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手紙

 結局、夕食までミゲルに付きまとわれ、専門用語で意味不明な占いについての薀蓄を聞かされ続けるという苦行。これなら風邪を引いてもいいから、あのままベンチで寝続けたほうがマシだった。

 下手に聞き流しそうとしたり、嫌な顔をしようものなら、話も態度も一層しつこくなるから苦手なのだ、あいつのことは。

 よく当たるという占いを否定するわけではないが、事が起こった後でしか当たったか否かわからない占いなんて、不安になるだけで俺は好きではない。


「おっとっと。」


 部屋へと向かう廊下。 

 一歩踏み出した足の先を、寮で飼っている猫のマウマが横切る。

 ぼんやりとしていたせいで、固い革靴を猫へと向けてしまっていた。

 不自然な苦しい体勢で、なんとか空に足を留めれば、僅かな隙間を残して猫にはぶつからずに済んだ。

 うっかり、ふっさりとした太い尻尾を踏んでしまうところだった。

 威嚇するような形相な目が、こちらをじっと見ている。


「ごめんな。」


 思わず謝れば、ふんっ、とすました一瞥を俺にくれて、廊下の奥へと優雅に歩き去る。

 猫のマウマ。

 彼女を筆頭に、寮を中心に多くの猫が学園には住んでいる。彼女たちは学園をネズミから守る代わりに、心地良い住居と食事を提供されている。

 一部の猫は、ケット・シーと呼ばれる妖精ではないかと言われるくらい頭が良く、彼女たちに悪さをしようものならば倍以上の仕返しとなって返ってくる。また、失せ物を探してもらいたい時も報酬と気分次第では見つけてきてくれたりする。大した奴らなのだ。

 その中でもマウマは、俺が入学した当初からここにいた。誰かの手作りなのか、刺繍糸で編まれたリボンがトレードマークの彼女。寒い日には何故か俺の部屋にいつの間にか入ってきて足元に寝てたりする。

 もしかしたら、俺の部屋に持ち込んだ食材や菓子を狙うネズミから守ってくれているのかもしれない。

 ただ、ブラッシング以外ではめったに触らせてくれない気むずかし屋だったりするのだが。

 そんな彼女の動きにあわせて揺れる尻尾を見送り、俺は自室に入る。

 上着を椅子の背もたれに掛け、訓練用にと持っていた剣は机の上に置き、ベッドに横になる。

 俺の重さに、古いベッドはわずかにきしんだ音をたてた。

 ごろりと寝返りを打てば、壁に掛けたカレンダーが目に入る。

 今でこそこうして平穏な世情だが、つい半年前には魔族の決起に各国が一丸とならなければいけない事態にもなったのだ。

 姉も今でこそ元気だが、色々と危ない目にあっている。

 城勤めをしており、聖女の側近くにいた姉が魔族に拐われたと聞いた時は、全身から血の気が引いて生きた心地がしなかった。

 幸いにも無事助け出せた姉が元気になったから、俺も母も怒りの矛先を下ろせたが、そうでなければ今こうして楽しく学園に通えてはいなかっただろう。

 月日の流れは早いな。

 ああ、そう言えば週末に首都で夜会があったなぁ。面倒くさい。

 カレンダーの歪んだ丸印に、出来ればご遠慮したい用事があったことを思い出す。

 首都に住む親戚。といっても先々代くらいが姉弟の遠縁なのだが、かの家に待望の跡継ぎが生まれたとか何とかで、祝いの宴が行われる。

 家の格で言えば、我が家の方が上なのだが、かの家は我が領の得意先でもあり、無録にはできない。 他家に嫁に行く姉では代理としては今ひとつで、母は相変わらず自領に引きこもり中なので、その矛先は成人間近の俺へと向かった。

 まあ、どうせ正式にお披露目をした後は、こういう席には責務として出なければいけないのだから、今のうちに慣れておくことに越したことはない。

 私的な宴ではあるが、パートナー同伴が一般的である以上、婚約もしていない身の俺は姉と共に出席する。一人で出るわけではないので、少しは気持ちが楽だ。

 姉が代理なら、婚約者のレオナルドを連れて行ったのだろう。隣に立つ身としては、見劣りしないよう気をつけないと。

 でもな、ああいう場に来ていく服ってどうも苦手だ。なんというか鏡にうつる自分がいつもにまして悪人めいて見える。

 いつだか姉と一緒に見た歌劇の、健気な主人公をいたぶる悪役貴族をそのまま演じられそうだ。


 コン、コココン、コン、ココン。


 特徴的なノックの音。

 誰何の必要もない。

 ヨハンだ。

 またクラウン・ラインの相手役をしろって誘いか?

 今からだと、深夜まで付き合わされそうで嫌だな。


「どうぞ、開いているよ。」


 身体をドアの方へと反転させる。

 開いたドアからは、やはりヨハンが入ってきた。

 眉間に皺を寄せて、手には何かの紙を数枚持っている。


「なあ、ドミニク。ちょっといいか?」


「何だ?」


 身体を起こし、向き直る。

 ヨハンは、手にしていた紙を俺へと投げるように渡した。

 手紙だ。

 手本としたくなるほど綺麗な文字で綴られたそれは、時節の挨拶から始まっていた。続く文章は、ヨハンの現状を気にかける言葉や相手側の現状を語るものだった。

 ざっと目を通しただけだが、俺にこれを読ませて一体何の意味がある。


「お前、確か明後日から外出届けだしてたよな。行き先は首都か?」


 どっかりと、ヨハンは俺のお気に入りのソファに腰を下ろす。

 顔にかかる長く艶やかな髪を、邪魔だと言わんばかりに後ろへと払う。

 その動きに揺れる空気に、甘やかな香りが交じる。

 制服でもミゲルに聞いた訓練に適した格好でもないことから、風呂あがりなのか。


「そうだけど。それが?」


 俺の都合と、渡された手紙の意味が繋がらない。

 一体何なんだ?


「なら、それに同行させてくれ。出来れば宿も。」


「別にいいけど。どうしたんだ?」


 ヨハンなら、姉も文句は言わないだろう。

 一緒に首都に行った時には、なんだかんだで泊めてやってたし。

 ヨハンが言うには、貴重品を持ったまま泊まれるような宿は、首都では特に料金が高いらしい。ヨハンが持ち歩く貴重品は、希少な魔術書とか古文書なのでそうそう盗られそうなものには思えないが。彼自身の解釈が書き加えられたりしていて骨董的価値もないだろうし。


「伯父に呼ばれた。」


 彼の口から、家族の話ならまだしも親戚の話が出るのは珍しい。


「へー、もしかしてこの手紙ってその伯父さんから?聞いたこと無いけど、首都に居たんだ?」


 俺の言葉に頷く。


「ああ、城勤めだ。俺に依頼したいことがあるそうだ。」


「ふーん。なら、別に伯父さんのところに泊まってもいいんじゃない?」


 城勤めなら、首都に住居があるだろうに。

 どの程度の家かは知らないが、依頼で呼び出すくらいだ。ヨハン一人位泊められる空間があるだろう。


「いや。あの魔窟に泊まるくらいなら、野宿のほうがマシ。……見たこと無いお前に分かるように言うと、研究に没頭中の俺の部屋の末期状態の数倍酷い!少しでも床が揺れようものなら、絶対に荷物の山に押しつぶされて死ぬ!」


 あのお籠もり中のヨハンの汚部屋以上だと!?

 何かが縦横無尽に書き殴られた紙の山に、資料と思しき書籍の数々。それらが乱雑に部屋を埋め尽くすだけならまだマトモだ。

 日が経過すれば、更に物は追加される。

 訳の分からない資材に、謎の液体、慌てて一部を破損させて強制停止させたのであろう魔法陣などなど、足を踏み入ることすら覚悟がいる状況に仕上がっている。異臭騒ぎだってあった。

 それを超えるだなんて、嘘だろう?


「そんなにか。」


 目と目を合して問う。

 そして、その視線は彼からは逸らされることはなく。


「そんなにだ。」


 重々しい頷きと共に、返答が返ってきた。


「……なんて言うか、お前の親戚らしいな。」


 つめていた息を吐き出す。


「ああ、大事な伯父だ。……本当はもっと早くお前にも紹介しておきたい人だったんだが、最近は職場まで魔窟と化し始めたみたいで。なんというか、あの人を紹介できそうな場を設けられなかった。」


 手紙の筆跡からは想像できないが、ヨハンがここまで悪く言うほどだ。よっぽど整理整頓が出来ない人なのだろう。

 俺だって得意ってわけではないが、何かに熱中している時のヨハンでさえ目を疑うような光景になるのに、それ以上とは。

 しかも、職場って城勤めなのにいいのか。

 でも一口に城勤めって言っても、姉のようにまさに城内で働いている場合もあれば、実際の勤務場所が外って場合もあるか。


「さっき見かけたが、珍しいな。お前がミゲルと一緒にいるのって。」


 魔窟を想像していた俺の思考をさえぎるように、ヨハンが声をかけた。


「暇してたら、向こうから来たんだよ。体の良い女よけのつもりなんだろう?」


 いつも女に囲まれている奴と一緒の食事だったが、終ぞ俺達の席に近寄る女性はいなかった。

 言っていて虚しいが、本当に俺はもてないどころか嫌われているな。

 だいぶ伸びた茶色の癖毛をいじりながら、溜め息をつく。


「それを言うなら、ヨハンの方こそ珍しいんじゃないか?約束したとはいえ、汗をかくのが嫌いなくせに戦闘訓練に付き合うなんて。」


 あまり繰り返したくない話題に、別の話題をふってみせる。

 すると、思ったよりもヨハンの反応は大きく。


「何で知ってる?」


 不思議そうにこちらを見た。


「ミゲルが見たって。両手に花って言っていたぞ。」


 からかうように言ってみれば、ヨハンの眉間に皺が寄った。


「そんないいものじゃない。」


 疲れを吐き出すようにいう様に、違和感を感じる。


「ヴィッキー達だろ?一緒に居たの。」


 俺を避けない数少ない女子であるヴィッキー。そしてその友人であるクレア。

 昨日もそうだが、俺を先輩として慕ってくれて愛らしい後輩だと思う。

 いったい何があったというのだろう。


「ああ、二人に約束通りに教えたのはいいんだ。でも、口頭で済ます筈が、何故か実践を伴う訓練になった。怖いな、女子。口で勝てないなんて久しぶりだ。それに、熱心なのはいいが、初歩の魔法とはいえ何度も繰り返せば魔力切れにもなる。最後には、魔力切れを黙っていたクレアが倒れて、救護室に運ぶ羽目になった。」


 ヨハンは手で頭を掻きながら、彼女たちとの訓練を語る。

 口で勝つなんて、彼女たちは凄いな。

 いつもいつの間にか言いくるめられていることが多い俺としては、内心彼女たちに喝采を送りたい。

 ソファでは、訓練のことで目についたのだろう、彼女たちの気になる改善点を話しているヨハン。

 なんだかんだ言っても、嫌いならこき下ろすくせにそうでないなら、彼女たちのこと気に入ったのだろうな。


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