「ついでに式場も予約しておこうか?」
「DOOM……?」
エリーゼは目を見開く。
そこには、明らかな動揺があった。
「知っているけれど……、でも」
「解体されたはず……と言いたいのだろう?」
リクトは伏せた瞼の片方をひらき、エリーゼを見据えた。
エリーゼは、おそるおそる、といった調子でたずねる。
「……まだあるの、あれ?」
「なりは潜めていたらしいがな……」
リクトは息を吐く。
「事実、当時のニュースでも本部が捜索され、関係者が軒並み、そして芋づる式に逮捕されたと報道されたらしいからな……。世間ではそれをもって終焉をむかえた。……ということに『なっている』」
「……」
エリーゼは、珍しく顔をあおくした。
無理もない、「DOOM」といえば、それこそ、「デーベライナー一家」以上に忌避されている、いわば恐怖の象徴のようなものなのだから。
蔑まれながらも表舞台に立てる「デーベライナー」と、関係者というだけで警察に逮捕される「DOOM」。
その差は歴然だった。
エリーゼは、唇をふるわせながらも、リクトに問う。
「奴らが……いったいどうしたの?」
さすがのリクトも、この話題(話題といっていいほど呑気なものではないが)には慎重なようで、言葉を選んでいる風がみてとれた。
「奴ら……DOOMの残党が、活動を再開してきているらしい。
それも……さらなる強大な力を付けながらな」
「そんなの……」
エリーゼは口ごもる。
「……でも、なぜ、そんな話を私に?」
エリーゼは不安げにたずねた。エリーゼの実力と才能は、自他ともにみとめるところであるが、それでも、――そんなエリーゼでさえも身に余る話だと思ったからだ。
ましてや、エリーゼはこの国の人間ではない。ベルクの出身だ。
そんな彼女に、そのような、「機密事項になりかねない話」を明かしてよいのだろうか。
テラスの国にふたたびDOOMの魔の手が忍び寄っていると世界に知れたら、それこそ大問題になる。とにかく悪いことを企む奴らにはこのうえない美味しい話だ。
いかにテラスの国――ひいては日本が盤石な国家なれど、その隙を突こうとする輩はいくらでもいる。
エリーゼの質問に、リクトは口角を上げる。
今までのエリーゼであれば、それを挑発と受け取ったが、現在のリクトの「それ」は、むしろ期待の表れだろう。
「……ここまで話して、まだ説明が必要か?」
「調査だけで……いいのよね?」
エリーゼは質問を付け加える。
「ああ、君の力をあなどっているわけではないが、それでも、『DOOM』といえば、それこそ国防法が適用される間近までいった凶悪団体だ。一人の手には負えるはずがない」
「ふうん……」
エリーゼは鼻を鳴らす。リクトの態度の急変があっても、まだ、リクトに対する疑念は晴れない。リクトもそれを重々承知しているようであったが。
「猫の手も借りたい……ってこと?」
「猫は猫でも山猫だねー」
「うっせー牝豚」
「はあ⁉」
逆ギレするカナエをナターシャは押さえつける。具体的にいうとスリーパーチョークホールドしていた。
カナエは最初は怒りに顔を歪めていたが、ナターシャの香りを感ずるや「あ……もっとやって……!」と恍惚の表情をした。エリーゼはドン引きしていた。
「仕方ないだろう」
ナターシャがシメ終わったのち、リクトは息を吐いた。
「これはこの学校の校長、直々の依頼なのだから」
「お褒めにあずかりまして」
エリーゼは微笑む。
――が。
「……プロの魔法使いもたいしたことないわねえ」
と、エリーゼはリクトを睨んだ。言外に、これは学生の領分ではないと言っているのだ。
「まだ『疑惑』の段階であるからな。プロの魔法使いや警察が出張れば、それこそ『DOOMが再興した』と問題になる」
「私ならどうなってもいいってわけ?」
「つまるところはな」
リクトは頷く。
「安心してくれたまえ、どんなヘマを起こそうと『学生の悪ふざけ』として不問にするつもりだ」
「期待されてるのかされてないのか……」
要するにそれは「失敗して当然」と思われているということではないか。
プライドの高いエリーゼが気を悪くしたのは言うまでもない。
「とんでもない」
リクトは首を振った。
「学生の立場を守るための保険だよ」
それに、とリクトは続ける。
「期待していない生徒なんかに、こんなことは任せないさ。第一、私が却下する」
「たとえばその女とかねー」
エリーゼはリクトの隣に座る人物に視線を向けた。パツンパツンのTシャツでその豊満なバストを誇示する少女、カナエは、いきなり対応を求められ、「たはは……」と愛想笑いした。
エリーゼは、これ見よがしに嘆息した。
以前までのエリーゼならば、リクトに対し、悪態の一つでもついていただろうが、今の状態のリクトには、あまりそういった類の口をきける雰囲気はなかった。
――まったく、めんどくさい。
エリーゼは身勝手にもそう思った。
☆
今から7年前。日本に「DOOM」という団体が出現した。
テラスの国を主戦場とし、多くの腕利きの魔法使いと、国を倒さんとする革命思想の持ち主たちを集めたその一団は、無差別、かつ大規模なテロ活動を繰り返した。
活動目的は、経済、思想、あるいは犯罪者の解放等、時と場合によりさまざまなものが叫ばれていたが、一貫して掲げられていた思想があった。
「世界の標準語を日本語ではなくすこと」
多数の国の出身者から成り立つその一団は、それを史上目的として、破壊活動に明け暮れた。
☆
「……世界の共通語が日本語となってから、70年が経過した。それにともなって、世界の多くの地域で日本語が用いられるようになった」
「まあ、でもそれにはれっきとした理由があるじゃない?」
エリーゼは手をヒラヒラさせて答える。
「魔法使いにとって、『言葉』は『剣』よ。どれだけ多くの語彙によって呪文を唱えるかによっても、魔法というものは種類が変わってくる。それが『定義づけられている』から」
「……だが、それを快くおもわない連中もいる」
「無様ね」
エリーゼは吐き捨てる。
「日本語の公用化に反対してる奴らって、結局、それ以外の言葉を使うと経済的に迫害されるのが気に食わないって言ってるんでしょ? でも、そんなの、時代に乗り遅れたほうがわるいのよ」
だいいち、とエリーゼは続ける。
「日本語の前は英語が共通語だったなんて――そう、アメリカのダイナの国やヨーロッパのフォードの国の言葉が一様に使われていたことくらい、奴らしってるはずでしょう? それを承知で『我々の経済的困窮は非日本語圏への貿易封鎖が原因だ』、……なんて本気でいってるなんて、ちゃんちゃらおかしいわ」
「『終焉戦争』後の覇権国が、途上国の軍力を削ぐために日本語を公用語化したのも、また事実だろう」
「だからって……」
エリーゼはあきれる。
「それでも、日本で無差別テロなんて……。スマートじゃないわ」
「だからこそ、日本国総力を挙げて、その事態は鎮圧され、DOOMは壊滅した」
「「……『はず』だった……」」
リクトとエリーゼが同時に言葉をだす。
……そう、この問題は、納得できない者同士の分かり合えない交渉が招いた、どうしようもない決裂だったのだ。
「……それで?」
エリーゼは冷えた茶をすする。
「ベルクの国のエリーゼ・デーベライナーは、どんなご奉仕をすればいいんでしょうか、このテラスの国に?」
皮肉たっぷりのエリーゼの文句に、リクトはあえて冷静にこたえる。
「君がこれから立派な魔法使いになるための足掛かりだとおもってくれたまえ。
単なる調査だ。それに、魔導人形を使用する以上、命の危険もない」
「気乗りしないわ」
「なにが望みだ?」
「そうねえ」
エリーゼは視線を空へと向ける。不自然につり上がるその口角は、まぎれもなく、イタズラ小僧のそれであった。
ややあって、エリーゼはソファにふんぞり返り、人差し指をあげて言う。
「その任務が完了したら……私のサークル9人全員を海へと招待なさい」
「あのねえ、エリーゼちゃん……?」
「いいだろう」
カナエがあきれて忠告しようとしたところを、リクトが肯定により阻止した。
リクトがこのような馬鹿げた注文を飲み込むとは、いよいよ怪しさが増してきた。
「ついでに式場も予約しておこうか?」
……本当にどうしたんだろうか、この人は。
「え、なに、エリーゼちゃん、ジョンとデキてるの⁉」
「今度よけいなことを言うと口を縫い合わすぞ」
悪態をつくエリーゼの頭痛は止まなかった。
☆
そんなやり取りがあったのが、昨日の16時頃。その後エリーゼは急いで支度を整え、装備を確認し、次なる日を待った。
そして、翌日。作戦決行の当日だった。
モノクロのジャケットのポケットに手を突っ込んでいたエリーゼは、息を潜めつつビルへと潜入した。
リクトの言う情報によれば、このビルの中で、DOOMの幹部と、さらなる敵対勢力との密会が始まるという話だ。
エリーゼの任務は、可能であればそいつらを逮捕、逃がしてしまうようならば、会話を録音し、さらに写真データを魔導カメラに収める、というものだった。
なるほど、プロの魔法使いが出張れない理由がわかる。もしこの場に年配の魔法使いが来れば、せっかくの逮捕のチャンスが無くなってしまうだろう。現在のエリーゼのストリートファッションも、潜入のためのカモフラージュだ。
この作戦の目的は、最終的にはテロの阻止にある。事前に気付かれてしまっては、延期はできても根本的な解決にはならない。
エリーゼはそれを踏まえたうえで、足音を殺しつつ、ゆっくりと忍び寄って行った。
小さな5階建ての廃ビル。その3階で、例の取引はおこなわれるという。
そのビルは、ここ2・3年で使われなくなった建物のようで、もともと立地も悪いためか、廊下には埃が待っていた。それでも、駅から近いせいか、エリーゼの足音を消してくれそうな程度には、窓から騒音が響いた。
エリーゼは階段を4階まで上り、そこから耳をそばだてた。取引の時間は午前9時。朝方である。
現在時刻を魔導ウィンドウで確認すると、8時ちょうどであることが分かった。取引相手が几帳面な性格であれば、あと1時間以内に、目的の現場へとたどりつくだろう。
エリーゼは取引の時刻まで待機する間、息を殺して、4階の階段の上で体育座りをしていた。もう季節は夏となり、じりじりとした暑さがテラスの国にも来襲してきたところだ。
外ではセミの大合唱がはじまっている。いつもピリピリしているエリーゼであるが、今回は輪をかけて精神を集中させているため、その鳴き声が耳障りでしかたなかった。
そんなことを考えているうちに、階下から足音が聞こえた。どうやら「彼ら」が来たらしい。
足音は2つ。DOOMの人間か、はたまたその協力者かは分からないが、とにもかくにも時がきたことを悟り、エリーゼの神経がいっそう張りつめた。
――こういうの、タイプじゃないんだけどな。
デーベライナーの人間として、魔導人形を使った潜入捜査の術も一通り学んでいるが、エリーゼの専門はもっぱら武器を用いた対人戦だ。
本当ならば、DOOMの人間なんか、見た瞬間に斬るか、あるいは捕縛したいところだが、じっとこらえ、気をうかがう。
ややあって、もう一人分の足音が聞こえた。時刻は8時57分。ついに取引の時間がきたようだ。
足音が3階の踊り場から廊下へと渡って行ったのを確認したエリーゼは、3階と4階をつなぐ階段の縁から、少し顔をだし、様子を確認する。
――よし、誰もいない。
安全を確認したエリーゼは、魔法で足元をほんの少しだけ浮かせ、音をたてないように3階へと降りていく。DOOMもその協力者も、4階を確認することはなかったようだ。……まあ、かくいうエリーゼも、4階の全ての部屋を確認してはいないのだけれど。
窓からの太陽光の差す角度を気にしつつ、エリーゼは壁際から様子をうかがう。
そこには、二人の男性が立っていた。
一人は黒いスーツに身を包んだ屈強な男性。もう一人はニット帽に青いジャケットを着た小太りの男性だ。
――あっちの黒いのがDOOMで……青いデブは協力者か……。
エリーゼはそう目算を立てる。そして、青デブの持つ彼に不釣り合いな黒いアタッシュケースには、おそらく爆弾、……あるいは金目のものが入っているのだろう、と予想した。
――どうする、捕まえるか、様子を見るか?
黒服も青デブも、ここからでは魔導人形を使用しているかどうかわからない。もし魔導人形を使用してこの場に来ていたとしたら厄介だ。逃げられることはもちろん、最悪、DOOM自体の動向をくらませてしまうかもしれない。
とにもかくにも情報だ。エリーゼは消音カメラを構え、ついでに録音のためのマイクも起動する。どちらも立派な魔導具であり、手を煩わせないように設計されたものだ。
二人の男は会話に夢中で、エリーゼに気付く気配が無い。エリーゼはしたり顔で、カメラでパシャパシャと写真を撮る。もちろん、フラッシュもシャッター音も無いが。
そのあとさらに、魔導イヤホンで、マイクから流れてくる会話の中身を盗み聞きしようとする。
そのときだった。
「感心しないねえ」
――そう、エリーゼに声をかける者がいた。
エリーゼは、思わぬ来訪者に目をギョッと見開く。
――そして。
――エリーゼはさらに、目を疑う。
「あんなおっさん盗撮してなにが楽しいのさ? それに盗聴かい?
そういう趣味に目覚めたの?」
「……」
――なれなれしく、彼は呼ぶ。
「ねえ、リゼちゃん」
エリーゼは、彼女に声をかけてきた人物をギロリと睨む。
頬を不敵に歪ませ、怨嗟のこもった笑みで、噛みしめるように口にする。
銀髪の、少年の。
彼の、その名を。
「テオドール……!」
――ニヤリ、と彼は笑った。
瞬間。
エリーゼが魔導装甲を呼び出すのと同時に。
強烈な衝撃が、ビルの壁を吹き飛ばした。




