七人目
飴色の空、
クリーム色の建物、
ゴムのように柔らかい木には子猫達がぶら下がり、
カラフルな地面では子犬達が走り回っている。
「…あれ?」
どこかで見た光景だった。
レプスは首を傾げながら思う。
モルス教団の聖域へ入り、遂に五人目と出会う瞬間だった。
突然意識が混濁し、気が付くと夢の中にいた。
「何で?」
辺りを見回しても答えは出ない。
この空間には可愛い動物しかいない。
「………」
よく分からないが、どうせ夢なのだ。
また、子猫と戯れて…
「…何ですか、この少女趣味な空間は」
「うわあ!? また出たな、悪夢の根源め!」
「いきなり何ですか」
声の方を向くと困惑した顔のフェレスが立っていた。
以前の悪夢とは違い、ちゃんと人間の体だ。
「ここがどこか分かりますか、レプス」
「ここは私の夢よ。前に見た夢と内容が全く同じだもの」
「…夢?」
その言葉にフェレスは空を見上げ、
それから子猫達を一瞥し、
最後にレプスを見た。
「…随分と、まあ」
「何よ、その濁した言葉は」
「いやいや、何でもないですよ…ぷくく」
「素直に笑いなさいよ!? 普段の薄ら笑みより腹が立つー!」
激怒するレプスに満足しながらフェレスは現実離れした空間を見つめた。
ここはレプスの夢の中。
それが本当なら、少しマズイかもしれない。
気温を感じさせない風が吹く中、飴色の空に灰色の扉が出現した。
軋みながらゆっくりと開く扉の中から、声が零れ落ちる。
『ようこそ、俺様のソムニウムへ』
扉から現れたのは、レプスよりも年下の少年だった。
小さな灰色の布を幾つも縫い合わせた継ぎ接ぎ服、
頭にチーズのような形の王冠、
非常に小柄で顔つきも幼いが、短く切り揃えられた髪が性別を主張している。
一見遊んでいる子供のようだが、不敵な目つきは大人よりも冷酷だ。
「君が、五人目ですか?」
『いかにも、俺様が五人目のアニマ寄生者だが…その肩書きは既に捨てた』
少年はふわふわと空中に浮かびながら言う。
『俺様はモルス教団の神。ムース様だ』
「…お菓子みたいな名前」
ボソッとレプスが呟くと、ムースは軽く手を振った。
瞬間、周囲で居眠りをしていた子猫は獰猛な虎に変化した。
虎に睨みつけられ、レプスは身を固くする。
『この世界では俺様がルールだ。あまり俺様の機嫌を損ねない方が利口だぜ』
ムースは仏頂面でレプスを見下していた。
その光景をフェレスは興味深く眺めている。
「なるほど、確かに夢を司る神と讃えられるべき能力ですね」
『ほう、少しは理解できるか。そうだ、これこそが俺様が神たる力…ソムニウム』
再びムースが腕を振ると、今度はムースが浮かぶ虚空に灰色の椅子が現れた。
それに荒々しく座り、獰猛な笑みを浮かべてフェレスを見下す。
『俺様のアニマは夢を具現化する能力だ。人の夢を叶える夢想のアニマ』
自慢げにムースは己の能力を語った。
それはまさに神の如き能力なのだろう。
人の夢を聞き届け、それを叶える能力。
人間に崇拝され、畏怖される神に似た力である。
『夢の王である俺様は、このソムニウムを離れられない。故にお前達にはここへ来てもらった』
「…催眠ガスを嗅がせて、ですか?」
『鋭いな。その通りだ、俺様の部屋には催眠ガスが充満している。お前達はそれを吸って、眠りに落ちているんだよ』
ラピスは最初からそのつもりで二人を案内していたのだ。
夢の中にいるムースへ合わせる為、催眠ガスの部屋へ二人を誘った。
『光栄に思えよ、ソムニウムに招いたニゲル以外の人間はお前達が初めて…』
「どうして?」
『あん?』
ムースの言葉を遮り、レプスは呟く。
その瞳には怒りも悲しみも宿っていなかった。
ただ純粋な疑問のみが映っている。
「どうして、それだけの力があるのに…ニゲルの人々は苦しんでいるの?」
飢餓に苦しむ大人、
血走った眼で襲ってきた子供、
彼らの信じる神様はそれを全て救う力を持っていると言うのに、どうして彼らは救われない。
『…お前も神は差別しないと思っている類の人間か?』
その言葉にムースは無表情で尋ねた。
神は全てを救うと思っているか、と。
『神は差別する。己に忠誠を誓う者には救いを、己に逆らう者には罰を与える』
獰猛な笑みを浮かべて、ムースは言う。
『俺様の益となる夢は叶えよう。俺様の損となる夢は壊そう』
神のような力を持ち、人を見下す。
『俺様の気まぐれで今日生きろ、人間。俺様の気まぐれで明日死ね、人間…お前達なんぞ、俺様の気まぐれで生きているに過ぎねえんだよ』
どこまでも人を見下し、
どこまでも残酷な、
死神の言葉だった。
「コイツ、許せない」
「…味方に付けるんじゃなかったんですか?」
「そんなの、ぶっ潰してから考えてやるわ!」
二人の言葉を聞き、ムースはため息をついた。
目の前で騒ぐ反逆者を見下ろして、
今までに潰してきた反逆者を思い出して、
『少しは、楽しませろよォ!』
叫び声と共に、雷鳴のような轟音が響いた。