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残骸

こびり付く様な狂気が失われていくと同時に、罪が押しつぶそうと圧してくる。存在している事でさえ辛く感じる。何故、どうして、感情の高ぶりなんかで身内である仲間を殺せるんだ。・


違う、ただ狂気に飲まれていただけだ。俺の意思じゃない。そう叫んだ。


本当にそうか?それが誰かが分からないとしても、黒と白の差くらいは分かっただろう?黒と白の違いくらい動物にだって分かるんだ。自分の意思で殺したんだろう?そうに決まってる。なぜなら、俺は人間だから。妬み、恨み。それを思いのままに出来れば、それを実行する事が常の理だ。俺は人間だから。


「ちッ……‥…がァァぁぁぁぁぁう!!」


そう俺は発声して、意識を覚醒させた。悪い夢を見ていたのだろう、俺の背中がびっしょりと汗で濡れている。息が荒い。きっと夢の所為だろう。何処だここは。知らない場所だった。何時から眠っていたのだろうかと、記憶を呼び覚まして確認を始める。


東軍との全面戦争。和音、激痛、混乱。つまりは俺が自爆しただけだった。ふぅ、と溜め息を漏らす。死んでいない事に感謝する。気になったのはこの設備だ。あまりにも充実しすぎている。仮にも今は戦争の真っ只中だ。そこから弾き出される結論としては、俺がただ自爆しただけだった。周囲を見回し、窓の外を見ると、そこには青い海が広がっていた。潮風の匂いが鼻をくすぐる。


今思い出したかのように失われた目が痛みを訴える。激痛に声が漏れる。ベコベコとしていて何も存在していない目は、俺自身の異常をよく示している。涙が出た。精神状態が思いの外脆くなっている。痛みに耐えられないなんて。


「ははっ、目ぇ醒めた?このクソ坊主が」


トン、と床を金属で叩くような音がする。隣に立っていたのは赤髪に八重歯の女。気にくわない元東軍の能力所持者だった。真希・E・ディグニティと、彼女はそう名乗っていた。能力は、時空速度の操作。加速は3倍まで。減速は1/3までの間であれば、対象の物質、生物、有機物無機物に関わらず操作出来る能力。体感速度では9杯の早さを彼女は再現出来る。そんな彼女を殺したのはこの俺だったはずだ。それなのに、何故、と思考がぐるぐると回る。


「質問は一つずつな。全部ノータイムで答えたる」


赤髪を揺らしながら彼女は答える。俺が殺したはず、という質問に意味はないだろう。現に生きているから、俺に目の前に立っていられるのだ。とりあえず、と目の痛みに耐えながら口を開く。


「ここは……?」


「東軍領有の保養所。元イタリア国のリゾート地を改造されて作られた場所」


「あのあと和音は……和音はどうなった!?」


「感情込めたらアカンで。傷が開いてまうやろ?うちが出来るんは3倍までやし。応急処置と事後処理しか出来へん。アーンドランは大泣きしたまま一日中部屋に篭もってたで。んで、気ぃ効かせたうちがこの保養所を紹介した、と」


「そうか……よかった」


「ま、理由は他にもあるんやけどな。アンタ自分の事はどーでもええねんな?うちは別にかまへんけど」


「っ、そうだ手前ェ傷はどうした?」


「ん」


そう短く返事をし、カンと金属音を鳴らす。音の出所は足だった。良く見ると、足の皮膚に違和感を感じる。どこかゴム質の様な……皮膚本来の光沢を感じない。この答えはおのずと理解出来た。俺は殺し損ねていたのか、と安堵すると同時に悔やんでいた。待て、何故悔やんだんだ。狂気は手から離れているはずなのに、今この手にない狂化プログラムが、何故今現在でも蝕んできているんだ。


ーー違うだろう?俺は自らの意思で狂った。そうだ、その狂気こそが。


「止まれ」


「待っ…‥ぁっ」


痛みが走る。視神経を抉る痛み、肉を裂く痛み、過去の痛みが幻視痛となって俺の感覚器官を襲う。


「ほな、クソ坊主。アンタに選択権を与えたる。生きるか、死ぬかの2択や。欲望と抑制。そのどっちもがあって人間や。アンタは抑制出来るんか?」


真希は髪の先をくるくると回しながら億劫そうに問いを投げかけた。何故か、と思いを巡らせる。問いの意味を考える。生きるか、死ぬかの2択。それの選択を迫られるということは、即ち今の状態が良くない事は理解できた。体には大きな問題はなかった。となると、この脆くなった精神状態だろうか。少しばかり衰弱しているものの、健康といって差し違えない。


夢で聞こえた声、頭に囁きかける声。弱い精神状態、そして、幻の痛み。内面の問題と判断しても構わないだろう。内面を抑制とは、どういうことだろうか。狂気に置かされたこの精神を押さえつけろというのだろうか。これが答えか。狂気を押さえつけることはまだいい。だが、もし仮に、その抑制が外れてしまったら。もしその抑制が負けて狂気に呑まれ、また彼女の様に人を傷つけてしまったら。


ーーー構わないだろう?自身と和音さえいれば問題ない。必要ない。それで事足りるだろう?


和音が感じていた恐怖とあこれのことか、と実感する。毎回毎回、同じ事をさせようと囁きかけ、精神が緩んだ時に限らず何時でも呼びかけてくる。内面に作られた獣の人格、欲望、思うことのみを第一とし、他を切り捨てる。余りにも自己中心的な異常。だが、それは自己であることから、捻じ伏せる事は容易だった。

『俺と和音だけが必要なのなら、俺は死ぬわけにはいかないからな』

それが返答だった。狂気を背負って生きる。平穏は捨てなければならないかもしれない。だが、俺は一緒にいたかった。和音を、一度でも心を動かされた人間を、この腕に抱いて見守っていたかった。


「俺は生きるぞクソアマ。勝手に死ねるか」


「あっそ。ほな、十時から水泳訓練やから。適当に水着に着替えて浜に出てきぃや」


「…………は?」


間の抜けたすっとんきょうな声しかでなかった。



次回予告


後悔なんてねぇと思ってたんだがなぁ


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