飢餓感と女神
風邪、治りました。
御心配おかけしました。
僕がこちらに来て3日が過ぎた。
その間、僕は何一つ口にしていない。
空腹よりも、喉のひりつきが僕を苦しめた。
夜の肌寒さが、日に日に体温を奪っていった。
日本がいかに恵まれている国なのか、僕はその身を以て理解させられた。
こちらに来る前に、胃の中の物を全部吐き出してしまったのが悔やまれる。
今は、なによりも水が欲しい。
喉は乾きすぎると痛くなるというどうでもいい知識を得たが、それで喉がうるおうわけでもなかった。
自由になった矢先に僕は死んでしまうのか。
普通、こういう異世界転移というのは、美少女魔法使いが使い魔として召喚してくれて、食うには困らない生活をさせてくれると相場は決まっている。
もしくは、勇者として国を脅かす魔王を倒すために召喚され、勇気ある仲間たちと共に、打倒魔王を目指して冒険の旅に出るのではなかったか。
それに引き換え、今の自分の状況は何だ。
食べ物どころか水にも事欠き、喉の渇きと空腹で今にも倒れそうだ。
今もいずことも知らぬ水源を目指して、森の中をふらふらとさまよい歩いている。
こちらに来て、最初は喜んだ。
これで あの男の言いなりの人生から逃れられると狂喜乱舞した。
だが、人間は喜びだけでは生きていけない。
衣食住揃って初めて人間は人間らしい生活を送れる。
今までの僕はそんなことにも気が付かないほど愚かたっだ。
あの男は僕を会社のために利用する、僕はその見返りとして衣食住を提供してもらう。
そんな考えも間違ってはいないのだろう。
だが、その考え方はひどくいびつで、異常な考え方だった。
そうして あの男の庇護の及ばない こちらに来た途端、僕は窮地に陥った。
もう3日だ。3日も何も飲んでいないし、何も食べていない。
今にも倒れそうで、頭がずきずきと痛む。
夜の風は冷たく、もはや体温を保つエネルギーも残ってはいまい。
水、水が飲みたい。
そんな僕の切なる願いが届いたのか、水の音が聞こえてきた。
僕は音のする方へ、最後の力を振り絞って、月明かりを頼りに駆けた。
下草をかき分け、木々を避け、ただひたすらに音のする方へと走る。
いつの間にか、開けた場所に出ていた。
そこには、水浴びをする女神がいた。
女神といっても、日本や北欧の神話の女神ではなかった。
僕は、記憶の中から一人のエジプトの女神を思い出していた。
軽くウエーブがかかった黒髪に、エキゾチックに日焼けした肌、女性らしい丸みを帯びた体。
「きれいだ」
思わず呟いた言葉に反応したのか、女神がこちらに振り向いた。
意志の強そうな眼、月明かりの下でもよくわかるくっきりとした目鼻立ち。
「助かった、のか」
僕は女神の見守る中、気を失った。
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