受難
熱く乾いた空気が少女の喉をからからに乾燥させていた。
煙で前がまともに見えない。
ただひたすらに熱源から遠ざかろうと、少女は必死に走っていた。
ざんばらの縮れた黒髪の毛先も所々焼け焦げ、卵が腐ったようなにおいが自分の頭からするのを少女は感じていた。
母がほめてくれた父似の顔にも、煤がこびりついている。
だが、そんなことは後回しだ。
生き延びなければ。死にたくない。
今、少女の足を動かしているのはただそれだけだった。
少女の住まう村が何者かに襲われたのは、夜も深い村人たちが寝静まった頃だった。
次々と射かけられる水をかけても消えない炎をまとった矢は、村の建物を瞬く間に炎の渦に巻き込んだ。
寝つけずに星を見ていた少女は、その異変に村で真っ先に気が付いた。
気が付いたときにはもう手遅れだった。
飛び起きた村人たちを次に襲ったのは炎の洪水だった。
襲撃者たちは全員体をすっぽりと覆うフードつきの黒い服を着ていた。
襲撃者たちが杖を振り上げ、朗々と歌う。
聞いた事のない歌が終わると、襲撃者たちの目の前に一抱えもあるほどの炎の球体が現れた。
少女は今までに感じたことのないような嫌な予感がして、襲撃者たちから見えないように、岩の陰に潜んだ。
瞬間、岩の横を光と熱が通り過ぎた。
視界に入る、燃えるであろうものというものはすべて燃えていた。
家も、櫓も、門も。そして人も。
先ほどの騒ぎで、家族を守るために家から様子を見に出てきた若い男たちが、まず犠牲になった。
人が燃える様子を少女は初めて見た。
井戸の前で火だるまになっているのは、狩人のおじさんではなかったか。
うめき声と、立ち込める悪臭と、そして何より見知った人が死にゆくのに自分は何もできない事が、少女を嘔吐させた。
だが、襲撃者は少女にそんな時間すら与えてはくれなかった。
襲撃者たちは、杖を掲げ、歌い、次々と死を作り出す。
逃げなければ。
逃げなければ殺される。
少女は襲撃者たちがひとしきり炎の塊を放ちおえた後、燃えている家々に立ち入っていくのを見ると、一目散に森に向かって逃げ出した。
背後からは、女子供の叫び声が聞こえてくる。
すぐにでも引き返して、襲撃者たちの喉を自慢の槍で貫いてやりたい衝動に駆られたが、それを抑え込み森の奥へと駆け出した。
靴の結びが甘かったのか、かかとの紐がすぐに切れてしまい裸足になってしまったが、それでも少女は走り続けた。
森の中を駆けながら、少女の頭の中には歳の離れた姉の事があった。
森を超えれば姉さんが嫁いで行った村がある、そこまで行けばそこの村長が救援部隊を送ってくれるはずだ。
少女はそう信じて、夜通し足場の悪い森を走り続けた。
夜が明け、少女が目にしたのは、焼け焦げ、所々に男か女かもわからない焼死体が転がる廃墟と化した、姉の嫁いだはずの村だった。