五月とメイドのバレンタインな日々〜今回のお題って節分じゃないのね〜
全く売れない作家・五月乃月とそのメイド・愛糸。
これはふたりの、とある日常をつづった物語、続・続編です。
今回は、ヒロシと朝霧家も登場です。
「鬼はー外、鬼はー外」
「五月先生、なんで福は内って言わないんですか?」
「ん? それはねヒロシくん、うちにはもう福がいるからだよ」
「どういうことです?」
「口うるさいお多福がいるだろ? ひとり」
「ははは、なるほど」
「あやつには言うなよ」
「言いませんよ。何されるかわかんない」
「うむ」
「今日が月曜日でよかったですね」
「たしかに」
毎度続く漫才のような……いえ、これは五月先生とヒロシのやりとりです。
月曜日、めいとさんは朝霧家にお泊りです。
あちらでも、豆まきしてるでしょうか。
「鬼はー外、福はー……」
「あぁ〜、サトル様、もう少しお待ちくださいませ」
「めいと早くー」
「アポロくんをゲージに入れないと、お豆食べてしまいますから」
キャン、キャンキャン……。
やってましたね。
ご主人のマサトさんが、鬼のお面を被ってお庭に出ています。
奥様のカオルさんは、キッチンで恵方巻の準備です。
小学四年生の一人息子サトルくんは、豆を撒きたくて撒きたくてうずうずしてます。
チワワのアポロくんは、ゲージの中でふてくされています。
「はい、サトル様、いいですよ」
「よーし、鬼はー外、福はー内」
「鬼は〜外、福は〜内」
キャン、キャンキャン……。
豆を撒き終わったら、恵方巻と、デザートに桜餅を食べました。
みなさん、おなかぽんぽんです。
めいとさん、朝霧家で用意してもらった自分のお部屋でくつろいでいます。
手にしているのは、カオルさんにお借りした料理の本ですね。
「はぁーあ」
おや、めいとさん、大きなため息。
どうしたのでしょう?
〈もうすぐバレンタインですよね……。手作りチョコの特集ばっかりです〉
はい。節分が終われば、次はバレンタイデーです。
節分が家族の行事なら、バレンタインは恋人たちの行事というところでしょうか。
ほ? めいとさんの……恋人?
〈わたくし、禁チョコしているのですよね……どうしましょう〉
そうでした、そうでした。
五月先生が売れるようにと願掛けで、大好きなチョコレートを断っているのです。
バレンタインチョコは五月先生にですね。
コンコン……。
おや、カオルさんです。
「はい」
「めいとちゃん、お風呂あいたからどうぞ」
「ありがとうございます」
「何か声に元気ないけど、どうしたの? 入るわよ」
「はい」
「あら、バレンタインチョコ。五月先生のために作るの?」
「そうしたいところなのですが、わたくし禁チョコしているのです」
「あらそうなの? でも食べるのは先生でしょ?」
「五月様はお優しいので、絶対半分わたくしにくださるのです」
「ま、半分こ。羨ましいわ」
「禁チョコは願掛けなのです」
「そうなの……」
「奥様、どうしましょう?」
どうしましょうと言われても、カオルさんも困ってしまいます。
何か良い方法はないかと、めいとさんはもう少し考えることにしました。
数日後。
「めいとちゃん、こんなのどう?」
「どんなのですか?」
「チョコレートフォンデュ」
「チョコレートホンジュ」
ってめいとさん、言えてないから。
皆様ご存知のチーズフォンジュ、あ……。
あれの、チョコレート版です。
「これだったら、後にチョコが残ることもないと思うのよ」
「そうですね……」
「めいとちゃんは、フルーツやマシュマロだけ食べればいいわ」
「五月様、おひとりでホンジュしてくださるでしょうか?」
「みんなですればいいのよ。ヒロシくんもいるんでしょ?」
「……ヒロシにはバレンタインしたくないです」
ちゃんちゃん。
さらに数日後。
カオルさんは、チョコレートケーキを作りました。
めいとさんもお手伝いしましたが、自分の分は作りませんでした。
「で、めいとちゃんはどうするの?」
「結局良い方法を思いつかなくて……ホンジュにすることにします」
「……フォンデュね。五月先生、喜んでくださるといいわね」
「はい」
そして、二月十四日。
五月家、三時のおやつの時間です。
「五月様、そろそろおやつにしましょ」
「ん」
「おー、なんか甘い、いいにおいですね」
「ヒロシはだめ! お煎餅食べなさい」
「なんでだよっ! って、なにこれ?」
「ほぉ、今年はチョコレートフォンデュか」
「なんすか、それ?」
「こうしてフォークにフルーツやマシュマロをつけて、溶けたチョコにくぐらせる」
「ふんふん」
「たっぷりとついたら、口へ……あちっ……食べると」
「ふぇ〜、面白いっすね」
「ヒロシくんもやってみなさい」
「じゃあおれはイチゴを。チョコにくぐらせて、食べる……あっちぃ」
「どうだ?」
「美味いっす。次はバナナを」
「ならば私はクッキーに」
「バームクーヘン」
「キウイ」
……永遠と続きます。
「メイドも食べろ」
「先生、チョコもうないです」
「ヒ、ヒロシくん……」
「わたくしはよいのです、五月様」
こうしてふたり(五月とヒロシ)は、美味しい美味しいチョコを食べましたとさ。
おしまい。