「私の居場所、無くなっちゃう」
めっちゃ久しぶりに更新しました。すみません。
「マジ萎え~、萎えポヨ~」
「いつまで言ってるんですか……」
街路の一角、日陰に隠れた裏通り。
カナエとスズカは、共にコンクリートの階段の上に腰をおろしていた。
春と夏の境目、まだそよ風が涼しさを感じさせてくれる頃合い、少女二名は共に、激情で熱くなった頭を無機質な灰色で冷やしている。
カナエは先ほどから、なにか言いたそうに口を開いては、特に語ることもなく、呻き声のような愚痴を漏らすばかりであった。
モニカとリクトの逢瀬。
あのリクトの楽しげな表情。
あれを思い出すたびに、言いようのない焦燥感が胸の中を掻き毟る。
――とはいえ。
それを止めるだけの義理も大義も、カナエには無く。
……いや、あるにはあるのだが、カナエ自身にも、その理由とやらは漠然として要領を得ないものであるし、可愛い後輩に同意を求められるようなものでもなかった。
それでも。
尻が痺れるほどの熟考が過ぎれば、自然と本音も出てくるわけで。
カナエは語る。
寂しげに。暗い面持ちで。
「……なんかさ、取られちゃうんじゃないかなって思うのよ、生徒会が」
「モニカさんに……ですか?」
カナエの、唐突かつ荒唐無稽な話に、スズカは眉をひそめる。
「なに言ってるんですか。確かに……、まあ、モニカさんは底知れない人だと思いますけど」
「底知れなさすぎるよ」
カナエは、ある種の諦念を帯びた表情でか細く紡ぐ。
「モニカって子、なに考えてるか分からない。なんだか悍ましいものを抱えてるんじゃないかって、私、わりと思う」
「……まあ、暗い過去を持ってますけど。……でも」
「分かってる」
カナエは、スズカの話を遮るように、思考を吐き出す。
「分かってるよ。モニカは生徒会を、ましてやリクトを狙っていない。そんなこと眼中にない。それはそれで悔しいけれど、その点に関しては心配してない」
「……じゃあ……」
「……リクトのほうが、モニカに魅かれてるんじゃないかなって」
「!……」
……その、カナエの考察。
否定しようとして、……しかしスズカは、口を閉ざす。
「……そんな……リクト会長が……」
「あり得ないと思う? あのリクトの楽し気な表情を見て」
「……」
スズカの唇は、彼女の白い歯に締め付けられていた。
スズカの両手が震える。行き場のない不安は、ただただ、彼女の手をこわ張らせるだけだった。
最後に、カナエは、胸の内の奥底にあったものを、吐き出す。
重く、悲痛な叫びを。
「……私の居場所、無くなっちゃう」
「……そんな、居場所なんて……いくらでも……」
「……ないよ」
やや怒気を込め、カナエは呟く。
「私の居場所は、生徒会以外には無い。
なのに……モニカが……」
「……考えすぎですよ」
「……スズカ、あんた、つい先日のことを忘れたの? あのとき――学校戦争のときだって、そう言って、考えすぎって言って……、結局、無限の同好会の侵入を許してしまった。誇り高き生徒会が、あんな弱小同好会に敗北を喫してしまった」
「……あれは……」
――一瞬、スズカは。
――あれは、起こるべくして起きた敗北だった。……そう、言おうとして、とっさに口を噤んだ。
今のカナエの、――普段の言動はどうであれ、魔法使いとして、なにより一人の人間として尊敬する先輩の、悲しげな表情をみては、そんなこと、言えるはずが無かった。
締めくくりに、カナエは語る。
ビルの隙間から見える、わずかな空に救いを求めながら。
「……私、この生徒会が大好きなんだ。……いや、好きなんてレベルじゃない。アイデンティティと言ってもいいかもしれない。無くなったら私、どうなっちゃうか分かんない」
「そんなに深刻な……」
「深刻だよ。私にとっては重要な問題」
だから。
「どんな手を使ってでも、私、この生徒会を守るから」
……そう、語るカナエの双眸は。
いつもの問題児とは似ても似つかぬ、生徒会副会長としての威厳と、ある種の闇が垣間見えるような力強さがあった。
それはまるで悪魔のような。そんな瞳で。
横に座るスズカは、なにも言えず、タイルの道路に視線を落としていた。
そしてカナエは、正気に戻ったかのように、いつもの声音で、スズカに告げる。
「……ごめんね、スズちゃん。ちょっと怒ったら疲れちゃった。パフェでも食べにいかない?」
その申し出に、スズカは救われたかのようにほほ笑む。
「……そう、ですね。……ええ、そうですね。それでは早速――」
ドン、という強い衝撃。
暖色系のタイルが根こそぎ剥がれ、ガラス片が飛び散る。
遅れて感じる、殺気に満ちた魔力の気配。
日を遮られた裏の小道に、火と人と光と轟音。
「――ッ」
「――えっ」
一瞬、我が目を疑うスズカ。
こんな街中の、しかも狭い路地裏で、いったいなにが起こっているのか。
まるで映画のような光景に――そんな光景、見慣れているにも関わらず――頭がスパークする。
身動きが取れないスズカを、カナエは力づくで抱え、左方へと跳躍する。
次の瞬間。
「邪魔をォー!」
「してるわけッ……!」
怒りに満ちた、少年の声と、遅れて、透き通るような、それでいて突き刺すような少女の声。
それと同時に、再び衝撃。
つんざくような爆音とともに、魔力が弾け、空気をも吹き飛ばしていく。
「……なにがッ……、あれっ」
「……なっちゃん?」
カナエに抱きかかえられたスズカは、無理やり首を曲げ、先ほどまで自分たちがいた地面に目を向ける。
そこには、魔導装甲に身を包んだナターシャと、エメラルドグリーンの髪を持つ、正体不明の少年と少女がいた。
驚いたのは、その少年少女の風貌だ。
一般人ではまず見せることのできない、膨大な魔力を、二人から感じる。
――魔導装甲だ。
咄嗟に、カナエは判断する。
あの二人の子どもも、ナターシャたちと同じく、魔導装甲に身を包んでいる。
なにが起きているのか、にわかには判別がつかない。だが、魔法使い同士がしのぎを削っているところを見て、穏便な交渉が行われているとは考えづらい。
「スズカ!」
「はい!」
カナエは一瞬のうちに魔導装甲を召喚し、魔法使いの衣装に身を包む。
スズカも先輩に続き、魔導装甲を召喚し、白魔導士のような白いジャージを着こんだ。
カナエは端的な言葉でスズカに指示する。
「私が前に出る! 足止めを!」
「やります!」
現状がどうなっているのか、ナターシャが争っている(と思われる)二人の子どもはなんなのか。
今は論を練るだけの材料が無い。だが、……いや、だからこそ、先輩の判断を信じ、自身の武器に魔力を込める。
カナエはスズカを投げるように降ろした後、地面を力強く踏んで、先ほどの運動ベクトルとは反対方向に跳躍。ちょうど、先ほどまでカナエたちがいた場所に戻る形だ。
「なっちゃん!」
「遠慮しないで!」
端的な呼びかけに、ナターシャは、カナエの思考を読み込んだうえで、彼女がこれからなにをしようとしているのかも瞬時に計算し、一言、言葉を返す。
普段は水と油の関係の彼女たちだが、こと戦闘においては、――さすがリクトが見込んだ存在というべきか――阿吽の呼吸を見せた。
「おまかせ!」
ナターシャが後方に跳んでいく。
それを、正体不明の二人組が追いかける。
一人は長剣を、一人は弓矢を携え、ナターシャへと突っ込んでいく。
瞬間、どちらを狙うか、カナエは一瞬のうちに考える。
まるで、ピッチャーが何を投げたのか、瞬時に把握するバッターのように、もはや条件反射とも言うべき超反応で、カナエは狙いを定める。
「柘榴石!」
「!」
カナエの魔法の杖から射出された小型の魔弾が、少年に向かって飛んでいく。
少年――オリバー――は、すんでのところでその魔弾を回避する。
……が。
「――油断したね」
「――くッ」
一瞬。一瞬ではあるが、カナエの魔法に意識を取られてしまった。それが命取りだった。
ナターシャが、身の丈ほどもある巨大な斧を、勢いよく振り切る。
ガツン、という金属音が両者の間で生まれた。
少年、オリバーは、またもや間一髪のところで、ナターシャの攻撃を防いだ。
しかし、こうなってしまったらナターシャのターンだ。
ただでさえ3対2という劣勢の中、ほんのわずかな間ではあるが、「防戦一方」という状況を作り出してしまった。
ここからの挽回は困難を極める。
瞬間、オリバーの思考がストップする。
一瞬ではあるが、勝利の道しるべを見失ってしまう。
――あ、ヤバい。
――これ、負けだ。
そう悟った、次の瞬間。
ガツン、と、オリバーの頭に衝撃が走った。
オリバーの視界が、わずかな間ではあるが、真っ暗になる。
いったいなにが起こったのか?
考える余地もないまま、オリバーは剛力の「何か」に引っ張られていく。
答えるまでもない。オリバーは、妹であるシルヴィアに首根っこを掴まれているのだ。
「なっちゃん!」
「逃がさない!」
もちろん、黙って見過ごせるわけがない。
カナエとナターシャは、共に二人目がけて地面を蹴る。
二人の実力者にかかれば、あんな子供を追うことなど、わけないはずだった。
だが、現実はそうはいかなかった。
「オリバー!」
「!」
少女の方が、少年をオリバーと呼ぶと同時に、右手に魔力を込めた。
それが何であるか、瞬間的に悟ったオリバーは、一瞬、顔をしかめつつも、仕方ないとばかりに左腕に魔力を込める。
そうほうの魔力が武器へと伝わり、武器が眩く発行する。
そして、次の瞬間。
二人は、爆発した。
「!?」
「――なッ……!」
ナターシャとカナエは、共に目を見開く。
眼前の光景が、理解できなかった。
……しかし、やや間を空けて、ナターシャが歯を見せて叫ぶ。
「目くらまし! 煙幕だ!」
「あっ……!」
ナターシャの声に、カナエもやっと、彼らの意図を理解する。
そう、二人の子ども――オリバーとシルヴィア――は、魔力を込めた武器同士を、あえて衝突させて、そのエネルギーで意図的に爆発を起こしたのだ。
それらが黒い煙となって、疑似的に煙幕を作り出す。
分かってしまえばわけないが、そんな博打を、この状況で打つなんて。
……いや。
こんな状況だからこそ、そんな博打が必要だったのかもしれない。
ナターシャは「けほけほ」と煙に噎せ、カナエは「ゲッホ、グウェウッホ!」と品の無い咳をしていた。
やがて、煙が晴れて、あとには、ナターシャ、カナエ、スズカの三人が取り残された。
ひとしきり喉を落ち着けた後、カナエはナターシャに問う。
「……なっちゃん、今のは?」
「……確証はないけど……、おそらく、モニカの弟と妹」
「は!?」
カナエは大げさに驚く。
「マジで!?」
「マジだったら凄いよね、本当に生きてたんだもん」
「だって……、……ええ……!?」
カナエは口をあんぐりと開き、颯爽と(というには泥臭い方法だったが)去って行った方向をポカンと眺める。
そしてナターシャは、更に衝撃的なことを言う。
「これも確証は無いから本気にしないでほしいんだけど、……あの子たち、もしかしたら『DOOM』に関わってるかもしれない」
「え、ちょっと……なにそれ、なにが起きてるの……?」
「私だって知りたい……」
ヘナっとしゃがみ込むナターシャ。
精神的に疲れたときは、見た目相応の幼さを見せたりする。
いったいこの街でなにが起きているのか、まるで判断がつかず、いたずらに不安を募らせるカナエ。
彼女にしては珍しく、今後、なにが起きるのかを考えていたが、ほんの十数秒で飽きてしまったらしく、「いいや」と手をパンと打つ。
「ま、うじうじしててもしょうがないし、景気付けにパフェでも食べに行こ?」
カナエの能天気な物言いに、ナターシャは珍しく物憂げな表情を見せる。
ハア、と小さく嘆息し、それから一言。
「今、タクミいないよ?」
「さすがに自分で払うってばよ」
ナターシャのタクミに対する扱いが気になる今日この頃であった。




