表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メトゥス  作者: 髪槍夜昼
1/73

一人目

「………」


薄暗い雲に包まれた空の下。


動物の気配すらない森の中を走る少女が一人。


空のように青いコートに雲のように白いニット帽、


寒い気候で育った白い肌を厚着で守っている。


女性にしては背は高めで、表情に乏しいクールな顔立ちをしていた。


「…何で、こんなことに」


理不尽を呪うように言葉を零す。


疑問を口に出したが、答えは既に分かっていた。


少女の手の中にある一冊の『本』


それが今の状況の原因だった。


背後から走る音と怒声が響く。


しかし、少女は後ろを振り返ることなく走り続けた。








「………」


少女を追う一団は森の中を無言で進んでいた。


男達は白い生地に黒い蛇が大きく描かれた何かの制服を着込み、腰には剣を差している。


脅しや見せかけの為ではなく、相手を殺傷する為の道具を持ち、一人の少女を追う。


機械のように進む彼らはふと一か所を注目した。


動物すらいない森の中で、人が通った形跡を見つけたのだ。


目標は近い。


機械のような顔に微かな笑みを浮かべ、足を踏み出す。


その足が、瞬く間に凍結した。


「ッ!? あああああ!」


凍り付いた足を見て、男は悲鳴を上げる。


周囲の気温は蒸し暑いくらいだ。


当然水が凍り付くような環境ではない。


にも拘わらず、凍った足は溶ける様子を見せない。


「『アニマ』か!」


男達は動揺したまま剣を構える。


このような事態を予想していなかった訳ではない。


反撃を受ける可能性は十分にあった。


彼らが追っていた者は、そういう存在なのだから。


殺意が込められた視線の先でその『黒い男』が揺らめく。


瞬間、木々の間から現れた氷柱が彼らを串刺しにした。








『ラクリマ帝国』


帝都を中心に東西南北と展開するこの帝国で、最も人口が少ない地方は『西』だ。


カエルレウス地方。


日々発達発展していく別の地方と違い、カエルレウスは数十年前から何も変化がなかった。


自然と古来の暮らしが残る田舎。


それを良いと捉えるか悪いと捉えるかは人それぞれだろう。


ニット帽の少女『レプス』にとって、それは良いことだった。


カエルレウスが発展していないのは、東南北と交流が少ないから。


それはある一団に追われるレプスには都合の良いことだった。


素朴で心優しいカエルレウスの人々は余所者のレプスにも親切に接し、傷付いたニクスを見て村一番の医者を紹介してくれた。


(…まずは傷を治さないと。行動を起こすのはそれからね)


そう考えながら、レプスは紹介された医者の下へ向かう。


村人曰く、腕は良いが目立たない医者で特徴は教えてもらえなかった。


きっとこの村に合った謙虚で親切な人なのだろう。


医者の家は村外れの風車小屋だった。


医者と言う存在に裕福なイメージを持っていたレプスはそれを少々意外に思った。


色褪せた小屋には同じように古ぼけたドアがあり、レプスはニット帽を深めに被りながら扉を叩く。


流石にここまで『彼ら』の手は伸びていない筈だが、念の為だ。


ノックしてしばらくすると中からどうぞ、と男の声が聞こえた。


レプスはドアを押して、開けようとする。


しかし、何故か古びたドアはびくともしなかった。


古いから建付けが悪いのだろうか?


「ふっ…! くっ…!」


あまり筋力に自信がないレプスは両手でドアノブを握り、必死に押す。


やはりびくともしない。


ドアは来訪者を拒み続ける。


どうした物か、とレプスはドアを見つめる。


「…ん?」


よく見ると、そのドアに絵が描いてあることに気付いた。


白い猫だ。


ドアも白色である為、分かり難かった。


(可愛い絵だな…)


でも、何でこんな分かり辛く描かれているのだろう。


ふと、首を傾げた瞬間、


レプスは猫と熱烈な接吻を交わすことになった。


「ぷびゃ…!」


『外側に』開いたドアに思い切り顔をぶつけ、レプスはよく分からない声を上げる。


顔を抑えて、ふらふらと二歩下がる。


レプスは半泣きになりながらこのドアが内側に開かなかった理由に気付いた。


ドアを内開きだと勘違いしてた私に親切に教えてありがとう。


そんな思いを込めてドアの向こうを睨んだ。


「…えっと、大丈夫ですか?」


そこには困ったような顔をした白い優男が立っていた。








真っ白な外套、左目にインテリなモノクル、


髪も肌も色が抜け落ちたかのように純白で人形染みた整った容姿をしている。


唯一、瞳だけが綺麗な金色で猫のように瞳孔が細かった。


「いやいや、申し訳ないです。まさか医師である僕が人を傷つけてしまうなど…しかもお若い女性の顔に傷をつけてしまうなど!」


第一印象は目立つ男、だった。


第二印象はよく喋る男、だった。


「当然、あなたの顔とその他諸々の傷は僕が治させていただきます。痕も残さず綺麗に…ああ、失敬。今でも十分あなたは魅力的ですよ」


村人は目立たないと言っていたのに、やけに派手な格好と印象深いキャラをしている。


「治療に入る前に、自己紹介を。僕はフェレス、以後よろしくお願いします」


その白い猫男『フェレス』は営業スマイルでそう言った。


「私はレプスよ。それと何でそんなテンション高いの?」


「僕はこれが平常運転ですよ?」


「…ああ、そうなの」


クールな顔立ちに疲れを滲ませながらレプスはため息をつく。


その小さな鼻は赤くなっていた。


フェレスに案内された小屋内は外から見るよりも広く、快適そうな作りだった。


内装は白色で統一され、所々には家主の趣味か猫の人形が飾られている。


少女趣味なくらいファンシーだが、奥の方には医者らしく分厚い本が並べてあった。


胡散臭いが、詐欺師の類ではないようだ。


「僕ってこれでも凄腕の名医ですよ? 疑ってるでしょ」


心を読まれたような気がして、レプスは思わず目を見開いた。


「身体の治療もそうですが、最近は心の治療も始めましてね。患者の心が分かるのですよ」


驚くレプスの顔を指で突きながらフェレスは猫のように笑った。


何となく気恥ずかしくなり、レプスは顔を背ける。


フェレスは気にせず、レプスの横顔をにやけながら見つめる。


「焦燥と困惑…それに『悲壮』が見えますね…一体、何があったんですか?」


レプスの顔を絵画のように眺めながらフェレスは呟く。


にやけ顔のまま猫のような目を細めてレプスを診察する。


全てを見透かすような視線に耐えきれず、レプスが口を開こうとした時、


小屋の外から甲高い悲鳴が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ