「私の犬になってもらうわ」
「えっと……、その、なんだっけ、ああ、そうそう、同好会を作るって話……だったわね?」
「そうそう、その話!」
ジョンがグイッと身を乗り出した。
エリーゼは小さく「ヒッ」と悲鳴をあげた。
「さっきの自己紹介のときもそうだったけどさあ、やっぱりお前、めっちゃ強えよな! 素人目にも尋常じゃないって分かるもんなあ!」
「ま、まあ……ね」
相手がジョンとはいえ、褒められて悪い気はしないエリーゼである。
頬を染め、少々得意げになる。
「あんなの、赤子の手をひねるよりも簡単だわ。試験は泣かないもの」
「ホントに毛ほども難しくなかったって感じだな……」
ジョンは両手を頭の後ろに回し、エリーゼの実力にただただ感心した。
「すげえよなあ、過去問とか見てできる限り対策は立ててたんだが、やっぱり想定外のこともいっぱいあって……」
「……ま、まあ、それに、自慢じゃないけど、私、今年トップの成績で国立第四魔法学校に合格したから」
「それ、ザックも言ってたな。俺なんか123位だってのに」
「え? 高くない?」
「なあお前どんだけ俺が成績悪いって思ってたの?」
エリーゼは素で言っているようだが、さすがにジョンの資質を低く見積もりすぎではないだろうか。
しかし、エリーゼはまったく悪びれない。
「だって、今年度の国立第四魔法学校の合格者って、たしか200人くらいでしょ? 正直ボーダーギリギリだと思ってた」
「甘いな!」
ジョンは無駄に洗練された無駄のない無駄なキメポーズをとる。
「運動能力と学力はかなりの高得点をマークしてんだ! ダテにこの学校に入るために勉強してねえぜ!」
「ふーん……」
エリーゼはココアを飲み、半眼になって頬杖をついた。
「……で、魔法は?」
「……いや、まあ、その、う、受かったから、ほら……」
「魔法の試験の成績は? どうだったの?」
「……あの、ね、ミス・エリーゼ? あんまりそういう詮索は……」
「ど・う・だ・っ・た・の?」
エリーゼにじっとりとした視線を送られたジョンは、捨て鉢に叫んだ。
「だーもう、最下位だったよ! 悪いか!」
「だっせーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
ギャハハと下品に爆笑するエリーゼ。
こいつマジでぶん殴ってやろうかとジョンは思った。
「お前マジで性格悪いな」
「照れるわ」
「褒めてないから⁉」
フウ、と両者は息を整える。
エリーゼはジョンの目を見て、本題へと移行する。
「……ねえ、あなた、この世界を変えるって言ったわよね?」
「ああ。それを成すにあたっては、やっぱり拠点があった方が便利だろう?」
「そのための同好会ってわけね?」
ふむ、とエリーゼは口元に指をあてる。
「……たしか、あれって、メンバーが二人いれば創設できるのよね?」
「そうなんだよ。それで今、そのためのメンバーを探してるってわけ」
「なるほどね」
エリーゼは肉を一切れ口に入れ、咀嚼した。
噛んでいる間に、思考をまとめ、次なる会話へと移行していく。
「でも、なんで私を誘おうと思ったの? ほかの人は?」
「誘ったんだけど……、んーまあ……、やっぱりというかなんというか、誰も乗ってくれなかった」
「まあ、そうよね」
エリーゼは席の周りを見る。
依然として、食事をする生徒たちは、意図的にエリーゼを視界から外している。
まるで、目を合わせたら石にされてしまうとでも言いたげに。
「……あんな軟弱な臆病者たちに、そんな大それた夢、抱けるわけないもの」
「んなこたぁ分かんねえだろ」
ジョンは反論する。
「たしかに、就職のための進学とか、あとは単に教養を身に着けたいって奴が大勢だろう。それは否定しないぜ?」
だが、とジョンは拳を握る。
「必ずいるはずなんだ、俺と同じ意思を――世界を変えたいと思っているヤツが、ぜったいにいるはずなんだ。俺はそんなヤツに会ってみたいし、そのためにこの学校へ来た」
「同士を探しにね……。それ自体はとくにツッコまないけれど、実際問題、社会に出るだけの力がない人なんて、惨めでしょうがないわよ?」
「そこは心配いらねえ。俺は俺でどんな仕事に就くかおおよその目標は持ってるからな。まあ、実施に就けるかどうかは、お前の言う通り未知数だけど」
「ふうん……」
エリーゼはジョンの言葉に相槌を打っていた。
あまり興味があるわけではないが、……かといって、聞き流していたわけでもない。
夢を語り、希望を抱くジョンの姿は、エリーゼにとって、光そのものであった。
あまりにも眩しくて、煌々としていて、とても「見てられない」。
その志あふれる姿に、エリーゼは歯噛みする。
――なんて、阿呆なんだろう。
先ほどエリーゼが言った、「無知とはすばらしいものね」という言葉。
その言葉が、今更ながら、口内で染みた。
なにを、呑気なことを語っているのだろうと、侮蔑と苛立ちがエリーゼの脳を支配する。
そして。
――私なんて、とっくに夢をあきらめたのに。
――世界を知らないあなたが、なんて妄言を吐いているんだ。
そんな、八つ当たりに似た思いが、エリーゼの胸に胚胎した。
そして、その思いは。
《《この男の希望を打ち砕いたらどうなるのだろう》》という思いに、変化する。
エリーゼのサディストとしての性が、爆発寸前まで膨れ上がる。
「そういうお前はどうなんだ?」
不意に、ジョンに質問される。
「お前はどんな夢を持っている?」
「……」
……エリーゼにとって、一番されたくない質問を、ジョンはしてしまった。
その思いが、エリーゼの欲望を噴出させる。
「……そうね、強いていえば、あなたみたいな阿呆の行く末を見てみたいわね」
さぞかし滑稽でしょうね、とエリーゼは嗤った。
だがジョンは、その皮肉すらも強引に好意的方向にもっていく。
「俺と一緒に同好会を作れば、その夢、叶えられるかもしれないぜ?」
叶えられるかも《《しれない》》と言った真意は、ひとえに、ジョンの自身によるものだろう。
裏を返せば――いや、ジョンの気持ちを思えば、「絶対に諦めないけどな」という言葉が付く。
ジョンの強気な発言に、エリーゼは眉根を寄せた。
――が。
……内心では、《《今にも哂いだしそうなくらい、興奮と歓喜に浸っていた》》。
――嗚呼、咥内に涎が溜まる。
エリーゼは生唾を飲み込み、舌なめずりをした。
――この男、屈服させたい。
――己が未熟さと小ささを、あの無骨な体に叩き込んでやりたい。
……そして、傍からは「お友達」というていで付き合い、思うがままに服従させ、隷属させるのだ。
そのビジョンを描いたエリーゼは、軽い興奮状態に陥った。
エリーゼのサディズムが、極限まで高まる。
エリーゼは逸る気持ちを抑え、努めて冷静に告げる。
「なるほど、面白そうね」
「……えっ?」
ジョンは驚く。
――さあ、乗ってこい、と、両者が共にドキリと心臓を脈打たせる。
「……それって……」
ジョンは人差し指をぷるぷる
「一緒に……同好会を作ってくれるって……そういうことか?」
「私に二言はないわ」
その言葉を聞いたとたん、ジョンは思わずガッツポーズを取った。
エリーゼは、デーベライナーという悪評こそあれど、ジョン自身は特に気にしなかったし、ザックの言う通り、文武両道の逸材だ。
性格こそ悪いが、それに目をつむれば後は申し分ない。
きっと、頼もしい戦力になってくれるだろう。
「マジか! じゃあ……」
ジョンはさっそく、同好会申請書を渡そうとする。
「ただし」
エリーゼは、人差し指で、ジョンの口をつぐんだ。
「条件があるわ」
……小悪魔に口角を上げ、エリーゼは告げる。
「条件?」
ジョンは首をかしげる。
「条件……というよりも、勝負と言ったほうが正しいかしら」
「なんだ? 言ってみろ」
息巻いたジョンは、躊躇なくその続きを促す。
その言葉に、エリーゼはニヤリとする。
――とても嗜虐的な笑みを浮かべて。
「模擬戦をしましょう」
「模擬戦……か」
ジョンはエリーゼの言葉を反復した。
模擬戦。
簡単に言ってしまえば、魔法使い同士の決闘である。
古来の呪術的な魔法使いはともかくとして、現代の魔法使いは、剣を扱う者も多く、騎士としての一面も見られるため、個々の実力を競い合って優劣や勝負事を決めることは、通例と言って差し支えないくらい一般化していた。
違うことと言えば、魔導人形を使用しているので、命の危険がないくらいだ。
そのため、高名な魔法使い同士の模擬戦、あるいは決闘は、一種のスポーツとして大衆からの人気もあった。
エリーゼは、自身とジョンが一戦交え、その勝敗をもって物事を決めようと言っているのだ。
「あなたが私に勝てたら、あなたの同好会を作るのを手伝ってあげる」
「マジかよ、さっさとやろうぜ!」
「落ち着きなさい。発情した犬じゃあるまいし」
「……お前、わりとキツイ下ネタ言うな」
「大きなお世話よ」
エリーゼはぷんすかと頬を膨らませた。
「まだ話は終わってないわ。物事は白黒つくのが基本でしょう?」
「……つまり、俺が負けたらどうなるか……ってことか?」
「そういうこと」
エリーゼは目を伏せ頷き、ウィンクのように片目を開ける。
「私にも、勝ったときのご褒美があるべきでしょう?」
「そうだな……。
……それで、お前が勝ったらどうなるんだ?」
「そうねえ……」
エリーゼは視線を宙に送り、考える。
――それはまるで、どの人形を買ってもらおうか悩む子供のようで。
こんなときに限って、――そう、こんなえげつないことを考えているときに限って、彼女は少女然とした態度を見せる。
「私が勝ったら……」
エリーゼは迷う。
正直なところ、勝ちは見えていた。
この男が自分に敵うはずがない。
それが分かってて、……それを承知で。
エリーゼはジョンに、思考の結果を突きつける。
――なぜか、チクリと痛んだ胸を押さえながら。
「もしあなたが負けたら……。
今年一年間、私の犬になってもらうわ」




