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罪の具現

狂気への恐怖。確かにそういった。あまりにも単純で、それでいてあの和音が狂気への恐怖。確かにそういった。あまりにも単純で、それでいてあの和音が───狂気に依存していた和音がその依存していた対象に対して恐怖を抱くだろうか、それが俺の出した結論だった。依存とは何か。それを思考すれば、依存とは即ちそれを完全肯定するものだと俺は思う。そして、恐怖はその逆。本能の上で危険と判断したからそれを拒絶し完全否定するもの。依存と恐怖は背反しているのに、それを為す事が出来るのだろうか。


右目が馴染んできた。大した拒絶反応もなく、目に一先ずは眼帯を付ける。隣には真希が寝転がっていた。義足にしたのは俺自身なのに、そのことに対して俺は『罪悪感』というものを微塵も感じていなかった。だけど、今この瞬間に殺したいとは思わない。これでよかったのだろうか。


「なぁクソ坊主」


真希から話しかけられた。寝転がる真希は手を頭の後ろに回して枕のようにしていて、半目で億劫そうに俺を見ていた。


「あぁ?んだよ」


面倒ながらも返事を返す。加害者と被害者の筈なのに、俺はそんな事を考えるまでもなく、ただ単に普通に接してくれる真希に疑問を覚えていた。


「義足、外してくれへん?うちも水に浸かりたいねん」


「何でそんなことを俺が」


「製作者様にまだ水につけるなぁ言われとーさかいに」


欠損した身体。彼女はここから先、半でを背負ったまま生き続けるというのに、その声色は何処か明るかった。


「なんや、見分けつかへんか?しゃーないなぁ……ロックは外してあるから、あとは留め具外すだけや」


「留め具はどこだ」


「股間やけど」


俺はすぐそばにあったスパナを乱暴に手に取って年時に向かって投擲する大体距離は25m程だった。その数瞬後に、「あいたぁ!?」というマヌケな声が聞こえる。


「そんなに削り取られたのか。その…なんだ、悪かったな」


微塵も悪かったなどと思っていなかった。


「大丈夫やってちゃんと剃ってあるし。いや、うん。剃られた」


「必要性が見当たらないんだけど!?」


「あぁ?せやせや。足ぜーんぶ持ってかれたさかいに。製作者様にはなんもされてへんよ?妹にしか欲情しないそうなので」


俺は立ち上がって年時に向かって走った。


「やっぱお前死ねぇぇぇぇぇぇ!!」


「いやちょぉッ!?待て!恩を仇で返すっつゥのはこれの事言うんじゃねぇの!?」

義足を外してその悲惨な状況に驚愕する。思わず目を背けようとしたが、意識して耐えた。


股下15cm。そこから下に足と呼べるものはなかった。桃色をした肉がまだ露出していて、傷は塞がっていない。さすがに出血は止まっていたものの、見ているだけで痛々しい。これが罪だ。奪うということは、それから先を失くす事。それを理解していなかった。


「これでもな、うち、感謝してんねんで?」


足を奪われた女はそういったが、俺の罪は已然としてそこに存在している。


「どうして、また?」


純粋な疑問によって質問を反射的に投げかける。


「まずな。五体満足で異動出来るとは思ってなかったんよ」


それは所属の事だと瞬時に理解した。


「なんかな、立場はわかっとってんで?でもそっからなんかしようと動かんと甘んじてたんは事実やし。せやからうちは、あん時からずっと罪悪感を感じてたんや。清算したとは思てへんけど、ちょっと償った気分なんよ」


「他人の罪で贖罪してんじゃねぇよ」


罪悪感という言葉が引っかかった。俺は感じてないこの感情を真希は感じていた事に嫌悪感を抱く。俺は異常な欠陥者であることを暗喩しているかのようにその言葉は締め付けてきた。


ゴムボートに真希を乗せて海に浮かべて、バタ足をしながら沖に向かう。潮にさえ流されなければ別段危険な事はない。潜れば手が付く程の浅さが続く遠浅の海は、練習するにはもってこいだった。だいたい浜までの距離が50m程にまで開いた時まで、互いに無言のまま俺のバタ足の音だけが無様に響いていた。浮いているのにも疲れて、ゴムボートに足をかけて乗る。


「ちょ、アンタなぁ!うち足失くしてから泳いだ事ないねんで!?溺れたらどないすんねん!!」


「いや俺泳げるし」


まったく、と言って真希はゴムボートの膨らんでいる縁の部分にもたれかかる。足を失った彼女はただ俺に罪の象徴として存在していた。俺がゴムボートに乗った事でダイレクトにその異常さを俺に示してくる。ホットパンツから伸びる足は途中で寸断されていて欠陥を現していた。すまん、と謝罪しようと目を合わせると───震えていた。顔色が悪い。歯をカチカチと鳴らして、その体を温めようと肩を抱いていた。


「ぅ…‥そ……うそ…。嘘嘘嘘ッ!」


小さかった声が徐々に大きくなっていく。


「───は」


「こんなん……違う……うちはこんなに……何で……何でや!?」


表情が歪んでいく。恐怖に染まっていく。軸がぐらついている。何故、何故と自身に問いを求め、その恐怖の正体を掴もうとしている。その姿が滑稽だった。だって、理由なんて目の前にいるじゃないか。


「うちは……なんで機械仕掛けのデウス・エクス・マキナやったか思い───」


言葉も途中で途切れた。認めたくないのか?罪人を、自分から何かを奪った当人を恐怖しているとどうして認めない?お前をこんなにした当人はここにいるのに。俺はそんな姿を見てられなかった。何故って俺は、『この表情に愉悦を感じている』からだ。


俺は自分が怖かった。狂気に触れることで、故郷の異常を抱えている事を更に強く実感させてくる。余りにも非人道的過ぎる思考回路。恐怖する感情に愉悦を覚えていたのは、和音も同じだった。しかし、和音は違う。和音は自身が作り出した偽りの感情がそう望んでいるにすぎなかったが、俺は───人格なんて関係ナシに、血が、体がそれを求めている。本質から異常を求めている。その事実が、確実に俺を苦しめていた。


「感情なんてあらへんやん……機械に感情がないから……」


ぶつぶつと呟くように真希は自分に言い聞かせていた。感情そのものに対して恐怖を覚えているのか?ちゃんとお前には感情があった筈だ。今までのその感情は演義だったとでも言うつもりか。


「ゴメン俺、浜戻るわ」


「───」


絶句していた。真希は俺が声をかけると一層その震えを強める。感情が活き活きとしていて、見ているだけで異常を突きつけられている。残念ながら、俺にはその異常に抗える程の意志は持ち合わせていなかった。俺はできるだけゴムボートを揺らさない様に水に浸かって、縁に手をかけてバタ足を開始した。ただ、俺たちは互いの異常と罪を再確認しただけだった。もう、直視することすらも躊躇ってしまう。だってもう、その顔を見るだけで顔がニヤけてしまうんだから。


俺の足は三倍速で動いている様な気がした。


────────────────────────


浜に戻ると年ブラザーズが楽しそうに泳いでいた。


「いやおい。年ブラザーズ泳げんのかよ」


「あ、うん。何か泳げた」


「死んどけ」


フォームは犬かきだったが、水に慣れる事が出来れば泳ぐ事はさほどむずかしいものでもない。技術面は必要ないし。浮いていられればの話だけど。足がない真希はどうするのだろうか、と一瞬思考が過ったが、ニヤけてきた事もあって思考から排除する。


「あとは和音と綾火だけ……とどこかで見たか?」


「ん?あぁ、あそこで乳繰りあってるけど」


年時が人差し指を向けた方向に丁度二人を見つける。二人共が暖色の水着を着ていたおかげですぐ見つけられた。本当に乳繰り合っているから質が悪い。海底から手頃な平べったくて丸い意志を拾って狙いを定める。「何ァァァァにやってんじゃボケェェェェェェ!!」と言いながら水面に出きるだけ水平にして石に横回転を加え、サイドスローでリリース。「げふっ」という和音の声が貸すかに耳に響いた。距離は30mくらいか。水切りの腕も落ちたなーと思いながら大丈夫かt和音に一応問いかける。沈んだまま浮いてこないんだけど。綾火は突然の出来五個にあわあわ言いながら手を忙しなく動かしている。数秒後にバシャァァァという盛大な音を立てて和音が浮上する。ここまでの一連の動作に要した時間は43秒。


「貴様私を殺す気か!?」


「うん。そうだけ」


「踏みとどまって欲しいのだが!?」


元気そうだった。石をぶつけた場所が出血するかとも思ったが、それは問題なかったらしい。


「おーい泳いで帰ってこーい───ってぇやっぱ泳げんのかよ二人共訓練の必要なかったんじゃねぇの!?」


涼しい顔で泳いできた。綾火は犬かきで泳いでいる。そこはまだいい。問題はお前だよ和音。お前なんでそんな綺麗なクロールで泳いでくるんだよ。ちゃんと顔上げて、しかも結構早いんだけど。


「ふ……やはり私の構造がおかしい事が原因だろうな」


「いやもういいって。教えるまでもねぇわ」


悲しいとか無視で。いや、さ?実質泳げるの俺だけだったじゃん?ちょっと教えてやろうかなーとか思ってたわけよ。


「あ、そうだ室咲」


「んだよ年時。俺今感傷に浸ってるんだけど」


「今からイギリスに向かう為の空母に乗ってもらうから。説明とかうんたらかんたらで」


何言ってるんすか年時さん。俺の出番ってここで仕舞いですか?


Side out

次回予告


やめ、て……


無能だよ。俺は自分しか騙せなかったんだ

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