「俺は死ぬまで邪悪であったぞ」
モニカがリクトと会い、エリーゼがテオドールと遭う、その前日。
アレックスに相談を持ち掛けられたジョンたちは、アシュリー主導のもと、メアリー、マオ、レオン、そしてタケシという大所帯でことに当たっていた。
時刻は昼の15時だった。
「だぶる……でーと?」
アレックスは小首をかしげる。
もともと恥ずかしがりやな性格の彼は、聞きなれない単語に目を丸くした。
童顔な彼がすると、どことなく愛嬌がある。
「だ、だ、だ、ダブルデートォ……⁉」
そしてタケシが髪を逆立てめざとく反応する。
口元に手をあて、驚愕そのものでつぶやいた。
「つ、つつ、つまりそ、それって……! あ、アレックスが、れ、レイカとアシュリーと……、その、さ、三人で、でで、デートするって意味……⁉」
「なわけあるか」
タケシ渾身のツッコみを一言で返すメアリー。なんかこう、すんげー見下した目をしている。
どうやらアレックスもタケシも「ダブルデート」なるものを存じ上げないようなので、ため息交じりにメアリーが解説を始めた。
「ダブルデートっていうのはね、簡単に言っちゃえば、二組のカップルが一緒にデートするっていうものなの」
「一緒に?」アレックスは目をぱちくりさせた。「それって……いいの? 相手とか気を悪くしちゃわないかな?」
「べつに一人のオトコを二人のオンナが奪い合うってわけじゃないし」
「ね、ねえ、なんで僕をみ、見ながらい、言うの?」
理由は言わずもがなである。
「だいじょうぶだいじょうぶー!」
アシュリーが能天気にアレックスを励ます。
「そもそも企画者は私だしねー! それにその……なんだっけ、レイカちゃんだよね? その子だって気負わずに君と接することができるって寸法ッスよー!」
「へえ……言われてみればメリットが大きいね」
「まあ、事前の了承は取っとくべきだけどね」メアリーが付け足す。「まあーでも、四人で買い物行きましょーって感じなら、なんだかんだいい雰囲気いきそうじゃない?
それで、あんたとレイカの中がほぐれてきたら、あとは私たちはオサラバってことで!」
「なるほど……。ちょっと勇気出てきたかもしれない」
アレックスは期待に胸を膨らませ、両手を握った。
そしてそこで、――アレックスに直接かかわってくることではないが、彼は疑問を口にした。
「ところで……僕のダブルデートのもう一つのペアって、誰と誰なの?」
「まず私でしょー?」
アシュリーは真っ先に自分を指さした。まあ妥当なところであろう。
エリーゼとモニカはこの場にはいないし、仮に彼女らがダブルデートに参加しても、モニカは同じく恥ずかしがりそうだし、エリーゼは雰囲気を台無しにすること間違いなしだ。
アシュリーの申し出に異議を唱える者はいなかったが、――残る一人が問題だった。
「それで、アシュリーの相方は?」
「そうねえ……」
アシュリーは周囲を見渡す。
この部室には、ジョンとレオンとタケシがいた。
レオンは顔がホストっぽいのし、こういうのが得意そうな雰囲気はある。……まあ、実際のところは分からないが。
というわけで、順当に考えれば、レオンが指名されるはずだが……。
「……」
――タケシが、ものすごい形相でアシュリーを見ていた。
タケシとしては「僕を推薦して!」という燦然とした面持ちなのだろうが、実際は今にも目が飛び出んほどの切実な表情だった。
そしてそれを見たアシュリーは。
「えーっと……ジョンかレオンよねえ、男子っていったら」
アシュリーはタケシのキラキラとした視線に気づいていたが全力でスルーした。
その瞬間、タケシはさらに身振り手振りでアシュリーに存在を誇示するが、彼女はまるで気づかぬ風をよそおった。
もうね、童貞力全開なの。すごい熱視線。それだけアシュリーとデートしたいのだろうか。
しかし、タケシがこんな風に力んでしまうのも、無理からぬ話だった。
なにせアシュリーは、それこそテレビドラマに出てきそうな顔と、スレンダーかつ出るところは出た体つきをしているのだ。
初見があの学校戦争だったのでキテレツなイメージが先行しているが、ぶっちゃけグラビア雑誌に載れるレベルのルックスだった。夏の水着特集とかで。
そんな美少女と手をつなぎたいと思うのは、健全な男子であれば当然といえよう。
健全な男子であるならば!(謎の強調)
「そうだな」
ジョンは組んでいた腕をほどき膝に置き、レオンのほうへ首を曲げた。
「レオン、お前が行ってくればいいんじゃないか? 狙撃手どうし話が合うだろ」
「アニキが言うんなら……」
レオンは渋々といった調子でアシュリーを見やる。アシュリーも「んー」と彼を品定めしていた。
並みの男子であれば両手をあげて立候補するところだろうが、レオンはこの他薦に消極的なようだった。まあね、あれだもんね、女に困ってなさそうだもんね。
そしてタケシは血涙を両目から垂れ流していた。そんなに悔しいか。
タケシの必死なようすを眺めていたジョンは、(やりたいんなら自分で立候補すればいいのに……)と思いながらも、武士の情けでアシュリーに告げる。
「ほら、タケシとかやりたそうだぞ」
(ジョン……!)
タケシの顔がパァっと明るくなった。
「あ、タケシはいいや」
(あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)
タケシの顔がズドンと暗くなった。
なんだかんだで気持ちをハッキリ告げるのは「ダイナの国」のお国柄である。
ちょっと引いてしまうくらい悲しみに打ち震えるタケシ。
頑張れタケシ、負けるなタケシ。たぶん誰かが応援してくれてる(他力本願)。
タケシが絶望に打ちひしがれる中、いよいよレオンが一肌脱ぐときか、と思われた。
……が。
「ジョン、あんた頼める?」
「ファッ⁉」
まさかこのタイミングで指名されるとは思わず、変な声が出てしまった。
「俺? は? なんで?」
「なんでって……。一番相性がいいから?」
「相性……だと……⁉」
なんか変なところでタケシが反応した。
「たぶんタケシが思うような意味じゃないと思うわよ……」
メアリーがあきれ顔でタケシに注釈を入れた。
ジョンはメアリーの指名に納得がいかないようで、腕を組んで疑問を口にした。
「大丈夫か? 俺、デートの経験とか無いぞ? レオンなら顔もいいのに」
「関係無いわよ、そんなの」
アシュリーはジョンにウィンクする。
「なによりも大事なのは、心が通じ合っているかどうかでしょ?
大丈夫、デートは私が主導するから、あんたは私と腕を組んでればいいの」
「不安だなあ……」
「でも……」アレックスが口をはさむ。「僕もジョンがいいかな。レオンくんはおっかな――あんまり話したことがないから」
「いま一瞬『おっかないから』って言いそうにならなかった?」
「とにかく!」
メアリーがツッコむも、アシュリーがそれを制した。
「準備は整った! あとは予行演習だね!」
「予行演習かあ……」
「そう!」アシュリーはアレックスに向け親指を立てた。「いきなり女の子と話すんじゃ緊張しちゃうでしょ? その練習よ!」
「へえ~」
アレックスは返事をした後。
「……で、お相手はだれと?」
「そうねえ……」アシュリーは考える。「レイカって……私は会ったことないけど無口な子なんでしょ? ミステリアスな感じ? だったらそれっぽい子に応援を頼みましょうよ」
「んー、あんまりそれっぽい知り合いはいないかなあ。だからこそレイカに惹かれたっていうのもあるし……」
「タケシは誰か知ってる?」
「ぼ、ヴぉ、ヴぉくにきくゥ⁉」
「あ、そっか、タケシは女の子の知り合い少ないもんね」
「やめて! 僕のライフポイントはもうゼロよォ!」
最近、タケシのいじられっぷりが半端ないんだが(ラノベ風)。
「無口でミステリアスな奴か……」
ジョンは「んー」とうなる。先ほどからアシュリーばかりが仕切っているので、ここらでアレックスの友人としての意地を見せておきたいところだ。
……だが、ジョンも特別交友関係が広いわけではない。女子ともなればなおさらだ。
いまここに呼べそうで、なおかつアレックスの練習相手になりそうな相手といったら……。
「……あ」
……と、ジョンはふと、思い当たる。
「誰か知ってるんスか?」
レオンの質問に、ジョンは「まあ……」とあいまいに笑った。
「……たぶん、『練習相手』には不足ないと思うよ」
ジョンは含みをもたせてそう笑った。
部員一同が首をひねる中、ジョンは魔導ウィンドウを呼び出し、ちゃちゃっと連絡を取る。
果たして、誰がくるのか。
☆
「アナスタシア・ヴィクトロヴィチ・フルメヴァーラです。
ナターシャって呼んでね」
((((((こいつかあああああああああああああああああああ‼))))))
その場にいた者たち全員が頭をかかえた。
ジョンがアドレスを知っている人物で、なおかつ「無口でミステリアス」なレイカの練習相手になりそうな人間。
まさしく適任だった。適任すぎて本番でもないのにアレックスの顔が固まってる。
アレックスは泣きそうな顔で一言。
「……ジョン、骨は拾ってね……?」
「大丈夫だ、アレックス! 死ぬことはないから!」
アレックスの肩を叩いて励ますジョン。
アレックスと対面するナターシャは、まるで人形のような精緻な美貌を振りまいていた。なんか光る粒子が舞っている気がする。
「なんてものを召喚したのよジョン……」
「な、なんか、あ、あれだね、チョ○ボを期待してたらバハ○ートが出てきた、み、みたいな」
「お前らナターシャのことなんだと思ってんの?」
茫然とするメアリーとタケシにツッコむジョン。
ナターシャは「ふわぁ」と可愛くあくびをしたあと、アレックスの目を覗く。
「君がアレックス?」
硝子が響いたような、透明感のある声。
アレックスは真っ赤になって「は、はい!」と返した。
それからナターシャは、斜め上でようすを伺っていたジョンに向け顔をあげる。
「なんだっけ、女の子と話す練習? をすればいいんだっけ」
「そうだな。特にアレックスってば、女の子慣れしてないみたいだから」
「私で務まるのかな?」
「変に話し上手なヤツよりは練習になるだろ。協力してもらっていいか?」
「……まあ、生徒会室にいても寝るだけだし」
「いや、仕事しろよ」
この子、自分が生徒会書記だということを忘れてないか。
「えーっと……」
ナターシャはプリンのように柔らかく艶やかな唇に指をあてた後、アレックスに告げる。
「それじゃあ……その、よろしく」
「よ、よろしく……」
アレックスは軽く頭を下げた。ナターシャも自然体で宝石のような目を彼に向ける。
そして。
「……」
「……」
「……」
「……」
『……』
……。
…………。
………………。
「いや、なんか喋れよ‼」
「ご、ごめん!」
こらえきれずにジョンがツッコんだ。アレックスが顔を(><)←こんなにして謝る。
「だーもう、見てらんねえ!」
後ろでようすを見ていたレオンも続いて叫んだ。
「おい、アレックス! お前はチキンか? もっとシャキッとしろ!」
「は、はい!」
アレックスが背をビシッと伸ばした。続いて指示を受ける。
「なにか上手いことを喋ろうとする必要はねえ! 適当な会話で場をつなげ!」
「は、はいいいいいい! えーっと、えーっと……!」
アレックスは顔をゆでだこにしながらも、なんとかナターシャに質問する。
「あ、あの、お名前は……」
「いやさっき自分で言ってただろ⁉」
「アナしゅタシア・びゅクトロヴィチ・フりゅメびゃーラです」
「そして律儀に言うんかい!」
「っつーかいま噛んだッスよアニキィ!」
ジョンとレオンがさっそく脱落しかけた。
続けてアレックスが質問する。
「えーっと……好きなものとかありますか?」
「……ま、まあ、悪くはない質問だな」
レオン的には65点の質問らしい。
それに対して、ナターシャは特に迷わず答える。
「圧迫」
『……』
――場の空気が、凍る。
「……え、えと、じゃあ好きな言葉は……」
「俺は死ぬまで邪悪であったぞ」
『……』
――なにこれ、ギャグ?
「い、いま一番やってみたいことは……」
「恐怖政治」
『……』
――だれかコイツを止めて。
「さ、最後にひとこと……」
「あなたが私の心を探ろうとしているとき、同時に私もあなたの心を見透かしている」
『……』
――部室内が、静まりかえった。
「……ジョン……」
……アレックスが、涙目でジョンを見る。
「……僕にはデートはまだ早かったみたいだよ……」
「大丈夫だ、ナターシャが特殊なだけだ」
部員全員がドン引きする中、ジョンだけはなんとかアレックスを励ますことができた。
「んー……」
ナターシャは困ったように眉を曲げる。
「……だめだった?」
「ちょっと……常識とは外れていたかな」
「そう……」
ナターシャがガラにもなくしょんぼりしていた。
彼女は彼女なりに精一杯努力していたのだろうか。
だとしたら、双方にとって申し訳ないことをしたな、とジョンは反省した。
「カナエのアドバイスを参考にしたんだけど……」
「カナエええええええ! お前なに教えてんだァああああああああ‼」
ジョンがやり場のない怒りを虚空へと解き放った。
それからジョンはナターシャに詰め寄る。
「カナエだ、カナエを出せ!」
「ん、んん?」
ナターシャは目を白黒させながらも、言われるがままにカナエに電話をかけた。
「もしもし、カ――」
『もしもしもしもしィ⁉ なっちゃん⁉ なに⁉ 緊急⁉ 緊急の用事⁉』
「あの……」
『待ってて! すぐ行くから! なっちゃんのためならどこへでも行くよ! いまどこ⁉ てかラインやってる⁉(笑)』
「無限の同好会の部室だけ――」
『はあああああああああああ⁉ なに⁉ ジョンに拉致されたの⁉ っざけんなおいコラァ!』
「それはこっちのセリフだバーロー‼」ジョンもジョンで怒気を噴出する。「ナターシャになに変なこと教えやがってんだ! ツラ貸せコンチクショー‼」
『いいぞゴルァ! 全面戦争だァ‼ おいタクミ! 行くぞコノヤロー!』
『え、は? ちょ、ま、俺、これからお茶の約束が――』
『知るかバカヤロー‼』
「……あの、カナ――」
『首を洗って待っとりゃああああああああああああああああああああ‼』
「 」
ナターシャが釈明をする間も与えず、カナエとの連絡は切れた。
それを見ていたレオンはぼやく。
「お前……厄介なのとつながってんのな」
「……否定はしないよ」
それからナターシャは、恥じらいを見せるかのように頬を染めて、アレックスを見た。
「カナエから……その、『合コンのときは思ったことをそのまま言えばいいんだよ!』って言われたんだけど……マズかった?」
『あれ本音だったの⁉』
キャラが濃い面々に囲まれて早くも倒れそうなアレックスであった。




