凡人の限界、狂気の限界
ここで折り返し地点。ただ、半分という意味でなく、半分を制圧したという意味であることは忘れないでほしいんだ☆
ただ、今年中には終わるから心配はしないで
声にノイズが混じっていた。和音の通信状態には一切の問題がない。問題があるのその相手、室咲の異常だった。何もしていない和音の元に年時の通信が入る。機体の製作者であり、繋ぐ事を本質とする彼にとって造作ないことだった。和音はその通信を切ろうかと一瞬示唆したが、室咲の状態からしてそのことについてだろうと適当に判断し、年時の通信を開始する。
「………壊してくれ」
嘆願の声だった。どこか涙声混じりに聞こえる年時の声は弱く、天才の面影はない。和音ははぁ、と息を吐き、返答する。
「承知。私も室咲と同じ事が出来るか?システムはどうなっている」
「もうアレは俺の作品でもなんでもない……システムが上書きされてる。だから、あれは危険なんだ。壊してくれ」
「私に出来ないのであればそれでいい。私は正すだけだ。誤りは正さねばならない」
たったそれだけで、和音は通信を強制的に切断し、飛ぶ室咲を見据える。鉛色一色に染まる体のうち、目に当たる部分のみが妖しく光っていた。ただ、その造型について和音は、悪魔の様だと評価を下した。初めの騎士の様な造型からはかけ離れてしまっていた。年時の、自身の作品を破壊してくれという嘆願には、どのような感情が込められていたのか、どの様な思考の元で決断したのか、彼自身にしか分からない。和音はその思考を放棄した。
和音はボイスコマンドを入力し、ふと思い出したアプリケーションを起動する。狙撃用アプリケーションと、年時はそう呼んでいた物だ。ある程度合わせればそのアプリケーションが自動的にそれを実行する。自動的に起動を修正する代物。
「狙撃用アプリケーション起動。右方レールガン射出。標的、室咲」
コマンドは実行される。一度照準を合わせたあと、室咲へと橙色の閃光が一線する。室咲は滞空したまま、その閃光を砂鉄で生成した鉄の壁で受け止めた。機体の行動の粗雑さから、操縦士の苛立ちが伺える。
「なァに馬鹿な事やって■ですかァ?俺は正義な■だよ。正義が落ちると■ったか!?」
室咲の怒号が機体内に響く。叫びながら、室咲は翼を動かして飛行する。高度は然程高くなかったが、出所がバレている事と、一定距離以上離れてしまっている事もあってか、室咲にレールガンが当たらない。躱し、受け、防いでいく。和音は淡々と引き金を引き続けたが、意味がない事を悟り、残弾を双方一発ずつのみ残し、射出を止めた。どの一撃の機体へのダメージにはならない。
地についていてはダメだ、と和音は心の中で分かっていた。だが、和音は飛行の術を知らない。どうするか、と思考を巡らせる。どうすれば飛べるか。黒が征するあの空へ、どうすれば自身が殺せるのか。飛行、という概念はどの様に作用するか。飛行でなくてもいい。所謂、長距離ジャンプでもいいのだ。ただ、
───何を言うか。貴様は飛べるぞ。正義は飛べる。正しき者は、正義足り得る。
和音の頭に声が響く。否、それは内からのと言う方が正しいか。内からの声を確かに和音は聞いた。その声には心当たりがある。自身の声の様に感じていた。思ったよりも高い自分の声。和音はそれを、信じる事にした。
自身が一番信じられなくても、自身しか信じるものがないのならば、自身が一番信じられる。
私は飛べる、飛べる、飛べるッ!そう強くイメージした。飛べると思い込んだ。イメージするには、材料が足りない。ただ、漠然と飛べると意識すれば飛べる訳ではなかった。何か元となるイメージを。何かの様に、とイメージする。室咲の様に砂鉄を操る事は論外だった。和音は砂鉄を使うという思考に至れない。自身は自身であると信じきっているからこそ、他者と違う行動が取れる。故に彼女は、他者の真似は出来ない。
仮初めにも飛翔した記憶を探る。加速装置によって、一定の早さ以上で、斜め上に加速する。確かに可能だ、と和音は判断する。だが、和音が求めているのは早さではない。必要な事は飛行ではない。室咲を追い越す必要はなかった。
舞い散る事、そう年時が言っていた事を思い出した。舞う、ゆっくりとひらひらと、空気抵抗を受けながら落ちていく事。この名前は、紅葉の葉と、桜の花びら。そうイメージする。
「そうか、舞い散るという事は、弱々しい事までも暗喩しているのか、年時?そこまで私が弱いと?………っふ。違いない。だが、今の私は強くなくてはならないのだ」
機体が動く。前屈みになる。背中から、何かを吐き出そうとしているかの様に、その紅い機体は苦しそうに、和音は、その意志を固める。飛べる。
「吐き出せ」
短く命令を下す。ボイスコマンドとして、それは確かに実行される。時間をかけて、散る四枚、二対のそれらは、背中に一対ずつ現れる。紅葉の上羽に、桜の下羽。形容するとすれば紅葉桜は、蝶とよべた。
室咲がそれに反応し、機体が呼応するのを肉眼で確認する。室咲には疑問しかなかった。変化を始める機体にではなく、その姿形に。気になったのは蝶の造型ではない。
何故、あの操縦士は狂わずして力を手に入れられるんだ。
怒りが込み上げていた。何故、どうして、と室咲の怒りは増大する。自分はあんなにも痛い思いをしたのに、あんなにも苦しい事をしたのに、あんなにも辛い事をしたのに、今も痛いのに、どうしてあの操縦士は痛みを感じずに同じ事を成せる?
「■前は………誰■?」
「私か?」
ノイズの混じった音声が響く。二対の羽は羽搏きを始める。その一度一度に、空気で押し上がるようなほどに微々たる推進力を得て、飛翔と呼ぶには程遠い滞空を開始した。ついていければいい。ただ、その高みに並べれば、それで正せる。誰、と問いを投げかけられた事に対しての返答を和音は示唆すると、その口を開く。そして、その言葉がコマンドとなって、機体が呼応した。
「私は正義だ」
ガシャコッ、という音と共に再度展開される加速装置。両手に一発ずつ籠められた銃を持ち滞空する和音は、双銃士と言えた。和音のボイスコマンドを入力する行為は、あってないような状態にあった。ただ、正義を実行するために、その都度最善を選択し、正義の立場から正しい方向へと修正する。それが、和音の正義だった。互いに歪な正義だが、その正義の在り方で上回ったのは、和音だった。
加速装置が起動し、推進力を得る。飛翔する室咲へと距離を確実に詰めていく。室咲は砂鉄の翼を羽ばたかせ、距離を一定に保とうと加速する。埒が開かない、と和音は引き金を引こうとしたが、残弾が二発だった事を考え、押し止まる。
「俺が正義なん■よ!邪魔す■ねぇ!!何処までも正し■んだよ!!!」
「私が正義だ。正しく正すから正義だ。今、貴様は誤っている。すなわち、私が正すべき悪は貴様だ」
「正しいんだっつってんだろォォォォォォォォォ!!!!」
室咲の機体が右手を空に掲げ、そこに砂鉄を集め始める。周囲に砂鉄はない。機体を覆っていた黒い砂鉄が右手に集約されていった。緑色の機体の色が浮き出た。機体の約2倍の長さまで鉄の棒が伸び、先端に弧を描くように刃が形成される。本来、彼の武器である鎌を模造した。砂鉄を固めた物であるが故に、その刀身が黒く光り、固まり切らなかった砂鉄が蠢き歪みを生み出していた。翼を操作し、和音へと刃を向ける。駆け抜けようとする。
「単純すぎる。よし。それでいい」
和音は加速を強め、双銃に力を籠めた。室咲の刃が迫る。和音はその刃に向かっていき、羽を調節しながらその速さを一切緩めない。
ーーーここ。
数センチ、刃が機体の首を刈り取る数瞬前、和音は上羽を大きく広げた。加速は緩めず、羽は空気を捕らえ、急激な空気のブレーキに機体が回転する。刃を受け流し、その機体が反転し、通り過ぎた室咲へと照準を合わせた。丁度翼の根元部分を狙って、引き金を同時に引く。
砂鉄の量は、装甲を守る物をすべて鎌に変換したために、防御面が薄くなっていた。あるのは、翼と鎌のみ。砂鉄で防がれようとも、その基盤は他の機体と変わらず、同じ鉄であり、その装甲を貫いた。結果を知っていたが故に和音は鎌へと変わる瞬間を待っていた。その一瞬で着弾を確認した所で、回転により視界が外れて、緩やかなGを和音は体に感じていた。
丁度、撃った軌道の先に、頭から地面に突っ込んだであろう機体の跡が残っていた。翼も鎌も失われ、元の緑色へと変色した鰐は、造型をそのままに、動力となる電力と共に操縦士の意識も失っていた。和音は加速装置を仕舞い、蝶のを羽ばたかせて滞空しながらゆっくりと降下を始める。
「愚かだ…………余りにも愚か過ぎる……」
そう和音は呟くと機体を停止させ、室咲の機体へと足を運んだ。自分たちのしていたことを、歩いていると感じる。
正す事の余りに、破壊に、余りに虚しい。している事は東軍と全く同じではないか、と自身を評価する。そもそも二分した世界戦争の発端は双方の食い違いから始まり、互いを正そうとした結果なのではないかとも予想出来る。和音の手にあるのは、一本のナイフのみ。こんな小さなもので変わるのに、誰一人そうしようとは思わなかった。内面で以上を抱えたとしても、結果は変わらない。
室咲の機体にたどり着き、操縦室の扉をこじ開けて中の室咲を引きずり出す。右目は潰れ、肉が露出し出血し、左耳が一切なく、ただ穴開いているのみだった。血に塗れていたが、彼はしっかりと呼吸をしている。なのに、異常者は嗤えなかった。血が生きていて、流れていて、痛々しいその芸術を見ても、和音には嗤えなかった。何故、どうして、と疑問だけが頭をぐるぐると巡る。嗤えない事に対してでなく、この惨状を生み出した事に対して、答えのない問いと投げ掛け続けた。
「私は………異常でないといけなかったのに」
声が上擦った。声がおかしいと和音が自覚したのは、そう発声してから数秒後の事だった。温かい液体が目から頬を伝う。和音はその異常を認識出来ない。それが異常が引き起こす異常として認識している為に、正常が起こす異常を認める事が出来なかった。異常でなければいけない、そう思っていた。狂うのは自分だけでいい。と、そう思っていた。正しているうちに、自身が歪んでいく事に、異常を感じられない。そう理解していたからこそ、異常を自覚しようとしていた。異常なんて、何処を探しても存在すらしなかったのに。
───私は一体、何がしたかったんだ。
「私、は………」
悔しさを感じていた。怒りを感じていた。哀れみを感じていた。何をしても、異常なんて手を伸ばしてもその一端しか掴めない。そんな小刀を振り回した所で、近しい者を傷つけるだけだった。それが、凡人の限界。小刀を振り回す事までしか出来ない、正常の限界。
「ひっぐ………あぐぁ……あぁ……………ああああああああああ!!!!!!」
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side out
次回予告
ウィー。仕事だよ。当番だろ?炭鉱で一日、頑張ってな




