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「もっと良いものを見せてやろう」

「これが……日本国指定の魔法学基礎の参考書で、これが、それを分かりやすく解説したもので……」

「へえ……色々あるんだねえ」


 レイカと待ち合わせしたアレックス一行は、彼女に導かれるまま街を歩き、気づけば一軒の本屋の中に居た。

 国立大四魔法学校(クロフォード)城下にある本屋よろしく、店内には様々な参考書が並べられており、勉学に勤しむ学生であるならば、来店しないこと、それ自体が怠慢であると言われそうなほどであった。


 店に着くなり、レイカはアレックスの手を引っ張り、書店の中をかき分けるようにして、最短ルートを通って目的のエリアに辿り着いた。


「魔法学は……魔法の基礎中の基礎だから、やっぱり……切り口も色々とあって。

 ……具体的になにが苦手なの?」

「そうだね……。やっぱり魔法の組成かな。ほら、やっぱり、普段の自分に馴染みの無い魔法って、どうしても感覚で構造が思い描けないじゃん。そういうことない?」

「うん、だったら、これとかいいんじゃいかな。図解で分かりやすく載ってる」

「……いま、なんの迷いもなく取ったね?」

「……よく、来てるから」


 最後はボソリと、小声で答える。

 そんな様子を遠くから眺めていたアシュリーは、あからさまにニヤニヤしていた。


「……ウフフ、青春ですなあ」

「年寄りみてえなこと言ってんじゃねーよ」


 下世話な笑いにツッコミを入れるジョン氏。しかし、大切な友人が女の子と楽し気に会話をしているのを見ると、言いようの無い満足感を覚えるものである。それがアシュリー発案のものであるため、余計に彼女への態度を柔らかくせざるを得なかった。

 派手な意匠で周囲の視線を釘付けにするアシュリーは、苦笑交じりにジョンに答える。


「だってえ、やっぱりいいモンよ、仲睦まじい姿ってェのは」

「それについては同感だな。協力した甲斐があるってもんだ」

「そうねえ。でも、ジョンとしては、ちょっとヤキモキした思いがあるんじゃない?」

「なんで?」

「だって、友達がお先にリア充になろうとしてんのよ? 悔しくない?」

「別に?」


 強がりでもなんでもなく、素の調子でジョンは答えた。

 その回答に、安心半分、呆れ半分でアシュリーは苦笑する。


「昔っからそうよね、あんたは。色恋沙汰に縁が無いっつーか」

「へッ、俺は将来この世界を変える男だからな。そんなことにうつつを抜かしてらんねえよ」

「言うわねえ、でも将来永遠に未婚ってわけにもいかないでしょう?」

「学生の身分でなに言ってやがる」

「学生のうちからそういうこと意識してないと取り返しがつかなくなるってことよ」

「……」


 ……そこでジョンは、不意にアンニュイな表情になる。

 その真意を測りかねたアシュリーだったが、何かを尋ねようとしたその刹那、ジョンが口を開く。


英雄ヒーローに犠牲は付き物だからな」

「……」


 ――その、言葉に。

 アシュリーは、歯がゆさを隠せない。

 積年の想いを氷塊させるが如く、彼女は口を滑らせる。


「――あんたが、そんな、重荷を背負うこと――」


「お、あいつら動き出したぞ」


 アシュリーが最後まで言う前に、ジョンは小声でアシュリーに告げた。

 唐突に打ち切られる、その告白。

 偶然か、あるいは、わざとか。

 どちらとも取れないジョンの態度に、アシュリーの胸にはしこりが残る。

 ――が。

 元来サバサバした性格である彼女は、その、暗い気持ちを引きずらない。


「え、マジ?」


 と、先ほどまでの影の差した表情を一変させ、飄々とした面持ちへと切り替える。

 レイカとアレックスは、クスクスと談笑したまま、別のエリアへと移動してしまった。

 それを眺めていた二人は、「やれやれ」といった調子で肩の力を抜く。


「……なんか、俺たち本当にお邪魔虫だな」

「そうね、もう私たちの力は必要ないかもね」


 だな、とジョンは苦笑し、魔導ウィンドウを開く。

 アレックスにメールを送信し、さっさと退散してしまおう。


 そう思った、その矢先だった。


「……なあ、テロを起こすのどこだっけ?」

「108だけど……忘れたの?」


「――ッ」


 ……不意に聞こえた、その言葉。

 物騒なその単語に、ジョンの思考が、一瞬、停止する。


 ――いま、なんて言った?

 ――こいつら、「テロ」って言わなかったか?


 ジョンの隣で、雑誌を読む、少年と少女。

 双子なのだろうか、どちらもエメラルドグリーンの髪を持ち、似たような服装に身を包んでいた。

 面持ちも二人とも似ており、どちらも愛嬌のある形をしていた。


 ……だが、ジョンの脳裏に引っかかったのは。

 その、容姿ではなく、「テロ」という単語でもなく。


 ――言いようの無い、「既視感」だった。


「……あのっ」


 ――そう、ジョンの口から、思わず声が漏れた。


 瞬間。


「えっ」「んっ」


 ビクリ、……と、二人は振り返る。


「……」「……」「……」


 ……数秒の、間。

 しかして、永劫のような邂逅。

 ジョンと、緑の髪をした少年少女は、お互いを見つめあったまま、その場を動くことができなかった。

 ジョンの心臓が、ドクリと脈打つ。

 対する二人も、なぜだか妙に動揺しているように思えた。

 このまま、どれだけの時間が過ぎるのだろうか。

 弛緩した時の中で、妙な焦りに駆られる三人。

 その沈黙を打ち破るのは。


「……どったの、ジョン?」


 ……アシュリー・エンフィールドだった。

 瞬間、ジョンはハッとしたように、本来の時を取り戻す。

 なにか悪いことをしたわけでもないのに、取り繕うように慌てて言葉を返す。


「い、いや、べつに何でも」

「ふーん……?」


 アシュリーはやや大げさに首を傾げた。

 それから、ジョンを挟んで反対側にいる少年と少女に視線を向ける。

 齢は、12~3歳くらいだろうか。どことなく既視感のある、しかしどこでも見たことがない少年たちに、アシュリーはさらに疑問を抱く。


「知り合い? その子たち」

「いや、知らん」

「じゃあ誰よ」

「いや……、えっと、君たち誰?」


 まるでコントのような、ギクシャクした会話。

 ジョンの背後にいた少年は、何かを隠すように視線を背け、わずかに後ずさりした。

 代わって口を開いたのは、少年のさらに後ろに居た少女だった。物静かな雰囲気を醸し出いている彼女だが、鋭い眼もとからは、何者にも動じぬ力強さを感た。


 ――そう、まるで、氷雪の鎖縛(アイスエイジ)と恐れられるような、あの少女のような。


「すみません、これからゲームのイベントが始まるんです」


 そう言って、少女は頭を下げた。


 ……。

 ……ふ、ふ~ん……。

 そ、そっか~、ゲームの話か~……。


「ね?」


 と、少女は少年に確認を取る。


「え? あ、ああ、そうだな、さっさと戻らないと」

「……というわけで、失礼します」


 ペコリ、と再度頭を下げた少女が、少年の手を引っ張り、そそくさと立ち去っていく。

 呆気にとられるジョン。いったい何が起こっているのか、イマイチ掴むことができなかった。


「……なんだったんだ、今の」


 ……そう、呟くことしかできなかった。



「……どうした、博物館は初めてか? 力を抜くといい」

「いえ、そういう問題ではなくてですね……」


 リクトの見当違いの心配に、深くため息を吐くモニカであった。

 時刻は、11時43分である。

 あの後。瀟洒な喫茶店を出た二人は、共に並んで街路を歩き、ややあって、街の外れにある巨大な博物館の元へ辿り着いた。

 このクロフォードの街にある数多の建造物の中でも、とりわけ巨大な面積を有するその博物館は、一種の豪邸のような存在感を醸し出していた。

 しかし、実のところは誰でも入れるので、取り立てて敷居が高いわけではなかった。

 というか、敷地内にある芝生に、お散歩中の老人とかフリスビーを追いかけている犬とかいるし。

 実際のところは、巨大な公園に、オブジェクトと化したお城があるような感じだった。

 とはいえ、エントランスからして高級感あふれる造りになっているため、普通の公園とは一線を画している。

 その異様さに、モニカは息を呑む。


「一緒に来るのが私で良かったですね、普通の女の子であればドン引きです」

「ふむ、その意見は参考にするとしよう。しかしいくらなんでも、デートスポットくらいは弁えているつもりだ」

「いえ、美術館も普通の女の子は引いちゃうと思いますが……」

「第二候補としてコンサートも考えてある」

「……ちなみに何を拝聴するので?」

「オキト区交響楽団といってだな」

「いやあもうクラシックってだけでダメですよ」

「なん……だと……⁉」


 さすがのリクトも驚きを隠せない様子だった。


「ありえん……、私の常識は間違っていたというのか……⁉」

「いえ、まあ……、でも、リクトさんの彼女さんなら、案外そういうところ好きかもしれませんね」

「……遠まわしに私が変人だと言ってないか?」

「受付ってあそこですか?」

「おい、露骨に話題を逸らすな」


 どうやら、二人の力関係は、モニカの方が上であるようだった。

 リクトはハアとため息を吐き、眼鏡をクイと直す。

 エントランスで受付を済ませた後、博物館の中へと入って行った。


 中は清楚な造りになっており、城下町の催し物が宣伝されているエリアを抜けると、歴史的価値のある様々な芸術品や資料が並んでいた。

 人が少ないためか、大理石の床に、二人の足音が響く。


「わぁ……」


 その資料の多さに、モニカの目は燦然と輝いた。


「……凄いですね、ここ」

「無論だ。国立大四魔法学校(クロフォード)をなんだと思っている」

「学校の所有物なんですか、これ?」

「それもあるな。いかに日本が広いといえど、ここまで有名なものはなかなか集まらないだろう」

「へえ……」


 モニカは感嘆のため息を吐いた。

 案外、彼女とリクトは気が合うのかもしれない。

 恋人、というよりも、好敵手ライバル、といった関係の方がしっくり来るが。


「あそこに見えるのが、勇者テルーの使った聖剣、『エクスカリバー』だ」

「え、あれ本物なんですか⁉」

「言っただろう、国立大四魔法学校(クロフォード)をナメるな、と」

「ちょ……、もうちょっと間近で見させてください……!」


 リクトの了承も得ずに、モニカはトテトテと近づいていく。

 聖剣、「エクスカリバー」。

 その昔、まだ魔導人形が開発されていない時代、勇者テルーが使っていたといわれる、伝説の剣。

 その刃で斬れぬものはなく、遂には魔王をも成敗した伝説のつるぎである。

 蒼いつかに、鋼の刀身。選ばれし者が握ったときのみ、その刃が黄金に染まり、光り輝くと言われている。

 テルーが魔王を討伐し、その役目を終えてからは、平和の象徴として、どこかの博物館に寄贈されたと聞いていた。

 ……しかし、まさかこんなところにあったとは。

 モニカの鼻息が荒くなるのも、無理はない。

 ガラスケース越しに釘付けになったモニカの背後に、リクトはそっと歩み寄る。


「……勇者テルー。伝説の『英雄』。魔法使いにとって希望の象徴だな」

「……なんだか含みのある言い方ですね?」

「なあに、いつまでも偶像を追いかけているだけでは、輝かしい未来は待っていない、それだけさ」

「夢がないですねえ」

「いや、逆だ。夢があるからこそ、過去の栄華に執着してはいけないと言っているのだ」

「言いたいことは分かりますけど……」


 なんとなく不満気なモニカの口ぶり。

 しかし、リクトの自身は揺るがない。


「こちらへ来たまえ。もっと良いものを見せてやろう」

「え、なんですか?」


 モニカの反射的な問いに、リクトは答える。

 ――まるで、子供のように。


「『終焉戦争』を……知っているか?」


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