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学園

 雲わずか。空は青く晴れている。

 建物に区切られた狭い空は、明るく地を照らす。

 木陰の下は風が心地よく、俺は人が来ない穴場なのをいいことに、行儀悪くベンチに横たわる。


「くあぁ~」


 誰もいないからこそ、思い切り口を開けて欠伸なんかしてみる。

 これが案外気持ちいい。

 騎士階級出ならともかく、貴族の子息がするには、家の躾がなっていないと非難されそうな、みっともない行いだが、別に今は行儀作法を学ぶ時間ではないので、構いはしないだろう。素行が悪いと、怯えた視線を向けられることがあるが、そんな人物も今はいないのだから。

 午後の講義が講師の都合で休講になって空いた時間を、たまにはのんびりと過ごしたい。

 人気のない講義だったから、友人もヨハンも受講していない。つまりは、一緒に暇をつぶす相手がいないのだ。

 それに、一人で自習するには、昼食で膨れた腹が眠気を呼んで、俺のやる気を削いでくれる。


「はふぅ~」


 肺いっぱいに吸い込んだ息を、今度はゆっくりと吐き出した。

 いかに無駄に充実した施設とて、今の俺には少しも勤勉たる意欲を沸かすことはできない。

 いや、俺がここに在籍している以上、そんな自分ではいけないのだが。さすがに今は怠惰に過ごしたい気持ちに負けてしまう。

 学園は元々、魔王復活に備えて騎士階級以上の家の子息たちを集め、学ぶための場として設立した。しかし、魔王が討伐された今、再開された学園は以前とは違う目的を持って子供たちを集めている。

 入学の年齢が一定でないこともあり、卒業もまた年齢が様々だ。基礎教養とされる課程さえ修業したと証明されれば、いつだって学園を去ることはできる。

 以前は、家を継がなければいけない嫡子以外は、卒業後に騎士団への入団が主な進路だったため、入団規定である16歳以上をまって学園を卒業した。城勤めも同じような年齢から採用されるため、似たものだった。

 だが、平穏になった今は、以前ほど騎士団への入団は簡単ではなくなった。その影響なのか、修業証明がとれた者の中にはさっさと辞める者が居るかと思えば、その逆でいつまでも居座ろうとする者も居る。

 俺はといえば、再開後に復学した直後は騎士団に入団するつもりだったから、現役の騎士相手に年齢が規定に達するまで学園にいるつもりだった。

 しかし、家を継ぐはずだった姉は、紆余曲折あって隣の領を治めるバッヘム家へと嫁入りすることとなった。

 世に流れる噂のように、領土欲しさや権威向上を狙った政略結婚というわけではなく、一応は相思相愛な仲での結婚なので、祝福しない訳にはいかない。

 ただ、この件が、俺の卒業を先延ばしにする遠因となっている。

 俺の上には後継だった姉のイレーヌと、父の隠し子たる異母兄のリオネルがいる。姉が嫁入りし、空白となった後継者の座は、異母兄ではなく俺のものとなった。

 婿養子である父の隠し子であるリオネルには、その権利がなかったのだ。

 まあ、すでに騎士団の中で地位を確立しつつある彼もそれで構わなかったのだろう。特に問題なく、俺は後継と認められ、後は正式に披露目の場を設けるだけだ。

 それだけなのだが、生憎と先立つモノがない。

 世間では、我がバダンテール家と言えば、今や飛ぶ鳥も落とす勢いのある侯爵家だ。魔王復活による被害からの復興は早く、領内の景気は良く、我が家の財政は潤う一方。確かにそれは事実だ。

 しかし、それでも慶事とは言え、多額の出費が重なればキツいのが実情だ。

 王家や勇者アンジェリカなど国の中心的存在と親しい関係にある姉のイレーヌと、騎士団の次期団長として期待されている婚約者たるレオナルドの結婚となれば、どうしたってその規模は大きいものになる。

 嫁ぎ先のバッヘム領は、討伐から二年以上たつが、未だバダンテール領に近い地域以外の復興が、遅々として進まないでいた。おかげで、バッヘムからの難民が未だ多く領内に残り、最近では少々問題となっているらしい。

 慣例を大事にする姉は、今回もそれに則り、嫁ぎ先の領内にて式をあげるべきと考えているのだろう。その為に色々と復興の便宜を図っているらしく、持参金代わりに結構出費している。

 つまり、領地運営に関係ない私的な財産に関しては、今、姉の結婚準備資金へと投入されている。そこに、自分のお披露目の分を加えると、一気にキツくなる。

 俺が今、学園を卒業することは、親の都合もあり、即当主就任へと繋がる可能性もあり、そうなるとただのお披露目よりも出費が多い。

 そういった現状から、姉が無事に結婚式を終えるまで、俺は許される限りは在学し続けることにしている。姉もごめんなさいねと言いながらも、俺の意見を受け入れてくれた。

 基礎教養以外の授業には、結構面白いものも多いので、俺としては学園に居るのは楽しいので、姉に謝られると逆に悪いことをしたような気分になった。

 姉は学園に通っていた時から、引き篭もりがちな母に変わって領地運営に携わっていたのだから、余計にだ。

 それにしても、改めて考えると、本当に貴族の慣例というのは無駄に出費が多い気がする。

 うつらうつらと、自分の現状を思い返していたら、目を閉じていたのがいけなかったのだろう。

 あっさりと俺は睡魔に負けて、眠りへと落ちてしまった。


「こんなところで寝ていると、風邪ひくぞ。」


 艶のある低い男の声。

 目を開ければ、そこには垂れ目の色男がいた。

 この国のものではない青みがかった黒髪は、甘い顔立ちを一層魅力的に見せる。

 異国の神秘さを色気に乗せた、やけに美しい男だ。

 どうせなら、女性に起こされたかったところだ。


「何だ、ミゲル。それもお得意の占いってやつの結果か?」


 初対面の時、こいつが俺に向かって放った失言の言い訳を口にしてやる。暇さえあれば、人のことを占って、皮肉めいた忠告をしてくる男だ。

 何が運命の人だ。女たらしめ。

 お陰でしばらく男色家とかミゲルに懸想しているだとか嫌な噂が、何故か俺だけに立って、友人たちに変な距離を置かれたんだぞ。

 本人の言い訳を信じるなら、自身の人生に契機を与える要素を持つとかそういう意味で、恋愛感情の要素を含む意味合いはないらしいが。いや、人に影響を与えるとかそういうのも出来れば辞退したい意味合いなのだが。

 先のも親切なのか、下心故なのか。

 ただ、その占いは的中率が高いため、信じないといって無録にも出来ない。本当によく当たるのだ。

一応、ミゲルは他国から招待された留学生という身の上でもあるからな。他国の貴族だ。将来を考えたら、敵対するのはマズイだろう。


「いいや。そんなの占うまでもないだろ。」


 呆れたように肩をすくめてみせる。

 確かに、ここに横たわり始めた時に比べて時間が経ち、真上にあった太陽もかなり傾き始めている。

 横たえていた身体を起こす。ややこわばりを感じたので、軽く肩を回してほぐした。

 そうして空いたベンチの空間に、ミゲルが腰掛ける。

 背も体格も同じくらいなのに、座るとミゲルのほうがわずかに低い。つまり、その分足が長い。軽く組まれた足が、長さを誇るようで恨めしい。


「授業中にふと外を見たら、寝ている君が見えたからな。ヨハンの方は、両手に花といった感じだったから、何かあったのかと。」


 そう言って指した先には、講義室の窓があり、確かにそこからならここがよく見えたことだろう。


「ヨハンが両手に花でいて、俺に何かあるっていうのかよ。」


 多分、その両手に花とやらは、ヴィッキーたちのことだろう。

 愛らしい彼女たちはまさしく花だ。

 と、いうかヨハンが女性に囲まれているのは、ミゲルと同じ位いつものことで珍しいことではない。それが何故、俺につながるというのか。


「それが、ただ女性に囲まれているんじゃなくて、戦闘訓練をしていたみたいだから。彼はそういう頼まれごとの時、君を頼ると思っていたから、少し気になったんだ。」


 確かに、ヨハンが積極的に戦闘訓練をしていることなんて、あまり見ない。

 魔法が絡むならともかく、純粋に剣術だけなどよっぽど気が向いた時だけだ。ひ弱というわけではなく、ただ単に汗をかくのが嫌なだけだという理由だ。それは俺だけでなく、ヨハンと少なからず付き合いがあれば、皆知っていることだ。

 ただ、約束したことは守る人間だから、昨日彼女たちに言った通り教えてあげているのだろう。


「別に、俺を頼るとは限らないだろうが。」


 だいたいいつも頼るのは俺の方で、ヨハンが俺を頼るのは、何がしか彼に借りがある時だ。借りを返すためだけにしか、彼は人に物事を頼むことをしない。

 借りを作りたくないと、いつだか言っていた。

 まあ、我儘はいうことがあるのだから、彼の中の線引がどこにあるのかはよくわからないが。

 それに、俺もヨハンも互いだけが友人というわけではない。

 歳を経るにつれ、受講する講義が別になっていくにつれ、互いの交友関係はあまり重ならなくなってきている。


「いや、占いでヨハンと君の星が連なって動くと出ていたから、珍しく外れたのか確かめたくてね。」


 また勝手に占ったのか。

 いや、別に占うのは構わないが、それを口実に色々と言ってくるのがいい迷惑なんだが。

 

「それ、別に今すぐ表面化するってわけでもないだろうに。暇なやつだな。」


 触りぐらいしか知らないが、占ってすぐその結果が目に見える形で現れることはなかったはずだ。それも、命の危機が無さそうな結果なのだし、直に確認するようなことでもないだろう。

 脱力するように、ベンチの背もたれに身体を預ける。

 そんな俺の態度に、ミゲルは垂れ目を細めながら笑みを浮かべる。


「君は僕の運命の人だから。気になることは確かめないと。」


「おい、その運命言うの、止めろって言っただろう!」


 聞き流すわけにはいかない単語に、思わず指を突きつけて怒鳴る。

 ようやく消えた噂を蒸し返されてたまるか。


「仕方がないだろう?いくら占ってみても、変わらず僕の星は君によって導かれるって出るのだから。」


 やれやれって言いたげに、首を横にふる。

 いや、俺の方こそ余計な疑惑を生み出すお前にやれやれだ!!


残念、ドミニクはせっかくの両手に花な状況を逃した。


ドミニクの姉、イレーヌに関しては彼女が主人公の「結構ハードな乙女ゲーの世界」をお読みください。

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