逃避行動
さて、やっとこさここまでこぎつけました。
これからの展開が楽しみです。
部屋のドアを乱暴に閉めると、僕は鍵をかけた。
ダイニングから出てくる時、新谷さんが何か言いたそうな顔で僕を見ていた気がするが、そんなことは意識の外にあった。
部屋に入って、無駄にだだっ広い、良く体が沈むベッドに体を投げ出す。
今の僕にあるのは怒り。父親と、自分に対しての怒りだ。
父親に対しては、今までも腹の立つことは何度もあった。
だが、今日のそれは今までの物と格が違った。
なぜ自分の結婚相手を父親に決められなければならないのか、それも僕の為ではなく会社の為だ。
父親への怒りと同時に、自分へのやるせなさも湧き上がってくる。
なにが、少し考えさせてください。だ。
考えるまでもないことじゃないか。
今までだって、父親は僕を会社のために利用してきた。
父親にとって僕は、会社を大きくするための道具でしかないことくらい分かっていたはずだ。
そして、僕は父親無くしては生活できない。
今の暮らしは父親あってこそのものだ。
最初から、考える余地などないのだ。
僕は、見ず知らずの女性と結婚するだろう。
その女性は、急に一族の経営する会社が吸収合併され、無理やり嫁がされるのだ。
僕に対していい感情を持っているはずがない。
冷え切った夫婦生活、そんなものを望むほど僕は倒錯してはいない。
誰であろうと、自分の人生は幸せなものにしたいと願っているはずだ。
人生の重要な要素である結婚、これが幸せに大きく影響することはまず間違いないだろう。
本人同士の意に沿わぬ結婚。
そんな結婚をした自分は、結婚生活という要素においてまず幸せになれないだろうということは、ありありと予想できた。
吐き気がする。
胃の中にたまっている、高級だが味のしなかった料理を戻しそうになって、部屋に備え付けられているトイレに駆け込んだ。
口の中に指を突っ込み、胃の中の物を全部吐き出した。
固形物が出てこなくなり口の中が胃酸で痺れてきたころ、僕は幽霊のような男を見た。
鏡に映った自分だった。
目の下にはどす黒いクマがあり、顔は青白く、朝セットしていった髪の毛は見る影もない。
仕立てのいいはずの部屋着も、どことなくみすぼらしく感じた。
ひどいありさまだった。
僕はトイレの洗面所で手を洗い、ハンカチを出そうとして右手のポケットに手を突っ込んだ。
「ん、なんだこれ?」
右手が、何やら丸く固い、ゴムのようなものに触れた。
取り出してみて、それが占い師に渡された物だとようやく思い出した。
今改めて見ても、奇妙な物体だった。
さわり心地はゴムのよう、色は植物を思い起こさせる鮮やかな緑。
僕は占い師に言われた言葉を思い出していた。
『今の生き方は、自分で自分を縛っているようなもの。あなたの望む人生は、ここには無い。あなたの魂は、こちらの物ではないから。……これを』
『もし、あなたがこちらに失望したなら、それを水で飲んで寝て。あなたが望めば、あちら側に行ける』
失望? そんなものとっくの昔にしている。
希望なんて何もない。
占い師が言うには『あちら側』とやらには希望があるかのような口ぶりだった。
こちらの生活、自由の無い縛られた不自由のない人生。
あちらの生活がどんなものかは分からない。
だが、このまま一生腐った人生をすごすくらいなら……いっそ。
僕は、その珠を口に含み、水で飲みこんだ。
そして、風呂にも入らず、部屋着のまま布団にくるまった。
読んでいただいてありがとうございます。
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