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「お前の世界だって、変えてやる」

 ――火ッ⁉


 剣を振りかぶった体勢のジョンから、突如として噴き出た、豪炎。

 ジョンを中心として、ちょうど球形に発露される《《それ》》に、エリーゼは息を呑む。


 ――小癪な!


 エリーゼは、咄嗟とっさの判断でジョンから距離を取ったのだが、結果として、それは幸運だった。

 もう少し判断が遅れていれば、あの豪炎に焼かれていた。

 猛き焔に焼かれる前に、自身の大鎌でジョンを真っ二つにすることも不可能ではなかったと思うが……あの炎は、それこそ質量を持っていそうなくらい、勢いの激しいものだった。

 ジョン(こんな男)相手に、賭けをしてまで勝とうとは思わない。

 というか、賭けないと勝てない相手だなんて、思いたくないし認めたくない。


 エリーゼは、仰向けに地面に転がった後、ゆっくりと起き上がる。

 身体的な外傷はないが、予想外の出来事に、心が荒立っていた。

 対するジョンも、まだ息を切らしているようすは無いが、余裕があるかと言われると、そうも見えなかった。

 エリーゼは、ジョンの出方を窺いつつ、時間稼ぎをするように問うた。


「やるじゃない、あんな魔法を使うなんて……脳筋のクセに」

「まあな、効果抜群だろ?」

「姑息なマネを……」


 エリーゼは歯を噛む。

 先ほど、食堂にて、ジョンは言っていた。

 「俺は、魔法を扱うのがどうも苦手だ」――と。

 もちろん、国立第四魔法学校(クロフォード)の試験に合格するくらいだから、まったく使えないというわけではないのだろう。


 ――だが、それを考慮しても、あの反撃は予想外だった。


 エリーゼが慢心していたと言われれば――悔しいが、確かにその通りだ。

 エリーゼは、ジョンのことを、近接攻撃しか使えない劣等生だと思っていたし、実際、扱える魔法はごくわずかなのだろう。

 だが……《《今回は、それが武器になった》》。

 先ほど、ジョンが仕掛けた魔法――「爆炎フレア」、と言っていたか――は、自信の広範囲に炎を生み出す、いわば「無敵技」。

 もちろん、完璧な無敵技ではないし、どこかに《《穴》》があるのだろうが――どちらにせよ、これで、エリーゼの攻め手は、だいぶ選択肢を絞られた。


 ――まったく、生意気な。


 エリーゼは鎌を構える。

 それを見て、ジョンも、振り下ろしていた大剣を、再びエリーゼへと向けた。

 相手の隙を窺いつつ、エリーゼは、さらにジョンに問う。


「ねえ、私の二つ名――知ってる?」

「二つ名――異名ってやつか?」

「そう、その魔法使いを一言で形容する名前よ」


 エリーゼは、鎌の柄を右手に握り、髪をかき上げる。

 もっとも、魔導人形の機能により、エリーゼの黒く長い長髪は、戦闘の邪魔にならないように、自然と後ろへ流れるようになっているのだが……。

 エリーゼは、心の奥から湧き上がる情動を抑えるように、努めて冷静に語る。


「『漆黒の妖精(ブラック・フェアリー)』……。それが私の二つ名」

「妖精……? なぜ、そう呼ばれている?」


 どちらかといえばゴリラっぽくね? と言いかけた口を、ジョンは慌ててつぐんだ。


「漆黒のドレスをまとい、踊るように敵の攻撃を避け、華麗に舞い、敵を刺す――。私の鎌を用いた連携攻撃セットプレイと、なによりもその軽やかさから、そういう二つ名で呼ばせ――呼ばれていたの」

「いま『呼ばせてた』って言おうとしなかった?」

「空耳よ」

「いや、でもいま――」

「そ・ら・み・み‼」

「分かったからキレんなって!」


 エリーゼの激昂に、ジョンは呆れる。

 ジョン(こちら)の動揺を誘う――というよりも、本心から憤っているらしかった。

 さらに、ジョンは疑問を投げかける。


「っつーかさ、、エリーゼ、その説明だけどさ……」

「……なによ、なんか文句あるの?」

「《《妖精の要素なくね?》》」

「……」

「……どっちかってーと『踊り手』だよな。『漆黒の踊り手(ブラック・ダンサー)』みたいな感じで」

「ダサいからやだ」

「そんな理由⁉」

「うるさいの! 私の舞っているようすが妖精っぽいの! 異論は認めないッ!」

「分かったらキレんな――よッ!」


 ガキン! と、ジョンの大剣とエリーゼの大鎌が交錯した。

 小柄なエリーゼから繰り出される重い一撃に、ジョンの脚が軋む。

 ――が、ジョンも負けてはいない。


「悪ィがテメエの御託ゴタクに付き合ってる暇はェ! 速攻で決着ケリを付けさせてもらうぜ!」

「そんなのォ……こっちの科白セリフだッ!」


 またしても、ジョンの渾身の振りと、エリーゼの大鎌が衝突する。

 エリーゼの軽やかな動きに比べ、ジョンはだいぶ大仰な振りで張り合っているが、ジョンの体力は常人に比べ多いため、チキンレースとまでは行かなかった。

 基本的にエリーゼよりも劣っているジョンは、体力が余っている今のうちに、エリーゼの隙を見つけ、有効打を叩き込み、一気に勝負を決めるつもりでいた。

 そういう意味では、ジョンは若干の焦りを心の隅に抱えていた。

 もちろん……あからさまな有利アドバンテージ狙いは、かえって対策を立てられてしまうため、ジョンの気勢とは裏腹に、作戦自体は慎重であったが。

 そして、エリーゼはというと――。


(こんな……ヤツに……!)


 ――内心、穏やかではなかった。

 思えば、最初の一撃で仕留められると思っていた敵。

 しかしジョンは、確かにエリーゼにあらゆる面で劣っているものの、一進一退の攻防をギリギリのところで演じていた。

 そのことが、さらにエリーゼのかんさわった。


(こんなやつに……手こずるなんて……!)


 田舎者であるジョンに対する、あからさまな劣等感。

 どうしてだろう、追いつめているのは自分であるのに、なぜか、追いつめられている気がする。

 どう考えても、地位も、能力も、容姿も、なにもかもジョンに勝っているのに――なぜか、貶されている気がする。

 先ほど、食堂で交わしたジョンとの会話が、エリーゼの脳裏にこびり付いている。


『さんざん人のことを見下しといて、今さらなに小っちぇえこと抜かしてんだよ。


 調子に乗る(ちょっつく)んならそんくらい笑い飛ばせ』


 その言葉が、エリーゼから、冷静な判断力を失わせる。

 エリーゼの胸中に、言いようのない憤懣を起こさせる。


 ――お前なんかに、何が分かるって言うんだ。

 ――私の苦労なんて、微塵みじんも知らないクセに、偉そうなことを言いやがって。


 ……その思いと共に、エリーゼは頭に血をのぼらせていたが――しかし、どうしても、それを口にすることはできなかった。

 ……だって。


 だって、ジョンだって、《《田舎者というレッテルを貼られていた》》のだろうから。

 ……そのうえで、あんなにヘラヘラ笑っている。

 向こう見ずなことを、平気で言ってのける。


 ――そんなの……認められない。

 ――認められるわけないじゃないか。

 ――だって。


 だって、私――バカみたいじゃない。


「くたばれえええええええええ‼」


 その、エリーゼの思いは、……言葉にできない悲しみは、無形の怒りとなって、爆発する。


「な、なんだよ⁉」


 エリーゼの攻撃が、急に苛烈になってきたことに、ジョンは驚く。

 自分ジョンが予想外にエリーゼの攻撃に耐えていることに、怨嗟を抱いているのだろうか。

 ――いや、それは確かに一理あるが……本質的には違う。

 だって、今のエリーゼの攻撃からは、《《まったくスマートさを感じられないから》》。

 それは、相手を倒そうと力を込めているというより。

 もっと無邪気で、純粋な怒り。

 ……そう。


 ちょうど、子供が駄々をこねているような――そんな、悲痛な怒り。


「私だって……、わたし、だって‼」


 ガンガンガン!

 エリーゼの鎌が猛威を振るう。

 一度防いだかと思ったら、その回転の反動を利用し、さらに追撃してくる。

 鎌を振り、鎌を投げ、生まれた隙に蹴りを入れ、避けたかと思えば、その先に鋭利な刃が置かれている。

 ――なるほど、漆黒の妖精(ブラック・フェアリー)とはよく言ったものだ。

 しかし……それはやはり、妖精と呼ぶには、あまりにも暴力的で、暴圧的であったが。


「私だって……、あんたと同じ! いや……あんた以上に……‼」


 エリーゼは、ひときわ大振りに鎌を下ろす。


「いっぱい……虐められて! 苦しんで! 蔑まれて!」

「こ……この!」

「泣いて! きたんだからッ‼」


 ガイン! ……と、エリーゼの鎌が、ジョンの大剣を打ち付ける。


「ああ、そうかよ!」


 しかし、そんなエリーゼの猛攻にも、ジョンは怯まない。

 ……いや、むしろ。


「だったら……俺が!」


 その情動すらも、跳ね返す。


「お前の世界だって――変えてやるッ‼」


 ガキン! ……と、格別に大きな金属音が轟いた。

 エリーゼは、茫然と、ジョンを見つめる。

 エリーゼの反応は、当然であった。


 なにせ――エリーゼの両手には、《《大鎌が無かったのだから》》。

 

 ジョンは、渾身の力で、大剣を振り上げ、エリーゼの鎌を、自身の後方に打ち上げてしまった。

 エリーゼの鎌が、ジョンを挟んだ、反対側の演習場の地面に突き刺さる。

 大鎌の刃が、演習場の湿った地面に潜り込み、柄は、地面に水平に近い状態で浮かんでいた。

 ハア、ハア、……と、ジョンもエリーゼも、激しい戦闘(ゆえ)か、方で息をしていた。

 丸腰になったエリーゼ――もっとも、彼女がどんな魔法を扱えるか知らないので、完璧な無防備と決まったわけではないが――を見下ろすジョンは、妙に自信ありげに、エリーゼに向き合う。


「……俺の希望を、ナメんじゃねーぞ」


 エリーゼの元へ、一歩、また一歩近づく。


「俺はいつだって本気だ」


 エリーゼとジョンの距離が、徐々に縮まっていく。


「お前がどんな、悩みや、過去や、古傷や、後悔を重ねてるか、俺には分からないし、計り知れねえ」


 エリーゼの急な反撃に対処できるように、大剣を握りしめ、注意をしつつも、ジョンの言葉は、確実にエリーゼを包んでいく。


「だが……、忘れんな」


 ジョンは、紅蓮の大剣の先を、エリーゼに向ける。


「俺は……世界を変えるんだ。

 そこに、差別も貴賤も無ェ。まるごと全部、ひっくり返してやる」


 ジョンは、大剣を振り上げた。

 それは――相手を打ちのめす暴力ではなく、戦いに終止符を打つ、号令であった。


「安心しろ、お前の因縁だって、まとめて叩き斬ってやるさ」

「……」


 エリーゼは、無言でうなだれていた。

 そこに、魔法を使う素振りも無い。

 ただ――衝撃のみが、彼女を包んでいた。

 エリーゼは、かすれた声で、呟くように口を開く。


「……そう」


 エリーゼは、顔を上げ、ジョンを見て言った。


「……その言葉、嘘は無いわね?」

「ああ」


 ジョンはうなずいた。

 エリーゼは、柔らかい笑みを浮かべ――そして、告げる。























「……ごめん、やっぱり信じらんない」










 ザクッ、……と、《《ジョンの背中に何かが刺さった》》。


「だって――」


 エリーゼは、クスクスと、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「あなた……《《こんなに弱いんですもの》》」


 ジョンは、一瞬、なにが起こったか分からなかった。

 ただ……背中に感じた衝撃に押され、ガク、と膝をついた。

 エリーゼは、腰を落としたジョンを見下げ、口角を上げる。


「本当に、お馬鹿さん……。こんな手に引っかかるなんて」


 エリーゼは、悲し気に哄笑する。

 ジョンの背中に、エリーゼの武器である大鎌が、深々と突き刺さっていた。

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