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メトゥス  作者: 髪槍夜昼
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八人目


獰猛な虎達が一斉にフェレス達を追いかける。


それを見た二人はすぐに方向転換して、逃げ出した。


「…さっきまでの威勢はどうしたんですか」


「う、うるさい! この空間では私の能力は使えないのよ!」


飴色の空を睨みつけながら、レプスは叫んだ。


レプスの『マエスティティア』はあくまで寒気を具現化するアニマだ。


氷や雪を具現化出来る訳ではない。


水も雲もないこの空間でどうやって氷を生み出せと言うのか。


せめて水があれば…


「ん? うわぁ!?」


そんなことを考えていた時、突然レプスの前が湖に変わった。


全力で虎から逃げていたレプスはそのまま湖へ落ちる。


さっきまではこんな場所に湖などなかった。


肉体の感覚に忘れそうになるが、ここは夢の中。


いきなり地形が変わっても不思議ではない。


「大丈夫ですかー?」


薄ら笑みを隠さずにフェレスが言う。


こちらはレプスの後ろを走っていた為、落ちずに済んだようだ。


ちくしょう。


「濡れる夢を見るとおねしょするって言いますけど、そっちの方も大丈夫ですか?」


「いい加減、真面目になれ! 私達は今、神モドキに取り殺されかけているのよ!」


『モドキではなく、正真正銘の神だ』


一頭の虎の上に立ち、ムースは言った。


『ほら、水は用意してやったぞ。全力で足掻けよ、人間』


「言われずとも…!」


フェレスの横へ上がっていたレプスは湖へ右手を沈めた。


瞬間、割れるような音を発てて、湖が凍結していく。


十秒と経たず、湖はアイスリンクへ変貌した。


風景を変貌させたレプスは、静かに湖から手を引く。


凍結したレプスの右手には氷柱の槍が握られていた。


「おお、格好良い。氷の槍ですか」


「これが刺さったら痛いじゃ済まないわよ…!」


そのままレプスは氷柱の槍を投擲する。


アニマが宿った槍は標的へ目掛けて、直進していく。


自分に近づく凶器を前に、ムースが浮かべたのは失笑だった。


『おいおい、まさかこれが全力じゃねえだろうな』


氷柱の槍は、ムースの眼前で粉々に砕けてしまった。


突然ムースの前で地面が隆起し、ムースを守ったのだ。


まるで神を守る為、空間自体が動いたかのように…


ムースは退屈そうに乗っていた虎を蹴り飛ばすと、風船のように虚空を舞う。


『つまらん。つまらねえぞ、お前達。俺と同じだって言うから、少しは期待してみれば…』


空を舞うムースは右手を振り上げた。


何もない空間で遠くの物を掴むような動作をする。


「…アンタ、まさか」


ムースを見上げるレプスは動作の意味に気付いた。


その手の先にあるのは、遠近感でムースと同じサイズに見える『太陽』


『俺と同じなら、これぐらいはしろよ』


瞬間、太陽が落ちてきた。


実物よりも小さく、けれど隕石ほどの大きさはある衝撃と熱が二人を襲った。


動物も建物も焼け落ちた空間で、ムースはため息をついた。


『しまった、やり過ぎた。俺様としたことが、これでは欠片も残らん』


ここはソムニウム。


ムースの支配領域だ。


この惨劇も具現化しなければ二人が死ぬことはないが…


ここまでやってしまえば、心が死んでしまう。


それでは意味がない。


『やれやれ、だが俺の同類は他にもいる。それで…』


「それで、どうするんですか?」


返ってきた言葉にムースは目を見開いた。


声の主を見つけ、彼が無傷であることを確認すると、


より獰猛な笑みを浮かべた。


『そうこなくっちゃ』


獲物を見つけた肉食獣のように深い深い笑みだった。








『そらそらそらそらァ!』


虚空より巨大な石の槍が無数に降り注ぐ。


柱程のサイズもある槍の雨は、地上へ激突する前に消滅していた。


全てフェレスによって、


『上が駄目なら、下はどうだ!』


笑いながら叫ぶ声と同時にフェレスの足元から氷柱が突き出した。


それは反応が遅れたフェレスの胴体に深々と突き刺さる。


近くで見ていたレプスが悲鳴を上げそうになった時、氷柱は溶けるように消滅した。


フェレスの腹に刻まれた傷跡諸共、夢が覚めるように跡形もなく、


「これは夢だ。それが心から生まれた物である限り、僕のヴァニタスは破壊する」


『はっはっはァ! なるほど、お前のアニマは空想破壊か! 俺がどんなに壮大な夢を考えても、それを壊してしまうって訳だな!』


自分の能力が何一つ通用しないと言うのに、ムースは機嫌よく笑う。


神のように人を見下していた時よりも純粋に、この夢を楽しむ。


『まだだ、次行くぜ!』


「もう勝負はつきました。僕らを現実へ帰して下さい」


『冗談言うなよ。俺は今、こんなにも充実してるってのによォ!』


叫びながら今度は幾多もの落雷を轟かせる。


退屈していた。


ひたすらに同じことを祈り続ける者の夢に入り、それを眺めるだけの毎日。


見下げ果てた欲、欲、欲………気まぐれに叶えてやれば馬鹿みたいに従順になる。


『神様気取りなんざ、退屈でクソみてえな人生だ。お前もそう思うだろ?』


落雷を全て消滅させたフェレスを見下ろして、ムースは言った。


次の手を考えようとするムースを前に、フェレスはひそかに冷や汗を流した。


「これはちょっとマズイですね」


「ど、どうしてよ。確かにアイツはとんでもないけど、アンタも大概じゃない」


先程から完全に蚊帳の外だったレプスが言う。


天変地異染みたムースの底力には度肝を抜かれたが、


アニマさえも破壊出来るフェレスもそれに負けていなかった。


少なくとも、レプスにはそう見えた。


「幾ら全て無効化すると言っても、精神的疲労や苦痛をなかったことにする訳ではありません」


そう言うと、フェレスは腹部を抑えた。


服すら破けていないその箇所は、先程ムースの氷柱で貫かれた場所だ。


傷も出血も消えてしまっても、あの時に感じた痛みは、


冷や汗をかくほどの疲労は、本物だ。


「加えてあちらは更にハイになっている。さて、どうした物ですか」


「ちょ、ちょっと大丈夫なの。まだ痛むの?」


「大丈夫とは、言い難いですね」


フェレスは少し顔を顰める。


普段は飄々としているフェレスが、ここまで態度に出すとは…


それほど、先程の痛みが残っているのだろう。


彼一人に任せている訳にはいかない。


そもそも、ここへはレプスの意見で来ているのだ。


「私に何か出来ることはない?」


真剣な目で言うレプスにフェレスは暫し無言になる。


やがて、何かを思い出したような顔をするとレプスの手を取った。


「良いことを考えました。君にしか頼めない作戦です」


いつもの薄ら笑みを浮かべ、フェレスは言った。

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