第3章 下着泥棒と紅の死神
普段と何も変わらない朝を迎えるはずだった。
ベットから上半身を起こし周囲を確認する。
俺達の部屋に大勢の女子生徒が詰め掛けていた。
そして俺を取り囲むように並んでいるフィーネや神族王女姉妹。
リピスやメリィさんまで居る。
そして全員何故か顔を真っ赤にしながら怒っているのか
恥ずかしがっているのか
どうとも言えない表情を浮かべていた。
隣で亜梨沙も状況についていけずにベットの上で
フリーズしてしまっている。
重苦しい雰囲気が部屋に溢れていた。
やがて意を決したようにメリィさんが一歩前に出る。
メリィ「まあ・・・若い男性なら致し方ない部分もありますが・・・
そうは言っても立派な犯罪です。
まさか和也様が、そのような方だったとは・・・。
いえ、そんなことを言っている場合ではありませんでしたね」
色々長い前置きの入った後、大きな深呼吸が入る。
そして・・・
メリィ「さあ、どこに隠したんですかっ!?」
和也「とりあえず、何の話だよっ!?」
こうして俺の厄介な一日が始まった。
第3章 下着泥棒と紅の死神
女子寮の食堂で朝食を食べる。
これもいつものことだが、いつも以上に周囲の視線が痛い。
和也「・・・下着泥棒ねぇ」
俺は大きくため息をついた。
今日の朝、様々な場所から女生徒達の下着が無くなっていたそうだ。
亜梨沙「それで、女子寮で唯一の兄に疑惑が浮上した・・・と」
証拠があったわけでもなく、目撃者がいるわけでもないのに
俺が男だという理由だけで朝の騒ぎである。
リピス「まあ、なんだ。
私も短絡的な発想だと止めたんだがな」
エリナ「それ、ダウトだよっ!
リピスだって若い男だからなとか言ってたじゃん!」
リピス「真っ先に和也の部屋に走っていった奴には
言われたくない台詞だな」
エリナ「うぐっ・・・」
フィーネ「でも、もし・・・。
もしもよ。
どうしてもって言うなら・・・わ、私、のなら・・・」
何故か顔を真っ赤にしながらスカートを少し持ち上げるフィーネ。
セリナ「や・・やっぱり、そういうのに興味・・・あるんです、ね・・・」
こちらも頬を赤らめながらモジモジとしている。
もうなんだこれ。
亜梨沙「兄が、わざわざ下着を取って回るなんてこと、するわけないです」
ため息をつきながら、そう言い出す亜梨沙。
亜梨沙「まず第一に下着が目的なら、一緒の部屋に居る
私のを狙うに決まっているでしょうっ!!」
和也「いや、だから何でだよっ!
むしろ、俺が下着泥棒前提の話をするなっ!」
メリィ「むしろ、どうして盗んでないんですかっ!
それでも男ですかっ!?
信じられませんっ!!」
和也「信じられないのは、アンタのその発想だよっ!!」
リピス「まあ、真面目な話としてだ。
犯人がわからない以上、和也が疑われ続けるだろうな」
それは周りの女生徒達の視線を見れば解る。
俺達の部屋を捜索した結果、何も出てこなかったからだ。
しかしそれだけの話であり、俺が犯人ではないという証拠もまた無い。
結局は「犯人かもしれない」という疑念だけが
残ってしまっている状態だ。
それからというもの、常に疑惑の視線を向けられ続けていた。
直接何か言われるわけでも、そういった噂が流れるわけでもない。
それが余計に嫌になってくる。
和也「あ~、面倒なことになったなぁ~」
その日の夜、ベットに倒れこみながら叫んだ。
亜梨沙「まあ、嫌な視線ばかりでしたからね」
隣のベットで本を読んでいた亜梨沙が同意の言葉を述べる。
和也「これから毎日・・・というのは正直辛いなぁ」
亜梨沙「なら、いっそ捕まえればどうでしょう」
和也「ん? 何をだ?」
亜梨沙「ですから、下着泥棒の犯人を・・・です。
犯人さえ捕まれば誰も兄を疑わないでしょう?」
和也「・・・捕まえるといってもなぁ」
出来れば正直そうしたい。
しかし、一切の証拠も無く犯人像もまったく解らない状況で
それが出来るのか。
そして疑惑の中心人物たる俺が犯人探しのためとはいえ
女子寮の内部をウロウロするのも気が引けることではある。
実際、女子寮に入ってからは必要最低限の移動以外は一切していない。
ただでさえ人族ということで厄介がられているのに、男ということで
かなり迷惑がられているのは雰囲気で解っていた。
なのでなるべく目立たないように、迷惑にならないようにと
夜に日課としていた自主練習が
寮の庭⇒寮から少しだけ離れた平地⇒森を抜けた先の丘
というように段々と場所が移動していった経緯もある。
亜梨沙「私も兄が下着泥棒扱いをされ続けるのは不愉快ですから」
どうしようかと唸っているうちに、亜梨沙の中では
もう決定事項になっていた。
しかし――
和也「・・・お前も、泥棒扱いしてたよな」
亜梨沙「さて、明日から頑張りましょう!」
和也「・・・」
そして俺達は下着泥棒を捕まえるために動くことになってしまった。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
次の日、朝から被害者への聞き込みを行った。
だが・・・
亜梨沙「・・・くだらない」
早くも我が妹君は、ご機嫌ナナメだった。
理由は簡単だ。
俺達が、人族だからである。
王女様軍団のおかげで忘れがちになることもあるが
基本的に人族は嫌われている。
たとえ下着泥棒を捕まえるためとはいえ
協力的な奴は誰一人として居なかった。
しばらく粘ってみたが誰もが、会話はスグに終了されてしまうため
ほとんど話も聞けない状態に諦めかけた時だった。
フィーネ「和也、おはよう♪」
挨拶と共に飛びついてくるフィーネを受け止める。
種族を意識せず、こうして接することが出来る存在が
どれだけ貴重なのかと、再確認してしまう。
亜梨沙「・・・おはよう・・・ございま、すっ!」
挨拶と共に、俺の腕を強引に引っ張ってフィーネから引き剥がす亜梨沙。
予想外の行動に、俺もフィーネも一瞬思考が停止する。
フィーネ「・・・何かあったの? 機嫌悪そうだけど」
フリーズ状態から復帰したフィーネが
亜梨沙の不機嫌に気づいて話しかける。
亜梨沙「別に・・・何でもありません」
和也「何でも無いわけないだろうに」
普段あまりこういった感情を表に出さない亜梨沙が
珍しく隠そうともしていない。
仕方が無いので俺が、フィーネに状況を説明する。
フィーネ「・・・なるほど。
まあ怒りたくなる気持ちは、解らないでもないわね」
一通りの話を聞いたフィーネは、呆れたというような顔をしながら
頷いた。
フィーネ「でもまあ、それとこれは別かな」
そういうと亜梨沙と反対側の腕に抱きついてくる。
亜梨沙「・・・別に、兄にそういう強制をする気は・・・ありません」
フィーネ「私もよ。 でも、もしそういう話なら
私は黙ってるつもり・・・ないからねっ♪」
主語の無い会話だが、何故かプライド同士がぶつかっているような
緊張感が二人の間に流れているような気がした。
二人とも笑顔というのが、また逆に怖い。
フィーネ「まあ、下着泥棒のことは私も協力するわ。
私も腹が立つからね」
そういえば彼女も部屋に来た1人だ。
ということは被害に合っているのだろうし、そう思うのは当然か。
フィーネ「そうだ。
リピス達にも協力してもらいましょ。
みんなでやる方が効率もいいわ」
亜梨沙「確かに、その方が色々と便利でしょう」
和也「なら、昼休みにでも話そうか」
・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
メリィ「はい、やりましょう」
昼休み。
いつも通りのメンバーでの昼食中に話題に出たので
ついでに相談してみたら、メリィさんが圧倒的な速さで返事をしてきた。
セリナ「ぜひ捕まえましょう。
女子寮全員の敵ですからね」
エリナ「だよね。
女の敵は、捕まえないと」
リピス「まあ、捕まえるた方が安心でもあるからな」
予想通りというべきか、次々と参加表明が出る。
メリィ「捕まえた上で、きっちりと自分が
どれほどの罪を犯したのかということを
教えて差し上げましょう」
笑顔でものすごく怖いことを言い出すメイド長。
リピス「・・・やたらと気合が入ってるな」
メリィ「ぜひ、取り返さなければ・・・っ!!
リピス様が穿いていた、あの純白のパンテぐふぉ!!」
リピス「・・・さて、では今日の放課後から
調査開始ということにしようか」
見事な裏拳でメイド長の口を封じたリピス。
何とも言えない微妙な雰囲気で昼休みは終了した。
そしてその日の夕方。
女子寮前に集合した俺達は、聞いて回る持ち回りと編成を決め
さっそく情報収集を開始した。
セリナとエリナには神族の被害者を。
フィーネと亜梨沙は魔族の被害者で、リピスとメリィさんが
竜族の被害者をという感じで、種族に合わせた形にした。
自分達の種族の王女様に聞かれたのでは答えないわけには
いかないだろう。
いきなり雲の上の存在である王族に声をかけられて
怯えている娘も居たりして
少し可哀想な気もしなくはないが、使えるものは何でも
利用してしまいたい。
そして俺はというと・・・・
和也「あとは、この辺りかなぁ」
女子寮やその周辺で、隠れられそうな場所や
寮を監視出来そうな場所の確認をしていた。
誰にも見つからずに女子寮に侵入し、下着を盗んで逃げ出すというのは
現実的ではない。
寮を見張ってチャンスをうかがい、侵入してからもどこかに
身を隠しながら犯行に及んでいると考えるのが自然だ。
なので、犯人を見つける時や追いかける時に
隠れられる場所などを事前に調べておけば
追い詰めやすくなるというわけだ。
大体の場所を調べ終え、ついでにいつもの丘まで来たとき
人の気配がして、ゆっくりと慎重に近づいてみる。
そこには1人の魔族の少女が居た。
よく見るとフォースの制服を着てはいるのだが、見覚えの無い顔だった。
彼女の髪は、夕日に照らされ、より一層紅色に染まっていた。
どこか遠くを見つめた瞳には、どことなく哀愁が漂っており
時折、風になびく長い髪を気にすることもなく
物思いに耽っている感じに見える。
その姿は、小柄な少女らしい可愛さを残しつつも
どこか大人びていて美しかった。
?「・・・何か、ご用でも?」
こちらに気づいた少女だったが、こちらを見ることもなく
素っ気無い感じで声をかけてきた。
和也「い、いや。
別に用事はない」
?「そう・・・ですか。
でもまあ・・・」
ゆっくりとこちらに向き直った少女と目が合う。
?「こちらには・・・用事、あったりするんですよ。
人族の、藤堂 和也」
少女から噴き出した殺気に、反射的に武器を手にする。
一瞬にして目の前まで迫った彼女が「何か」を振り下ろしてくる。
ガキィィ!!
鈍い音が響く。
小柄な少女に不釣合いな大斧を受け止めたが、勢いが殺しきれない。
大きく吹き飛ばされるように後ろへと下げられたが
何とか体勢を立て直して着地する。
?「あら、意外です。
貧弱な人族には、今の一撃を防ぐ力なんて無いと思ったのに」
彼女は可愛らしく首を捻りながら、そう呟いた。
和也「いきなり何なんだよ。
事情ぐらいは説明して欲しいもんだな」
人族が嫌われていることなんて今更ではあるが
それでも突然、命を狙われるなんて思いもしなかった。
?「説明の必要、あります?」
和也「もちろん」
?「フィーネ=ゴア様のことです。
あの方を誑かして、何をするつもりですか?
魔界を統べるとか言い出す気じゃないでしょうね?」
和也「何の話かと思えば・・・。
別に誑かしてもいないし、何もする気はないよ」
?「そんな言い訳にすらなっていない台詞で
納得出来るとでも?」
また一瞬にして距離を詰めてきた少女は、大斧を振り抜いてくる。
横にステップして避けながら「風間流・旋風」を狙う。
しかし少女は、斧の重さなんてまるで感じていないように
縦に振り抜いた勢いを殺しながら、斧を回して石突の部分で
旋風の一撃を受け止める。
そして受け止めた後に下から上に向けて力を込めて
剣を弾き飛ばそうとしてくる。
その予想外の力に思わず後ろに跳躍して距離を取る。
?「・・・うん。
少しは出来るみたいですね。
ほんのちょっとだけ評価を改めてあげます」
そう言いながらも大斧を構え直す少女。
こちらはそれどころではない。
ここ最近、旋風を返されることが多すぎて気持ちが萎えてしまう。
旋風は本来、自らの背中を一瞬とはいえ
相手に晒す危険なカウンター技だ。
それゆえに決まれば必殺の一撃となるはず。
それがこう何度も決め損ねるというのは自身の未熟を
突きつけられているのと同じことで
今までの努力が否定されたような気分になる。
それに俺の予想が正しければ、彼女は・・・
和也「強化魔法を使わずに、まさかそこまでのパワーとスピードを
出せるなんてな」
?「・・・ふふっ。
よく解りましたね。
ほんのちょっとから、ちょっとに評価の修正をしてあげます」
少しカマをかけただけだったが、やはりそういうことか。
あんな一瞬で強化魔法をかけれるなんて、そうそうない。
俺が知っている・・・今そんなことが出来る奴は
亜梨沙の加速魔法ぐらいだ。
つまり予想としては事前にかけていたか
それともそもそも使っていないかだ。
そして最悪な方向で、その予想が当たってしまったことになる。
魔力強化であるならまだ希望があったのだが・・・。
それに疑念もある。
いくら魔族が身体能力もある程度高いと言っても所詮は
『ある程度』だからだ。
今、目の前の彼女のそれは、まるで・・・。
いや、今それを考えている暇ではない。
和也「・・・さて、どうするかな」
相手に聞こえないように、そう呟く。
とりあえず逃げることを最優先にしようとは思うが
上手くいくかどうか・・・。
?「あまり時間もありませんから・・・
そろそろ死んで下さいっ☆」
そう可愛らしく宣言した彼女は、そんな可愛らしさの欠片もない
全力の一撃を放ってくる。
和也「・・・」
それを俺は最小限のサイドステップで回避する。
スグに横薙ぎに変わる少女の攻撃を剣を当てて
上方向へと勢いごと逃がす。
綺麗に上に流れた大斧だったが、少女はそれも解っていたという感じで
勢いを殺さずにそのまま回転しながらバックステップで
後ろに少し跳んで距離を取る。
そして遠心力が乗った状態のまま回転し続けながら
こちらに跳躍してくる。
もの凄い回転をしながらこちらに勢い良く落下してくる少女を
ギリギリまで引き付けてから
足元に紅の刀身部分だけを突き刺してから跳躍して回避する。
?「・・・っ!」
大きな音と共に少女の一撃が、紅の刀身部分を粉砕しながら
地面に突き刺さる。
それと同時に紅の刀身が爆発してあたりを煙が覆う。
?「視界を奪ったつもりですか。
舐めないで下さいっ!」
手にしている大斧を勢い良く振るうと、その風圧で煙が
一瞬にして消え去る。
しかし―――
?「・・・逃げられて、しまいましたか」
既に、その場に人族の男は居なかった。
軽くあたりに意識を向けるが、気配も感じられない。
?「状況的に退却したのではなく、初めから退却するための一手
・・・ですか」
迷ったあげくの退却ではなく、初めから逃げるために
戦っていたということ。
それを今の状況が証明している。
?「・・・うふふっ。
あははははっ☆」
思わず笑いが込み上げる。
まさかここまで綺麗に逃げられると思っていなかった。
?「フィーネ様のことだけのはずでしたが・・・
ミリス、気に入ってしまいましたっ♪」
久々に、狩りがいのある相手に出会えました。
ミリス「待ってて下さいね、藤堂 和也。
この『紅の死神』が
必ず貴方の命を貰いに行きますからねっ☆」
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
すっかりあたりは暗くなり、月明かりが道を照らし出すころに
集合場所となっていた女子寮正面玄関に
みんなが集まり始めていたのだが・・・
亜梨沙「・・・なんでそんなに燃え尽きてる感じなんですか」
和也「・・・色々、あってね」
玄関前に最初についた俺だったが、そのまま中央階段に
腰掛けてだらけていた。
リピス「まあ、そろそろ夕食の時間でもある。
食べながらの報告会にしようじゃないか」
リピスの一声で、全員食堂に向かうことになった。
女子寮の食堂は、夕食の時間ということもあって
かなりの賑わいになっていた。
そして、この食事に関しては女子寮でよかったと思っている。
聞いた話によると、男子寮は献立表が発表されており
そのスケジュール通りに食事が出る形式だ。
しかし女子寮は、寮長のオリビアさんの提案により
毎日市場で仕入れた食材で様々な料理を作り、それを並べて
好きなものを好きなだけ食べるバイキング形式となっている。
おかげで好きなものは多めに取ったり出来るし
新鮮な食材をその場でプロが調理しているだけあって、味も申し分ない。
エリナ「う~ん、美味しぃぃぃ!」
セリナ「もう、エリナちゃん。
ちゃんとバランスよく食べないとダメだよ」
亜梨沙「エリナは、見事なまでの偏食家ですね」
エリナの皿には大量のパスタ・肉・フルーツが盛られていた。
注意するセリナの皿は、多少野菜が多めだが全ての料理が
バランス良く入っている。
エリナ「美味しいものを美味しく食べるのが良いんだよね」
亜梨沙「それでどうして、そのスタイルが維持出来ているのか・・・」
セリナ「そこの部分に関してだけは、不公平ですよね・・・」
リピス「うん。
相変わらず、良い腕をしているな。
ここの料理人は。」
フィーネ「ホントに。
まさかここまで本格的なものが出てくるなんて
思わなかったわ」
3人は色々な話題で盛り上がり、リピスとフィーネは
マイペースに料理を楽しんでいる。
メリィさんは、リピスの後ろに控えていてリピスが何か言う前に
それをさりげなく用意して実行している。
これだけ見ていると、気が利く良いメイドにしか見えない。
最近よく見かける食事風景。
ほんの少し前までは、亜梨沙・リピスとメリィさんだけだった。
いつの間にか増えたなと感じる。
みんなと居る時は、人族へ向けられる敵意ある視線は
ほとんどと言っていいほど無くなっている。
ただ、相変わらず1人で居る時は遠慮が無いんだが・・・。
まあ、さっきも殺されかけたからな。
和也「・・・悩んでないで、とりあえず食べてしまうか」
俺は、食事中だけは悩むのを止めて
食べることに集中することにした。
和也「お、ホントに今日の料理も美味い・・・」
食事を終え、食後の紅茶を優雅に楽しんでいる時だった。
リピス「さて、そろそろ本題に入るか」
彼女のそんな一声で、今日の結果報告が行われることになった。
だが―――
メリィ「これは予想外な展開ですね」
全員が沈黙して重い空気になっているのを気にしてか
みんなの意見を代弁する形で、メリィさんが声を出した。
犯行があったとされるのは朝の1時間ほどだ。
そのわずか1時間で女子寮のいたる所で発生している。
1人でやるには物理的に不可能だ。
セリナ「どういうことでしょう・・・」
エリナ「複数居るってこと?」
フィーネ「それは無いんじゃないかしら?」
下着泥棒が複数で犯行に及ぶなんて聞いたことが無い。
普通に考えれば単独犯だろう。
しかし今日の被害状況を考えると、とても単独でやったとは思えない。
そして被害場所も、問題だ。
1階から最上階まで全て被害が出ているということだ。
それだけ女子寮を動き回っていて
誰にも見つかってないというのも変である。
亜梨沙「悩んでも仕方がありません。
いっそ現行犯で捕まえましょう」
リピス「なるほど。
確かにその方が手っ取り早そうだな」
亜梨沙「明日、担当場所を決めて張り込みましょう」
そして誰が、どの辺りに行くかを相談して
その場は解散となった。
次の日。
今日は休日で学園も休み。
いつもならゆっくり寝ている時間に、俺は女子寮の玄関前を
近くの茂みの中から監視していた。
他のみんなは、それぞれ洗濯場や廊下の監視をしている。
男の俺が女物の下着のある場所でうろうろしていては問題だと
みんなから言われて、この配置になった。
和也「さて、これで現れてくれればいいんだが・・・」
アレだけの騒ぎになったのだ。
そんなに簡単に連日現れるとは思っていなかった。
しばらく時間が経っても一向に現れる気配もない。
暇になり、少し眠たくなってきたあたりで俺は見つけてしまった。
女子寮の正面玄関から、女物のパンツを握り締めた
小型な二足歩行で歩く小動物を。
周囲を警戒しながら、音も立てずにコソコソとしていた。
小動物「・・・よし!」
和也「何が『よし!』だよ」
気づかれる前に素早く小動物の傍まで接近して捕まえる。
小動物「ぎゃぁぁぁぁぁ!!
離せぇぇぇぇ!!」
ひたすら暴れる謎の生き物。
和也「うるさい」
あまりに煩いので頭を殴る。
小動物「こ、これは誤解や!
違うんや、何かの間違いや!」
何も言わないうちから言い訳を始める小動物。
和也「・・・とりあえずガッチリを握り締めた
そのパンツをせめて隠してから言えっての」
もう呆れて何も言えない、この感じである。
小動物「そ、そうや。
このパンツで妥協せんか?」
和也「・・・は?」
小動物「このピンクのしましまパンツは
銀髪でスタイル抜群な美少女のパンツなんや。
これをあげるさかいに、見逃してくれんか?」
謎の小動物は、白地にピンクの縞模様が入ったパンツをこちらに
差し出しながら懇願してくる。
和也「・・・アホらしい」
小動物「な、なんやてっ!?
兄さんは、女の子に興味無いんか?
そっちの人かっ!?」
和也「失礼な。
女の子に興味もあるし、下着にもあるが
それはあくまで付けている娘とセットでの話だ。
パンツ単体で、そこまで盛り上がれるかよ」
小動物「兄さん、甘い!
パンツから、その娘が穿いている姿を想像する!
そしてパンツから、これをつけて恥らってる姿すら
想像出来るんやで!!」
和也「いやいや。
やっぱりちゃんとつけてる姿を見た方が、何倍も良いだろ。
それにその娘のイメージと違う下着をつけてた場合とかだと
そのギャップがまた、楽しめたりするからな」
小動物「・・・兄さんも、なかなかですな」
和也「お前さんも、なかなかにロマンを追い求めてるみたいだな」
亜梨沙「兄さ~ん♪
盛り上がっている所で申し訳ないですが
ちょ~っといいですかぁ?」
いつの間にか後ろに居た亜梨沙が声をかけてくる。
振り返ると目が合ったが、満面の笑みで怖かったりする。
?「今やっ!!」
謎の声と共に、腕に何かがぶつかって痛みが走る。
反射的に掴んでいた小動物を放してしまう。
小動物「た、助かりましたわ。
太郎の兄貴!」
太郎「次郎、無事で何よりや」
木の上で再会を喜び合う2匹の謎の小動物。
もう1匹居たようだ。
次郎「兄さん、悪いがワシらは捕まる訳にはいかんのや」
太郎「そうや。
という訳で、行かせてもらうで」
こちらが声をかける暇も無く、一瞬で姿を消す2匹の小動物。
和也「・・・あ~あ、逃がしちゃったよ。
いきなり声かけてくるからぁ」
亜梨沙「えっ!?
妹のせいなんですか!?」
その後、フィーネ達と合流して今出会った下着泥棒のことを伝えた。
話終えると、全員が微妙な顔をしていた。
エリナ「・・・何、その珍妙な生き物」
和也「まあ、俺も見つけた時は微妙な気分だったけどな」
フィーネ「とりえず、そういう話なら色々なことに説明が付くわね」
フィーネの言う通り、奴らが犯人だとすれば納得が出来る。
女子寮全体で発生している点や、犯人が見つからずに移動出来る点など
奴らなら小さいし、2匹いたしで説明が付く。
セリナ「肝心なのは、どうやって捕まえるかですね」
リピス「そうだな。
一度は捕まえた訳だし、警戒してしばらくは身を隠す可能性が高いだろう」
和也「下手をすれば、もう来ない可能性もあるからな」
亜梨沙「・・・それは無いんじゃないでしょうか?」
和也「ん?どうしてだ?」
亜梨沙「その変態生物は、下着集めに情熱を燃やしていたんですよね?
だったら、この女子寮以上の場所なんてありませんから」
リピス「ふむ。
確かにそうだな」
街には沢山の家はあるが、そこに必ず年頃の女性が居るとは限らない。
確実に、しかも大量に狙えるという点では
この女子寮が一番最高の場所と言えるのだ。
エリナ「・・・なら囮作戦とか、どうかな?」
そんなエリナの提案で、囮作戦が開始されることになった。
次の日の早朝。
物干し台に並んだ色とりどりの下着達。
そしてその近くに潜む、顔を真っ赤にしている少女達。
事の発端は、もちろん囮作戦で使う『囮』だ。
リピス「囮というからには誰のを使うんだ?」
エリナ「え?」
リピス「え?じゃないだろう。
実際に囮として使う下着を置かなければ意味がないだろう」
その言葉と共に彼女達は、それぞれの顔を見合わせた後に
何故か全員が俺を見る。
亜梨沙「・・・ここは実際に被害に合った人の方がいいんじゃないですか?
ほら、盗られるということは次もまた狙われやすいでしょうし」
フィーネ「で、でも被害にまだ遭ってない人の方が
向こうも盗る気になりやすいと思わない?」
リピス「もしくは、言い出した奴が出すかだな」
エリナ「え゛っ!?
い、いや~・・・あ、そうだ。
セリナちゃんのでいいんじゃないかなぁ。
ほら、きっとセリナちゃんのだったら人気だろうし」
セリナ「ど、どうして私なんですか?
エリナちゃんのだって、きっと人気ですよ」
リピス「・・・おっと、そういえばもう一人居たなぁ。
メリィ、どこに行く気だ?」
メリィ「い、いえ、私は皆様へ紅茶でもお出ししようかなと・・・。
それに囮の件でしたらリピス様のでもいいではありませんか?」
亜梨沙「そうですね、リピスも盗られてるみたいだし大丈夫ですよね」
リピス「大丈夫とは、どういう意味だっ!?」
結局の所、自分の使っている下着を出すのが恥ずかしいため
みんなけん制し合ってしまっている状態だ。
そして結局議論の結果、誰か1人に押し付けるより全員でなら
多少はマシだろうという結論となり、全員分の下着が並ぶことになった。
亜梨沙「兄さん、あまりジロジロと見ないで下さい。
変態ですか」
妹に指摘され、視線を逸らすと
リピス「ちゃんと監視しないと駄目だろう」
怒られてしまった。
和也「俺に一体どうしろと・・・」
さっさとこの居心地の悪い状況から脱出したい。
その思いが通じたのか、奴が姿を現した。
次郎「・・・なんや、これ。
こんなに色とりどりかつ上物なパンツが・・・大集合しとるっ!?」
感動からか、身体を震わせながらゆっくりと下着に近づいていくバカ。
次郎「これは天からの贈り物や・・・。
しかもこの匂いは、美少女のパンツに違いないっ!!」
匂いでそんなことまで解るのか・・・。
エリナ「一匹だけ? もう一匹は?」
セリナ「・・・見当たりませんね」
亜梨沙「どうします?」
みんなが俺を見つめる。
和也「・・・確保しよう。
たぶんもう一匹は助けにくるはず。
そこを狙おう」
その言葉を聞いた亜梨沙が動き出す。
一気に小動物との距離を詰める。
次郎「何やてっ!?」
直前で亜梨沙に気づいた小動物は、下着を盗らずに後ろに下がる。
しかし―――
リピス「残念だったな」
後ろに回りこんでいたリピスに、あっさりと捕まってしまう。
次郎「離せぇぇぇぇ!!
離さんか~~~ぃ!!」
ジタバタと暴れるが、リピスが尻尾をしっかりと掴んでいて
逃げることが出来ない。
太郎「次郎っ!!
今助けるでぇぇ!!」
どこからともなく叫び声が聞こえたと思うと
リピスの腕に向かって何かが高速で飛んでいく。
太郎「ふげぇ!!」
しかし、見えない壁にぶつかって大きく弾き飛ばされてしまう。
エリナ「ウインドシールドは、不可視ってのが便利なのよねぇ」
得意げに語るエリナ。
彼女には事前にこうなると予想して防御魔法を使ってもらっていた。
次郎「あ、兄貴!!」
太郎「ま、まだや。
まだ終わらんでぇ!!」
次郎「兄貴!! 兄貴だけでも逃げてくれ!!」
太郎「次郎、何を言うんや!
お前を置いて逃げれるかいな!!」
メリィ「なかなか良い度胸ですねぇ。
た~っぷりとお相手して差し上げますから、大丈夫ですよぉ♪」
メリィさんを筆頭に女性陣の笑顔と殺気を感じ取った太郎という名の
小動物は、ジリジリと後ろに下がる。
セオラ「早朝から皆さんで、何をしているのですか?」
騒ぎに気づいたセオラ先生がこちらにやってきた。
この女子寮には未婚の女性教師も住んでいるため、寮内でも
出会うことは多かったりする。
一瞬全員がセオラ先生に気を取られた隙を突いた小動物は、走り出す。
太郎「じ、次郎。
必ず助けるさかいに、待っとけよ!!」
そう言いながらも俺達の間を綺麗に抜けていくが・・・
セオラ「・・・この生き物は何ですか?」
セオラ先生の超反応により捕まってしまう。
和也「実はですねぇ・・・」
俺達は一連の下着泥棒事件の顛末を先生に語った。
セオラ「・・・なるほど、そういうことですか」
まるで生ゴミを持つように尻尾の部分だけを掴みながら
ジト目で小動物を眺める先生。
太郎「離せぇぇぇ!!
離さんかぃ、このババァ!!」
ドゴッッ!!!
太郎「ごふぅ!!!」
尻尾を掴んでいた先生が、命知らずの生き物を振り回して
壁に激突させる。
次郎「あ、兄貴ぃぃぃ!!」
太郎「だ、大丈夫や・・・。
こんな年増のこうげぶぅ!!!」
先生は、根性のある生き物の両足をしっかり片手で持つと
そのまま生き物の上半身を物干し台の金属部分に、無造作にぶつける。
太郎「ワ、ワシは・・・負け、へん。
こんなバ―――」
何か言いかけたようだが、再度金属部分に頭を激突させられ
口から泡を吹いて失神する無謀な生き物。
次郎「兄貴ぃぃぃぃぃ!!!」
セオラ「さて、貴方はどんな声を出してくれるんでしょうねぇ?
うふふふふっ♪」
次郎「ま、待ってんか・・・。
ちょ、や、やめ・・・ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
その後、小動物達の自供通り、森の奥から大量の下着が発見され
この下着泥棒事件は終わりを告げた。
ちなみに、二匹の小動物はセオラ先生が連れて行ってしまったので
恐らく地獄を見ることになるだろう。
先生に年齢の話を振るなんて、命知らずな連中だ。
次の日の朝。
教室に着くと、いつも通りの場所に荷物を置きながら
フィーネや亜梨沙と世間話をしていた・・・そんな時だった。
太郎「おい、お前ら席に着かんかぃ!!」
次郎「姉さんが来られるさかいに、しゃんとせぃ!!」
何故か昨日の変態生物が教壇に居た。
フィーネ「和也、あれって・・・」
和也「昨日の・・・だよな」
教室の連中も何事かと戸惑っていると、セオラ先生がいつも通り
教室に入ってくる。
セオラ「さあ皆さん、席に着いて下さい」
和也「あの、先生」
セオラ「何ですか? 生徒、和也」
和也「『それ』ってどういうことですか?」
偉そうにふんぞり返っている例の二匹を指差しながら質問する。
セオラ「しばらく悪さをしないように監視することにしました。
まあ、そういうことです」
なるほど、先生の監視下なら何も悪さは出来ないだろう。
セオラ「では、はじめましょうか」
太郎「セオラ様。
ささ、今日の予定表でございます」
次郎「お前ら、しっかり聞けよ。
姉さんの言葉を聞き逃すんじゃね~ぞ!」
亜梨沙「・・・すっかり調教されてますね」
従順な召使と化した二匹の生き物を見た亜梨沙の感想に
フィーネも苦笑いしながら頷いた。
セオラ「今日は、皆さんに新しい転校生を紹介します」
突然のサプライズ報告に、教室がざわつく。
そしてそんな周囲の反応をまるで気にしないかのように
教室のドアを開けて転校生が入ってくる。
フィーネ「あ・・・」
フィーネが隣で声をあげる。
俺も思わず出そうになったが何とか堪えた。
亜梨沙「ん? 知り合いなんですか?」
転校生として入ってきた魔族の女の子。
その紅色の髪と整った顔立ちは忘れるはずもなかった。
フィーネ「・・・魔界でちょっとした知り合いなのよ。
あの娘、何しにきたのかしら?
学校なんて興味ないとか言ってた癖に・・・」
ミリス「ミリス=ベリセンと申します。
よろしくお願いしますねっ☆」
最低限だが、笑顔で明るい挨拶をする少女。
その可愛さに男生徒達は歓声をあげる。
ただ、同時に別のざわつきと共に『紅の死神』という単語が飛び交う。
セオラ「皆さんも知っているように、彼女は『紅の死神』という
二つ名を持つ、魔界で数々の実績を上げている実力者です。
ちょっかいを出すなら、それなりの覚悟をしておきなさい」
先生の説明に、ざわつきが膨れ上がる。
昔、神族の強硬派が魔族側の重要人物の暗殺を企て
実力者のみで構成された特殊部隊を派遣したが
『紅の死神』と呼ばれる魔族、たった1人によって
壊滅させらたという話が、死神の代表的な噂話である。
その他にも、魔界に対して反抗的な勢力や魔王妃に敵対している
勢力を次々と壊滅させたとされており、その武勇伝の多さから
大戦争後に登場したにも関わらず四界中に
その名が知られる有名人である。
一通りの挨拶が終わるとミリスは、ゆっくりとこちらにやってくる。
そして俺の近くまで来ると、視線を合わせた上で
こちらに満面の笑みを浮かべると、そのまま無言で奥の席に
座ってしまう。
そんな行動に、隣に居た亜梨沙とフィーネが首をかしげる。
和也「・・・面倒なことになったなぁ」
そう・・・彼女こそ、この前襲ってきた魔族の少女だったからだ。
目立たずに卒業するはずだった俺の学生生活は
こうして次々と面倒ごとに巻き込まれていくのだった。
第3章 下着泥棒と紅の死神 ~完~
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
今回は、比較的ギャグ回になりましたが
どうでしたでしょうか?
今はまだ序盤ですので新しい登場キャラが次々と登場したり
設定の説明などが多くなってしまいますが
それなりに読むのが面倒になるような長文は避けているつもりです。
登場キャラが多いので、全てのキャラが埋もれることなく
使いきれるように気を使っていきたいと最近思っています。
それでは、次章でお会い出来ることを楽しみにしています。