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「革命家なんて一握りしかいないよ」

 エリーゼは、驚愕していた。

 テオドールとの邂逅が終わった、その8分後。

 あまりにもありえないモノを目にしたからだ。

 ありえなさ過ぎて笑いがこみ上げてくるレベル。

 時刻は、9時17分。

 国立第四魔法学校(クロフォード)の外周に広がる学園都市の、とりわけ有名なモール街へと足を踏み入れたエリーゼを待っていたのは。


 モニカとリクトが、共に歩く姿だった。


「いやいやいやいやいやいや」


 エリーゼは小声で悲鳴をあげる。

 待って。

 なんで? なんで⁇

 なんであの人たち一緒に歩いてんの?

 しかもあれ、見た感じ、学校の用事というよりはフツーにデートって感じじゃない。

 万に一つもあり得ないと思われていた事案が、今まさに発生していた。

 エリーゼの想像を超えた展開だった。


「いったい何が……?」


 エリーゼは口元に指をあて、そして考える。

 なぜ、あのような珍妙な光景が広がっているのか。

 考えられる可能性は二つだ。

 まず一つは、リクトの用事にモニカが振り回されているということ。

 モニカは編入性であり、かつ、「龍と会話ができる」という、「魔法のような」術が使える貴重な存在だ。それこそ、「手に入れられないなら殺してしまえばいいじゃない」という思考が「冴えたやり方」として通ってしまうほどの逸材。

 かつて、空賊との戦闘を終えた後の病室で、リクトは言っていた。


『モニカには、それ相応の任務を背負ってもらう』


 今、リクトとモニカが一緒に歩いているのは、その「任務」とやらの一環であるのかもしれない。

 というかそうであってほしかった。

 でなければ、考えたくない「二つ目の可能性」が、現実味を帯びてきてしまうから……。

 ……そう、その可能性とは。


 リクトとモニカが、付き合っているということ……!


「……ないわあ」


 ……なんというか、女として、先を越された感じがして非常にしゃくだった。

 なんだよ、アイツ、あんなぽややんとして抜け駆けしやがって。という思いがぬぐえない。


「……私だって……ジョンと……」


 ……と、本音が無意識のうちに口から表出して、慌てて噛み切った。


 ――危ない危ない、心にもないことを言うところだった。


 エリーゼはかぶりを振って、沸き上がった思考を打ち消す。

 べ、べつに欲求不満ってわけじゃないんだからね! とエリーゼは誰にともなく心の中で叫んだ。ホント誰に向かって叫んでるんでしょうね。


「……にしても」


 エリーゼは舌打ちする。


「アイツ……生徒会に寝返る気か」


 エリーゼは爪を噛み、楽しげ――には見えないが、リクトと談笑するモニカをにらんだ。

 THE・逆恨みである。思春期にはよくあることです。

 リクトもリクトだ。私が電話して出なくって、てっきり立て込んでるのかと思ったら、まさか(モニカ)を連れて歩いてるだなんて。

 すっかり幻滅し、面白くなくなったエリーゼであった。

 ゴシック専門店に行こうかと思案していたエリーゼは、意気消沈して、魔導人形の自動消滅機能を使ってこの場から退散しようかと考えた。


 ――そのとき、だった。


「リーゼちゃんっ」


 ――彼が、現れたのは。


「――ッ」


 瞬間。

 エリーゼは。

 魔法の刃を研ぎ澄ませ、彼の喉元にあてる。

 赤く透明に揺れる魔刃は、今にも「彼」の首をねんと煌いていた。

 本当ならば、ここですぐにでも斬り飛ばしてしまってよかった。

 どうせ彼のことだ、今のその実体は魔導人形を使っているのだろう。


 ――それでも、彼を――テオドールを殺さなかったのは。


 ひとえに、情報が欲しかったからだ。


「――なんのマネ?」


 エリーゼの問いに、テオドールは不敵な笑みで返す。


「おやおやぁ? 僕の知ってるリゼちゃんはそんなイカツイ目をしないぞぉ?

 もっと笑ってよ。ね? ほら、スマイルスマイル」

黙れ(ルーエ)‼」


 エリーゼはテオドールの戯言を一喝する。

 テオドールは小柄であるが、それでもエリーゼよりいくらか背が高かった。

 高慢な彼がエリーゼを見下す目をする度、エリーゼのボルテージが上がっていく。

 周囲の通行人が、エリーゼの怒号を聞いてギョッとしたが、われ関せず、といった調子でそそくさと離れていってしまった。

 普段ならば気を悪くするところだが、今のエリーゼにはちょうどよかった。

 エリーゼはきつい目をあらためず再度詰問する。


「質問に答えなさい。あなたはここに何をしに来たの?」

「だから言ってるじゃないか。バイトだよ、バ・イ・ト」

「そう」エリーゼは侮蔑の目を向ける。「それが真っ当なバイトであるなら、私も口をはさまないのだけれど、……どう考えても違法ブラックよね?」

「そうなんだよー。もう不当ブラック中の不当ブラックさぁ。上司はあれこれ無茶振りするし、後輩は言うことを聞かなくて……。

 ……あ、そうそう、それでちょっとお願いしに来たんだよ」

「私が受けるとでも?」

「そっか、残念だな」


 テオドールはエリーゼからやや離れて、目元を帽子で隠しつつ告げる。


「協力してくれるなら……、DOOMのこと、教えてあげてもいいんだけどな~?」

「!……」


 ……エリーゼの目が、ギョッと開く。


 ――コイツ、やはり……。


「……DOOMで働いてるのね、あんた」

「なかなか稼ぎはいいよ? リゼちゃんもどう? おうち、没落気味なんでしょ?」

「余計なお世話よ」


 それに……とエリーゼは口を引き締める。


「……そんなのに加担するなら……飢えて死んだほうがマシ」

「不要なプライドは身を亡ぼすよ、リゼちゃん?」

「減らず口を……!」


 エリーゼは歯を食いしばるが、それは怒りと同時に、自らを鎮めるためであった。


 ――落ち着け、エリーゼ。

 ――DOOMの動向をつかむ、またとない機会チャンスじゃないか。


 DOOMが現在どうなっているかという問題は、生徒会に依頼されなくとも知っておきたい。それくらい、世間的に重要度の高いものだった。

 テオドールがどんなことをエリーゼに頼むか分からないが、程度によれば――そう、法に触れるようなことでなければ、協力するという選択肢もとれる。

 しゃくだけど。

 めっちゃしゃくだけど。

 たぶんジョンに彼女ができてもここまでムカムカしないだろうなってレベルでしゃくだけど。

 情報のためだ、仕方ない。


「僕を見捨てないリゼちゃんが好きさ」

「虫唾がはしるわ」


 低い声音で吐き捨てるエリーゼ。続けて彼女は問う。


「それで? 依頼ってなに? 程度によっちゃあ協力するわよ?」

「なあに、簡単なことさ」


 テオドールはにこりと微笑み、エリーゼに手を差し伸べ、そして告げた。


「僕とデートしてほしいんだ」

「グッバイ!」


 エリーゼは踵を返そうと後ろを向いた。


 ――コイツとデート? 冗談じゃない。

 ――こんなヤツとデートするくらいなら、DOOMの情報なんていらない!


「あ、待って待って!」


 テオドールは、逃げ去ろうとするエリーゼの腕をつかむ。

 一瞬、「ヒッ」とガチ気味に引いたエリーゼ(テオドールが真顔になるレベル)だったが、しぶしぶ足を止める。


「ごめん、つい本音が漏れちゃった。建前は別なんだ」

「どこからツッコめばいいのかしら……」


 エリーゼは頭をかかえた。

 人をおちょくるのも大概にしろ、と言いたくなる。


「ホントはね」テオドールはウインクする。「ちょっと、僕の後輩が行方不明なんだ。連絡を取ろうとしてもつながらない。だからさ、リゼちゃんにちょっと手伝ってほしいな、……なんて」

「そう」エリーゼは嘆息する。「……まったく、今日は厄日だわ」

「それじゃあ……!」


 テオドールの顔がパッと明るくなる。

そういうときだけ年相応の態度を見せないでほしい。


「……それで? どんな子なの?」


 エリーゼは要件をさっさと済ませようと、目的の人物の特徴を聞く。

 テオドールは「えっとね……」とつぶやきつつ魔導ウィンドウを操作した。


「僕よりも3歳くらい年下の子たちだよ。具体的な年齢は知らないけれど、先輩って見た目じゃないね。

 髪はエメラルドブルーで、二人とも魔法の扱いが上手いんだ」


 まるで我が子を自慢するような口ぶり。

テオドールは、その後輩やらとの前では良い先輩を演じているのだろうか。

なにそれ想像できない。


「……あ、あった。これこれ」


 テオドールはおもむろに魔導ウィンドウを操作したかと思ったら、どうやら目的の人物の写真を探していたようだった。

可視モードにしてエリーゼに見せる。


「……双子なのね」

「そうだよ」テオドールは頷く。「名前はこっちの男の子がオリバーで、こっちがシルヴィア。似てるよね」

「ふーん……、まあ人ごみにまぎれていたら見つかりそうなかんじだけど……」


 ……言いかけたところで、エリーゼは違和感をいだく。


 ――この子たち、どこかで見覚えが……。


「んー」と首をひねるが、エリーゼの決して悪くない記憶を探っても、この子たちの顔は出てこなかった。

 なんだろなー、すっげー見たことある気がするんだけどなー。

 なかなか思い出せないので、こらえきれず、エリーゼは質問する。


「この子たち、有名人だったりする?」

「だったらすぐ見つかるでしょ。だいいちDOOMなんかに入らない」

「身も蓋もないわね……」


 もう少しくらい自分が悪の組織の一員であることを隠したらどうだろうか。

 不安げなエリーゼに対し、当事者であるはずのテオドールは気楽だ。


「まあ、歩いてたらそのうち見つかるでしょう」

「そんな簡単に見つかるんだったら私を巻き込むんじゃないわよ……。

 ……ていうかなに、連絡手段を持ってないの、このご時世に?」

「聞いてみたんだけどさ、なーんか立て込んでるみたいでね。おまけに、現在地も分からないときた」

「なんでよ、現在地くらいわかるでしょ? 魔法使いなら位置情報を随時取得して――あっ(察し)」


 ……そこまで言いかけて、エリーゼは気づいた。


「……もしかして、位置情報を送信してない?」

「御明察」テオドールは苦笑いを浮かべた。「そんなことしたら、僕らの基地がバレちゃうから」

「なんでそういうときだけその設定引っ張り出してくるかなあ……」


 エリーゼは頭をかかえた。頭痛と目眩が同時におそってきた。

 基本的に、個人の位置情報は認可されたしかるべき組織に送信され、それらを受け取ったデータセンターが、さらに特定の個人、ないし許諾をうけた企業に送信され、それらをまた別の個人に送信されることで、初めて、自分か、もしくは特定の個人の位置情報を調べることができる。

 ……だが、それらの情報は基本的に検閲不可で、それこそ重大犯罪でも起きない限り、「その位置情報が誰のものなのか」といった情報は、機械のみしか知ることができない。


 しかし、何事にも例外はある。


 例えば、ある特定の地域(Aとする)で事件が起きたとする。そのとき、Aという地域の周囲にいた人間の位置情報が、個人情報と共に警視庁に送られ、閲覧可能となる。

 魔導人形が消滅した場合も例外ではなく、その魔導人形を誰が操作していたかまで、細かく判別することができるのだ。


 国家の安全を守るための施策だが、しかし、悪の組織にとっては都合が悪い。

 テオドールたちDOOMの人間は、そうした制約をかいくぐり、政府の目を免れているというわけだ。

 だが、位置情報がデータセンターに送られないということは、裏を返せば、DOOMが専用のデータ受信用の基地でも作っていない限り、自分たちの位置情報を把握することができない。


「僕たちの組織に専用のデータセンターを作る資金があればいいんだけどね。まだそこまで手が回ってなくて」

「給料がいいんじゃなかったの?」

「そうでもしないと人が集まらないんだよ」

「……悪の組織って、意外と庶民的なのね」

「それ、後輩にも言われた」


 ここまで来ると、エリーゼとしてもどうコメントしていいか分からない。

 というかこの会話だけでもDOOMの内情がだいたい掴めた気がする。

 ようは、まだ復興途中なのだ。

 油断はできないが、いますぐに脅威になる……なんてことはないはずである。


「革命家なんて一握りしかいないよ。あとは生活のためにやっている人たちが大半。……まあ、僕の組織に限っていえば、わりと意識高い系の人々があつまってるけどね。でも僕はバイト感覚だからなあ、除外して」

「無償でこの国を変えようって思ってる人はいないのかしら」

「できないでしょ、そんなの。やったら奇跡だよ」

「ふーん……」


 そこでエリーゼは、ふと、ある人物を思い出す。

 大柄で、髪はボサボサで、デリカシーがなくて、バカで、……そして、エリーゼが密かに思いを寄せる人物。


「……私、知ってるわよ。金ももらわずに世界を変えようとしてる馬鹿」

「へえ、ぜひとも紹介していただきたいものだね。できればウチの組織に入ってくれないかな? 歓迎するよ」

「あんたなんかに、渡すわけないじゃない」

「ひょっとして彼氏?」

「ちげーよバカ」


 パコン、とテオドールの頭を叩くエリーゼ。


「いてっ」と彼はうめいた。

「ほら、さっさと探すわよ」

「はーいはい……」


 テオドールはそう言うと。


「おりゃっ」「ひぇっ⁉」


 エリーゼは、まことに彼女らしくない、少女のような可愛らしい悲鳴をあげた。

 テオドールが、エリーゼと腕を組んだのだ。


「ちょ、なにやってんのよ、バカ!」

「いーじゃんいーじゃん♪」


 エリーゼは羞恥と怒りで赤面したが、これもDOOMの情報のためだ、とあきらめた。


「よーし、じゃあ手始めにカフェにでも行こうか!」

「双子を探すんじゃなかったの⁉」

「もしかしたらカフェでお茶してる可能性が無きにしも非ず」

「くっそうさんくせえ……」


 正直もうおうちに帰りたいエリーゼだったが、仕方なく、ほぼ無理やりのていで、テオドールに引っ張られていった。


 ――その姿を、ジョンに見られているとも知らずに。


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