「下品な気遣いをありがとう」
「――ッ!」
エリーゼの両目がカッと開かれる。赫々(かくかく)と輝くその紅い双眸は、黒い学生服のような上着をマントのようになびかせる少年に向けられていた。
エリーゼは、彼の姿を視界にいれる。
と、同時に、先ほどまで着ていたカジュアルファッションを分解・転送し、代わりに、普段通りの魔導装甲――ゴスロリドレスを召喚する。
エリーゼの体が光をまとい、黒々としたドレスが形をなすかなさないか――その瀬戸際で、少年の両手が光り輝く。
それを見たエリーゼの眼は、さきほどとはまた違った驚きで見開かれた。
さきほどの驚愕が、憎き宿敵を目にした憤怒の相であるならば、現在の驚きは、このような小規模な廃ビルで、そのような大それた魔法を――という、彼の無遠慮さに対してのものだった。
もちろん。
彼は躊躇するはずもなく。
技名も唱えずに、エリーゼが彼の接近に反応してから、コンマ数秒のわずかな時間で、魔法を発動させる。
瞬間、彼の両手から、魔法による衝撃波が放たれる。
その魔法はもちろん、エリーゼに向けられていた。エリーゼはその光に臆することなく、冷静に鎌を構える。
そして。
ズオオ! という振動と衝撃が空気を震撼させた。
「⁉」「なんだ⁉」
そこで、廃ビルで密かな取引をおこなっていた二人の男性が、騒ぎにきづいたようだった。
(――のんきな奴らめ)
この喧騒に気づかないなんて、死んでもしらないぞ、とエリーゼは刹那のうちに悪態をついたが、しかし、そういえば、彼らは魔導人形を使用していないのだ、と思い直した。
さすがのエリーゼも、生身でかの銀髪の少年の攻撃に反応するのは不可能といっていいだろう。
「くひゃひゃあッ!」
エリーゼが「テオドール」と呼んだその少年は、奇怪な嬌声をあげた。エリーゼは顔をしかめる。彼のそういった態度を、エリーゼは快く思っていなかったのだ。
エリーゼは、テオドールの魔法をはじいたばかりの鎌を傍らに、屹立して彼に言葉を投げる。
「久しぶりの挨拶にしては乱暴なんじゃない? あなたは人と話すときはまず消し炭にするタイプなの?」
エリーゼは、彼――テオドールにペースを握られないように、意図して居丈高に問うた。
対するテオドールの反応はゆらりとしていて掴みどころがない。
「いやあ、リゼちゃんみたいな鈍感さんは、これぐらいしないと僕を感じてもらえないかなと思って」
「下品な気遣いをありがとう」
エリーゼはテオドールの悪態にも冷静だ。
「……でもね、私はあなたに心も体もどちらも許した覚えはないわよ」
「へえ、そりゃあ意外だなあ。いや、心外と言うべきか。僕はリゼちゃんのことを心の友だと思っているんだけどね」
「確かに、互いのことを心の底から嫌いあっている友ではあるわね。
……あと、私のことを『リゼ』と呼ぶのはやめてちょうだい。寒気がするわ」
「残念ながらこれは僕の癖みたいなものでね。君をこの名意外で呼ぶのはできそうもないんだ」
テオドールは肩をすくめる。
「やれやれ、信じて国立第四魔法学校に送り出した親友がこんなにも拗ねて擦れてスレていたなんて、僕は悲しいよ」
芝居がかった調子で、いかにも悲劇を被っている風を装うテオドール。
崩落した壁から差す陽光を背に、ゆっくりと階段を降りるポーズを取る。
「僕のことは気軽に『テオ』と呼んでくれて構わないのに。よそよそしくなったものだねえ」
「ごめんなさいね、あまりにも久しぶりすぎて距離感を忘れてしまったわ」
エリーゼとテオは、互いの距離を測りあう。不用意に相手の間合いに近づこうものなら、即座に斬る算段だ。
エリーゼはゆっくりとテオに近づきつつも、気になっていたことを尋ねる。
「……に、しても。意外だったわ。いつのまにテラスの国に来てたの?」
「いやあ、ちょっとヤボ用でね」
テオは悪びれもせずに言う。
「僕はリゼちゃんみたいなエリートじゃないからね。今はちょっとバイトしてるところなんだ」
「バイト……ねえ……」
そのバイト先が健全なものであるならば、エリーゼはなにも言わなかったが。
国立第四魔法学校の生徒でもないのに、この場所に魔導人形で来られてるところから、すでに、彼のバイトは真っ当なものでないと分かる。
「いやあ、毎日大変だよ。最近新入りがふたり入ったんだけどね、これがなかなかヤンチャでねえ。実力は申し分ないんだけど、扱いに困ってるところなんだ」
「あら、ヤンチャどうし、気が合うんじゃなくて?」
「御冗談」テオは微笑む。「殺したくなるのを必死でおさえてるところさ」
「同族嫌悪ってやつね?」
テオの狂気とエリーゼの毒は止まることを知らない。
「それより」テオはとたん、口をとがらせた。「つれないなあ、リゼちゃんは。ちょっと離れてるうちに僕と遊んでくれなくなるなんて」
「あれが遊びに思えるんなら、この世はとっくに瓦礫の山だわ」
テオとエリーゼの言葉による牽制合戦はつづく。……が、その終止符を打つのは、どうやらエリーゼであるようだった。
「そうねえ。確か……私たち二人の関係って……」
エリーゼは、人差し指を口元にあて、ジョンにすら滅多に見せない朗らかな笑みを――ジョンには絶対に表さない隔絶の証としてテオに向け、そして告げる。
「出会ったら殺しあう――くらいの仲よね?」
……エリーゼの、無礼な物言いに。
「……あは」
……かの、銀髪の少年は。
「あはは、あははははは!」
テオは、――狂ったように、目を剥いた。
「ああ、近すぎて困っちゃうねえ!」
瞬間。
テオの剣と、エリーゼの大鎌が、刃を交えた。
ズギャン!
明らかに金属同士の衝突ではない、破裂音にも似た音が響く。
エリーゼの「闇」の魔力と、同じくテオの「闇」の魔力が衝突し、――そして弾けた。
その衝撃は、なみなみならぬエネルギーを有しており、両者がただならぬ実力を持った魔法使いであることも、同時に証明していた。
魔力の発露により武器を弾かれた両者は、互いに距離をとり、相手の出方をうかがう。
テオはいまだに余裕をみせた表情で、自然体でたたずんでいたが、対するエリーゼは、大鎌をふたたび構え、いつでも振れる準備をしていた。
この様子だけを見て、エリーゼよりもテオのほうが実力があると論ずるのは早計である。テオは、パッと見、相手を侮っているように見えて、その実は両腕にわずかに力を入れ、いつでもエリーゼの攻撃を受け入れる準備を整えているのだ。
もちろん、対応速度にはやや不利が生じるが、現在のエリーゼの激昂した精神状態を鑑みると、相手を揺さぶるという意味でも功を奏しているといえよう。
エリーゼもエリーゼで、必死に冷静たろうと自身を落ち着けているが、心のどこかには、逸る気持ちと焦る気持ちが混在し、それが怒りという棒でかき混ぜられていた。
そのときだった。
「チイ、くそ、逃げるぞ!」
「ひ、ひええ!」
エリーゼの背後で、二人の男性がドタドタと駆けていった。
――そうだ、テオドールに構っている場合ではない!
はたと彼らの存在を思い出したエリーゼは、声をあげる。
「待ちなさい! あんたら身柄を――」
「おせえよ」
衝撃波を伴った魔剣が、エリーゼを襲う。ビルの床を穿つそれは、しかしそれすら構うことなく、エリーゼへと向かっていく。
しかし、それに黙っているエリーゼではない。
「こなくそォ!」
エリーゼはテオの長剣をよけた――かと思うと、屈んだ体制のまま、横向きに鎌を振る。
剣を振りきり、無防備となったテオであるが、しかし、エリーゼの鎌に対し恐怖は感じられない。
――いや、それどころか。
「いいねえ!」
――歯を剥きだして、嗤った。
「黒曜!」
ズババババ!
テオの体から、金属製の黒い針が飛び出した。絵面だけみれば、針でめった刺しにされているようだが、事実はその逆だ。
「――くッ!」
エリーゼはテオの反撃を予期していなかったわけではなかった。――が、ここで二つの選択肢がエリーゼの前に提示される。
いま、テオの体から飛び出ている、百本もあろうかというほどの黒い針。太さは3センチほど。そのそれぞれがどれほどの硬さを持っているかは分からないが、一筋縄では折れないことは明白だ。
と、すれば、エリーゼには、あの針ごとテオを斬ってしまうか、もしくは、針が折れない可能性を考慮して、一歩退き、体制を立て直すか、という二択になる。
その二択を選んだのちに、さらなる魔法を繰り出すか、といった問題が出てくるが、どちらにせよ、突っ込むか退くか、この選択肢は変わらない。
わずかの思考。
そしてエリーゼは結論付ける。
テオの魔力がどれほどかは分からないが、あれだけの「鉄」を一度に生成する魔法となると、消費する魔力量、もしくは代償は相当なものになるはずだ。
――で、あるならば!
エリーゼは、踏み込む!
「へし折ってやる!」
「いいよ、抱きしめてあげる!」
テオは口の端を釣り上げた。
エリーゼは廃ビルの床を踏みしめ、鎌に多量の魔力を込める。
魔力の消費なんて、考えない。迷ったら、そこで終わりだ。
――この一撃に、すべてを賭ける!
思いっきり鎌を振りあげ、同時に、鎌のギアを駆動させる。
煌々と紅く輝くエリーゼの魔法石。
エリーゼの両目も、血のように深紅に染まった。
そして、声を張り上げ、その術の名を叫ぶ。
「大鎌威断ち‼」
「魅鶴戯‼」
エリーゼの渾身の魔力と、テオの剛力の魔力がぶつかり合い、雷鳴がごとき爆発を起こした。
その波動は凄まじく、ビルの上階を一瞬で塵に変えるほどだった。
激しい爆発が明滅する。コンクリートのビルに散った黒々とした煤は、さながら血飛沫のようであった。
エリーゼは両足で踏ん張り、衝撃に吹き飛ばされないように耐えた。
――が。
「――あれっ」
……ふいに、エリーゼをの鎌を圧迫していた圧力が、消え失せる。
「……あれ?」
エリーゼの鎌が虚空を斬った。エリーゼは最初、なにが起こったのか分からなかったが、ややあって、霧が晴れたのち、状況をさとった。
(――あいつ……逃げやがった)
爆発の黒煙にまぎれ、テオは戦場から離脱してしまったらしい。
思い返してみれば、テオの役割は、どうもDOOMの関係者を護衛することのようだった。それを鑑みれば、彼らが逃げた時点で、テオには、エリーゼと戦う理由がなくなるのだ。
確かに合理的な判断ではあるが、……しかし、エリーゼの顔は暗い。
「……ったく」
小さく舌打ちし、それから周囲を見渡す。
4階から上が吹き飛んだ廃ビルは、淡い陽光をエリーゼのもとに招いていたが、しかしエリーゼの気分が晴れることはない。
「……まあ、学生の悪ふざけってことで」
没落気味とはいえ、仮にも貴族の娘であるエリーゼには、損害賠償を求められても一括で払いきれるだけの財力がある。……が、お咎めなしですむに越したことはなかった。
テオがその場からいなくなったのを悟ったエリーゼは、張り詰めていた緊張をほどき、煤けた壁に背中を預け、それから空を見上げた。
日本独特の淡い青色が見えた。エリーゼの故郷であるベルクの国は、基本的に雲がかかり、曇天の日も多々あるが、快晴の際には、これ以上ないくらい蒼い空が見えたものだ。
――また、あの空が見てみたい。
エリーゼは故郷に思いをはせるが、軽いホームシックになりかかったところで頭を振った。
「……くっそ、テオのやつ覚えてやがれ」
まるで悪役のような捨て台詞を吐き、それからエリーゼは伸びをする。
ひとしきり途方にくれたところで立ち上がり、魔導装甲を返還し、こちらに潜入する際に着ていたカジュアルな服装を再度召喚する。
――DOOMの人間に見つかったってことは……失敗かな?
どうやら無限の同好会の面々との海に行く約束は反故になりそうだった。
まあいいや、どうせあいつらなら勝手に企画するでしょ、とエリーゼは楽観的な人任せを実行した。
「……あ、そうだ」
ビルから退出し、せっかくだから街中を歩いて回ろうと画策していたエリーゼであったが、リクトに報告する、という当たり前の事務を怠っていたことに気づき、ひとり「てへぺろっ」と頭を小突いたのち、魔導ウィンドウから電話画面をひらいた。
リクトのボタンをタッチし、電話をかけるが、しかし、リクトは電話にでなかった。
「……まあ、かけなおしてくるか」
そう目算を立てたエリーゼは、薄手のジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、なにかいい洋服屋はあるかしらん、と周囲を見渡していた。
――そのとき。
――エリーゼの目に、とんでもないものが映った。
「……えっ?」
不意に、立ち止まるエリーゼ。
その、視線の先では。
――リクトとモニカが、一緒になって歩いていた。
今回の話でいろいろ(主に作品の方向性とか)不安になった方もいらっしゃるかもしれませんが、大丈夫です、テオドールはこの小説の構想の初期段階からいました(謎の力説)。感想・評価等お待ちしておりますm(_ _)m




