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「コイツ……本物だ」

『あ、デーベライナーが来たぞ!』

『うわあ、にげろー!』

『お前、こっち来んなよ、人殺し!』

『ねえ……エリーゼちゃんって、デーベライナーって本当?』

『もう私の子に近づかないで!』

『これだからデーベライナーは……』


 エリーゼは、幼少の頃より、そうした虐めを受けていた。

 幼いエリーゼには、なぜ、自分が迫害されているのか、分からなかった。


 ――どうして? なんでみんな、私から離れていくの?


 エリーゼは、どのグループ、どのコミュニティにおいても、爪弾きにされ、貶されていた。

 元から、エリーゼの友人であった者でさえ、「デーベライナー」という苗字を聞いたとたん、エリーゼの元を離れていった。

 全ては、自身の家族がもたらした宿命だった。

 避けることのない、現実だった。


 ……そうして、いつしかエリーゼは。

 人というものを、信じられなくなっていた。

 仲間も、友達も、ひどく空虚な概念に思えた。


 だから、エリーゼは。

 ジョンに、嫉妬していた。


 ジョンの、やる気に満ちた眼差しに、根拠のない自信に、馬鹿げた野望に、惹かれていた。


 ――なぜ、彼は、あそこまで、高らかに笑うことができるのだろう。

 ――なぜ、彼は、あれだけ、周りから貶されても、平然としていられるのだろう。


 ジョンへの羨望を、認めることのできないエリーゼは、その憧憬が、憎悪へと変貌していた。


 ――私は、こんなに苦労しているのに……!

 ――アイツは、あんなにヘラヘラとしていて……!


 世界の悪意を知らないから、あんなことができるんだ。


 だから、エリーゼは、教えてやりたかった。

 友情だの、希望だのという言葉が、どれだけ呆気なく崩れ去ってしまうか、ということを。

 そして、見せつけてやりたかった。

 私は――エリーゼは、こんなにも、あなたより優れているのだ、ということを。


 ――本当は、ただ、友達になりたかっただけなのに。

 ――寄り添って、話を聞いてほしかっただけなのに。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」

「く……ッ!」


 ジョンの、気合を込めた叫びと、エリーゼの、不意を突かれたかのような苦渋の吐息が聞こえた。

 試合開始の合図と同時に、ジョンとエリーゼは、共に、互いに向かって一直線に全力疾走をしていた。

 その後、魔力をまとった魔導武器が衝突し、反発しあう二つの魔力による衝撃が、会場を揺らした。

 ジョンもエリーゼも、小手先に頼らず、初撃で相手を倒さんと息巻いていた。

 それゆえの、邂逅。

 両者の激突は、まさに《《必然》》であった。


 ジョンは大声と共に、気合で剣を押し付ける。

 エリーゼの大鎌と衝突した自身の大剣が、強力な魔力ではじき返されそうになる。

 ……しかし、ジョンの腕力は伊達(ダテ)ではない。


「――負けるかア!」

「――ッ!」


 ガン! という硬質な音と共に、エリーゼの大剣がはじき返された。

 その事実に、エリーゼは目を見開く。


 ――まさか、初動の一撃で、遅れを取るとは。


 先ほど、ザックに対し、「噛まれる前に捻りつぶすわ」と豪語していたエリーゼ。

 しかし、実際の邂逅においていえば、意外なことに、ジョンに後れを取っていた。

 その事実が、エリーゼにとってなによりの屈辱であり――憤りの原因となった。


 ――小癪な!


 エリーゼは歯噛みしつつも、鎌を弾かれた際の遠心力を利用し、体を左に回転させる。

 エリーゼは右利きなので、鎌を右回転に振っていた。それがジョンの大剣に返されたのだから、反転は必然的だった。


 対するジョンは、目の前の事実ににわかに歓喜する。

 まさか、《《初動の一撃で有利(アドバンテージ)が取れるとは思わなかった》》。

 ジョンは、自身の数少ない武器である「腕力」に、相当な自信を抱いていたが、それがまんまエリーゼに刺さるとは思っていなかった。

 基本的に、魔法使いの戦いは、いかに自分側に有利(アドバンテージ)を多く積むかによって、その後の戦局が、些細ではあるものの、決定的に違ってくる。

 特に、ことエリーゼという強敵との戦闘であることを考慮すると、たとえわずかでも《《ジョンに有利な状況》》を掴めたことは、それだけで称賛に値するレベルだ。


(こっから……押し切れるか⁉)


 ジョンは歯を噛み、脳をフル回転させる。

 現状を把握し、必要な情報を取捨選択。

 次の行動に移るまでのわずかな時間で、エリーゼへの次なる攻撃(アプローチ)の方策を練る。


 とにかく、短期決戦に持ち込みたい、というのが、ジョンの希望である。

 つい数日前の空賊との衝突を思い返してみても、ジョンとエリーゼの戦闘能力の格差は圧倒的だった。

 傍から見れば無謀な挑戦であるし、実際、ジョンには、「確実に勝利できる作戦」は無かった。

 だからこそ、少しでも自身に有利に働いたこの状況で、一気に決着(ケリ)を付けてしまいたい――と、ジョンはそう思っていた。


 エリーゼが、体の回転を逆向きにし、同時に鎌を裏返し、こちらに向けてくる。

 エリーゼの戦闘スタイルから考えて、このまま間正直に鎌を振って来るとは思えない。

 おそらく、フェイントだったり、あるいは角度を変えたりして、なんとかこちら(ジョン)に攻撃が通るよう工夫してくるだろう。

 ――ちくしょう、本物のジャンケンだ。

 そう、ジョンは歯噛みした。

 エリーゼの《《選択肢》》が多くて、この微々たる思考時間では、どうしても、対策に穴が空いてしまう。

 完璧な防御計画が立てられない。

 どこかでやられてしまうビジョンが、目に見えるようだった。

 ――ならば!


(やられる前に――やる!)


 エリーゼの攻撃を防ぐことを考えるからいけないのだ。

 ジョンにだって、エリーゼほどでは無いにしろ、エリーゼへと自慢の大剣を押し付けるだけの選択肢はあるはずなのだ。

 防戦一方は性に合わない。

 攻撃のチャンスが生まれた、正に今、攻めどころであり、勝負どころが存在していた。

 ここから先は、経験と《《勘》》がモノを言う世界だ。

 いくら魔導人形を使用しているとはいえ、これだけの至近距離での邂逅だ、そこまで綿密な作戦、対策は立てられない。

 わずかな迷いが命取りとなる、正に正念場!

 ここで決めなきゃ――後が無い!


 とにかく、ジョンは攻勢に出る。

 エリーゼの鎌が降られてくることを見越して、ジョンはわずかに跳躍した。

 ここから無数の攻撃の派生パターンが生み出され得るので、詳細は省くが、ジョンの算段としては、鎌が横に振られてもギリギリ避けられる位置まで足を上げ、そこから、エリーゼの脳天目がけて剣を振るところだった。


「!……」

「いただきィ!」


 エリーゼは目を開き、ジョンの行動を目に焼き付ける。

 果たして、エリーゼは、ジョンに対しどのような目算を立てていたのだろうか。

 エリーゼの大きく見開かれた双眸が、ジョンの大剣の道筋を見極め、《《1秒後、2秒後にどこに下ろされているかまで》》、わずかな瞬間に演算する。


 ――ここだ!


 エリーゼは、ジョンの大剣が目と鼻の先にまで迫ったとき、行動を開始した。

 ジョンの攻撃は、典型的な直線攻撃グーであった。

 ……ならば。

 その攻撃に打ち勝つ手を出せば、こちらが翻弄できる。

 問題は、後出しジャンケンに間に合うかどうかなのだが――ことエリーゼに関しては、その点はまったく問題ない。

 なにせ、熟練の手練れと思われる空賊ですら、神経を集中させないと見えないほど、エリーゼの瞬発力は群を抜いているのだから……!


 エリーゼは、ジョンに剣を弾かれ右回りになっている体に、さらに勢いをつけ、ジョンに鎌を振りぬこうとしていた。

 ――が、それすらも、ブラフ……!


「――⁉」


 ジョンは、エリーゼの行動に肝を抜かす。

 大ぶりな鎌を避け、懐に入るため、わずかに跳躍していたジョン。

 しかし、エリーゼは、鎌を振って対抗するように見せかけ――鎌を振らずに、《《ジョンの股下を潜り抜けた》》。

 しかも、ただ、その体躯を屈ませただけでなく、身をひねり、仰向けになるように、ジョンの懐に潜り込んでいた。

 そう――鎌が振りやすくなるように。


 ――ヤバい!


 未だ、エリーゼが視界に見えているうちから、ジョンの脳に警報が鳴る。


 ――このままじゃ……やられる!


 ジョンの深追いは、分の良い賭けであったが――しかし、エリーゼの瞬発力と、なにより思い切りのよさは、ジョンの判断を凌駕りょうがしていた。

 普通に考えて、追撃を喰らわそうとしている相手に、自ら接近しようだなんて、事前に作戦を打ち立てていなければできることではない。

 ましてや、エリーゼの武器は、柄の長い大鎌だ。近接した時の利点アドバンテージは大きくない。

 それを踏まえて、《《とっさの判断でジョンに近づいた》》のなら……とんでもないほどの度胸だ。

 ジョンは思わず、舌を巻く思いだった。


 ――コイツ……《《本物》》だ。


 あまりの強さに、無意識に笑みがこぼれていた。

 ギリギリの戦いで生まれる愉悦。

 俗に言う、「脳汁が溢れる感覚」というヤツである。

 とはいえ、感嘆している暇はない。

 エリーゼは、興奮気味に叫ぶ。


「貰ったァ!」


 エリーゼは、仰向けに体をスライドさせながら、ジョンの背中を狙う。

 地面との位置関係上、横薙(よこな)ぎすることはできないので、ジョンの股下から上へ、体全体に引っ掛けるように鎌の柄を握る。

 ただでさえ、急な反撃。

 さらに、図らずも、ジョンは跳躍した体勢であったため、なおのこと、ジョンに回避の術は無くなってしまう。


 早くも、勝負ありか。

 ジョンの身体能力から言って、このような奇襲を避けられるとは思えない。

 エリーゼは口角を上げ、勝利を確信した。

 明日から、ジョンは私の奴隷だ――そう、脳裏に言葉がよぎった。


 ――が、しかし。


 ジョンは、諦めない。


「――!」


 そのとき、エリーゼは、かすかな違和感を抱いた。

 どう見ても、絶望的な状況。

 一秒と経たないうちに、ジョンは左右に真っ二つにされてしまう、絶体絶命の危機。

 ――なのに、なぜか。

 エリーゼの本能が、警鐘を鳴らす。

 なぜ? その理由はなんとなく察せる。

 ……こんな、崖っぷちの状況であるにも関わらず。


 ジョンの顔に浮かぶ、不敵な笑み。


 ――マズい!


 理由は分からない。

 ……が、エリーゼは、直感的に、自身も危機的な状況にあることを悟った。


「……くッ!」


 エリーゼは、スローモーションのように緩慢に流れる景色に、もどかしい思いを抱きつつ、鎌を握っていない左の手で、柔らかくなった地面をえぐった。

 ガッ! ……と、指が地面に突き刺さる。

 そこから、グッと左腕に力を込め、強引に、自身の体をジョンから引き離す。

 とたん、砂埃と共に、ジョンの前方の地面に、小規模なクレーターが出来上がった。

 エリーゼが、ジョンから距離を取った瞬間。


爆炎フレア‼」


 バァン! ……という破裂音。

 空気の焼けるような轟音が鳴り響いたかと思えば。

 ジョンの周囲が――爆発した。

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