「コイツ……本物だ」
『あ、デーベライナーが来たぞ!』
『うわあ、にげろー!』
『お前、こっち来んなよ、人殺し!』
『ねえ……エリーゼちゃんって、デーベライナーって本当?』
『もう私の子に近づかないで!』
『これだからデーベライナーは……』
エリーゼは、幼少の頃より、そうした虐めを受けていた。
幼いエリーゼには、なぜ、自分が迫害されているのか、分からなかった。
――どうして? なんでみんな、私から離れていくの?
エリーゼは、どのグループ、どのコミュニティにおいても、爪弾きにされ、貶されていた。
元から、エリーゼの友人であった者でさえ、「デーベライナー」という苗字を聞いたとたん、エリーゼの元を離れていった。
全ては、自身の家族がもたらした宿命だった。
避けることのない、現実だった。
……そうして、いつしかエリーゼは。
人というものを、信じられなくなっていた。
仲間も、友達も、ひどく空虚な概念に思えた。
だから、エリーゼは。
ジョンに、嫉妬していた。
ジョンの、やる気に満ちた眼差しに、根拠のない自信に、馬鹿げた野望に、惹かれていた。
――なぜ、彼は、あそこまで、高らかに笑うことができるのだろう。
――なぜ、彼は、あれだけ、周りから貶されても、平然としていられるのだろう。
ジョンへの羨望を、認めることのできないエリーゼは、その憧憬が、憎悪へと変貌していた。
――私は、こんなに苦労しているのに……!
――アイツは、あんなにヘラヘラとしていて……!
世界の悪意を知らないから、あんなことができるんだ。
だから、エリーゼは、教えてやりたかった。
友情だの、希望だのという言葉が、どれだけ呆気なく崩れ去ってしまうか、ということを。
そして、見せつけてやりたかった。
私は――エリーゼは、こんなにも、あなたより優れているのだ、ということを。
――本当は、ただ、友達になりたかっただけなのに。
――寄り添って、話を聞いてほしかっただけなのに。
☆
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」
「く……ッ!」
ジョンの、気合を込めた叫びと、エリーゼの、不意を突かれたかのような苦渋の吐息が聞こえた。
試合開始の合図と同時に、ジョンとエリーゼは、共に、互いに向かって一直線に全力疾走をしていた。
その後、魔力をまとった魔導武器が衝突し、反発しあう二つの魔力による衝撃が、会場を揺らした。
ジョンもエリーゼも、小手先に頼らず、初撃で相手を倒さんと息巻いていた。
それゆえの、邂逅。
両者の激突は、まさに《《必然》》であった。
ジョンは大声と共に、気合で剣を押し付ける。
エリーゼの大鎌と衝突した自身の大剣が、強力な魔力ではじき返されそうになる。
……しかし、ジョンの腕力は伊達ではない。
「――負けるかア!」
「――ッ!」
ガン! という硬質な音と共に、エリーゼの大剣がはじき返された。
その事実に、エリーゼは目を見開く。
――まさか、初動の一撃で、遅れを取るとは。
先ほど、ザックに対し、「噛まれる前に捻りつぶすわ」と豪語していたエリーゼ。
しかし、実際の邂逅においていえば、意外なことに、ジョンに後れを取っていた。
その事実が、エリーゼにとってなによりの屈辱であり――憤りの原因となった。
――小癪な!
エリーゼは歯噛みしつつも、鎌を弾かれた際の遠心力を利用し、体を左に回転させる。
エリーゼは右利きなので、鎌を右回転に振っていた。それがジョンの大剣に返されたのだから、反転は必然的だった。
対するジョンは、目の前の事実ににわかに歓喜する。
まさか、《《初動の一撃で有利が取れるとは思わなかった》》。
ジョンは、自身の数少ない武器である「腕力」に、相当な自信を抱いていたが、それがまんまエリーゼに刺さるとは思っていなかった。
基本的に、魔法使いの戦いは、いかに自分側に有利を多く積むかによって、その後の戦局が、些細ではあるものの、決定的に違ってくる。
特に、ことエリーゼという強敵との戦闘であることを考慮すると、たとえわずかでも《《ジョンに有利な状況》》を掴めたことは、それだけで称賛に値するレベルだ。
(こっから……押し切れるか⁉)
ジョンは歯を噛み、脳をフル回転させる。
現状を把握し、必要な情報を取捨選択。
次の行動に移るまでのわずかな時間で、エリーゼへの次なる攻撃の方策を練る。
とにかく、短期決戦に持ち込みたい、というのが、ジョンの希望である。
つい数日前の空賊との衝突を思い返してみても、ジョンとエリーゼの戦闘能力の格差は圧倒的だった。
傍から見れば無謀な挑戦であるし、実際、ジョンには、「確実に勝利できる作戦」は無かった。
だからこそ、少しでも自身に有利に働いたこの状況で、一気に決着を付けてしまいたい――と、ジョンはそう思っていた。
エリーゼが、体の回転を逆向きにし、同時に鎌を裏返し、こちらに向けてくる。
エリーゼの戦闘スタイルから考えて、このまま間正直に鎌を振って来るとは思えない。
おそらく、フェイントだったり、あるいは角度を変えたりして、なんとかこちらに攻撃が通るよう工夫してくるだろう。
――ちくしょう、本物のジャンケンだ。
そう、ジョンは歯噛みした。
エリーゼの《《選択肢》》が多くて、この微々たる思考時間では、どうしても、対策に穴が空いてしまう。
完璧な防御計画が立てられない。
どこかでやられてしまうビジョンが、目に見えるようだった。
――ならば!
(やられる前に――やる!)
エリーゼの攻撃を防ぐことを考えるからいけないのだ。
ジョンにだって、エリーゼほどでは無いにしろ、エリーゼへと自慢の大剣を押し付けるだけの選択肢はあるはずなのだ。
防戦一方は性に合わない。
攻撃のチャンスが生まれた、正に今、攻めどころであり、勝負どころが存在していた。
ここから先は、経験と《《勘》》がモノを言う世界だ。
いくら魔導人形を使用しているとはいえ、これだけの至近距離での邂逅だ、そこまで綿密な作戦、対策は立てられない。
わずかな迷いが命取りとなる、正に正念場!
ここで決めなきゃ――後が無い!
とにかく、ジョンは攻勢に出る。
エリーゼの鎌が降られてくることを見越して、ジョンはわずかに跳躍した。
ここから無数の攻撃の派生パターンが生み出され得るので、詳細は省くが、ジョンの算段としては、鎌が横に振られてもギリギリ避けられる位置まで足を上げ、そこから、エリーゼの脳天目がけて剣を振るところだった。
「!……」
「いただきィ!」
エリーゼは目を開き、ジョンの行動を目に焼き付ける。
果たして、エリーゼは、ジョンに対しどのような目算を立てていたのだろうか。
エリーゼの大きく見開かれた双眸が、ジョンの大剣の道筋を見極め、《《1秒後、2秒後にどこに下ろされているかまで》》、わずかな瞬間に演算する。
――ここだ!
エリーゼは、ジョンの大剣が目と鼻の先にまで迫ったとき、行動を開始した。
ジョンの攻撃は、典型的な直線攻撃であった。
……ならば。
その攻撃に打ち勝つ手を出せば、こちらが翻弄できる。
問題は、後出しジャンケンに間に合うかどうかなのだが――ことエリーゼに関しては、その点はまったく問題ない。
なにせ、熟練の手練れと思われる空賊ですら、神経を集中させないと見えないほど、エリーゼの瞬発力は群を抜いているのだから……!
エリーゼは、ジョンに剣を弾かれ右回りになっている体に、さらに勢いをつけ、ジョンに鎌を振りぬこうとしていた。
――が、それすらも、ブラフ……!
「――⁉」
ジョンは、エリーゼの行動に肝を抜かす。
大ぶりな鎌を避け、懐に入るため、わずかに跳躍していたジョン。
しかし、エリーゼは、鎌を振って対抗するように見せかけ――鎌を振らずに、《《ジョンの股下を潜り抜けた》》。
しかも、ただ、その体躯を屈ませただけでなく、身をひねり、仰向けになるように、ジョンの懐に潜り込んでいた。
そう――鎌が振りやすくなるように。
――ヤバい!
未だ、エリーゼが視界に見えているうちから、ジョンの脳に警報が鳴る。
――このままじゃ……やられる!
ジョンの深追いは、分の良い賭けであったが――しかし、エリーゼの瞬発力と、なにより思い切りのよさは、ジョンの判断を凌駕していた。
普通に考えて、追撃を喰らわそうとしている相手に、自ら接近しようだなんて、事前に作戦を打ち立てていなければできることではない。
ましてや、エリーゼの武器は、柄の長い大鎌だ。近接した時の利点は大きくない。
それを踏まえて、《《とっさの判断でジョンに近づいた》》のなら……とんでもないほどの度胸だ。
ジョンは思わず、舌を巻く思いだった。
――コイツ……《《本物》》だ。
あまりの強さに、無意識に笑みがこぼれていた。
ギリギリの戦いで生まれる愉悦。
俗に言う、「脳汁が溢れる感覚」というヤツである。
とはいえ、感嘆している暇はない。
エリーゼは、興奮気味に叫ぶ。
「貰ったァ!」
エリーゼは、仰向けに体をスライドさせながら、ジョンの背中を狙う。
地面との位置関係上、横薙ぎすることはできないので、ジョンの股下から上へ、体全体に引っ掛けるように鎌の柄を握る。
ただでさえ、急な反撃。
さらに、図らずも、ジョンは跳躍した体勢であったため、なおのこと、ジョンに回避の術は無くなってしまう。
早くも、勝負ありか。
ジョンの身体能力から言って、このような奇襲を避けられるとは思えない。
エリーゼは口角を上げ、勝利を確信した。
明日から、彼は私の奴隷だ――そう、脳裏に言葉がよぎった。
――が、しかし。
ジョンは、諦めない。
「――!」
そのとき、エリーゼは、かすかな違和感を抱いた。
どう見ても、絶望的な状況。
一秒と経たないうちに、ジョンは左右に真っ二つにされてしまう、絶体絶命の危機。
――なのに、なぜか。
エリーゼの本能が、警鐘を鳴らす。
なぜ? その理由はなんとなく察せる。
……こんな、崖っぷちの状況であるにも関わらず。
ジョンの顔に浮かぶ、不敵な笑み。
――マズい!
理由は分からない。
……が、エリーゼは、直感的に、自身も危機的な状況にあることを悟った。
「……くッ!」
エリーゼは、スローモーションのように緩慢に流れる景色に、もどかしい思いを抱きつつ、鎌を握っていない左の手で、柔らかくなった地面を抉った。
ガッ! ……と、指が地面に突き刺さる。
そこから、グッと左腕に力を込め、強引に、自身の体をジョンから引き離す。
とたん、砂埃と共に、ジョンの前方の地面に、小規模なクレーターが出来上がった。
エリーゼが、ジョンから距離を取った瞬間。
「爆炎‼」
バァン! ……という破裂音。
空気の焼けるような轟音が鳴り響いたかと思えば。
ジョンの周囲が――爆発した。




