光明と抑圧への入り口
「もしもし、占いっておいくらくらい?」
声に反応したのだろう。占い師はその黒いフードと対照的な真っ白い手でフードを取った。
まず、真っ先に目が行くのは大きなチョコレート色の瞳。軽くウエーブがかかった墨のような黒い髪は後頭部で一つくくりにされている。
「お値段は、あなたが納得できる額を払ってくれればいい」
線の細い、蚊の鳴くような、今にも消えてしまいそうな声だった。
僕が訝しげに占い師を見つめても、表情一つ変えない。
にらめっこが続いたが、根負けしたのは僕だった。
「占ってほしい。たとえば、僕の将来とか」
占うまでもないことだった。
僕の将来は両親のあとを継いでグループ企業の役員になる事だ。
今だって、両親経由でグループ株の1%を購入している。
この意地悪なひっかけ問題のような質問に、占い師は。
「あなたは、それに不満がある。じぶんは、縛られたくない。そう、もっと大きく羽ばたきたい。でもそれは、既存の概念では計れない羽ばたき方……」
その時、僕は背筋が寒くなった。
僕が将来に不満を持っていることは合っている。
だが、それを周囲に漏らしたこともなかった。
もしかしたら、本物かもしれない。
僕は心臓の鼓動がうるさくなっているのを自覚していた。
そして、占い師に問うた。
「じゃあ、僕はどうすればいい? 具体的に頼む」
これは、僕の心からの願いでもあった。
もし、自分が進む道を示してくれるのなら、参考程度にしてもいいかとまで僕は思っていた。
「今の生き方は、自分で自分を縛っているようなもの。あなたの望む人生は、ここには無い。あなたの魂は、こちらの物ではないから。……これを」
占い師は良くわからないことをのたまうと、一つの石のようなものを渡してきた。
その石は、深い緑色をしており、感触は消しゴムのような、球体だった。
「もし、あなたがこちらに失望したなら、それを水で飲んで寝て。あなたが望めば、あちら側に行ける」
そう言って占い師はローブの下から真っ白な手を出してきた。
お金、という事だろう。
僕は何の気まぐれか千円札を一枚手渡し、駅の方へ歩き出した。
これで来週発売の本が買えなくなってしまったが、そんなことは気にならなかった。
僕の通う高校からバスで揺られること20分。そこから私鉄に乗って特急列車で20分。そこからさらに自家用車で10分。だだっ広い路が計画的に張り巡らされた高級住宅街に僕の家がある。築年数3ケタは越しているであろうその純和風の屋敷に帰る足取りは、以前にもまして重い。
「おかえりなさいませ、お坊ちゃま」
すらっとした細身の美人、チーフハウスキーパーの新谷さんが出迎えてくれた。
パンツスーツにすらりとした足がよく映える。
スーツ姿ということは、今日は父親の会社にでも行っていたのだろうか。
僕は新谷さんに上着を渡すと、かばんの中の本をよむために自室へ入ろうとした。
すると、珍しく新谷さんが呼びとめてきた。
「お坊ちゃま、今日は旦那様が話したいことがあるとのことです。着替え終わりましたらダイニングルームまでお越しください」
ありがとうございます。
感想どしどしお待ちしています。