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ある花の秘密





ある侍女は言いました。


「はい?ええ、はい。確かに来られましたよ。どういったものを贈れば喜ばれるだろうか、といった内容で尋ねて来られました。はい、なので率直にお応えしました。変わらずおそばにいて差し上げるのが一番です、と。ふふ、分かっておりますよ。一番おそばでお仕えさせていただておりますから。けれど、どうもそれではご不満のようでしたので、いつものようにお花を贈って差し上げるのがよろしいのではないですか、とお伝えしました。お二人の一番の絆ですものね」



ある騎士は言いました。


「言っときますけど、俺はもう貴女に必要最低限の敬意しか払う気ありませんよ。貴女は今や奴の嫁です。俺の敵で、それ以上でも以下でもありません。………って何頬染めて喜んでんですか。あいつマジで死ね。遠征先で嫁に看取られる事も無く死ね。で、え?花?………ああ、言いましたよ。どうせならそのまま野垂れ死んでくんねえかな、と思いましたからね。命掛けで手に入れたものが何よりもの証だ、って教えてやりましたよ」



ある養父は言いました。


「いえいえいえ、恐れ多い。いくらあれと婚礼を上げられたとはいえ、貴女様は本来仕えるべき御方。敬意を払うのは当然でございます。………あ、いえっ、妻の場合はまた違います。少々変わった所もありますし、城勤めの経験もないので、よく分かっていないのでしょう。あれを基準にしてはなりません。え、ああ、はい。そう言えば変な事を言っておりました。私でも命掛けとなるような場所はあるのでしょうか、と。そして、はい、教えました。遠い北方の死の谷と呼ばれる場所でならあるいは、と。全てが氷つくあの場所は、凶悪な魔物の巣窟となっております」



ある王子は言いました。


「やあ、元気にしてたかい?って、元気に決まってるか。何せ今は幸せの絶頂だろうからね。ご夫人にもよくしていただいているそうじゃないか。ん?ああ、なら良かった。それで、何だって?彼が………ああ。来た来た。珍しく思い詰めた顔をしててね。それで、変な事を聞くんだ。あの、生けるもの全てを眠らせる死の谷に花は咲いているでしょうか、ってね。本来ならあんな氷だけの大地に根付くはずはないんだけど、ちょうど一種類だけ咲くんだよ。氷や降り積もる雪の中で、まるで硝子みたいに透明で、繊細な花がね。まさに奇跡だ。それを手に入れる事も含めてね。何せ人の生きられない極寒の大地で、それを守るように魔物が立ちふさがるんだから」



そこまで聞いて血の気の引いたわたくしは、慌ててお兄様の部屋の前で待っていただいているエドガーの所まで戻りました。彼との婚礼を終えてから久しぶりに訪れたお城で、旧知の者達と世間話をしていたのですが、途中から不穏な気配を感じ、こっそりと真実を探っていたのです。


「エドガー、あのお花はっ」

「どうしたのですか、クローディア様」


混乱するわたくしに、彼は屈みこんでゆっくりと問いかけてくれます。婚礼を上げて以来、エドガーはわたくしの目を覗き込むように声を掛けてくれる事が多くなりました。


「あの、挙式の日にくれたお花は、一体どこで手に入れたのですか?」


彼は、ふと首を傾げます。エドガーは男の人で背も高く、私より五つも年上なのに、こういう動作は時折幼い子どものようにも見えました。彼の友人であるオズワルド・ハーシェルなどは、人格形成失敗作の見本、と憎まれ口を叩くほどです。

そして、彼はやはり子どものような素直さで、率直に応えました。


「遠く北方にある死の谷と呼ばれる地の最奥に、ひっそりと咲いていました」

「も、もしや婚礼の少し前、五日間ほど行方を眩ませていたのは……」

「ああ。ちょうどその花を採りに行っていた頃ですね。五日も掛かっておりましたか?」


わたくしは脱力し掛け、あまりの衝撃にいっそ涙さえ浮いてきてしまいそうでした。婚礼の直前、エドガーは忽然と姿を消したのです。

お父様に休暇は願い出ていたそうなのですが、わたくしに何も告げずに姿を消した事に哀しみを感じました。本当は、結婚など望んではいないのではないか。わたくしが王女だから断れないだけでは無いのか。実は他に好きな女性がいるのではないか。その女性に会いに行っているのではないか。恥ずかしながら、彼を疑うような事も考えました。


不安だったのです。自分に自信を持てた事の無いわたくしが誰かに、それも大好きな貴方に愛されるなんて奇跡のような事。婚礼の日が迫る毎に、その奇跡を不安に思わずにはいられませんでした。


五日後、ひょっこりと戻って来たエドガーがあまりにいつも通りの様子で顔を出し、わたくしを抱きしめて『結婚式が楽しみです』と言ってくれたから安心出来ましたのに。

それは、プレゼントを用意出来てほっとしたからこそ出た言葉だったようです。

しかし、ダグラスやお兄様のお話を聞く限り、随分危険な所に向かったと思われるはずが、戻ってきたエドガーには怪我一つも無かったのは何故でしょう。


「…………………これからどこかへ行かれても、戻って来て下さいね」


わたくしは色々なものを呑みこんでそう伝えました。エドガーに他意など一切なく、単純にわたくしを想ってして下さったのだと分かるからこそ、深く聞く事が出来ませんでした。なるべくなら、危ない事はしないで欲しいのに。特に、それがわたくしの事であるならば。

彼は自信に満ちた様子で、ゆっくりと頷きました。


「私が帰る場所は、貴女の元だけです」


結局、彼のそんな一言でどうしようもないくらい嬉しくなってしまうわたくしは、笑顔でお礼を言うしかないのでしょう。









読んでいただいてありがとうございます。

レビューを頂いた喜びのあまり勢いで認めたその後のお話。

書き直そうかな、とも一瞬考えましたが、結局まあいっか。とそのままに。



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