表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/53

第1章 動き出した運命 ―前編―

はじめに


本作はRosebleu様の作品、Tiny Dungeonシリーズの

一部設定をそのままおよび一部改変を行って使用しています。

ですが、原作を知らないという方でも何の問題もなく

楽しんで頂ける内容となっておりますので、ご安心下さい。


ただ、かなり設定の改変等をしているため

原作を知っておられる方からすれば

登場キャラクターおよび世界観に

違和感や不快な思いをされる恐れが

ありますので、ご注意下さい。


また人同士が戦う演出も含むためR15タグを

つけさせて頂きました。

あまりグロテスクな表現はしませんが、流血や暴力的な表現が

一部どうしても存在しますので、ご注意下さい。

バトル系は、どうしても血とか出るので・・・。


本作公開に関して事前にRosebleu様へ問い合わせており

キャラクターや世界観の改変・設定の一部使用などについて

担当者様より許可を頂いております。


原作を知らなくても十分楽しんでもらえるはずですので

ぜひ最後まで読んで頂けると嬉しいです。

 力が欲しかった。

 もう失わないために。


 そして力を求めた。

 全てを守るために。


 ・・・あの日は

 【力】を手にして戦士となる、とても重要な日だった。

 

 戦士になると決めた者は、一定の年齢になると

 儀式兵装ぎしきへいそうという武器を得るための儀式を行う。

 この武器を得て、初めて魔法というものが使用可能となる。

 魂の一部を武器化するこの武器は、本人の意思によって形状が決定する。

 周りの、同じく戦士を目指す少年少女達は、みんな熱気に包まれていた。

 何しろこれから一生付き合う相棒と呼べる武器を

 手にする日になるのだから。

 

 いよいよ始まるとガチガチに緊張している奴から

 どんな形状にしようか?と興奮気味に意見を言い合ってる奴らもいる。

 だが、俺にとっては、これはただの通過点に過ぎない。

 むしろここからが本当の意味でのスタートになる。

 

  ―――そう、もう二度と

          失わないための戦いを―――

 

 そんなことを考えているうちに、儀式の夜が始まった。

 時間は深夜。

 場所は森の奥深く。

 その中央にある、とても大きな広場に不似合いの小さな祭壇がある場所。

 設置されている松明が、辺りを幻想的に映し出している。

 

 だが、そんな独特の幻想は、突然の叫び声で現実に引き戻される。


 辺りを取り囲む翼を持った人の影達。

 監視役の大人達が次々と倒れていく。

 泣き叫ぶ者達。

 あたりは一瞬で血に染まり、翼を持った人影達の笑い声が

 支配していった。

 そんな中、俺の前に一人の翼を持った人影が立った。

 松明が、その姿を映し出す。

 全身を黒系で統一した服装。

 腰まで伸びた黒い髪。

 そして黒い翼。

 魔族の証。

 翼があること以外は、とても可愛い少女だった。

 だが少女は、その体には不釣り合いなほど

 大きな黒い刃を持っていた。


「人族は必要のない存在・・・いらない」


 氷のように冷たい瞳。

 感情を全く出さない表情。

 そして吐き捨てるように呟いた言葉。

 全てが敵意に満ちていた。


 少女が獲物を無造作に振り下ろす。

 咄嗟に腰に携えていた普通の剣で受け止める。

 ・・・だが

 あまりに重い一撃に、大きく後ろに吹き飛ばされる。


「なっ・・・」


 俺は、その一撃に言葉を失った。

 小柄な少女が、これだけ鋭い一撃を放ってきたのだ。

 【あの日】以来、俺は大人達相手に毎日猛特訓してきた。

 大人の重い一撃をも凌ぐ練習だってしてきた。

 なのに、目の前の少女の一撃は、そんな大人達をも超える一撃だった。


「・・・」


 少女は無言で、低い姿勢で獲物を構え直した。

 

「・・・」

 

 そうだ、驚いている場合じゃない。

 突然のことばかりで下らないことを考えていた自分を叱咤する。

 状況なんて一瞬で変わる。

 人が死ぬなんて一瞬だ。

 それをお前は【あの日】に嫌というほど味わったじゃないか。


 俺は立ち上がり、武器を構え直す。 

 今、俺には【死】が迫っている。

 だが俺は、死ぬわけにはいかない。

 

 ―――今死んだら

      俺は何のために今まで頑張ってきたのか

            生きてきたのかわからないじゃないか―――


 ・・・その直後

 少女の姿が一瞬ブレると、ものすごい勢いで突っ込んできた。

 吹き飛ばされたおかげで開いていた距離が、一瞬で詰まる。


 少女は勢いをつけたまま、大きく振りかぶった薙刀を振り下ろした。

 

 俺は剣で受け止める・・・フリをして、直前で相手に向かって走った。

 全力で振り下ろされた刃に対して、前に突っ込んだ勢いを維持しつつ

 体を回転させるように捻りながらギリギリで避ける。

 そしてすれ違いざまに体を回転させて遠心力を利用した

 全力の一撃を少女の側面に叩き込む。

 少女は全力の一撃をかわされ、隙だらけになるはずだった。

 ・・・だが

 少女は横からの攻撃を避けきれないと判断すると

 突進していた慣性を利用し、そのまま前に飛ぶように通り過ぎていった。

 結果として、俺の横からの薙ぎ払いは空振りに終わった。


「・・・うそ、だろ」


 俺は思わず、そう呟いだ。

 今の一撃は、俺が一番得意としていたカウンター技『旋風せんぷう

 と呼ばれる技だ。

 自信のあった一撃を避けられ、焦っていた。

 だか、そんなこちらのことなど関係ないと言わんばかりに

 少女が動き出した。


「・・・抵抗なんて、無駄なのに」


 少女はそう呟くと、黒い翼を大きく広げて手をかざした。

 その手に、黒い何かが一気に集まっていく。

 そして、塊になったソレがまるで意思を持ったかのように

 突然俺に向かって飛んできた。

 咄嗟に剣で受け止めようとするが・・・


「ぐぉっ・・・!!」


 まるで体を貫通したかのような、強烈に刺す痛みと共に

 俺の体は大きく吹き飛び、壁に激突した。

 

 ―――それは、魔法と呼ばれるものだった

 

 体中に激痛が走り、動くことが出来ない。


 ゆっくりと。

 だが確実に。

 少女がこちらに歩いてくる。

 

 確実な死が近づいていた。

 恐怖で頭が混乱していたのか。

 それとも死ぬことを受け入れたからなのか。


「・・・君の、名前は?」

 

 唐突に、そんな言葉が出た。

 

「・・・どうして?」


「・・・どうしても、知りたくなった」


 聞いたところで何があるというわけでもない。

 今でもどうして名前なんて聞いたのか、説明出来ない。

 ただあの時、どうしても少女の名前が知りたくなった。


「・・・あっそ。私は、フィーネ」


 そっけなく自身の名前を答えた彼女。


「・・・もういい? じゃあ死んで。いらないから。」


 そう言うと少女は薙刀を振り上げた。

 俺の、死ぬ瞬間だ。

 

 気づけば涙が出ていた。

 死ぬのが怖かったわけじゃない。


 ―――もう二度と失わないために

      守りたいものを守るために

        必死に力を求め続けた先が

          自分すら守れずに死ぬ運命だったなんて―――

 

 ただ、無力な自分が悔しかった。

 

 目の前の少女は機械的に

 無表情なまま、黒き刃を振り下ろした。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・


 俺は、飛び起きた。


「・・・」


 夢だと理解するのに少し時間がかかった。


「・・・」

 

 懐かしい夢だった。

 あの日からまた、色々なことがあった。

 だが、儀式の夜からの出来事に関しては、恨んだことはない。

 ・・・そう、あれでよかったんだと。

 

 そんな感傷に浸りながら辺りを見回した。

 そして・・・それに気づいた。


「・・・」


「・・・」


 そこには下着姿の可愛い女の子が立っていた。


「・・・お、おはよう?」


 とりあえず、何事もなかったかのように挨拶をしてみたが―――


「・・・き」


「・・・き?」


「きゃぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」


 世界が揺れるほどの悲鳴をあげた。










 第1章 動き出した運命 




 今日は、陽射しが少し強いぐらいの快晴。

 通い慣れた道を2人で歩く。

 いつもの光景。

 ・・・だが


「・・・妹、一生の不覚です」


 俺の名前は、藤堂とうどう 和也かずや

 どこにでも居そうな平凡な人間だ。 

 

 朝からブツブツと何かを言いながら隣を歩いているのは

 我が妹、風間かざま 亜梨沙ありさだ。

 

 俺は妹と2人で、一緒の部屋に暮らしているんだが

 たま~に今朝のようなハプニングに見舞われる。

 今日はそれから、我が妹君は不機嫌なのか一切話しをしてくれない。


「・・・ホントに悪かったって。

 いい加減機嫌直してくれないか?」


「・・・別に」


「ん?」


「兄に着替えぐらい見られるのは構いません。

 むしろそのことによって妹に興味を・・・

 主に性的な方向で見てくれるのなら大歓迎です」


「あの・・・え?」


「むしろ見せる方向すら考えていたはずなのに・・・。

 なのにその千載一遇のチャンスで悲鳴を上げてしまうなんて・・・。

 妹、覚悟が足りていませんでした」


「ずっと不機嫌だと思ってたら、考えてたのそんなことっ!?」


 何を言い出すんだ、この妹。


「そんなこととは失礼な兄です。

 むしろ妹の生着替えを見たんです。

 『可愛かったよ』とか『思わず見惚れるほど綺麗だったね』とか

 色々と感想を言うべきではないかと。

 いえ、言いましょう今すぐ。」


 そう言いながら顔を近づけて抗議する亜梨沙。

 俺の両親は大戦争と呼ばれた戦いで死んでおり

 両親の親友だった風間家に引き取られたので

 妹といっても亜梨沙とは、血は繋がっていない

 義理の妹のような立場ではあるのだが・・・。


 そういや、たしかに最近は女性らしいプロポーションになってきて

 思わずドキっとしてしまうこともある・・・。

 というか、そのボリュームのある胸は

 結構な武器だぞ、我が妹よ。

 

 駄目だ、考えが末期的だ。


「・・・馬鹿なこと言ってないで、さっさと行くぞ」


 朝見た亜梨沙の下着姿のイメージを振り払うように頭を軽く振りながら

 速度をあげて、歩き出す。


「ま、待ってください。

 こんな可愛い妹を置いていくつもりですか」


 後ろで亜梨沙が愚痴を言いつつ小走りに追いかけてくる。

 そして俺達の目的地が、ようやく見えてきた。



 ―――学園「フォース」

 大戦争と呼ばれた大きな戦争の後に4種族合同で

 設立された人材育成機関。

 主に将来的に軍事・内政に関わるものや

 その希望者を中心に生徒が構成され

 国の中枢になる者を育てるために文武両道を掲げて指導している。

 各国の王族も積極的に入学してくるほどの

 設備・授業内容・知名度を持つエリート学園。

 

 また4種族の偏見を無くすための取り組みも行われているが

 種族間の隔たりが大きく、まだまだ偏見の目は無くなっていないのが

 現状ではあるが、効果は出てきている。


 一定の年齢になり試験さえ合格すれば、誰でも入学することが出来る。

 1~5の五段階の階級でランク分けされており、入学時は1階級からで

 年1回ある進級試験に参加し、合格すると階級が上がる。

 5階級で卒業試験に合格すると、晴れて卒業となる。


 ただし進級試験が難関であり、進級出来ずに中途半端に

 階級を上下する者も多く、そういった者も特別試験に不合格だった場合

 退学となる非常に厳しい場所でもある。


 まだ歴史は浅い学園だが、既に数多くの優秀な生徒が育っており

 その存在意義と共に4種族間では、皆が目指す学園になっている。


 この学園を卒業した生徒は各種族の軍隊・内政で

 常に歓迎・優遇されているほどだ。

 


 そんな超エリートが集まる学園で、俺と亜梨沙は現在2階級だ。

 順調・・・とは言えないが、まあそれなりにやっていけている方だろう。


 校門を過ぎたあたりで、見慣れた姿を見つけ思わず声をかけた。


「おはよう、リピス」


「ああ、和也か。 おはよう。」


「おはようございます。 和也様」


 少し眠そうな顔で答えたのは、かなり小柄な体格に金色の長い髪

 大きな耳が特徴的な少女で

 名前は、リピス=バルト。

 これでも竜族と呼ばれる種族の王女様だ。

 

 そしてそのすぐ後ろに居るのは、リピスの付きでメイド長をしている

 メリィ=フレールさん。

 綺麗な銀色の長い髪に、落ち着いた物腰。 丁寧な言葉遣い。

 その綺麗な顔立ちで、いかにも大人の女性といった感じなのだが

 まあ、この人は色々と残念な人だったりする。

 何が残念なのかは、そのうち嫌でもわかるだろう。


「リピスじゃないですか。おはようございます。」


「なんだ、亜梨沙も居たのか。おはよう。」


「おはようございます。亜梨沙様」


「いきなりちょっと失礼です。リピス。

 あとメリィさん、おはようございます」


 一介の人族である俺が、どうして竜族の王女と知り合いなのかってのは

 まあ、本当に色々あったんだよ。

 主にメリィさんに、とび蹴りされた記憶がメインだけども。

 知り合いになって以来、亜梨沙とは特に仲良くなったみたいで

 2人でよく遊びに行くぐらいだ。


「まあ、君と私の仲じゃないか。」


「毎回同じ台詞を言われている気がします」


「気のせいではないか?

 気のせいだろう?

 うむ、きっと気のせいだ。」


「なるほど、気のせいでしたか」


「え!? それで納得しちゃうのっ!?」


 何気なく聞いていた2人の会話に思わず突っ込みを入れる。


「うむ、相変わらず突っ込みが早いな」


「・・・兄にノリツッコミのタイミングを奪われました。

 色々どうしてくれるんですか」


「それって俺のせいかっ!?」


「まあ結果的には和也が悪いな。

 ここは兄として大人しく妹の戦いを見学しておくべきところだ」


「妹の戦いに乱入するなんて。

 どれだけ妹好きなんですか。

 むしろ大歓迎です。」


「妹に手を出すなんて、とんだ変態だな。」


「あれ? 何か話変わってないか?」


「いや、全然」


 謎の連携を見せる2人。

 いつもこうやって最終的には俺をイジメて遊ぶことが多い。


「ご歓談中失礼します。

 授業時間まであと5分ですが、お時間は大丈夫でしょうか?」


 冷静なメリィさんの意見に、思わず時間を確認する。


「げ、ホントだ。 これはやばい。」


「では、そろそろ行くか。」


「そうしましょう。」


 そして俺達は小走りで教室に駆け込んだ。



 リピス達と別れ、亜梨沙と教室に入る。

 とたんに教室の空気が変わるのを感じた。

 まあ、いつも通りのことなので気にせずに席に着く。


「人族風情が、どうしてまだ学園に居られるんだ?」


 背後から刺のある言葉が聞こえてきた。

 振り返ると、声の主はいつも通りのアイツ―――

 学園では名前を知らない奴は居ないんじゃないだろうか。

 少し長い髪を揺らしながら、尊大な態度でこちらを見下している

 こいつの名は、ヴァイス=フールス

 魔界の貴族。

 奴の家柄、魔王の一族は『魔王の血族けつぞく』と呼ばれ

 体内で魔力増幅を行える

 特殊な体質を持ち、強大な魔法を行使出来る魔族の中でもエリートだ。

 まあ当の本人の家は、一族とはいえ隅っこの隅っこで、血族の中でも

 それほど大きな力は持っていないのだが、それでも魔族の中では

 優秀な部類に入る強さを持っている。

 だが、その生まれ持った力を何か勘違いしている残念な奴でもある。


「どうした? 何も言い返さないのか?

 そうか。 ようやく自分が何の価値もないゴミだということを

 理解したか。」


 奴は満足そうに高笑いをすると、自分の席に着いた。

 事あるごとに人族をというか俺を馬鹿にしている。

 非常に残念ながら奴と俺では実力差がありすぎて相手にならないだろう。

 俺が魔法を一方的に撃たれて終了のお知らせがくる予想しか出来ない。

 なので最終的に実力行使をすることを厭わないヴァイスを

 相手にする場合は、言い返すより

 ある程度折り合いをつけて無視するのが無難だ。

 決して勝てないからやり過ごすのではない。

 単純に相手するのが馬鹿らしいからだ。


 そして授業開始の鐘が響くと同時に教室に一人の教師が入ってくる。

 彼女はセオラ=ムルム。

 留めてある長い髪を左右に小さく動かしながら教壇に立つ。

 

「さあ、みなさん。

 私語を止めて席に着きなさい。

 もう時間ですよっ!」


 彼女の声で、みんな席につく。


「・・・今日も欠席者は無しっと。

 大変結構です。体調管理は戦士の基本ですからね。」


 満足そうに微笑むと、出席簿を閉じた。

 綺麗なお姉さんといった感じの竜族で、生徒を

 種族・身分・容姿・成績などで差別せず

 全ての生徒を平等に扱うため生徒からの人気も高い。

 そしてこれでも竜族のNo3だとリピスが言っているほどの実力者だ。


「みなさん、忘れていないでしょうが

 明後日は全階級合同の実戦試験です。

 それに伴って明日は屋外探索となっています。

 どちらも実戦単位の対象ですから

 くれぐれも油断の無いように。」


 彼女の言葉に教室がまた、ざわつきはじめる。

 探索エリアが違うとはいえ、全階級が揃うイベントは滅多にない。

 それだけ大きなイベントともなれば貰える単位の数も質も高いだろう。

 単位が足りなければ進級試験すら受けれないこの学園で

 単位というものは、何より大事で最優先なものとなっている。

 特に学科より優遇される実戦での単位となれば、全生徒が欲しがる。


 俺も自然と手に力が入る。

 強さを求めてこの学園に入ったからだ。

 だから実戦の機会は素直にありがたかった。


「・・・今からそんなに気合を入れてどうするんですか。」


「はは、ちょっと楽しみでな。」


「まあ、楽しみなのは、妹も否定はしないです。」


 亜梨沙とそんな会話をしている時だった。


「こら、もう少し静かになさい!」


 先生が声を上げた。

 たしかに後ろの方の魔族連中が盛り上がっていて、少し騒がしかった。

 いつもなら、怒らせると怖いということを知っているので

 自然と落ち着くのだが、もうスグ行われるイベントで

 テンションが上がったのか、彼女の話を聞いていない。

 ・・・なんて命知らずな。

 そう思った直後、先生が動いた。


「私の言葉が聞けないと・・・」


 そうつぶやくと、手に持っていたチョークを構えて威嚇する。


「先生、甘いぜっ!」


 騒いでいた魔族の一人はそう言うと

 儀式兵装の杖を持ちながら 

 

「ファイアシールド!!」


 目の前に炎で作った盾を出した。


「なるほど・・・あくまで受けて立つということですか。

 いいでしょう。 何事も経験です。」


 落ち着いた口調でそう言うと、腕の振りだけでチョークを投げた。

 普通にチョークを投げた程度なら、この炎盾で消し炭になっただろう。

 だが・・・

 

「ぐはぁ!!」


 ありえない速度で飛んでいくチョークが、まるで何も存在しないかの如く

 軽々と炎盾を貫通して、魔族生徒の額に当たる。

 チョークの一撃を喰らった彼は、体ごと縦に3回転して教室の壁に激突。

 気を失って倒れた。


「さて、あとでしっかりとお説教タイムですわ。」


 まあ先生に立ち向かったという自業自得ではあるが

 騒いでいただけで、超高速チョーク弾丸を喰らって

 気絶+説教だなんて・・・。

 勇気と無謀の区別がつかなかった代償は厳しいものだった。


 その光景を見た残りの騒いでいた連中は

 さっきまでの光景が嘘のように無言になった。

 炎盾は、火系の防御魔法の初級ランクだ。

 初級と言っても、剣や槍といった物理攻撃を受け止めることが

 出来る硬さがあり、魔法もある程度防げる万能の盾だ。

 火属性を扱う者が使う、最も一般的な防御魔法である。

 それを、投げたチョークで貫くとか・・・。

 竜族の・・・というか先生の投げたチョークの破壊力が

 どれだけ危険かということが再確認出来た事件だった。




 ―――昼休み

 いつも通り亜梨沙と2人、食堂へ行くとリピスと

 メリィさんが、席を確保してくれていた。


「いつもすまないな。」


 そう言いながら席に着く。


「まあ、気にするな。 ついでみたいなものだ。

 それに席を確保しているのはメリィだ。」


「主の席を確保するのは従者の務め。

 和也様達はリピス様の大事なご友人です。

 何の遠慮も必要ありません。」


 何度か同じようなやり取りをした記憶もあるが

 礼を言うのが何度目になったところで構わないだろう。


「そういえば、前から気になっていたのですが・・・。

 メリィさんって学園の生徒じゃないですよね?

 たしか部外者は入れないはずですよね、ここ。」


 何かを思い出したかのように話し出した亜梨沙。


「ん? そういえばそんな防衛装置があったな。」


 この学園は各世界の要人も多く居たり、また各世界の最新技術が

 集まっている場所でもあるので、装置に登録していないと

 防衛設備が反応して攻撃してくる要塞のような場所だ。


「ああ、そのことでしたら大丈夫ですよ。

 ちゃんと許可を得てますから。」


「よく許可出ましたね。

 この学園、そういう特例に関しても

 かなり厳しいって話を聞いたことがあります。」


「普通に話をして、ご理解頂きましたよ?」


 メリィさんが楽しそうな笑みを浮かべていた。

 ・・・こういうときの彼女が一番怖い。


「普通・・・ねぇ。」


 ため息をつきながら、呆れ顔で自分のメイドを見るリピスに

 亜梨沙が無言で先を促す。


 『私は、いらないと言ったんだがな』と前置きを入れて話出す。


「『竜族の姫を、お供も無しで通わせるなんてっ!!』

 と叫んで、竜族の特殊部隊と一緒に職員室に突入して

 中に居たセオラを巻き込み、2人で

 『認めなければ、戦争だっ!!』

 と言いながら、周りに居た竜族教師・生徒まで扇動して

 学園の主要箇所の大半を占拠。

 それでようやく許可が出た特例だったと

 記憶しているのだが・・・。        

 さて、普通とは何だろうな?」


 両手を広げてお手上げのポーズをしながら、リピスが事の顛末を語った。


「さすがメリィさん・・・歪みがないですね。」


「いや、むしろ歪みまくってるだろそれ。」

 

 そんなことがあったのか・・・と俺達は

 そんな竜族メイド長の武勇伝に呆れていた。


「まあ、細かいことはよろしいではありませんか。」


 はたして学園占拠は細かいことなのだろうか。

 まあ、彼女ならやりかねないと思えてしまうあたりが残念なのだが。


「それに、護衛なら他にもいるだろう」


「あの娘達は、護衛を兼ねているというだけです」


「あの娘?」


「同じクラスの生徒でな」


「あの娘達は学業の方がメインです。

 そしてリピス様のお世話は、私のものっ!」


「まあこの駄メイドは置いておくとして

 明後日の実戦試験はダンジョン迷宮探索らしいな。」


「リピス様、ひどいですよ~」

 

 何もなかったように話の流れを変えたリピスに

 今までの凛とした雰囲気を投げ捨てて、見事なまでに子供化した

 口調でメイド長が抗議する。


「・・・何か酷いことがあったか?」


「この見下す感じの冷淡なリピス様も、これはこれで・・・うふふ」


「駄目だ、このメイド。 早く何とかしないと。」


 完全にスイッチが入って駄メイド化したメリィさんに

 亜梨沙も呆れながら突っ込みを入れる。


「明後日の試験ってダンジョンの方だったのか。

 俺はてっきり明日が屋外探索だから試験も屋外だと思ってたよ。」


 もうここでメリィさんに突っ込みを入れていても話が進まないので

 俺も無視して会話を続ける。


「私も、そう思っていたんだがな。

 学園長からの通知にそう書いてあったんだよ。」


 そう言って一枚の書類を目の前に出された。

 手触りからして違う、厚みのある上質の紙で作られた書類を手にする。

 文章を読もうとして、その一行目の文字に驚いた。


「これって・・・四界書よんかいしょじゃないかっ!!」


 四界書とは、四界トップが話し合って決めたことに対しての内容や

 重要な決定事項に対して変更等があった場合に発行される書類で

 四界のトップしか発行出来ない、直筆のサイン入りの書類。


 国家的な条約の締結等の際に使用されることが多いらしい。

 主に重要な内容を四界トップで共有するためのものだ。


「声がデカいぞ、和也」


 驚く俺に、少し低めの声で注意してくるリピス。


「うゎ・・・実物ってそんな感じなんですか。」


 亜梨沙も書類を気にしながら呟いた。

 

「お前、これって部外者に簡単に見せるもんじゃないだろ・・・」


 注意された意味を理解して、少し小声で抗議する。

 最重要機密扱いのものが、こんな簡単に出てくるとか・・・。


「まあ、言いたいこともわかるがな。

 でも内容を良く見ろ。」

 

 そう促されて内容を恐る恐る確認する。

 すると・・・


「・・・なんだこれ」


 思わずそんな言葉が出た。


 『 四界書 -そんな名前の連絡だよん-

   

   学園運営についてのお知らせ

   

   今度、学園フォースでの実戦試験は改修中だった闘技場の地下が

   完成したので、そっちを使うことにした。

   なので急遽、地下ダンジョン探索に変更することにしたぞ。

   ついては決まりらしいので、一応連絡しておくよ。

   まあ、楽しみにしてくれ♪

                   魔族代表マリちゃん(*´▽`*)』


「・・・」


「・・・」


 沈黙が流れた。

 正直言葉が出なかった。

 覗き込んでいた亜梨沙も呆れ顔で固まっている。


「確かに、形式的には四界書なんだが

 内容がこれではな。」


 リピスも引きつった笑顔だった。

 確かにこれは最重要機密とは言えないよな。

 

「いや・・・でもこれって俺が見てもよかったのか?」


 ふと思った素朴な疑問を聞いてみる。


「それは四界書そのものを見たことか?

 それとも内容についてか?」


「まあ、どっちもだな。」


「そのものについては私から見せたのだから問題ない。

 内容についても、一応はここの生徒である私も知ったこと。

 同じ生徒である和也達が見たところで

 そんなに有利になる内容でもないからな。」


「それに皆様が言いふらすこともないでしょうし

 別に構わないのではないでしょうか。」


 淡々と理由を話すリピスに、メリィさんが補足を入れる。


「それにしても・・・マリちゃんって。」


 マリちゃんこと、学園長マリア=ゴアは

 魔王妃にして、亡くなった魔王の代わりに

 現在魔界を統べている魔族代表の女性である。

 非常に強気で豪快な性格だが、腰まである長い黒髪が特徴的な

 大人の色気のある非常に美人な人で、今でも魔界の貴族達から

 求婚が耐えないそうだ。

 四界を代表してこの学園フォースの学園長になっている。

 大戦争中「赤き暴風」と呼ばれ、他界から何度も刺客を送られるが

 ほぼ全て返り討ちにしている魔族の中でも

 最上位に位置する強者でもある。

 そんな人が・・・マリちゃん・・・。


「あの人は・・・まあ、なんだ。

 色々大変なんだろう、立場的に。」


 リピスが珍しく色々と濁した。

 きっと見なかったことにするべきなんだろう。

 

 そして残り時間は、この微妙な空気を引き摺ったまま

 誰も口を開くことなく終了することになった。



 

 放課後になり、亜梨沙と2人で寮へ帰る帰り道。

 亜梨沙が最近毎日通っているスイーツ屋のワッフルを買っている。

 元気の良い神族のおっさんが経営してるんだが

 どうしてもおっさんの見た目と店構えが合わない。

 などと下らないことを考えているうちに亜梨沙がワッフルを

 持って帰ってくる。

 

「お待たせしました。

 では帰りましょう」

 

 笑顔でそう言うと、嬉しそうにワッフルを食べながら歩く。


「今日は大きめのにしたんだな。」


 いつも亜梨沙が頼むものはサイズが小さめだ。

 何でも大きさから種類があったり、トッピングも色々あるそうだが

 男の俺では、よくわからない。

 一度、メニュー表を見たことがあるが、もはやあれは何かの呪文だった。


「いつも買ってるので、おまけして貰えました。」


「へぇ・・・珍しいこともあるんだな」


 思わぬ言葉にビックリした。

 そして俺はあのおっさんに対して、店構えと合ってないなんて

 思っていたことを素直に心の中で謝罪した。



 この世界は

 神族の住む大地を『神界』

 魔族の住む大地を『魔界』

 竜族の住む大地を『竜界』

 人族の住む大地を『人界』

 と呼ばれる4つの大陸と

 『中立地帯』と呼ばれる

 広大な大地で構成されている。

 かつてそれぞれに独立した文化だった4つの種族は

 技術の進歩により、出会うことになる。

 文化交流も行われ、新たな時代の幕開けかとも思われたが

 異文化・異種族に対しての偏見が無くなることはなく

 特にお互いを差別し合っていた神族と魔族は戦争状態に

 突入することになる。

 そしてその戦争という名の余波は竜族と人族をも巻き込むように

 戦火は世界へと広がりを見せていた。

 そんな、緊迫した状況が続いたある日・・・

 

 人族として生まれた一人の天才によって、ある武器が生み出された。

 『儀式兵装ぎしきへいそう

 そう呼ばれ、年月の経った現在でも最強の武器として

 使用され続けるものが登場する。

 使い手本人の魂の一部を武器化することにより、その形状は多岐にわたり

 並の武器よりはるかに頑丈で万が一、砕けても再生する。

 そして何よりこの武器を最強足らしめるものが『魔法』だ。

 どういう原理か、この儀式兵装は魔法を使用可能にする。

 かつて魔法というものがあった時代が過ぎ去り

 その昔に魔法を使っていたとされる

 神族や魔族ですら使うことが出来なくなった魔法を

 この武器を持つだけで使用可能とする。

 この武器の登場によって戦争は激変する。


 魔法を復活させ、魔法最先端国家となった人族は

 一部の軍部に扇動される形で

 【世界を統一するのは人族だ】という宣戦布告を行う。

 これが後に【大戦争】と呼ばれる数百年続いた戦争の幕開けとなる。

 

 4種族最弱と呼ばれ、他界との条約締結時も不利な条件を飲まされ続けた

 人族の、まさに逆襲だった。

 会戦当初は、まさに人族の圧勝。

 儀式兵装にはもうひとつ【弾装だんそう】と

 呼ばれるものがついておりそれを使用することで

 魔法の威力を上げたり、攻撃に魔力を乗せて攻撃力を上げたりと

 魔法を前提とした戦いが出来る。

 この儀式兵装の登場により、身体的に人族より有利なはずの魔族も

 統率力の高さで一丸となっている神族も

 まるで歯が立たないほど圧倒的な状況だった。

 更にこの状況を後押ししたのが竜族だった。

 竜族もまた、神族・魔族の選民思想に嫌気が差していた種族であり

 人族とは、昔からの付き合いがある友好関係状態だった。

 その竜族が、人族との『互いに不干渉』という条約を締結。

 事実上の同盟に、神族・魔族達はお互いに手を取り合うことも

 出来ずに敗戦を重ねていった。


 このまま人族の勝利で終わるのか?

 誰もがそう思っていたとき、ある事件が起こった。

 突如として神族・魔族達が儀式兵装を使い出したのである。

 人族最高機密だった儀式兵装の機密を盗み出した神族と魔族は

 儀式兵装を手に入れる。

 また事実上同盟国だった竜族からも不干渉という条約を無視した

 儀式兵装の提供を迫られ半ば強制的な形で

 儀式兵装を提供させられることになる。

 これにより儀式兵装は、各世界共通の武器となり戦争がより

 泥沼になる原因となった。


 そして今から10年ほど前、ひとりの人族が他界を統べる王達に呼びかけ

 話し合いが行われることになった。

 それぞれの国は数百年続いた戦争に疲れ果て

 またそれぞれの国による事情もあり結果として

 事実上の休戦協定が結ばれることになった。


 これによって表立った戦争は終結し、世界に一時とはいえ

 平和が訪れることになる。

 結果、人族から始まって人族で終結した戦争というイメージは

 他界の種族達に悪いイメージだけを残す結果となり

 現在では【戦争そのものが人族のせい】ということになっている。

 なので人族は肩身が狭いのだ。


 こうして歩いているだけで、露骨に視線を逸らしたり、道を避けたり

 逆に睨み付けられたり、わざと道を譲らずに

 正面から歩いてくる奴まで居る。

 当然何かトラブルを起こせば、周りの奴らは口をそろえて

 『あの人族が悪い』とでも言い出すだろう。

 だから現在、この中立地帯に建設された学園都市に

 人族なんて俺と亜梨沙の2人だけだ。

 存在そのものが悪として定義されてしまっている以上

 好き好んで差別されにくる人族なんて居ないだろう。

 なので、あのスイーツ屋の神族のおっさんが人族である亜梨沙に

 『おまけ』をしたなんてビックリして当然だ。


「・・・今日は、ずいぶん無口ですね。

 何かありましたか?」


 こちらの様子を見ながら、亜梨沙が声をかけてくる。


「ああ、ちょっと考え事を・・・な」


 今更、人族の不遇を嘆いていても仕方が無い。

 それに俺は、ここで更に強くなるために来たのだから。


「あら、お帰りなさい。

 和也君、亜梨沙ちゃん。」


 優しい声に顔を上げると、寮の玄関に女性が立っていた。

 すごく和やかな雰囲気ので、凄く若く見えるため

 大人なのに、いまいち年齢がわからない、そんな不思議な女性。

 女子寮の管理人である、神族のオリビアさんだ。


「オリビアさん、ただいまです。」


「あ、管理人さん。 ただ今帰りました。」


 ・・・考え事をしている間に、寮まで帰っていたのか。

 そんなことを考えつつ亜梨沙に続いて挨拶を返す。

 


 ここは学園フォースの女子寮だ。

 学園は全寮制で、部屋は2人部屋のみとなっている。

 ただ、別に男女が均等で入学してくるわけではないため

 当然偏る場合もある。

 現在男子寮は満員。

 女子寮の亜梨沙とは一応兄妹となっているので

 一緒の部屋にされてしまったというのが現状だ。

 ただでさえ人族ということで理不尽な嫌がらせもあるのに

 男一人、女子寮住まいというのは男子学生から恨まれて当然なわけで。

 もちろん、他の連中が考えているようなラッキースケベ的なイベントが

 無いわけではないが気をつけないと俺は

 色々と終了のしかねない。 主に人生的な意味で。


「今日は、ボリューム満点のお肉料理ですから楽しみにしててね」


 オリビアさんは寮内の家事を全てこなしている。

 他にも寮の清掃人や料理人は大勢居るので

 任せてしまってもいいはずなのに

 彼女は全てに関わらないと気が済まないらしい。

 手に持っているホウキも全然違和感がない。

 そしてオリビアさんは種族による差別をまったくしない人だ。

 管理人である彼女がそういう方針なため

 寮の中で嫌がらせをされることはない。


「・・・あまりボリュームがあると、後で大変ですから

 ほどほどでお願いします。」


「まあ、そんなに良いプロポーションをしてるのに、その発言。

 他の女の子から恨まれちゃうわよ。」


 少し呆れ顔で話すオリビアさん。

 そんな話に今朝の出来事を思い出す。


「・・・何で兄の顔が赤くなるんですか。

 まさか、ついに妹への興味が沸いたのですね!?」


「バカ言ってないで、行くぞ」


 形勢不利な話になりかねなかったので

 オリビアさんに一礼すると、早々に話を切り上げて寮内に逃げ込んだ。


 ・・・・・。


 夜風を切り裂く音がリズム良く響く。

 夜の自由時間。

 みんなは寮内で楽しく会話等をしている時間に、俺は外に居た。

 女子寮の裏にある森を抜けると、とても広い丘に出る。

 ここは静かで、人も滅多にこないため自己鍛錬の場所として使っている。


                    

 俺は、ある事情で戦士の証たる儀式兵装を『持っていない』。

 持っていないということは、魔法が使えないということだ。

 魔法という強力な武器が無いので必然的に俺は、戦士としての

 レベルが下がってしまう。

 その圧倒的なハンデを乗り越えるために、俺は今まで頑張ってきた。

 普通の武器では、やはり魔法に対してあまり有効とは言えない。

 そこで俺の相棒として2つ持っているうちで主に使っているのが

 『強襲型魔法剣きょうしゅうがたまほうけんくれない』だ。


 昔、世話になった人から餞別として貰ったものだ。

 刀身が火属性の魔法で出来ていて、出力を調整すれば

 大剣のようなサイズにもなる。

 普通の剣では、防御魔法を抜くことは基本的に難しいが

 この剣なら、抜くことが出来る。

 

 儀式兵装の解析は進んでいるものの、まだまだ未知の部分が多く

 特に魔法理論に関しては、まだまだ解析できていない部分も多い。

 だが今まで解析した結果だけでも、この魔法剣のような武器や

 人々の暮らしに魔法の恩恵をもたらし、文化レベルも

 飛躍的に向上している。

 

 そしてもう1つの相棒が

 『黒閃刀こくせんとう鬼影おにかげ』だ。

 黒い刀身の刀で、特殊な魔法を使用した製法で作られたらしい逸品。

 死んだ両親の唯一の形見でもある刀で

 特殊な古代魔法が練りこまれており

 魔法そのものを打ち消す力が備わっている。

 打ち消せるなんて強いじゃないかと思うだろうが

 魔法は正確に魔力の強弱を把握して

 魔法の構成・流れ見切り、的確な位置を断ち切らないかぎり

 下手な接触や介入をすると暴走して魔力爆発を起こしてしまう。

 そのため、たとえば防御魔法を斬ろうとしても正確な位置以外に

 攻撃してしまうと、爆発して自分にもダメージが返ってくる。


 そもそも魔法の強弱や流れは眼で見えるものではなく

 簡単に魔法で調べることも出来ない。

 更に同じ魔法でも使い手によって力の強弱や流れは違ってくるために

 正確に把握するなど、はっきり言うと不可能なのだ。

 なので実際、この刀の使い道は本来薄いのだが・・・。

 そこに俺の『魔眼まがん』が活きてくる。

 それこそ俺の今の切り札と言えるだろう。


 俺は、この相棒達のおかげでそれなりに戦えているというわけだ。

 しかし魔法が使えない分、俺は自己鍛錬に力を入れてきた。

 せめて接近戦だけでも他の奴らに負けないように。

 それでも、この学園に来た当初は辛かった。

 周りは今までより数段格上の強者ばかり。

 魔法を乱発されては思うように戦えない。

 それで自信を無くしかけたことも何度かあった。

 

 ・・・だが、俺は諦めるわけにはいかなかった。

 あの日、俺は大事な人達を目の前で失った。

 そして儀式の日。

 俺は自分の命すら守れなかった。

 だから今度こそ、守りたいと思う全てを守るための力を

 手にすると誓った。

 今では、努力の甲斐もありそれなりの強さになっている。


「『この力を、守りたい全てのために』・・・か」


 この言葉は、剣をくれた人の口癖だ。

 その言葉を呟きながら、ひたすら剣を振り続けた。







 俺は今、空を見上げている。

 雲一つ無い青空だった。

 良い天気だ。

 川の水が沁みて、全身に奔る痛みが意識を覚醒させる。

 その時、誰かが駆け寄ってくる。


「兄さん! 生きてますかっ!?」


 不安そうな顔をしながら俺を心配する亜梨沙。


「・・・ああ、なんとかな。」


 返事をしながら立ち上がろうとするが、思うように力が入らない。

 ぶっちゃけ全身ボロボロだった。

 え?

 なぜこんな状況になってるのかって?

 ・・・つい先ほどの話だ。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・


「チェック箇所がありました。」


「お、順調だな」


 今日は試験前の実戦課外授業。

 森の中にあるチェック箇所を見つけ出し、そこに置いてある

 スタンプを用紙に押しながらゴールを目指すというもので

 スタンプの数とクリアタイム等が主な評価対象だ。

 明日行われる実戦試験と比べると地味で面白みに欠けるが

 この授業も立派な実戦試験扱いで、単位を取るためには重要だ。


「これで半分を超えました。

 時間的にも余裕ですから、高得点が期待出来ます。」


「まあ、俺達が稼げるチャンスだからな。」


 この授業は他の実戦試験と違って他パーティーへの攻撃は

 禁止されている。

 つまり『いつもの嫌がらせ』をされる心配が無い。

 それに人族である俺達とパーティーを組もうなんて物好きはいない。

 小規模試験なら1パーティー6人まで。

 大規模試験なら1パーティー10人までの編成では

 人数的にも不利な俺達にとって

 安心して得点を狙いにいける数少ない試験だ。


「モンスターも居ないので、ちょっとした遠足気分ですね」


「まあその辺は少し拍子抜けだがな」


 通常、実戦試験会場にはモンスターが徘徊している。

 魔法でコントロールされている人工モンスターなので

 相手を殺すような設定はされていない。

 ある程度は安心出来るのだが何事も万が一ということがある。

 実際過去に腕を切り落とされた者や

 矢が眼に当たって片目になってしまった者は

 もちろんのこと、死亡した奴も居たりする。

 まあ、この程度で死ぬレベルでは当然卒業すら出来ないだろうし

 実際戦場に立っても数分と生きられないだろう。

 だが、そういった事故も十分注意するべきである。

 またそういう事故を減らす取り組みも成されてきた。

 その一つが今、身に着けている『判定ネックレス』と呼ばれる

 青い首飾りだ。


 判定ネックレスと呼ばれるこの首飾りは、装着者の生命力に反応して

 動作する魔法装備だ。

 装備者が一定以下の生命力になった場合、首飾りは砕けてしまう。

 砕けた際、中に溜められていた回復魔法が発動して

 装着者の傷を癒すことが出来る。

 魔法の効果は強力で、片腕・片足ぐらいなら再生可能なほど

 強力なものだが強力な古代魔法技術を使用しているため

 非常に高価で一般には出回っていない。

 それを生徒全員に装着させれるほどの数を有している教育機関は

 恐らくここだけだろう。

 ちなみにこの首飾りが砕けた場合は、監督役の先生が持つ

 魔法技術を使用した

 端末に破壊情報が出ることになっていて、スグに救援に来てくれる。

 もちろん壊れた場合は、その場で失格となる。


 この技術が完成して以来、この学園では

 訓練中の死亡事故が0になったそうだ。

 また人によって痛みや傷に耐性のある奴が

 見た目だけで戦闘不能を宣言されてしまうような

 ことも無くなり、限りなく実戦に近い戦闘訓練が可能となった。

 ・・・ただ、多少やりすぎても死なないということの証明であり

 それゆえに故意にやり過ぎた攻撃をする奴らが出てくる弊害も

 発生してしまっている。

 それに超回復力があると言っても、頭を吹き飛ばされたり

 首を切り落とされたり心臓を完全破壊されれば

 さすがに死んでしまうので、そういう一撃は寸止めしなければならない。

 実戦試験中は広範囲で行われる戦闘全てを監視出来るわけがないと

 思っていたがどうも監視用の魔法アイテムがあるそうで

 あまりにも行き過ぎた行為の場合は、退学処分までありうるそうだ。

 この監視システムのおかげで、俺や亜梨沙は

 『嫌がらせ』程度で済んでいる。

 

「兄さん・・・」


 そんなことを考えていると、前を歩いていた亜梨沙が姿勢を低くして

 俺に合図を送ってくる。

 俺も身を屈めて様子を見る。


「・・・モンスターが、どうして」


 居ないはずの敵に注意しつつ『紅』を手に取る。 

 そのとき、急に森全体にピーっという音が鳴り響いたあとに

 声が聞こえた。


「あー、あー。 入ってるのか、これ?

 ああ、入ってるな。」


 森全体に仕掛けられた拡声器から聞こえてくるその声は、学園長だった。

 やはり何かの緊急事態か・・・そう思って耳を澄ます。


「学園長マリア=ゴアだ。

 今日は実戦試験なので楽しみにしていたんだが

 モンスター1匹居ないわ、パーティー同士の戦闘も無いわで

 見ていてつまらん。

 なので、敵性モンスターを適当に放った。

 ぜひ私を楽しませ・・・ゴホン!

 戦闘訓練だと思って楽しんでくれ♪」


「ちょ・・・学園長!

 何を勝手なことをなさっているんですかっ!!」


「別にいいじゃないか~。

 お前だって『今日は何事もなく平和ですわ~』って

 言ってただろ~。」


「平和だからこれでいいって意味ですわ!

 それに何度も

 『今日の実戦試験は前日の予行演習で何も無いです』と

 お伝えしましたのに・・・。」


「まあまあ、もうモンスター出しちゃったし・・・ってちょっと。

 こら、やめ・・・ガチャ!!」


 ・・・・・・・・。


 そして森に静寂が訪れた。

 俺と亜梨沙は思わず顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。

 学園長の思いつきは今に始まったわけではないが

 それでも結構な被害が出る。

 何せ予定外のことばかりを持ち込むため、当初の予定を大幅に

 変更せざるおえないこともよくあるからだ。

 そういったことに対処出来ない連中は、例外なく成績を落としている。

 まあ戦場だと思えば、こういったイレギュラーが無いわけではないので

 訓練にはなっているが、学園長はただの趣味でそれをしているから

 色々と問題だ。

 考えていても仕方が無い。

 俺は強襲型魔法剣・紅を構えなおす。

 それを見た亜梨沙も目の前の敵に集中する。


 そして指でカウントを開始。

 3

 2

 1

 ・・・。

 勢い良く飛び出した俺は手前の大型狼に斬り込む。


「我が手に力を!!」

 

 そう叫んだ亜梨沙の手には刀が出現する。

 そして飛び出した勢いのまま、奥に居たリザードマンに走りこんだ。

 突然の奇襲に、反応しようとした狼だったが

 そんなことをさせるわけがない。

 手にした剣をかなり手前だが振り抜く。

 その時、刀身部分の火属性魔法が剣から切り飛ばされて

 相手の後足に刺さる。

 これが強襲型と呼ばれるこの魔法剣の特徴で

 刀身を飛び道具として使用出来る。

 さながら魔法を放つようなものだ。

 そのまま刀身を再構成して足元まで走りこむ。

 後足をやられて咄嗟に動けないと判断した狼は、前足で俺を攻撃する。

 だが俺はその前足を飛び越えた。

 狼は顔をこちらに向けるとそのまま噛み付こうとしたが

 着地と同時に再び跳躍。

 相手の頭の上に乗ると、そこから首に向かって飛び降りながら

 一撃を入れる。

 断末魔を上げることすら出来ずに頭を切り落とされた狼は倒れた。


 相手の撃破を確認してスグに、亜梨沙の方を見るが

 もう既にリザードマンの両腕と頭が無かった。

 相変わらず容赦のない妹である。

 こちらも終わっていることを確認すると亜梨沙は、腰の鞘に刀を戻す。

 そして相手に向かって軽く頭を下げて礼をすると

 相手に背を向けてこちらにやってくる。

 いつの間にか儀式兵装は、何もなかったかのように消えていた。


 儀式兵装は、瞬時に出し入れ出来る関係で

 抜き身の武器が主流なのだが、彼女のは鞘つきで珍しいタイプと言える。

 別に鞘に戻さなくても体内に戻せるらしいが

 亜梨沙曰く『もう癖みたいなもの』だそうだ。


 儀式兵装は通常時、体内に存在する。

 元々魂の一部なので基本は魂と同化しているらしい。

 使いたい時に呼び出せば出てきて、使わない時は

 スグに体内に戻せるという非常に便利な武器である。

 俺も魔法剣の刀身を納めて、一息ついた。

 ちょうどその時、またピーという音が森全体に響く。


「今回試験の試験担当官を務めさせて頂いています

 セオラ=ムルムです。

 生徒の皆さんに伝達事項をお伝えしますわ。」


 まあ試験がどうなるかぐらいの説明はあるか・・・と苦笑する。


「現在進行中の実戦試験についてです。

 どこの誰とはあえて言いませんが、その方がやった

 『勝手なこと』ですがそれの撃破も評価対象とし

 試験は続行と致しますわ。

 ですから皆さん、気を抜かずに挑むように。

 以上ですわ。」


 そして通信は途絶えた。

 まあ予想の範囲内である。

 呆れ顔の亜梨沙に声をかけて、先に進むことにした。


 森の中心部にある川を超えて、少し小高い丘に差し掛かった時だった。

 突然の右前方から特殊な波動が一瞬だけ見えた。


「なっ!!」


 覚えのある、魔法の感覚。

 そして反射的に、隣に居た亜梨沙を突き飛ばした。


「あ・・・」


 突然突き飛ばされて呆然とした顔のまま

 こちらを見て何かを言おうとしたあたりで

 俺は、光に包まれた。


 ドゴォーーンッ!!! 


 そして大爆発。

 気づけば俺は、空を見上げていた。

 雲一つ無い青空だった。

 良い天気だ。

 川の水が沁みて、全身に奔る痛みが意識を覚醒させる。

 その時、誰かが駆け寄ってくる。


「兄さん! 生きてますかっ!?」


 不安そうな顔をしながら俺を心配する亜梨沙。


「・・・ああ、なんとかな。」


 返事をしながら立ち上がろうとするが、思うように力が入らない。

 ぶっちゃけ全身ボロボロだった。


「お前は怪我してないか?」


「兄のおかげで大丈夫です。

 それより妹は兄の方が心配です!!」


 突然飛んできた魔法に反応は出来たが

 亜梨沙を助けるので精一杯だった。

 『魔眼』と言われた特殊な技術を用いても

 さすがに誰かを助けようとすれば自分までは避けれない。

 俺には『魔眼』と呼ばれる特殊な力がある。

 その力は、魔法を『視覚的に捉える』ことが出来るそうだ。

 簡単に言えば魔法収束時の魔力波というものや、魔法の力分配が見える。

 範囲魔法でも範囲全体に均等の攻撃を出来る奴なんて

 天才と呼ばれる人種でも難しい。

 必ず魔力が薄く、火力が落ちる『魔力のムラ』がある。

 そういったものが見えるため発生する前に何処に逃げれば

 大丈夫かという先読みが可能となる。

 

 ただ、この魔眼は生まれ持った才能の一つであり

 全ての人間が持てるものではない。

 かなりレアな能力で、数百年に1人持っている奴が

 居るかどうかぐらいの特殊な能力の1つらしい。

 しかも個人差があり全員が全員、魔力を見切れる訳ではない。

 更にその中でも、先ほど言ったような

 魔法の力分配まで見れるような使い手は、まず居ない。

 僅かしか居ない希少な使い手の中でも、その大多数が

 『魔法発動前の魔力チャージ開始の始動が普通の奴より

 ほんの少し早くわかる』という程度である。

 なので基本的には、魔眼なんてカッコいい名前の割には

 地味な能力となってしまっている。

 苛烈な訓練次第では、魔法を完全に【視える】ようにもなる。

 しかし今までに訓練をして、魔力チャージ開始の始動が

 ほんの少し早くわかる以上の力まで到達した者は、ほぼ居ない。

 現代で魔眼を極めた使い手とされたのは、亡くなった神王様だけだ。

 そのため現在使い手は、居ないとされる幻の能力。


 今回はこいつのおかげで亜梨沙に怪我をさせずに済んだのだから

 ありがたい。


 亜梨沙の肩を借り、ようやく川の中から岸にたどり着いた俺は

 地面に寝そべった。


「大丈夫ですかっ!?」


 ちょうどその時、見知らぬ声が聞こえた。

 俺を覗き込んできたのは神族の娘だった。


 整った美しい顔立ち

 白くて透き通るような肌

 まるで愛を囁くかのように動く艶のある唇

 綺麗な銀の長い髪は太陽の光を浴びで紫に輝く


 天使というものは、こういう姿をしているのではないかと錯覚するほど

 美しい神族の少女だった。


「・・・」


 その姿に見惚れて声が出なかった。

 そんな俺を見た少女は、優しく微笑むと


「大丈夫、スグに助けますから」


 そう言うと、俺の胸に手を乗せて瞳を閉じる。

 その瞬間、俺の体を光が包んだ。


「・・・回復、魔法」


 俺の全身にある傷跡が消えていくと同時に、痛みも消えていく。

 彼女が使ったのは、間違いなく回復魔法だった。


 魔法とは―――

 火属性・水属性・土属性・風属性という基本4属性と

 その上位の属性に分かれている。


 ・火属性

 基本的に攻撃火力は4属性の中ではトップ。

 火を自在に扱うことにより、周囲を焼き尽くすことが可能。

 補助魔法にも攻撃力を強化するようなものが中心。

 見た目も派手であり、特に魔族は適正を持つものが多いため

 基本的には魔族の属性のような感じになってしまっている。


 ・水属性

 変則的で応用力が試される属性。

 攻撃系の魔法が少ないため、主に防御よりに使用されることが多い。

 特に神族に適正を持つものが多いため、神族の属性という

 扱いになっている。


 ・土属性

 防具に大地の加護を与えることにより

 通常以上の強度を与えることが出来る。

 また土属性の防御魔法は、魔法を相殺して無効化することが可能であり

 その根本的な性質は大きく異なっている。

 主に防御に使用される場合が多いが

 水同様応用力が試される属性と言える。

 特に竜族に適正を持つものが多いため

 竜族の属性のような扱いになっている。


 ・風属性

 大気の風を自在に操ることが出来る。

 4属性の中では一番魔法発動が早く、撃ち出す攻撃魔法の速度も早い。

 威力も決して低いわけでもないので

 先制攻撃やけん制として使用する場合では

 一番有利となる属性でもある。

 4属性の中で一番適正を持っているものが少ない

 希少な属性となっている。

 また唯一『加速魔法』という速度を上げる特殊な魔法が存在する属性。


 ちなみに人族は、火と水の使い手が多めではあるが

 土や風属性の者もそれなりに居るため

 種族的な偏りは無いと言えるだろう。


 これら以外にも雷・氷・爆炎などの上位魔法も存在する。

 回復魔法もその上位魔法の1つである。

 基本的に上位魔法は基本属性を発展させたものが中心だが回復魔法は

 はじめから上位属性としてしか存在せず制御が非常に難しい魔法で

 これを使える者は学園でも数える程度である。


「これで大丈夫なはずです。」


 魔法を掛け終えた少女が、また優しく微笑む。


「やっと追いついた~」


 背後でまた違う声が聞こえる。

 俺を覗き込んできた娘は

 今、目の前に居る少女とまったく同じ顔。

 違うのは髪形だけ。

 双子だとスグにわかった。

 そして同時に気づく。

 今、学園に居る神族の双子は1組しかない。


「・・・神界第一王女、セリナ=アスペリア」


 そう、目の前に居るこの2人は神族王家のお姫様である。


「おお、やっぱり私達って有名だね。

 まあこんな美少女姉妹じゃ仕方ないかもね~」


 後から来た彼女は、先ほどの娘と違って活発な印象を受ける。


「はい、私がセリナ=アスペリアです。

 こっちは妹のエリナちゃんです。

 さあエリナちゃん、一緒に謝りましょう」


 少し抗議するような口調で妹の顔を見るセリナ。


「はは・・・ごめん」


「ごめんなさい、許してください」

 

 何故か王女2人が謝りだした。


「・・・どうして謝るんですか?

 あと何時まで兄に触っているつもりですか。」


 今まで状況に置いてけぼりだった亜梨沙がジト目で睨んでくる。


「きゃっ!?」


 指摘されて、自分が俺の頬を撫でていたことに気づいて慌てて

 手を引っ込める。

 きっと無意識だったのだろう。

 顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「おや~?

 セリナにしては珍しいこともあるもんだね~。」


 ニヤニヤした顔で姉をからかう妹がそこに居た。


「・・・とりあえず謝られている状況がわからん。」


 ほっといても先に進まなさそうなので話を促す。


「え?

 いや~、あれって・・・実は私なんだよねぇ~」


 バツの悪そうな顔でそう告白するエリナ。


「・・・まさか、さっきの魔法」


 そう呟いた俺から露骨に視線を逸らすエリナ。

 間違いない。

 さっきの魔法攻撃は彼女の仕業だ。


「・・・なるほど、そういうことですか。」


 亜梨沙がおもむろに立ち上がると儀式兵装を手にエリナに近づく。


「とりあえず死んで下さい。

 兄にこれだけのことをして生きて帰れるなんて

 思ってないでしょうね?」


「いや!? わざとじゃなかったんだよ!?

 というか怖すぎる!!」


 亜梨沙の気迫に思わず後ずさりをするエリナ。


「エ・・・エリナちゃんも悪気があったわけじゃないんですよ!?

 ちょっと調子に乗っちゃっただけなんです!!」


 慌ててセリナも止めに入る。


「そ、そうそう。

 ちょ~っと退屈だな~って思ってる所で

 モンスター討伐が追加されたでしょ?

 それでほんの少し羽目を外して魔法を乱発してた時の

 流れ弾であって狙ってやったわけじゃないんだよっ!?」


「故意かどうかなんて関係ありません。

 ですから、とりあえず死んでくれれば何の問題もありません。

 ええ、死んで下さい」


「いや、こっちは大問題だよっ!?」


「ごめんなさい! 許してください! 勘弁してください!」


 ・・・何だか色々カオスな空間がそこにあった。


「亜梨沙、そこまでにしとけ。

 俺は大丈夫だから。」


 俺は立ち上がると亜梨沙を後ろから掴んで止める。

 立ち上がった体は、予想以上に軽い。

 やはり回復魔法は偉大だと思う。


「・・・ですが」


「大丈夫だから・・・な?」


 少し拗ねた顔をしながらだったが、儀式兵装をしまうと

 俺の腕に抱きつきながら不満そうにしている。


「そうそう。判定ネックレスも反応してないんだし

 命に別状があったわけじゃな・・・」


「シャー!!」


「ごめんにゃさ~ぃ!!」


 何故か猫語が飛び交いだす。

 

 結局、このゴタゴタで試験のクリアタイムボーナス点が少なくなったため

 ゴール地点で、また亜梨沙が不機嫌になってしまった。







「ははは、ひひ、ふふははははは、そ、そんなことが

 あっははははは、あったたた、の、か・・・

 あはははははははは、ひひひ・・・」


 いつもの冷静な姿はそこに無く、竜族のお姫様は大爆笑していた。

 

「その場に居合わせられず、非常に残念です。」


 笑いを必死に堪えながらそう付け加えるメイド長。

 昼休みになり、いつもの場所でいつも通りの会話をしていたんだが

 朝の実戦試験の話をした途端に、これである。


「笑い事じゃないです。

 兄が死んだんじゃないかと本気で心配しました。」


 亜梨沙は亜梨沙で不機嫌だ。


「しかしリピス。

 あの神族双子王女はどんな娘なんだ?」


 このままでは単に笑い者にされるだけなので

 話題を変えるべく振ってみる。


「ひひははははははは、あっはははははははは

 はははは、あぃた! あ、あたま打っていたははははは

 ふふはははは、ひひえへへへへ、ふふはははははは・・・」


 もう完全に笑い転げていた。


「あの王女様達のことでしたら私が。」


 そう言ってメリィさんが教えてくれた。


「神界第一王女 セリナ=アスペリア様

 文武両道、成績優秀、容姿端麗で礼儀正しく

 誰にでも優しい博愛主義。

 翼の数も神界唯一の八翼ですので神界では

 もはやアイドル扱いですね。

    

 そして

 神界第二王女 エリナ=アスペリア様

 こちらも文武両道、成績優秀、容姿端麗で明るく活発な性格

 誰とでも仲良くされていらっしゃるそうです。

 翼の数は六翼とセリナ様に一歩及びませんが

 それでも六翼持ちです。

 それにエリナ様は4属性全てを使える

 稀代の天才魔術師と言われる実力者です。」


 「翼」と呼ばれるそれは、魔族と神族のみが有する翼である。

 通常は消えているが、本人の意思によって

 背中に出現させることが出来る。

 基本的に神族は白色・魔族は黒色をしている。

 ごく稀に、白黒以外の色の翼をした者も生まれる。

 空を飛ぶことは出来ないが、それでも翼を使えば跳躍力は

 飛躍的に伸びる。

 元々魔法があった時代には、魔力を増幅する装置としての役割もあった。

 翼の枚数が多くなるほど、増幅量も膨大になるが

 大きな魔力は、制御も格段に難しくなるため

 強すぎると逆に魔法が発動出来ない。


 また翼は、本人の成長に合わせて増加することがある。


 翼単体では、魔法は発動出来ないため半ば飾りのように

 なってしまっていたが儀式兵装により

 魔法が行使出来るようになったため、本来の役割の一つである

 魔力増幅装置としての機能を最大限発揮出来るようになった。

 

 この翼は神族・魔族にとっての『誇り』であり『命』である。

 なので翼を貶されたり、翼を失うことは耐え難い屈辱らしい。


 大戦争を生き抜いた有名人達ですら六翼が最高枚数なのだから

 八翼を持つセリナの魔力は、それを超えるということだろう。

 また本来、一属性が普通。

 天才と言われる者でも二属性が使えるぐらいだと言われる魔法を

 4属性全て使えるというエリナもまた、姉に劣らぬ実力なのだろう。


「・・・ですから、この学園にもお2人の

 ファンクラブが存在するぐらいです。」


 つい自分の世界に入ってしまっていたが

 メリィさんの説明はまだ続いていたようだ。

 とりあえず話を聞いていなかったことがバレないように、

 になった疑問を聞いてみる。

 

「そんなに凄い2人なら、学園に来る理由って無いような・・・」


「そんなことは御座いません。

 リピス様もそうですが

 この学園出身ということ自体に価値があるのです。

 学園フォースは、それだけの価値があるとお考え下さい。」


「超エリート学園を出たという実績が欲しいということか。」


「はい、そういうことです。

 でなければ各界の王族まで学園に来ることはないでしょう。」


 身分が高い連中は連中なりに、そういった苦労があるということか。

 実際自分が高貴な生まれというわけでもないが

 まあ何となくわからなくもない。


「王族で思い出しました。

 そういえば2階級に学園長マリア様承認で

 転入生が来るそうですよ」


「え? 転入生?」


「こんな時期に・・・しかも2階級からですか。」


 不機嫌全開で会話に参加してこなかった亜梨沙ですら

 反応してしまう内容だった。

 入学することが困難と言われるほど厳しいこの学園で、1階級からでなく

 いきなり2階級スタートで入ってくるというのだ。

 そんな特例を許すほどの身分、もしくは実力者ということだ。


「ああ、それについては本当だ。

 私のところにも報告が来ていたからな。」


 笑いすぎて腹が痛いと言いながら、リピスも参加してくる。


「詳しいことは秘密だとか言い出して面倒だったが

 マリア王妃が「身元保証に関しては一切の責任を持つ」とまで

 言った人物だから、まあそれなりの人物なんだろう」


「学園長ということは魔族・・・ですか。」


「だろうな。

 明日に転入予定らしいぞ。」


「明日ってことはダンジョン試験だろ。

 そんな日に入ってくるってことは試験に参加するのか?」


「そうだろうな。

 まあ、敵になるなら容赦しないというだけの話だ。」


 そう言うと不敵な笑みを浮かべるリピス。

 明日行われる実戦試験では、パーティー同士の戦闘が解禁される。

 そうなれば当然、目障りなパーティーから潰されることは明白だ。

 当然そうした戦闘での評価もあるが、明日の試験は文字通り

 『全て』が評価対象となる。

 生き残ること。チェックポイントのアイテムを回収すること。その数。

 戦闘による勝率や、各戦闘における戦い方や各個人の役割など。

 その全てが監視され、評価される。

 大規模で一番単位に直結する3大イベントのひとつだ。


「しかし、一度ぐらいは和也達とパーティーを

 組んでみたいものだな。」


 リピスは残念そうにそう呟いた。

 パーティー編成は基本的にクラス内で決めなければならない。

 実戦試験の内容によっては階級が同じならばクラス違いでも

 構わない場合もあるが階級単位での試験は滅多に無く

 1階級の時に数回あったが

 その時は、まだリピスと知り合ってはいなかった。

 なので基本的にクラスが違うためリピスとは

 未だパーティーを組んだことがない。


「そうだな。

 リピスが居れば心強いし。」


 竜族の中でも最強と呼ばれる金竜最後の生き残りであるリピスは

 もちろん竜界最強と言われている。

 現に今まで学園で行われた実戦形式の戦いで、敗北したことがない。

 去年の闘技大会でも、対戦相手の3階級の神族を防御魔法ごと

 一撃で葬っている。


「機会があれば、ぜひ一度ぐらいはやりたいです」


「まあ、今年もまだ始まったばかりだし、また機会もあるだろう。」


 結局色々あった昼休みも最後は、いつも通りの雑談で終了した。



 放課後、亜梨沙は用事があるからと先に帰ってしまったので

 一人でブラブラと歩きながら寮へと帰る帰り道。

 街の広場が何やら騒がしかったので、様子を見に行くと・・・


「おい、泣いてるんじゃねーぞ!」


 魔族の一人が、何やら叫んでいた。

 よく見ると魔族6人が神族の少女1人を取り囲んでいる。

 しかも神族の少女は泣いているようだ。


「この高貴なる私の服を汚したんだ。

 当然死ぬ覚悟があったんだろうな?」


 しかも、よりにもよってヴァイス=フールスとその取り巻きだった。


「ヴァイス様の服に水をかけるなんて、良い度胸だ!」


 どうも広場の花壇に水撒きしている最中にヴァイスに

 水がかかったということで

 よってたかって絡んでいるようだ。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」


 可哀想に少女は泣きながら繰り返し謝罪している。


「泣いて謝罪したところで済む話ではない。

 どうしても許して欲しいのなら、この場で死ね!」


 もう言っていることが無茶苦茶だった。

 そして魔族の一人が少女の髪を乱暴に掴んだ。

 周りの連中は、見て見ぬふりをしている。

 まあ学生といえどもフォースの人間。

 武器を持たない普通の奴らが止めに行っても巻き添えになるだけなので

 仕方が無いのだが、それでも誰か止めにいって

 欲しかったと思ってしまう。


「この場で死んで、許しを請えばいいんだよ!」


 魔族の一人が拳を振り上げる。

 もう見ていられない。

 少女を殴ろうとした拳を受け止める。


「何だ、お前!」


「ただの人族だよ!」


 少女の髪を掴んでいる腕をひねり上げて

 少女を魔族から引き離す。

 魔族は人族より身体能力が高いとはいえ

 所詮は『平均的に高め』である。

 魔法さえなければ、日頃から近接戦の訓練を続けている

 俺の相手じゃない。

 そしてそのまま後ろ回し蹴りを魔族の顔面に叩き込む。


「ぐぇ!」


 完璧に決まった蹴りに、魔族はそのまま倒れて気を失った。


「・・・人族のゴミが、何のつもりだ!」


 不機嫌な魔王の血族様が、更に不機嫌そうにこちらを睨んでくる。


「水をかけられたぐらいでやりすぎだろ。

 そもそも儀式兵装を持っていない一般人相手に、フォースの生徒が

 6人がかりでってのも問題だ。」


「この高貴なる私を汚したということがどういうことかを

 躾の出来ていない神族に教えてやろうというのだ!」


「戦う力の無い娘相手に力を振るうなんてバカらしい!

 大体、そんなことしたら神族と戦争になるぞ!」


「ははは、むしろ大歓迎だ!

 神族ごとき魔族の相手では無いということを証明してやろう!」


 このバカは自分の下らないプライドで

 ようやく平和になった世の中を壊したいらしい。

 普段なら無視するのだが、ふざけたことを言い過ぎるこいつを

 このままには出来ない。


「せっかくだ。

 貴様も一緒に死ねばいい!」


 そう大声で言い放つと儀式兵装を手にした。

 ちなみに学園の外で許可無しで武器を使用すると厳罰である。

 しかし、もうこのバカを止めなければ話にならない。

 俺は、紅に手をかける。


「ちょーっと待ったぁー!!」


 突然横から大きな声がした。

 銀色の長い髪を左右に結った美少女が歩いてくる。


「あいつは・・・」


 そう、彼女は朝に出会った少女。

 神族王女姉妹の妹。

 神族第二王女、エリナ=アスペリアだった。


「ちょっと!

 あなた達、何してるのよ!」


「神族王女か・・・。

 丁度良い。

 お前達、魔族の強さを教えてやれ!」


「わかりました!」


「へへ、やってやるぜ!」


 取り巻き魔族4人は剣タイプの儀式兵装を手に持つと

 エリナ王女を取り囲んだ。

 王女はまだ儀式兵装を構えていない。

 一斉にかかられると不利かもしれない。

 俺は剣を手に持つ。


「そこの人族!

 手出ししないで!」


 俺が加勢しようとしたのを止めるエリナ。

 その瞬間、魔族達が一斉にエリナに向かって飛び掛った。


「痛い目を見てもらうぜ!」


 同時に攻撃をした魔族達。

 儀式兵装を手にしていないエリナはそれでも余裕の笑みを

 浮かべたままだった。

 そして4本の剣がエリナに迫ったとき、その4本ともが空中で停止した。


「なっ!?」


「どうなってんだ!?」


「そんな攻撃じゃ、ウインドシールドは抜けないわよっ♪」


 余裕の笑みを崩さないエリナ。

 ウインドシールドは風の防御魔法で、他の防御魔法と違って

 見た目では発動しているか判らない透明なのが特徴だ。


「儀式兵装を召喚せずに、魔法だと!?」


 さすがのヴァイスも驚きを隠せないという表情だ。

 確かに彼女は儀式兵装を召喚していない。


「ブレイク!」


 皆が驚く中、エリナはそう言い放つと指を鳴らした。

 その直後、ウインドシールドを意図的に炸裂させた。

 内部に溜め込まれた気流が

 取り囲んでいた魔族達を飲み込んで舞い上がる。


「うぁぁぁぁぁ!!」


 叫び声と共に空高く舞い上がった魔族達は

 そのまま地面に叩きつけられ全員気絶する。


「儀式兵装は、普段から魂として体の中にあるもの。

 だから修行次第で、いちいち召喚しなくても

 ある程度の魔法ぐらいは使えるようになるんだよねぇ~」


 得意げな顔で語るエリナ。

 確かに原理的にはそうなんだろうが、そんなことが出来るなんて

 聞いたことが無い。

 恐らく彼女ぐらいしか出来ないのではないだろうか。


「さて、まだ続ける?」


「・・・ふん。

 高貴なるこのヴァイス様が、いちいち神族の小娘ごときの

 相手なんぞしていられるか。」


 エリスに向けて大きな舌打ちをすると、気絶した取り巻きを放置して

 一人でヴァイスが去っていった。

 まあ、あんなの見せられて戦おうとは思わないだろう。


 どうなるかと思ったが、まあ何とかなったと一息ついていると

 エリナがこちらに向かってくる。


「そこの人族!

 あなたの目的は一体何!?」


 いきなりこれである。


「何の話だよ」


「人族なんて卑しい種族が、何の目的も無しに

 その娘を助けるわけないじゃない!」


 俺の後ろに隠れていた神族の娘を指差しながら俺に詰め寄ってくる。

 まあ人族の印象が悪いことなんて今に始まったことじゃないが

 あんまりである。


「戦う力の無い娘を、理不尽な暴力から助けただけだろう。

 そんなのいちいち理由なんてないよ。」


「そうやって平気で嘘をつくのが人族なんでしょ!

 私は騙されないわよ!」


 正直めんどくさいなと思っていると、後ろに隠れていた娘が

 俺の前に出てくる。


「助けてくれて、ありがとう。

 誰も助けてくれなくて、すごく怖くて不安だったときに

 あなたが守ってくれて、本当にうれしかった!」


 少女は瞳に涙を溜めながら、嬉しそうに俺の手を握って挨拶してくれた。

 その光景に、先ほどまで詰め寄ってきていたエリナも呆然としている。


「まあ、結局そこの王女様が助けただけだし、俺は関係ないよ。

 それより、そっちの王女様にもお礼を言った方が

 いいんじゃないか?」


「エリナ様、助けて頂きありがとうございます!」


「え? ええ、大丈夫だったかしら?」


「はい! とっても嬉しかったです!」


「そう、よかった。

 ああいう勘違いした奴が居るから、注意しなきゃ駄目よ?」


 神族の少女は何度もお礼を言いながら、走り去っていった。


「さて、人族!

 ・・・ってあれ?」


 話の続きをしようとあたりを見回すが、既に和也の姿はなかった。


「に、逃げられたー!!」


 なんという不覚。

 せっかく目的を聞き出そうと思ったのに。

 ・・・でもまあ、さっきの雑魚魔王に比べればマシかも。


「・・・な、何考えてるのよ私!

 人族は悪い種族なんだから!」


 そう、人族は平気で嘘をつく種族。

 大戦争を起こした罪深い連中。

 人族とはそういうものだと教えられてきた。

 だけど、あの人族は弱者を助けるのが当然と言った。

 そんなの信じない。

 そんな人族が居るなんて聞いたことが無い。


「だったら確かめればいいじゃない・・・」


 自分の眼で真実を確かめよう。

 そう思った次には、もう確かめる段取りを考えていた。


「・・・待ってなさい、人族!」


 そう空に向かって叫ぶと、エリナは走って寮に帰るのだった。




 その日の夜。

 彼は、いつも通りの場所で剣を振っていた。

 聞けば毎日やっていることらしい。

 自主的に強くなろうという姿勢は好感が持てる。

 でも、彼の目的がわからない。

 私は森の中からファイア・アローを2連続で発射した。


「魔法か!」


 後ろから撃った魔法を、彼は2つとも魔法剣で斬り払った。


「へぇ、相殺出来るとか、なかなかじゃない」


 私は、彼の技術を褒めながら姿を見せる。

 魔法は通常、武器等に当たると不安定になり爆発することが多い。

 なので正確に魔法の流れを見切らないと

 魔法を斬るなんてことはできない。

 まあ、普通は流れなんて見切れないし

 恐らくは魔法による相殺あたりだろう。


「またお前か。

 今日は、よく会うな。」


「ホントなら会いたくないのだけど、仕方が無いよね」


「何が仕方ないんだよ」


 彼は、うんざりだと言うような顔で私を見てくる。

 でも私は、彼に興味があるし、彼の目的も知りたい。

 だから引くわけにはいかない。


「私、人族って最低な種族って聞いて育ったの。

 大戦争を起こした種族。

 平気で嘘をついて人を騙す最低な連中。

 ・・・でも、あなたは広場で神族の娘を助けた。

 助けたのは、何か目的があったとしか思えない。」


「・・・だから、別に目的なんて何もないって。」


「ええ、あの娘もそう言ってたわ。

 だからわからない。

 人族である、あなたのことが。」


 そう、わからない。

 目の前の人族の男のことが。

 だから、私は強硬手段に出ることにした。


「あなたのこと・・・試させてねっ!」


 私はそう叫ぶと、儀式兵装を手に六翼を広げて

 一気に魔力をチャージする。


「古の巨人よ。

 我は神の代行者。

 我が前に立ちふさがるは神の敵。

 巨人よ、神々の敵たる者達を蹴散らせ。

 さあ神兵として立ち上がれ、巨人よ!」


 詠唱が終わると目の前に広がる大きな魔方陣から巨大なゴーレムが

 姿を現す。

 古代魔法の1つで、巨人兵を召喚する魔法だ。

 5階建ての女子寮よりも大きな巨人がゆっくりと

 目の前の人族を見つめる。


「おいおい、なんだこれ・・・!?」


 人族の男は凄く驚いていた。

 当然だ。 この私しか使えない古代魔法の1つを披露したのだ。

 これぐらいのリアクションはしてもらわなくては。


「この子は、古代魔法で作ったゴーレムよ!

 あなたにこの子が倒せるかしら!?」


 ゴーレムに命令を送ると、その巨大な拳を人族に向けて振り下ろす。


「何で戦う必要があるんだよ!?」


 ゴーレムの一撃を回避しながら、人族の男は叫んでいる。


「あなたが神族の娘を助けた目的を答えなさい!

 今、不純な目的でしたって謝るのなら

 許してあげないこともないわ!」


「だから、目的なんて無いって!」


 あくまで話さないつもりなのか。

 だったら多少痛めつけても口を割らせて見せる!


「話さないつもりなら、徹底的にやるからね!」


 ゴーレムに襲われて、距離を取る人族。

 何度も攻撃しているようだが、そのたびに瞬時に傷が再生するゴーレム。

 このゴーレムは特別で、体に数箇所ある魔力核を破壊しなければ

 何度でも再生する強力なゴーレムであり

 以前、神界で城に居た駐屯兵一個大隊の練習相手に召喚したが

 怪我人続出で、何とか倒した時には

 部隊がボロボロで、盛大に怒られたことを思い出す。

 そんな強力なゴーレムを人族1人が勝てるわけがない。

 スグに泣いて謝るだろう。

 私は、そんなことを考えていた。


 ・・・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・。


 それから結構な時間が経った。

 ゴーレムは未だ人族を攻撃し続けている。

 人族はその攻撃を受けながら、未だ戦い続けている。

 

「・・・いい加減にしないと、あなた死んじゃうよ?」


 彼は既にボロボロだった。

 体中に切り傷・擦り傷があり、血も流れている。

 どう見ても勝てる見込みはない。


「・・・何度も言ってるが、俺はただ助けたかっただけだよ」


 もう立っているのがやっとなはずなのに、そう答えを返す彼の瞳は

 まだ死んでいなかった。


「・・・わからない。

 どうして何も言わないの?」

 

 ここまでやっても彼は何も言わない。

 何かを企んでいたことについて許しを請うわけでもない。

 かといって、冤罪だと私を罵ることもしない。

 ただ、私が何も無いって信じることを待っているように見える。

 人族って最低な種族じゃないの?

 自分勝手で平気で他種族を利用するんじゃないの?

 大戦争を起こした存在自体が悪なんじゃないの?

 

 彼は剣を構えなおしてゴーレムに突っ込む。

 右足を切り落とすが、スグに再生する。

 ゴーレムは近くの大岩を掴むと彼に向かって投げつける。

 回避するが、地面にぶつかった衝撃と細かい石の破片を受けて

 彼は後ろに飛ばされる。


「・・・」


 私は一体何をしているんだろう?

 私は何を信じてきたんだろう?


 本当は、人族も悪い種族ではないのかも・・・ 


 そんなことを考える頭を横に振る。

 それを意識してしまったら、今までの価値観全てを否定しかねない。

 すなわち、それは今まで生きてきた私を全て否定することで・・・。

 

 だから・・・最低なことに、考えることを放棄してしまった。

 

 私は、杖を振り上げる。


「・・・ゴーレムッ!

    さっさと倒してぇぇぇ!!」


 悲鳴に近い叫び声でゴーレムに指示を出す。


 ゴーレムは大きく振り上げた右腕を、彼に向かって振り下ろした。

 ・・・しかし。


 ドドドドッ!!

 彼の一撃によって、ゴーレムの右腕が再生せずに音を立てて崩れ落ちた。


「え!?」


 ありえない。

 魔力核を破壊しないかぎり無理なのに。

 そんなことを考えていると土煙の中から彼は出てきた。


「・・・そんな泣きながら攻撃されたら

 負けられなくなったじゃないか」

 

 苦笑しながら、彼は私を見つめる。


「・・・え?」


 頬を触ると濡れた感触。

 無意識に私は泣いていたのか。

 ・・・私は、どうして泣いているのだろう。


 彼はボロボロの身体に気合を入れ直すと、剣を構えた。

 剣を自分の胸の前に垂直に構える。

 そして彼は呟いた。


「『この力を、守りたい全てのために』」 

 

 私はその言葉を聞いて思い出す。

 それは大好きだったお父様が、口癖のように言っていた台詞。

 そしてその構えも、お父様そのものだった。


 彼はゆっくりと剣を下に向けると

 そのままゴーレムに向けて走り出した。

 ゴーレムが左足で彼を踏み潰そうと足を下ろす。

 それをステップで大きく回避すると一気に距離を詰め

 その足の少し上を水平に斬る。

 するとまた足は再生することなく崩れ落ちる。

 正確に魔力核を破壊したからだ。

 召喚者の私でさえ、魔力核の場所なんてわからない。

 しかし彼の攻撃は、魔力の流れが見えてないと不可能な急所への

 正確な一撃。

 

 ゴーレムは左手をついて何とか体を支える。

 その左腕を駆けるように彼は登っていく。

 そしてゴーレムの額に飛び掛るように跳躍すると

 そのまま大きく剣を振った。


 ゴーレムは魔力の放出と共に崩れ落ちる。

 全ての魔力核が壊れたので体を維持出来ずに、ただの土の塊となった。


 土煙の中から出てきた彼は、その場で倒れた。

 私は大急ぎで彼の元に走っていった。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・


 俺はゆっくりと目を覚ます。

 そう、俺はゴーレムと戦って・・・


 ハッとして飛び起きようとして


「あっ・・・いってぇ~」


 頭に激痛が走り、起きることが出来なかった。


「まだ、ちゃんと寝てなきゃダメよ!」


 声をかけられ、ゆっくりと閉じていた目を開ける。

 俺の顔を心配そうに覗き込むエリナがそこにいた。

 

「・・・何がどうなってるんだ?」


「覚えてないの?

 ゴーレム倒したのは?」


「・・・そういや倒したような気がするような?」


 少し記憶が曖昧だった。


「ゴーレム倒したスグ後、倒れたの。

 凄く心配したんだから。」


「・・・そうか」


 自分で襲っておいて心配ってどうよと思わなくはないが

 まあそれを言い出すとややこしくなりそうだ。


 それに記憶もハッキリしてくる。

 そう、俺は切り札を切ったことを。

 本来ならあまり人前で使うものではないのだが

 彼女の泣き顔を見たら、自然と使ってしまっていた。

 

 彼女に膝枕をされている状態のまま、しばらく無言で時間が過ぎる。


「・・・ごめん。」


 沈黙を破ったのは彼女の謝罪だった。


「私、ずっと『人族は悪い種族だ』って言われて育ってきたの。

 だからアナタもきっと悪人だった決め付けて・・・。

 結局あなたを試すようなことをしてしまったわ。」


「まあ誤解だってわかってもらえたなら、それでいいよ」

 

「・・・強いんだね」


「まあ、人族だからね。

 これぐらいで落ち込んでられないよ」


 冗談っぽくおどけてみせる。


「・・・もう、ホントに。」


 呆れた声だが、彼女の顔は笑顔だった。


「・・・私。

 もう一度、見つめなおしてみる。

 全てを自分の眼で、しっかりと。」


「・・・そうか。」


「だからさ」


 エリナは俺の手を握る。


「私たちもこれから・・・でいいかな?」


「ああ、よろこんで」


 俺も握っている手に力を入れて返事を返す。


 しばらくして、ようやく立ち上がれるようになった俺は

 エリナと2人で寮に帰る。

 

「一応回復魔法はかけてあるけど、痛い場所があったら

 スグに言ってね?」


「ああ、もう大丈夫だよ王女様。」


「・・・エリナ」


「ん?」


「王女様じゃなくて、エリナって呼んで」


「・・・わかったよ、エリナ」


「うん。 私も和也って呼ぶね」


「それにしても朝からずっと会ってるな、今日は。」


「ん?朝から?」


「忘れたとは言わさない。

 実戦試験の流れ弾を」


「・・・え?うそ?」


「ホントに忘れてた?」


「あーーーーーーー!!」


 突然こちらを指差し大声をあげる。


「あの時の人って和也だったんだ!?」


「なん・・だと?」


「・・・あはは。

    人族だとか、何だとか考えずに、ただ失敗したな~って

    ことだけで頭が一杯だったから・・・」


 笑って誤魔化すことしか出来ないエリナ。

 人族をあれだけ嫌っていたのに

 あの時はそんな素振りが無かったことを考えると

 まあそうなんだろうなと思える。


「まあ、もういいけどね・・・」


 人族って種族の運命だと思って素直に諦めよう。


「色々と、ご迷惑を・・・」


 エリナも苦笑いを浮かべながら、何度も謝罪を繰り返していた。

 そして寮の入り口まで帰ってきた。


「今日は、ホントにごめんなさい」


「それはもういいって」


 もう何度目になるかわからない謝罪を受け流す。

 本当に気にしていないし、ここまでされると逆に困ってしまう。


「・・・だから、これは私からの謝罪と感謝の気持ち」


 不意にエリナが俺に近づいたと思うと


「ん・・ちゅ・・ぱっ」


 頬にキスをされた。


「じゃあね!」


 スグに俺から離れると手を振りながら寮の中へと走っていった。


「・・・」


 頭が真っ白だった。

 しばらくキスされた頬を手で撫でながら呆然と立ち尽くしてしまった。


 そして、部屋に帰った俺に待っていたのは・・・


「兄さん・・・こんな時間まで何処に行ってたんですか!?

 心配して探しに行くところでした!!」


 妹からの2時間以上に渡る、お説教だった。





―――後編に続く

まず、この後書きまで読んで頂きありがとうございます。


どうでしたでしょうか?

初めて書いた作品にしては・・・と個人的には

自画自賛中です(笑)


原作を知っておられる方からすれば、かなり違う内容と

なっていたことでしょう。

原作を知らない方は、楽しんで貰えたでしょうか?


今後、よりオリジナル方向に走りますので

もはや二次創作という概念は捨てて適当に読んでもらえると

個人的には助かります。


その内、挿絵とかにも挑戦しようかなとは思っていますが

どうしましょう・・・って感じです。


あと、感想など頂けると個人的な励みになります。

ただメンタル弱いのであまり厳しい感想を頂くと凹みますので

ご注意下さい・・・。


それでは、後編後の後書きでお会い出来ることを期待しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ