日常
「豆が甘いって……意味分かんないな。」
人の皿から奪っておきながら、そんなことを口にする目の前のヨハン。
右手にはゲームの駒を、左手には俺の饅頭を手にしている。時折、確かめるかのように口へと饅頭を運びながら、先ほどの言葉を幾度も繰り返すのは、何の嫌味か。文句があるなら食べなくたって構わないものを。
それに饅頭に気を取られているくせに、ゲームの盤面はヨハンが優勢である。
“クラウン・ライン”と言う名のボードゲームは、最近の彼のお気に入りで、暇さえあれば付き合わされている。元々は軍議で使われていた物を改変した戦略シミュレーションでもあるこれは、授業にも用いれられ、学園の生徒であるなら誰もがルールを知っている。ただ、結構頭を使うため、俺はあまり好きではない。
その時の勝敗条件によって違うが、大体五回に一回くらいしか彼には勝てていない。上級ルールまで適用されたらもっと勝率は少なくなる。後は、ダイスの目という運に頼るしかなくなる。
それでも学園内では、それなりに彼と対戦できる内になる。だからか、一番ヨハンと親しい俺が、相手役を務めることが多くなるという悪循環。
いや、まあ、勉強になるといえばなるのだから、全くの無駄ではないけれど。
「普通、豆ってしょっぱいか、辛いだろ?何で甘くするかな?」
饅頭の断面を覗きながらぼやく。俺が知るか。
「だったら、返せよ。」
すでに三分の二以上が食べられている饅頭など、今更欲しくはない。が、かと言って文句を言う奴に食べてもらいたくもない。
人から奪っておいて文句を言うな。
「いや、断る。滅多に食べられないからな。」
そう言って、小倉餡を包んだふわりと柔らかい白い生地を喰みながら、駒を更に俺を追い詰める位置へと置いた。
とりあえず、饅頭の乗った皿はヨハンの手が届かないよう手前へと引き寄せる。
まだ、一つ目を食べきる前に、彼に全て食べられてしまっては面白くない。
学園に入学し地元を離れるまで気にもしていなかったが、どうやら我が家でよく出た料理の大半は、この国にはあまり馴染みがないものだったらしい。
材料自体、東国などからの輸入品も多く、珍しいのもあるのだろう。学園で働く料理人に名前を言っても、当初は通じなかった。レシピを渡しても良かったが、個人の我儘のために手を煩わせるわけにもいかない。
仕方なく、食べたいものの大半は、休暇で家に帰る日まで我慢している。今では、甘味などの我慢出来ないものは自分で作れるようになってしまったのだから、少し悲しい。貴族の子息が料理が得意というのは、あまり自慢にはならないからな。
今日の饅頭だって、珍しく小豆が手に入ったから作れたものだ。どうしても食べたくなったから、日夜剣の訓練で疲れた身体に鞭打って、餡から作ったというのに。
まだ粒餡だからいいものの、こし餡だったら久しぶりにヨハンに殴りかかっていた。
蒸しあがった饅頭を皿に載せ、ヨハンとのゲームの約束をしていた寮の談話室に入るやいなや、二つ盗られたのだ。
その二つをあっという間に食べてしまい、今ヨハンの手にあるのは三個目。一つが大人のこぶし大の饅頭を夕食前とはいえよく入るものだと、呆れもする。
これだけ食べて、夕飯も結構な量を食べるのだ。一体、俺よりも小柄な身体のどこに、それだけの量が入るというのだろう。
背も低く腕だって細い。まだ幼さが抜け切らない端正な顔立ちは、少し色を乗せれば女として通用しそうなほど中性的である。
そこがいいと言う女子は多いが、では男らしいのはどちらかと言えば俺の方だろう。
ここ数ヶ月で背もぐんと伸び、剣の鍛錬の甲斐あって筋肉もそこそこついている。
なのに、このクラウン・ラインだけでなく他のことにおいても、俺は未だヨハンに勝ち越せるものが少ない。はっきり勝てると言えるのは、彼が履修をしない剣術くらいだ。
天才にして神童と名高いヨハンと、一介の侯爵家子息の俺。友人であるのに、目に付く差に、不意に浮かび上がるむしゃくしゃする気持ち。
口にだすわけにもいかず、ただそれを饅頭とともに飲み込んだ。
「1、2,3、4、5っと。射程よし。最終命中値が……成功っと。回避判定、どうぞっと」
盤上の駒と駒の間のマス目を数え、ヨハンがダイスを振る。
32。
出目は成功を示していた。
この攻撃に当たってしまえば、今回の勝負はヨハンの勝ちが決まる。基礎攻撃力だけで、標的にされた駒は落ちることになり、今回の敗北条件である“部隊の半数の殲滅”を満たしてしまう。
こちらの最終回避率は三割もあるのだから、出目次第では次のターンまで持ちこたえることが出来るが。
手にしたクリスタルの十面体ダイスを軽く握り、卓上に転がす。
出目は、失敗。
「よっし、俺の勝ち!」
得意満面の笑みを浮かべて、ヨハンは饅頭の最後の一欠片を口に入れた。
授業中などの淡々と講釈を述べる時とは違い、こういう時はころころと容易に表情を変えてみせる。
誰か、今のこいつをクールで素敵なんて評する女子に見せてやれ。
「じゃ、条件変えてもう一回!」
人差し指を立てて見せる。
勝ったためであろうか。嫌味な笑顔である。
「いやいやいや。そろそろ食堂もやっている時間だろうから、夕食にしよう。そうしよう。」
さすがにもう一回付き合っていたら、確実に夕食を食べ損なう。いくら大きな饅頭でも、それだけでは腹は満たせない。
「ん……まあ、そうだな。夕食にするか。」
そう言いつつも、視線は俺が確保する饅頭へと向けられている。まだ食べるつもりか、お前は。
ゲーム道具や饅頭を仕舞い、食堂へと向かう。さすがに食事時ともあって、部活や自主訓練を終えた生徒たちも加わり、結構な賑わいだ。
互いに知り合いに軽く挨拶など交わしながら、いつもの定位置へと向かう。
食堂は広い。
といっても、さすがに学生全員分の席があるわけではない。ただ、年齢や所属する部活などで漠然とだが暗黙の内に座る位置が決まってきており、席取りはそれほど苦ではない。
ベルを鳴らして、給仕を呼ぶ。
食堂のメニューは、それほど数はない。特にこだわりがないのなら、日替わりのセットメニューの中から選べばいい。食べたいものがないのなら、後は自炊するか、時間は掛かるが学園の外に向かうしか無い。
注文してしまえば、後は出来上がるまで待つだけだ。
俺かヨハンが一人だと、知り合いが寄ってくるのだが、何故か二人一緒に居ると、皆声を掛けはするが一緒の席に座ろうとはしない。
まあ、食事中も何かの弾みで討論じみた展開になることが多いのだから、避けられる理由も分からないではない。
さすがに、一日の疲れがある夕食時までそういうのはゴメンだというのは分かる。俺は別にヨハンとのそれは面白いから構わないけれど、別の誰かとそんな状況になったら疲れると思うし。別に俺の顔が怖いとか、そんな理由ではないだろう。
だから、今日はヨハンと来たことで、他の友人とは一緒に夕食を取らないだろうと思っていた。
しかし、俺は一人の存在を忘れていた。
「あ、ドミニク先輩!」
後輩のヴィッキーだ。友人のクレアも一緒だ。
従姉妹同士ということだが、黒髪直毛のヴィッキーと金髪癖毛のクレアはあまり似ているとは言いがたい。どちらも、将来が期待できる可愛らしい少女なのは確かなのだが。まあ、本人たちの弁なので、深く聞きはしない。
この何故か愛称で学園に通う女生徒は、どういう訳か俺とヨハンを先輩と慕ってくれている。手を取られ同行しているクレアは、どうも俺が苦手な様子なのだが。
「やあ、君たちもこれから夕食かい?」
とりあえず怖がらせるのも何なので、できるだけ穏やかに声を返してみる。
視線があった瞬間。クレアの視線は逸らされ、顔は青ざめて見えた。
うん、分かってた。俺、すでに怖がられてますね。
いや、前から薄々気づいてはいたけれど、やっぱりな。そんな怖がられるようなことしていないと思うのだが。やっぱり顔のせいなのか?目付きか?このつり目がちな目がいけないのか?
「はい。……あの、席、ご一緒してもよろしいですか?」
そんな怯える友人を無視して、同席の許可を求めるヴィッキー。
結構いい根性をしている。
怯えるクレアのことを考えれば、俺から断ったほうがいいのだろう。しかし、こうして怯えながらも友人の手を振り払わずにいるのだから、きっと断るのも彼女の勇気を無下にすることだろう。
「ああ、もちろん構わないよ。な、ヨハン。」
できるだけ友好的に見えるように、笑いかける。今こそ夜毎鏡の前での練習が生かされる時。
「ああ。それに何か相談事があるんだろう。」
日中ならともかく、校舎を出てからヴィッキーが俺たちに話しかけてくる時は大体相談事だ。それに応えるのは主にヨハンだ。
俺が人に教えられるのは剣術くらいだし、それは彼女たちも教わろうとしないだろう。
「よく分かりましたね!そうなんですよ。ヨハン先輩に教えてもらいたいことがあるんです。ね、クレア。」
ヴィッキーに話を振られ、クレアが引きつりながらも笑顔で会話を引き継ぐ。
「え、ええ。今度、実技のテストを兼ねた訓練試合があるんですが、私達剣は不得手で。魔法の使用も一部可能ですので、何か良い方法などないかと」
試合か。
元々学園は騎士階級以上の家の子供を集めて、魔王復活に備えるための施設の一つだった。
既に、魔王討伐は勇者によってなされている以上、戦闘訓練などあまり必要では無いかと思うのだが、そうそう学習内容が変わるわけではないらしい。俺としては、現役の騎士を相手に剣を学べるので、それに文句はないが。
まあ、彼女たちのように普通の貴族の子女たちには、実技を兼ねた試合は厳しいものなのだろう。
「そうか。……先に注文を済ませてしまえ。食べながらでも構わないのだろう?」
ゲームをしていた時とは打って変わって、ヨハンの顔は無表情に近い。
別に人見知りとかそういうわけでは無いだろうに、この変わり身はすごい。
「はい!ありがとうございます。で、先輩たちは何を頼んだんです?」
「チキンの香草焼きがメインのセットだけど?」
俺は別になんでも良かったのだが、ヨハンと一緒の時は同じ物を頼むことにしている。でないと、一口なんて言って半分近く奪われることが多いからだ。
「ああ、そっちでしたか。私、白身魚のパイ包み焼きのセットにしようかなぁ。」
「ヴィッキーは、魚料理が好きだものね。」
なんて、メニュー表を見ながら笑い合う。
いいなぁ、こういうの。
女性といえば、姉か家の侍女くらいしか身近に居ない身の上としては、なんというか眼福である。
いや、嫌われているとかそういうのじゃないはず。ただ、何故か女性が近寄ってこないだけだ。
ドミニクは姉の影響で、針仕事から剣術まで人並みに仕込まれております。
悪人顔でなければ良かったのにね。