六人目
「結局、アレは何だったの?」
道を歩きながらレプスは先程のことを尋ねた。
暴走したニゲルの人々を前に、フェレスは何かを呟いた。
その瞬間、人々はフェレス達を『目の前で見失った』
そして、まるで最初からフェレス達のことなど見なかったかのように帰って行った。
「…まさか、アンタもアニマ寄生者?」
「君がそう呼ぶんなら、そうなんじゃないですか?」
はぐらかすようにフェレスは言った。
自分のことを話さない態度は相変わらずだ。
しかし、流石に隠し通すのは不可能だと判断したのか、嫌そうに口を開いた。
「…君が心を具現化するのなら、僕は『心を虚無に戻す』」
虚空を見上げながらフェレスは言う。
レプスと目を合わせず、虚ろな目を逸らす。
「僕は、人の心を壊すことが出来るんです」
心を壊す能力。
簡単に言えば、それは思いや記憶の消去。
ニゲルの人々がフェレスに抱いていた憎悪、欲望、殺意…様々な心を破壊し、フェレスを見たと言う記憶すら消し去った。
「…心を具現化するアニマと正反対の能力ね。それもアニマなの?」
「だから、知りませんって。僕だって君に会うまではこんな能力者が他にいるとは思わなかった」
困ったように眉を曲げながらフェレスはため息をついた。
どうやらコレは本心からの言葉のようだ。
「…『七人目』」
レプスは静かに呟く。
もし、フェレスがアニマ寄生者だと言うのならフェレスは『七人目』だ。
アニマ寄生者はレプスを合わせて六人だと聞いていた。
だとすればフェレスは騎士団に確認されていない七人目。
しかも、寒気を具現化するレプスとは明らかに違う特異なアニマを持っている。
本当に、何者なのだろう。
「お待ちしておりましたぞ。お二方」
その時、二人の前に一人の男が現れた。
貧民街に相応しくない、恰幅の良い男だった。
灰色の祭服に身を包んだ、トンスラの男。
神父にも貴族にも見える笑みを浮かべ、二人へ頭を下げる。
「…知り合いですか?」
「そんな訳ないでしょ、一体誰よ」
首を傾げながら顔を合わせる二人。
そんな姿に男は仰々しく顔を上げると自己紹介をした。
「モルス教団司祭のラピス。我が神の御命令であなた方を出迎えに参りましたぞ」
フェレスは近くに見えていた灰色の建物を一瞥し、納得のいった顔をした。
既にこちらのことは感付かれていたらしい。
その神とやらが例の五人目だろう。
こちらの情報が漏れている状態で相手の本拠地に行くのは不利だが、元々話をする為に来たのだ。
むしろ、好都合だと判断するべきか。
「行きましょう、レプス。我々は神の御前に招かれたようですよ」
「え…ええ、そうね。有り難いことだわ」
普段通りなフェレスと違い、動揺が隠し切れないレプス。
クールに見えるのは外見だけで、声が震えている。
「…もう少し堂々として下さい。生贄にされても知りませんよ」
「い、生贄!?」
「ある儀式では人間を生きたまま解体し、その肉を神に捧げるそうですが…」
「聞きたくない! そんな話は聞きたくないー!」
レプスは顔を真っ青にして震える。
そんなレプスにフェレスはいつも通り薄ら笑みを浮かべていた。
「…聖域ではお静かにお願いしますぞ」
ラピスはやや憮然とした顔で言った。
ラピスが『聖域』と呼んだ灰色の建物内は、奇妙な光景が並んでいた。
動物の剥製や、意味不明な文字が書かれた紙、
薄暗い建物内を照らす蝋燭の明かりが、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「我々モルス教団のモルスとは『死』を意味します。つまり、我らの救いとは死なのですぞ」
(…趣味悪い内装ですね。こんな所に住んでるからこんな頭になるんじゃないですか?)
ラピスの言葉を聞き流しながらフェレスはそんなことを考えていた。
隣を歩くレプスは周囲の雰囲気に怯えて、それ処ではないようだ。
今もグロテスクな動物の死骸を見て、小さな悲鳴を上げていた。
意外と怖がりなのかもしれない。
「汚れた世界を捨てて、肉体的な死を迎えることで我らの魂は救われる。我らは夢の世界で永遠の存在となるのですぞ」
(どうでもいいけど、この人の喋り方面白いですね。特に『ですぞ』が)
床に散らばっていた死骸を踏み締めながら、フェレスはぼんやりと前を向いていた。
「夢とは理想。夢とは希望。夢の世界に移ることを否定する者も多いですが、これこそが救済、これこそが平等なのですぞ!」
(段々と熱くなってきましたですぞ。と言うか、キャラ変わってません?)
欠伸を噛み殺して周囲を見渡すフェレス。
そこで訝しげに首を傾げる。
「ねえ、他の信奉者はいないのですか?」
「彼らは儀式の最中ですぞ」
儀式、と言う単語にレプスが僅かに飛び上がったが、フェレスは見ないことにした。
入る前に少し脅かし過ぎたようだ。
「儀式と言っても難しいことはありませんぞ。眠っているのです」
(なるほど、夢の信奉者だけに眠ることが祈りなんですか)
モルス教団の教義は、現実を捨てて夢の世界へ行くこと。
不幸や悲劇しかない現実から目を背け、眠り続けることで幸福を得る救済。
本当に不毛なことだ。
こんなことを信奉者に強いる五人目も正気とは思えないが…
「さあ、ここからお二人だけでどうぞ」
ラピスは唐突に立ち止まると、頭を下げながら言った。
薄暗くて見えにくいが、目の前に扉があるようだ。
この奥に、いる。
神と称され、教団を築いた五人目のアニマ寄生者が。
「行こう」
決意を固めた目でレプスは言った。
先程まで青い顔をしていたのに、心の芯は強いようだ。
二人で同時に扉の中へ入る。
相変わらず薄暗い部屋の中、
豪華なベッドに横たわる人影を見つけた時、
フェレスの意識は闇へ落ちた。