱出するため、上空へと跳躍することにした。

 腰をわずかに屈め、割れた地面を勢いよく蹴る。

 ――そのとき。


 ――頭部に、激痛。


 ――え、と、エリーゼは、声にならない驚嘆を口にする。

 ……いったい、なにが起こっているのか分からなかった。

 突然の事態から繰り出された、突然の死。

 ただ……ひとつ、言えるのは。


 ――《《私が負けた……ということ》》。


 エリーゼは、突如上空から飛来した衝撃により、有無を言わさず、地面に叩きつけられる。

 身体がマヒして、動かない。

 全身が痺れている。

 体が言うことを聞いてくれない。

 それでも……なんとか、事態を確認したくて。

 せめて……《《なぜ負けたのか》》、知りたくて。

 強引に首をひねり、空を見上げる。

 そこには。


「うおおおおおおおおおお‼」


 おそらく、一度、剣を振り下ろしたであろうジョンが――さらに、錐もみ回転をしているところだった。

 遠心力と重力を味方につけ、行動不能となったエリーゼに、トドメの一発を喰らわせる。


「お前の――そのクソッタレな因果!」


 ジョンは、その怒号すらも、剣の重さに変える。


「俺が! この手で! ぶった切るッ!!!」


 ガツン! と強烈な一撃。

 ジョンの大剣が、エリーゼの腹を叩き折る。

 エリーゼの肉体が、上下に両断された。

 瞬間、エリーゼの魔導人形が煌き、やがて分解されていく。

 消滅していく意識の中で、エリーゼは。

 敗北の無念さに、心を震わせながらも。

 どこか――安堵して。


 顔を綻ばせ――泣いていた。

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