二人目
「アレは…!」
窓から外を見たレプスは思わず口を抑えた。
外で一人の村娘が複数の男に囲まれていたのだ。
黒い蛇を象徴とした白い服を着込んでいる男達。
レプスを追っていた一団だった。
機械のように冷酷な奴らのことだ。
レプスの居場所を聞き出す為、村娘に危害を加える可能性は十分にある。
そう思い至ると、すぐにレプスはドアへ向かった。
「どこへ行くんですか?」
その後ろ姿にフェレスは声をかけた。
「察するに、彼らはあなたを追ってきたのでしょう。なら、外へ出ればどうなるか…分からない訳でもないでしょう?」
「…あの子は、困っていた私に医者の場所を教えてくれた子なの」
「所詮は他人でしょ。すぐに別れる時が来るのに、どうして人に関わるのですか?」
先程までの人の良い笑みを崩し、冷たい目でフェレスは言った。
今までの馴れ馴れしい雰囲気は全て演技だったかのように、
人懐っこい笑顔は全て仮面だったかのように、
そんなフェレスの豹変を見て、レプスは何故か笑みを浮かべた。
「なら、どうして会ったばかりの私を心配しているみたいなこと言うの?」
きょとん、とフェレスは呆気に取られたような顔をした。
心底、その言葉が予想外と言いたげで胡散臭くも、冷酷でもない素の顔だった。
その隙だらけの顔を見て、レプスは勝ち誇った笑みを浮かべてドアから出て行った。
「私はここにいるわよー!」
小屋の仲間で響くような大声が響いた。
同じ制服に身を包んだ男達はすぐに声の主を睨んだ。
「ついに見つけたぞ…『六人目』」
「番号で呼ばれるのって、あんまり好きじゃないのよね」
剣を抜く男達を前にしてもレプスの表情は変わらなかった。
冷やかに挑発しながら囲まれていた村娘をこっそりと逃がす。
「無関係の少女を囲むなんて、天下の『騎士団』も地に落ちたわね」
「黙れ…我ら『サンクトゥス騎士団』は正義の組織。貴様のような化物にも慈悲をくれてやったと言うのに仇で返しやがって!」
「化物…ねえ」
少しだけ悲しげに目を伏せたレプスの纏う空気が変化する。
暖かい日光は消え、周囲を薄い霧が包み込む。
レプスの空色のコートが風で揺らめく。
いつの間にかコートには水滴がついていた。
「化物ってのは、こう言う物のことかしら?」
「…『アニマ』だ!」
騎士達が叫びながら後退するが、間に合わない。
心が凍てつく力が具現化する。
「『マエスティティア』」
冷たい声が響き渡ると騎士達は震えだす。
極寒の地に放り込まれたような寒気が騎士達を襲う。
思考すら鈍る地獄の中心でレプスは冷たい笑みを浮かべた。
「何もせずに帰るなら、見逃してあげるわよ?」
「黙れ、化物! 同胞を何人も殺されて、このまま退けるか!」
「…?」
騎士の言葉にレプスは首を傾げる。
そう言えば、前よりも騎士の数が減っているような気がする。
それにやけに騎士達が殺気立っている。
恐怖している?
「死ね!」
そんなことを考えていた時、レプスは身体に熱い痛みを感じた。
見ると、レプスの腹部に深々と矢が刺さっていた。
幸い毒矢ではないようだが、かなり深手だ。
「ぐうう…!」
呻きながら引き抜くと、クロスボウを構える騎士が見えた。
化物染みた力を持っていても、レプスは騎士ではない。
人間でも戦いのプロである騎士相手には隙がありすぎる。
「弱っているぞ、今は好機だ!」
「殺せ! 裏切り者を殺せ!」
殺気立った目で叫ぶ騎士達を眺めながら、レプスは心が冷えていくことを感じた。
激痛と喪失感から、心が暗い感情に染まっていく。
この感情は知っている。
コレは『悲哀』だ。
瞬間、世界が変貌した。
空は暑い雲に覆われ、雪が降り注ぎ、
やがてそれは吹雪となって地表に襲い掛かった。
生命から確実に体温を奪い、命を奪い去る白魔。
騎士達は顔を覆いながら逃げ出した。
(あ、ダメ…)
脅威は去ったが、レプスは吹雪を止めない。
止めることが出来ない。
レプスの持つ異能は神話に出てくるような便利な道具ではない。
ただ、レプスの心を形にするだけの『現象』だ。
それ故にここまで大きくなってしまえば、そう簡単には止まらない。
災害が人に操れないように、
この猛吹雪は時が来るまで止めることは出来ない。
このままでは村が雪に沈んでしまう。
守ろうとした村が滅んでしまう。
(………)
全てレプスの責任だ。
二年前に目覚めたばかりの異様な力を使うからだ。
たった二年で制御できる気になって、得意げに披露するからだ。
そんなネガティブな感情が吹雪の原因なのだが、レプスは止めることが出来なかった。
後悔し、いっそ命を絶とうと思った所で…頭に温かい何かが触れた。
「だから、人に関わるとろくなことにならないんですよ」
吹雪が止んだ気がした。