第5章 人族と黒き翼のプリンセス
クラス対抗戦モドキの授業があった次の日。
昼休みにリピスが見慣れない竜族の娘を連れてきた。
アイリス「アイリス=カチスと申します。
皆様、よろしくお願い致します」
リリィ「リリィ=コネクトで~すぅ。
よろしくお願いしますねぇ~」
カリン「カリン=ヤクトと言います。
よろしくですっ!」
3人がそれぞれに挨拶をする。
和也「うん。 で、誰なんだ?」
亜梨沙「ああ、そうでした。
兄は出会っていなかったんでしたよね」
フィーネ「リピスのところの斬り込み隊よ」
『チーム・竜姫』で常にリピスの傍に居て、戦闘では必ず正面に出てくる
リピスの剣であり盾でもある竜族の娘が3人居ると聞いたことがある。
メリィ「この娘達は、リピス様の護衛部隊に所属しているのですが
実戦経験がありませんので、護衛も兼ねて学園に通わせています」
俺達が聞く前にメリィさんが事情を話してくれた。
確かに戦争が無くなった今、実戦の経験が得られる場所は限られてくる。
特に国を担う次世代が集うこの場所は、最高の環境と言えるだろう。
和也「ああ、この前言ってた護衛ってのが・・・」
リピス「そうだ。
この娘達だ」
各界の王女様達には特別な配慮がされている。
そのひとつがクラス内の種族の比率だ。
リピスのクラスには竜族が。
セリナ・エリナのクラスには神族が。
そして俺達のクラスには必然的に魔族が。
それぞれ多めにクラスわけされている。
もし俺のことが無くても、フィーネが転校してくれば
必然的に俺達のクラスになっていただろう。
そんなこともあり、俺達の階級だけクラス対抗戦は
まるで種族対抗戦のような感じになってしまっている。
リピス「アイリス、カリン、リリィ。
彼が藤堂 和也だ」
アイリス「はじめまして、藤堂様」
カリン「はじめましてです!
藤堂様!」
リリィ「はじめましてぇ~、藤堂さまぁ」
リピスの簡潔な紹介の後、俺に向かってわざわざもう一度
挨拶をしてくる3人。
和也「藤堂様・・・ねぇ」
メリィ「ご存じないかもしれませんが、少なくとも竜界においては
和也様、有名なんですよ」
和也「・・・何で?」
メリィ「さて、何故でしょう。
少なくとも悪い意味ではありませんから、心配は無用です」
リピス「ま、まあいいじゃないか、そんな話は。
そんなことより早く食事にしないと時間がないぞ」
露骨に話題を変えたリピスに、メリィさんがニヤニヤとしていた。
それにしてもどうして竜界で、そんなに有名なんだ俺・・・。
第5章 人族と黒き翼のプリンセス
金属のぶつかる音。
地面を抉る音。
そして爆発音。
闘技場で自由訓練となった午前の授業は
普段と変わらない訓練になるはずだった。
だが―――
竜族生徒「こ、降参します・・・」
喉元に突きつけられた大斧の迫力に戦意を失った生徒の声。
ミリス「あら、もう終わりですか?」
反対側では神族生徒が強力な一撃を喰らったのだろうか
地面に叩きつけられていた。
神族生徒「ぐぁぁ!!」
フィーネ「さあ、次は誰かしら」
フィーネが転校してきたあたりから自由訓練の機会がなかったこともあり
本日の自由訓練では、二つ名を持つ転校生2人に
対戦申し込みが後を絶たない。
クラス内の自由訓練で個人に対してここまで集中するのも珍しい。
2階級に入ったあたりでギルやヴァイスが同じような感じに
なっていたこともあったが、ここまでではなかった気がする。
ヴァイス「そう! そうだっ!
我々魔族こそが最強なのだっ!!」
自分はただ観戦しているだけにも関わらず、まるで自分のことのように
上機嫌で笑うヴァイス。
何だか色々とダメな子に見えてくる。
アレでも強い部類に入る奴なんだがなぁ。
亜梨沙「では兄さん、行きますよ」
和也「ああ、遠慮せず来い」
俺達はというと、隅っこの方で兄妹仲良く訓練をすることにした。
人族として周りから嫌われていることもあり
対戦申し込みなんてまず無い。
あったとしても1対複数のような形ばかりで、まともに戦うというよりは
訓練という名目を借りた、ただのイジメだ。
だからどれだけ挑発されようとも俺や亜梨沙は基本的にそういった
申し込みを断り続けている。
そうなってくると必然的に訓練相手は亜梨沙だけになってしまう。
なのでこれは『いつも通り』の訓練。
亜梨沙「では、遠慮なくっ!」
亜梨沙は、いきなりノーモーションからの突きを出す。
それを避けると、まるで避けるのが判っていたと言わんがばかりに
そのまま横薙ぎに攻撃を変化させる。
何とかしゃがんで回避すると、まるでこれも判っていたという感じで
顔に向けて蹴りが迫ってきていた。
蹴りに左肘を合わせて防ぐと、しゃがんでいた動作を利用して
そのまま後ろに跳躍して距離を取る。
ようやくまともに剣を構えられるようになって亜梨沙の方を見ると
刀の先をこちらに向けた形で構えて、姿勢を低くしていた。
和也「あ、やべ」
その構えが何を意味するのか知っていた俺は
剣を中段に構えて回避の姿勢を作る。
その直後だった。
亜梨沙「風間流『舞』鬼刃」
呟き声の後、亜梨沙が一気に距離を詰めてくる。
そして連続の突きが迫ってくる。
『鬼刃』は基本的に突きのみで攻撃する速度とリーチを優先した技。
特に力よりも技能を重視するため歴代でも女性の使い手の多い『舞』だ。
まるで演舞を見ているような優雅な連続技を『舞』といい
風間の中でも『舞』を1つでも習得出来たなら師範代を名乗れるとさえ
言われるほどに風間の流派そのものが詰まっている
高度で習得者が少ない技である。
『舞』は、一度発動してしまえば基本的に相手は防戦一方になりやすい。
何故なら攻撃1つ1つが計算され、相手の反撃を許さないほどの
連続攻撃であるからだ。
また万が一、反撃された場合でも、構わずに攻撃する場合が多い。
最小限の回避行動のみで相手の攻撃を避して
流れを変えずにそのまま攻撃を継続していくために
相手は下手に攻撃を仕掛けると、逆に自身のバランスを崩され
『舞』の流れるような連撃の餌食になってしまうだろう。
常に攻撃することを念頭に置いた
まさに攻撃を主体とする風間流らしい技である。
突きゆえにリーチと素早さがあり防御しにくく
防御出来たとしても連撃を捌くには足が止まりやすい。
そして足が止まれば、更に攻撃が回避出来なくなってくる。
下手に反撃でもしようものなら、確実にカウンターを狙われるだろう。
お互いの実力や技の特性を把握しているからこそ『鬼刃』に対して
防御ではなく回避を迷い無く選択出来ている。
しかし、さすが亜梨沙というところか。
加速魔法無しで、この速度の連続突きが出せるとは。
あのクソ爺(当主様)が亜梨沙を可愛がるのも
単に孫というだけではなく
この才能を認めているからだろう。
幾度となく続く攻撃を避け続け、ついに反撃の一瞬を見つける。
亜梨沙の一撃を追い詰められたふりをして受け止める体勢をとる。
そして直前で風間流『旋風』を放つ。
すると亜梨沙は、あっさりと『舞』を中断して大きく後方に跳躍する。
まるで『旋風』が来ることが判っていたような感じの避け方だ。
和也「あ~。
地味にショックだわ~」
亜梨沙「・・・何の話ですか?」
和也「いや、最近『旋風』が避けられ過ぎててさ。
一撃必殺のカウンターが決められないとか
もう自信無くすよなって話だよ」
いくらお互いの手札を知り尽くしている相手とは言え
あそこまで完全に避けられるとは・・・。
まあ元々『旋風』は、魔法を想定していない技らしいので
魔法で回避されるなら仕方が無いとも思えるが
特に最近は、物理的に回避されることが多い気がする。
両手を広げてお手上げのポーズを取ると、亜梨沙がジト眼になる。
亜梨沙「これだから兄は・・・」
ため息までついて大きなリアクションを取る亜梨沙。
和也「な、なんだよ・・・」
亜梨沙「いいですか。
そもそも『旋風』は『一撃必殺』の技です。
相手に一瞬とは言え背中を見せるという『代償』を
先に支払うことにより、強力で防御も回避もしにくい
一撃を放てるんです。
逆に適切でないタイミングで使ってしまえば
背中からバッサリとやられてしまう危険な技でもあります。
なので、しっかりと『使用出来る』タイミングを
見極める眼や経験とリスクの高い技を使える度胸や技量が
求められる、風間の中でも高度なカウンター技です。
当然ながら、ここぞというタイミング以外では
『使用出来ない技』なんです。
それなのに―――」
一度言葉を切って大きく深呼吸する亜梨沙。
そして―――
亜梨沙「兄さんは本来『使用出来ない』タイミングで使いすぎなんですよ!
普通だったら背中を見せた瞬間にやられてますっ!」
藪を突いて蛇が出てくるとは、こういうことなのだろうか。
色々と溜まっていた鬱憤を晴らすかのように
説教モードに突入してしまった。
こうなると長いんだよなぁ。
亜梨沙「妹としては、そんな危ない方向性で戦う兄が心配なんですっ!
そんなに妹に心配させるなんて、とんだドS野郎ですねっ!
え・・・いや、待って・・・。
ド、ドSってことは・・・
こ、言葉で攻めたり、おおお尻を、たた叩いたり
ロ、ロープで縛る・・・つもりだろうし・・・。
それに、あんなことや・・・こんなことまで・・・
え? うそ・・・そんな・・・。
そんなことまでし、しちゃうんですか・・・
最低にドスケベですね、兄さん」
何故か顔を真っ赤にしながら睨んでくる亜梨沙。
和也「勝手にエロいことを妄想して、それをまるで俺の妄想のように
語って押し付け更に批判するとか、色々と突っ込みどころが
多すぎるわ・・・」
亜梨沙「・・・つ、突っ込むだなんて・・・。
に、兄さん、万が一耐えられない時は
・・・わ、私が頑張りますから
そ、その・・・」
和也「とりあえず帰ってこ~い」
亜梨沙「あぃたぁ!」
バシっと亜梨沙の頭を軽く叩いた。
亜梨沙「もう、何するんですか兄さん」
和也「とりあえず亜梨沙のせいだろうが・・・」
亜梨沙「いいえ、違いますっ!
大体、兄さんは・・・」
また説教モードに入る亜梨沙。
これはまた長くなりそうだと思った時だった。
カーン!カーン!カーン!
和也「ほ、ほら。
授業終了の合図だし、戻ろうぜ」
亜梨沙「あ、兄さん!
まだ話は終わってません!」
結局その場は何とか、うやむやにすることに成功し
授業終了の合図に救われる形となった。
セリナ「そう言えば気になっていたんですが・・・」
その日の昼休み。
いつも自分からあまり話題を振ってこないセリナが
珍しく話を振ってきた。
セリナ「フィーネと和也くんは、昔の知り合いという話でしたけど
どうやって出会ったんですか?」
エリナ「あ、私もそれ気になる」
リピス「確かに、人族である和也が
他種族の、しかも王族と知り合いというのは
本来ならありえないことだからな」
周りに身分を気にしない王族ばかりなので忘れがちだが
王族である彼女達と言葉を交わすこと自体が
本来ありえないことなのだ。
最近多少はマシになったとはいえ、この世界は基本的に
身分が重視されがちである。
そのため身分の低い者ほど不遇を強いられている。
例えばヴァイスの奴も魔界では貴族の家柄であり
魔王の血族ということで普通の貴族達より格段に、上の身分だ。
普段から『人族風情が!』とこちらを蔑んでいるが
一番立場の弱い人族で、しかも平民と言える俺では
そう言われても仕方がないというほどに身分的な格差がある。
もっと言えば本来、ヴァイスに対して対等な発言をすること事態が
無礼に当たると言われてしまっても仕方がないのだ。
ただ、この学園フォースは学園内に身分を持ち出すことを禁じているため
誰もが何も言わなだけの話である。
ただ、そういうことを禁止したところでそういった尊敬や畏怖が
無くなるわけでもなく誰も何も言わないだけで
しっかり存在していると言える状態でもある。
現に学内で王女達に話しかけているのは
それぞれの種族で貴族に当たる学生達がほとんどで
身分の低い者達は、声をかけることすらためらっていたり
遠くから眺めているだけというのが、ほとんどだ。
こうした世界の常識を考えてみても、俺とフィーネは
人族の一般人と魔界の王女様という立場であり、普通ならどう頑張っても
こうして仲良く一緒に居るような関係にはならないだろう。
フィーネ「昔、人界に行った時に和也に会ったことがある。
そして和也は当時、どうしようもなく子供だった私を
助けてくれたことがある。
・・・ただ、それだけよ」
そう言うとフィーネは『それだけだ』と言わんがばかりに
手をひらひらと振っている。
それ以上語るつもりはないという、わかりやすいアピールだ。
俺も『そうだったな』と呟いて、それを後押しする。
あの時の話は俺とフィーネの出会いであり
今に至る重要な出来事であると同時に彼女との絆でもある。
なので、誰かに気軽に語るような話でもない。
リピス「・・・そうか」
エリナ「むむむ・・・」
亜梨沙「・・・」
好奇心の強いどこかの王女様あたりは納得していないようだが
それでも誰もが、それ以上の追求は無理だと察して何も言わなかった。
・・・そう、ただ一人を除いては。
?「・・・そんな話では、納得出来きません」
紅の死神ミリス=ベリセン。
いつの間にか彼女が目の前に立っていた。
フィーネ「・・・ミリス。
アナタには関係の無い話でしょ」
ミリス「・・・魔界にとってそこの人族が邪魔になった場合に
例えば・・・フィーネ様は、そこの人族を殺せますか?」
フィーネ「バカなことを言わないで欲しいわ。
そんなことになったら例え、母様と言えども敵に回すわよ」
ミリス「ミリスの仕事は『魔界の敵』を排除することです。
・・・ほら、十分に『邪魔な対象』ですよね?」
こちらを見て微笑みながら、そう言うミリス。
フィーネ「・・・それ以上、和也に対して何か言うつもりなら
それなりの覚悟をしてもらうわよ」
いつの間にかフィーネの手には儀式兵装があった。
ミリス「・・・その人族のドコが良いんですか?
そんなにカッコいい訳でもなく、聞けば儀式兵装すら持ってない
ダメダメさんとか。
強さについても『そこそこ』程度で―――」
ノーモーションからのフィーネの一撃を
後方に大きく跳躍して回避するミリス。
ミリス「前にも言いましたが・・・
別にフィーネ様と、あまり敵対する気はありません」
そう言いながらも『ですが・・・』と付け加えて
ミリス「場合によっては、例えフィーネ様と言えども容赦致しませんっ☆」
笑顔でそう言い切ったミリスは
スカートの端を摘むと、優雅に一礼して去って行った。
フィーネ「・・・」
フィーネはミリスが去っていった方向をじっと睨みつけていたが
少しして、まるでタイミングを見計らったように昼休みが終わり
俺達は、教室へ戻った。
セオラ「・・・生徒、和也。
お願いがあるのですが・・・」
そんな何気ない一言だった。
午後の授業中、セオラ先生に頼まれて教材を取りに行くことになった。
その途中・・・
?「おや、未来の婿殿ではないか」
階段に差し掛かったあたりで、上からそんな声が聞こえてきた。
俺は階段の上を見上げる。
和也「学園長・・・」
そこに居たのは、この学園フォースの学園長にして魔界の現トップである
魔王妃マリア=ゴア、その人だった。
マリア「どうしたんだ、こんなところで」
和也「・・・い、いえ。
セオラ先生に頼まれて・・・」
俺は突然のことに驚きながらも、事情を説明しようとして・・・
マリア「まあ、立ち話もなんだ。
学園長室にでも行こうか」
和也「あ、あの! ちょっと!
話ぐらい聞いて下さいよ!」
マリア「まあ、いいからいいから」
まったくこちらの話を聞こうともしない学園長に連れられて
仕方なく学園長室まで行くことになった。
マリア「まあ、これぐらいしか出せんがね」
そう言って差し出された紅茶を一口飲みながら
改めて目の前の人物に視線を向ける。
魔王妃マリア=ゴア。
死んだ魔王に代わって魔界を統べる女王。
そしてどういう訳か、この学園の学園長。
見た目は、どう見ても25歳前後に見えるほどの若い見た目。
それなのに熟成された大人の色気とでもいうのか
いちいち動きが色っぽい。
これで一児の母だというのだから、驚きである。
魔界の貴族達から未だに求婚が耐えないという噂も
あながち間違いではないだろう。
マリア「ん?何だ?」
和也「い、いえ。
・・・何でいきなり学園長室に呼ばれたのかな・・・と」
マリア「おや、どうして呼ばれたと思うんだ?」
和也「・・・階段で偶然出会ったというにしても
ここまでの流れに作為的な何かを感じます。
もしかして・・・セオラ先生も・・・ですか?」
マリア「・・・どうしてそう思う?」
和也「今思えば・・・ですが、そもそも根本から疑うべきだったんです。
セオラ先生が授業で使う教材を忘れたことなんで今まで無かったのに
今日に限って忘れたというのが、そもそも不自然だと
気づくべきだった。
そして偶然出会ったという学園長は、階段を下りていた途中。
たまたま出会った俺と話がしたいという理由だけで
わざわざ階段をまた上がるような効率の悪いことは
普通しないでしょう。
最後に、この紅茶・・・」
マリア「・・・紅茶?」
和也「スグに準備して出てきたわりには
丁寧に入れられたものだとわかります。
元々、このぐらいの時間に飲むつもりだった・・・ですよね?」
マリア「・・・」
学園長は何も言わずに紅茶を一口飲む。
そしてカップを置くと
マリア「・・・あっはっはっはっはっ!」
盛大に笑い出した。
マリア「いやぁ~、さすがは未来の婿殿だ。
なかなか見事だったよ」
まるでちょっとした悪戯がバレてしまった
子供のような笑顔を浮かべる学園長。
和也「・・・ということは」
マリア「ああ、そうだ。
ちょっと婿殿と話がしたくてね」
和也「普通に呼び出すのでは・・・ダメだったんですか?」
マリア「それじゃあ、つまらんだろう。
・・・それにあまり邪魔が入るのも嫌いでね」
つまらないと言われた時は、ため息が出そうになったが
まあ、要するに俺は試されたのだろう。
人が悪いというか何と言うか・・・。
マリア「で、いきなり話の本題なんだが・・・」
和也「・・・はい」
わざわざ人目につかないようにしてまで呼び出したぐらいだ。
無理難題を言われるのか、それとも・・・。
マリア「うちの娘とは、どこまでいったんだ?
もうヤっちゃったとか?」
和也「・・・えっと」
いきなり何を言い出すんだ、この人。
紅茶を飲んでいる最中なら吹き出していたところだ。
マリア「親としては、その辺は気になって当然だろう?」
和也「その前段階で、種族がどうとかは無いんですか?」
マリア「ん?何だ?
反対でもして欲しいのか?」
和也「そういう訳ではないですが・・・」
マリア「そういうことはウチの娘と婿殿の問題だ。
私は関係ないよ」
まったくそのあたりには興味が無いという感じで言い切る学園長。
神王妃のオリビアさんとかもそうだが、種族差別をしない人というだけで
人族からすれば、ありがたいと言える。
マリア「まあ・・・
呼び出した理由は、ちゃんとあるんだ。
今更・・・と言ってしまえばそれまでなんだがな・・・。
婿殿に、どうしても一度言っておきたいことがあったんだ」
しっかりとした姿勢に座り直した学園長を見て、俺も姿勢を正す。
マリア「・・・あの日。
人界で起きた事件。
本当なら、多くの未来ある若者達が
旅立つ日になるはずだっだだろう。
それを・・・魔族側の問題で
数多くの命を奪う惨劇となった。
しかもそれを歴史の闇に葬ってしまった。
だから・・・というだけではないのだが
あの事件で唯一生き残った婿殿には
どうしても直接謝罪がしたかった。
魔界の代表、魔王妃マリア=ゴアとして言わせて欲しい。
・・・本当に、申し訳なかった」
魔王妃である彼女が一介の人族に頭を下げる。
本来ありえないことである。
マリア「・・・そしてもう一つ。
ウチの娘を・・・フィーネを助けてくれて
本当に、ありがとう」
そう言うと学園長はもう一度、頭を深く下げた。
和也「・・・ありがとうございます。
その行動と想い、確かに見せて頂きました」
儀式が行われたあの日、大勢の人族が死んだ。
当時、神族・魔族の互いの強硬派が戦争を再開しようとした問題で
話し合いによる解決が模索されている最中に、この事件は起こった。
神族側が魔族に戦争を仕掛けるのに大義名分を与えてしまいかねない
この問題を、当時存命だった魔王と神王様とで極秘裏に処理してしまい
文字通り『無かった』ことにされてしまった。
神族と魔族の勝手な言い分で起きた勝手な問題。
それによって殺された者達は、その存在ごと歴史から消されてしまった。
それをただ、受け入れるしかない人族。
自分達の子供を、孫を、親を、兄弟を、殺されただけでは飽き足らず
彼らが生きてきた情報全てが抹消されたのだ。
それでもなお耐えるしかない人族の、やり場の無い恨みと悲しみは
今なお決して消えることは・・・ないだろう。
和也「その・・・人族として考えれば、色々思うところも確かにあります。
ですが、あの儀式の日が無ければ・・・恐らく今の俺は
無いでしょう。
だから・・・あの日、死んでいった者達には申し訳ないですが
俺個人はそれで十分です」
それでも人は、歩いていかなければならない。
前を向いて、一歩づつでも・・・確実に。
俺は、それを恩師と言える人から教えて貰った。
そもそも儀式の日に関しては、当事者の1人とはいえ
直接的に関与した訳ではない学園長を責めるのもおかしな話だ。
マリア「・・・そうか。
そう言って貰えると、助かる」
のちに関係者の間では『儀式の日』と呼ばれることになった出来事だが
決して他の誰かに広めてはならない。
真実を知る、ごく一部の人達のみの記憶にだけ留まることを許された
・・・そんな事件。
マリア「特にフィーネの件は、本当に感謝しているんだ。
・・・あの何を考えてるのか解らなかったあの子が
何度言っても見向きもしなかった
家庭的なことや女の子らしいことを自分から教えて欲しいと
言ってきたときは、本当に嬉しかった。
それから表情や仕草も普通の女の子らしくなって・・・。
何かあるとスグに、どこぞの人族の少年の話をするんだ。
その時の照れた顔が、また可愛くて可愛くて・・・」
語られるそれは、俺の知らない彼女の歩んできた道。
俺に頭を下げていた時の苦しそうな、申し訳なさそうな顔とは違い
自分の娘のことを嬉しそうに話す学園長。
俺は、彼女の昔話をしばらく聞くことにした。
カーン!カーン!カーン!
マリア「・・・おっと、もうそんな時間か」
授業終了の鐘の音が響く。
結局、放課後まで時間が経ってしまっていた。
和也「確かに、結構話をしましたから」
主にフィーネのどういうところが可愛いだとかが中心ではあったが。
マリア「少し名残惜しいが、そろそろ私も仕事に戻るとするか」
席を立つ学園長に続いて俺も立ち上がる。
和也「では、俺も失礼します」
学園長室のドアに向かおうと歩き出す。
マリア「ああ、そうだ」
和也「はい?」
マリア「ウチの娘が、また迷惑をかけてるとは思うが・・・
まあ、よろしくしてやってくれ。
アレでも婿殿に会うのを楽しみにしていたんだ」
和也「いえ、こちらこそ彼女には感謝しています」
マリア「そうか。
・・・迷惑で思い出したが、『もう一人』の方はどうだ?」
和也「・・・紅い方ですか?」
マリア「・・・これだけで通じている時点で
まあ迷惑をかけてるんだろうな」
和也「あははは・・・」
『命狙われてるぐらいですから』という言葉を飲み込んで
とりあえず笑って誤魔化す。
あの娘も、どこまで本気か解らないし・・・。
マリア「あの娘も、良い子なんだがな・・・。
どうも頑固な所があるというか
言い出したら一直線とでもいうのか。
とりあえず、私の方からそれとなく注意はして―――」
バンッ!!
大きな音と共に、学園長室のドアが勢い良く開いたかと思うと
フィーネ「母様っ!
これは、どういうことっ!!」
フィーネが仁王立ちしていた。
マリア「おやおや。
何をそんなに怖い顔をしているんだ?」
フィーネ「隠れて和也を呼び出してるからでしょ!
竜族まで巻き込んで、何してるのよっ!」
・・・やっぱりセオラ先生もグルだったか。
マリア「だってなぁ・・・。
お前、普通に呼び出したら絶対に付いてくるだろ」
フィーネ「当たり前でしょ」
マリア「だからじゃないか。
お前が居たら出来ない話もあるんだよ」
フィーネ「・・・私が居たら出来ない話って何よ」
マリア「さて、何だろうな?」
フィーネ「むぅ・・・」
頬を膨らませて可愛く拗ねるフィーネ。
フィーネ「まあいいわ。
もう話は終わったのよね?」
マリア「ああ。
お前が入ってこなければ、婿殿が外に出ていたところだよ」
フィーネ「じゃあ、もういきましょ」
和也「・・・ああ」
よほどこれ以上ここに居たくないのか、強引に手を引っ張って
俺を外へと連れ出すフィーネ。
マリア「婿殿、また遊びに来るがいい。
いつでも歓迎するぞ」
背後で、学園長のそんな言葉を聞きながら
俺は結局、学園の外まで連れ出された。
フィーネ「まったくもう・・・。
油断も隙もないんだから」
和也「なんだ?
母親とは仲良くいってないのか?」
フィーネ「別に、母様が嫌いなわけじゃないわ。
こっそりと和也を呼び出したのが気に入らないの!」
和也「まあ、それはわからんでもないが・・・」
フィーネ「ねぇ、和也。
母様から何か言われた?」
和也「いや、別に何もないよ。
ただ・・・」
フィーネ「・・・ただ?」
和也「俺は話が出来てよかったと思ってるよ」
フィーネ「それならいいんだけど・・・」
未だ納得出来ないという感じのフィーネ。
和也「そうだ、これから街を見て回らないか?」
フィーネ「え?」
和也「この街のこと、あまり知らないだろ?」
フィーネ「確かに、詳しくは無いわね」
和也「せっかくだし、これから俺が案内するよ」
フィーネ「ほ、ホントに!?」
和也「ああ」
フィーネ「やったぁっ!
デート!
和也とデ~ト~♪」
さっきまでの不機嫌は、どこへやら。
急にご機嫌になるフィーネ。
フィーネ「さあ、行きましょうっ♪」
腕にぎゅっとしがみ付き、嬉しそうに隣を歩くフィーネ。
彼女を連れて街を歩き出す。
周囲の通行人等は、珍しそうこちらを見てくる。
人族と魔族が仲良く歩いているなんて光景、まずありえないからだ。
もしフィーネが魔界の王女だと知れば、もっと騒ぎになるだろう。
だが、俺もフィーネも周囲の視線を気にすることはなかった。
魔族A「魔族の恥さらしめ」
たまに、こちらに聞こえるようなそんな罵声もあったが
その台詞が聞こえた瞬間に、フィーネが一瞬で相手の首に
儀式兵装を当てて笑顔で『死んでみる?』と声をかけていた。
そのせいか、途中からそんな言葉も聞こえなくなり
後半になるほど、ゆっくりと色々な場所を案内することが出来た。
そして俺がいつも訓練で使う丘で・・・
フィーネ「・・・綺麗」
フィーネと2人、夕日を眺めていた。
それから、どれぐらい時間が経っただろうか。
フィーネ「・・・和也」
長かった沈黙を破ったのはフィーネだった。
和也「ん?」
フィーネ「ありがとう、私に出会ってくれて」
その言葉と共に満面の笑みをこちらに向けてくるフィーネ。
和也「どうしたんだ、いきなり」
フィーネ「改めて、そう思ったの。
和也が出会ってくれて、よかったって。
和也のおかげで、私はこうして生きてる。
今ある『誇り』も和也がくれたもの。
それにね、和也のことを考えるだけで
胸がポカポカってあったかくなるの。
たまにキュッって痛くなったり不安になることもあるけど
それ以上に、楽しいや嬉しいって想いがいっぱいで
和也のことが大好きって気持ちが溢れてくる。
誰かを想うことが、こんなにも素敵なことなんだって
教えてくれたのも・・・和也なんだよ」
フィーネの言葉を聞いて思い出す。
学園長が語っていたフィーネの過去を。
『どこぞの人族の少年に気に入ってもらうために
髪型や服装といったオシャレに気を使い
掃除や料理までやり始めたんだ。
料理なんて魔界の料理よりも先に、人界の料理ばかり練習して・・・。
そこまで露骨にやっておきながら、別に誰かのためじゃないって
誤魔化そうとするんだ。
それがまた可愛くて―――』
ここまで真っ直ぐな想いを向けられたことがないので
どうしていいのか、正直わからないが
ただ、俺にも言えることがある。
和也「俺も、フィーネに出会えてよかった。
フィーネに出会えなければ、俺はきっと
強さしか省みない人間になっていたと思う。
今の俺があるのは、フィーネのおかげなんだ。
だから・・・ありがとう、俺に出会ってくれて」
フィーネ「・・・和也」
俺達2人の出会いは、偶然が呼んだ奇跡だったのかもしれない。
それでも俺は、彼女との出会いは必然だった。
そんな気がしている。
すっかりあたりは暗くなり、空には星が輝いていた。
そろそろ帰る時間帯ではあるのだが、なんだかもったいない気がして。
彼女もそう思ってくれているのだろうか。
しばらくの間、二人で寄り添いながら、星空をただ眺めているのだった。
第5章 人族と黒き翼のプリンセス ~完~
後書きまで読んで頂き、ありがとうございます。
今回は、皆様から『フィーネは、まだか!』
『メインヒロインなのにもっと前に出せ!』という声が
聞こえた気がしたので、フィーネの話を入れてみました。
もうそろそろ話を折り返して、ばら撒いた伏線の回収を始める方が
初心者の私にとっては良いのでしょうが、そんなことはしません(笑)
全体を見てもこれからですからね。
自らのハードルを上げまくりです。
最近ネットゲーとソシャゲが忙しくて執筆ペースが
かなり落ちてますので、投稿頻度が下がるかもしれません。
え? そんな理由はダメ?
・・・デスヨネー。
なるべく良いペースで投稿していけるように、頑張りますので
物語終了まで、お付き合い頂ければと思います。