きっと何者かには、なれたはず
駄目だ。止めてくれ。室咲、その方向性の狂気は己を壊していくものだから……!
声を絞り出そうとしたが、それは叶わなかった。声が掠れていて出ない。無理に声を出そうとすると、喉から出て行く吐息の音だけが聞こえる。身動きあ取れず、ただ狂っていく室咲を見守る事しか出来なかった。こんなにも見ているだけというのは辛いものなのか。
違うと叫びたいのに、もし仮に声が出せたとしても、室咲に届くことはないだろう。狂気は止まらない。そのものを知っている私だからこそ理解出来る。アレの起動は個人によって様々だが、終了は、狂気からの解放は一つだけ。強制的、もしくは狂気そのものがふっ、と消えるだけだ。そして、後者がもっとも恐ろしく、一番多発するケースだ。
室咲は感情を露にしながら狂い、壊し、殺していく。鎌を使って、美しい程にまっすぐで操縦室のみを切断していく。早い。軽く通常の5倍速くらいは出ているだろうか。スペックは変化していないはずなのに、年時が手を加えたであろうプログラムを使っているだけのはずなのに。
だが、効率が悪い事は確かだった。これでは残りの機体を破壊出来ない。鎌は見栄えが良く、よく採用される造型武器だが、引くことしか出来ない上に、大振りになりがちでスキが多い。それであって、私はナイフを採用しているのに。
「っと。そんな泣き顔ぶら下げてどォしたんだ?悲劇のヒロインが似合わねェ事は分かってんだろ?」
年時が荒々しい口調で私に話しかけてくる。修理は終わったらしく、手にスパナを持っていた。丁度私の左隣にいる所為で詳しい表情は伺えないが、今、目の前で動いている室咲の機体を見ている事は安易に理解出来た。狂化プログラムを作成した本人は、それに評を下すかの様に嘲笑う。私は年時に質問を投げかけようとしたが、声が潰れていて出来なかった。
「わァってたけど、やっぱ気絶が一番良いんだよな。そん時だけ錯覚させればいいし。ま、今回和音の声潰したのは俺だ。……正確には、そうプログラムを書いた。今後の生活に支障は出ねェから安心しろ」
これが安心出来るか!?今目の前で壊れていく室咲がいるのに、指を咥えて待っていろというのか!?
私は抗議の為に足を鳴らす。体が柱で固定されていて動きにくい。それでも私は発声の他の方法で音を出す。どうしかしてこの柱から抜け出さないといけない。
「これは証明だ。和音が狂っちゃいないこと。壊れきっていないこと。どんだけ重要に思われてるか、和音の行為を見ててどう思うかの証明。分かってるとは思うが、黙ってあの馬鹿を見てやってくれ。あいつが一番和音の事を思ってて、一番不器用だから」
言うことを聞きたくない。そんなこと、室咲に証明されなくても分かっている。つい最近の事だ。忘れようとした事だが、今はもう、そのことを忘れてはいない。私はその時殴られたんだ。私はその時奪ったんだ。私はその時逃げたんだ。弱い。強くなんかなかった。そう自覚した。室咲は私を求めたんだ。これ以上磨り減るなと室咲は言った。今、私は苦しい。室咲が間違っているのい、それに対して私はそれを正す事も出来ないだなんて。私は苦しかった。
「いいか。狂化プログラムは、元を辿れば作りは単純だ。ただ、操縦士の制御……要はリミッターを外す事に集約されている。リミッターを外す方法はいくらでもある。体に許容量異常のダメージを与えて、リミッターを外す。死に直面する様な状況だと脳に錯覚させ、リミッターを外す。そして、痛みによって脳を狂わせ、力の制御自体を狂わせて、リミッターを外す。痛みが限界点に達した時がその時だ。つまりは」
年時はそこで言葉を区切り、私を拘束から解いた。私と服の間に刺さっていた金属棒の拘束を、私の服を裂く事でそれを成す。背中しか拘束されていないのだから、考えれば容易い事だったに。
「俺の作品、ティアシリーズは元々彼処までの出力が出る」
何故、と疑問が生じる。年時がその技量を隠している理由は何か。勝手な予測がぐるぐると頭を回る。拘束から解かれた私は裂かれた服を脱ぎ捨て、下に着ていたアンダーシャツのみになる。私は年時を見た。年時の顔は真剣そのものだった。決意している目。始めて、私は年時のそのような顔を見たような気がする。
「おかしいとは思わなかったか?操作方法を教えられていないのに動かせる事が。マニュアルも訓練もナシで十分に殺し合いが出来るあの作品。ヒントはこの世界の異常。能力だ。一番初めの機体に俺が乗った理由でもある。その時は実装すらされてなかったからな。
今のティアシリーズに実装されているのは、脳波パターンから動きを認識して動くプログラムだ。能力の応用だよ。プラシーボ効果によって操縦する。操作していると思ってたタッチパネルも、操縦士が勝手に”ホップアップを許可した”と認識したから、そう反応を示す。そう思い込んだから、その通りに動く。ティアシリーズでは擬似的に能力が発動してるって事だ。このことは年日だって知らない。機械の構造把握能力じゃ、その機械のその時その瞬間に操作方法、用途、構造が理解出来る。あくまで表向きの。
この事を知ればスペックがガタ落ちする。人間ってのは、一度理解した事を忘れないんだよ。操作方法を忘れたところで、隅ではこう思ってるからこう動くという事を理解していれば、それは出来なくなる。
プラシーボ効果を利用して能力を強化する実験が、両親が専攻していた分野だ。効率に特化していた両親では、機体の理論、エネルギー消費効率に関しては驚くべき成果をあげていたが、それには至れなかった。機体面では驚いたよ。なんせ、機体理論は両親からパクったもので、基本構造がまったく一緒のはずなのに、レールガン機構を採用して、熱を動力源にしてんだから……
だが、俺は両親とは違った。俺は効率特化の両親と違って、別の事に特化していた。何かと何かを繋ぐ事。矛盾さえも、俺の理論では繋ぐ事が出来る。俺は接続に特化していたんだ。それだけをさとった。だから俺は接続を……繋ぐことを恐れた」
繋ぐことを恐れた、という言葉。その意味を予測する。プラシーボ効果による操作法は頷ける。科学的に知識では私には手が出せないが、それでもろくに説明書も読まずに操作出来た事に合点がいった。能力の応用なんかが出来たのは年時であったからだろう。故に私は年時の恐怖が何であったのかを思考する。
接続に特化していたと年時はいった。その為にある、年時の天才的な発想、才能がある。科学面、機械関係であれば、年時は強引に繋ぐ事が出来ると。だから、あの驚くほどの早さで機体を製作出来た。答えは、ならば。
年時は人と人とをも繋ぐ事が出来るというのか。
私は服の代わりとなる様な物を探す。近くには何もなかった。どうしようか、とひとまずナイフを脱いだ軍服から取り出す。右手にしっくりとくる私の愛用のナイフは、どういう訳か、鈍く刀身を輝かせた。そして、それの刀身に写る私の顔。理由は不明だ。私自身がその答えを持っていない。だが、事実だった。
私は、私は涙を流しながら嗤っている。不気味に口端を吊り上げ、双眸から涙を流す私は何処までも異常だった。今の年時の話に嗤う場所なんてあったか?何処に涙する場所があった?自身に問いかけるも、返答が出ない。
「繋ぐ事は出来ても、繋ぎ止める事は出来ない……その気になれば何度だって繋ぐ事は出来るかもしれない。だけど……それは、望む形じゃねェかもしれない。だから、怖い。恐い。俺はそれを自覚したくなかった。だから、狂科学者足りた」
年時は自身からそう話した。繋ぎ止める事。つまりは一度繋いだ事をもう一度つないで、その二つが崩壊したのだろうか。過去は推測出来ない。だが、私の異常はその事を思考するまでもなく、私を動かす。
「そうか。私には良く分かるぞ。怖いよ。自分のした事を認めたくないというのは、正気を保つ上で重要な事だな」
声が出た。しかも、まったくと言っていいほどに正常な声質だ。普段と違うのは、私の口調のみ。侵食されていた。
年時は繋ぐこと。ならば、私は一体何に特化しているのだろうか。本質とも置き換えられる、その本人が天性の物を持つ事。私は………狂うこと、だろうか。狂う事が、私の本質。だから、私は狂化の影響だった年時のプログラム……失声を抑えていたのかもしれない。
私は年時に歩み寄り、その目を覗いた。奴の目は紅眼だった。年日と同じく、薬品の影響によって脱色した染色体。故に彼は白かったはずだが、目だけは、瞳だけは紅かったはずだ。白目は例外だとして、その例外が否定されるとはどういうことだ。どうして、何故に年時は泣いているのだ。私には疑問しか浮かばなかった。
「……行けよ。操作のロジックは教えた。あのプログラムを使わずして室咲と渡り合えるかどうかは俺は保障しないぞ」
「違えた道は正す事が正当な答えだろう?私は何処までも正しい事をしてきたんだ。だから、私はこの道を選んだんだ」
「俺はもう無理なんだ……嫌なんだ!!お前らが殺して、壊して!何使って殺してきた!?機械だろ!?俺が……俺みたいなクズが作った武器で殺し合いしてんだろ!?もう……責任は取りたくない。もう俺は背負えない」
「好きにしろ。私はただ理解しただけだ。貴様の本質と、私の本質をは。だから、私は正すことをせねばならない」
理解には程遠かった。だが、間違いではない事を、私は理解していた。私の本質。私自身は、”正す事”に特化している。
年時は磨り減りすぎた。狂科学者足り得なくなった年時は本来、此処に立つ事すらも止めるべきだった。年時、貴様は……誰よりも人を思っていたのに、それを偽る為に狂おうとしていたのか。妹を守れればそれでいいと言う思考回路は、聖人のような物へと昇華していたのか。なんとも気にくわない奴だ。貴様が一番主人公らしいではないか。狂っている私よりも、貴様が世界を変えれば良かったのに。
「脳波パターンは一度記憶した人物でしか動かない。リセットしたら別だ。だけど、お前ら五人の専用機は、リセット機能がない。和音の脳波は記憶されているぞ」
年時がそうだけ言って、私のそばから立ち去っていく。数メートル程離れた場所で、何やらリモコンを取り出し、年時は呟きながらボタンを押した。
「お前も、紅葉桜を呼べる。その名前の本質は、舞い散る事。俺が繋いだのは舞うことと散ることだ。その点に関しては、紅葉桜は誰よりも成せる」
「ほぅ?」
と年時の頭上に、黒い機体。赤色と緑の見たことのない配色の機体。目立つし、気味が悪い。
「ガマズミ。花言葉は結合。それだけだ。呼べるぞ。勝手にしろ。俺はもう……立っている事も辛い」
「分かった。私が貴様の連鎖を止めてやろう。それが正義だ。私が、正義だ」
信じろ。念じろ。思い込め。年時にだって出来たんだ。思い込む事なんて私の得意分野あないか。出来るぞ。私が思い込めば、紅葉桜は来る。
「さぁ、答えろ紅葉桜。私を乗せろ。貴様の最大を叩き出してやろう。私の思いは強いぞ。室咲は、間違えすぎたんだ。私が正しい方向へと正さなくては」
違う。そうじゃない。紅葉桜が来るのではない。
私が呼べば、紅葉桜は来る。
「狂人は、安定こそ出来ない。だが、変化においては話が別だ。狂人は、変えることしか出来ないのだから」
変える。認識の位上きっと来るではなく、来る。断定する。思い込め。私が紅葉桜に乗る狂人。私が、私しか乗れないそれは、私の呼びかけに必ず答える。
空気の裂く音が、私の耳に届いた。小さな光る飛行物体を、目の前に確認する。小さな銃弾だった。ここまで小さければ、空気の抵抗で狙撃することも困難であろうに。
待て。
ーーーその銃弾が飛んでくる寸前に、銃声は聞こえたか?
火薬独特の破裂音は一切なかった。それが解答だ。故に、この銃弾は火薬使用の物ではなく、磁力等による火薬の他の方法で撃ち出された物だという事を示していた。能力で防ぐ事で出来ない例外。それを防ぐには、もう回避行動を取るには遅すぎる。
風を切る駆動音が頭に馴染む様に聞こえた。
「ふ、なんだ。何も難しくないではないか。元より、私の構造が少々ばかり可笑しい事が原因なのは承知しているが」
私の目の前い差し出される紅い装甲。大きさは優に5mを越える巨躯。風貌は何処か騎士を連想するような、そんな面立ち。軽い銃弾でが装甲を貫く事は出来ず、そこで銃弾は停止する。私の思い込みで飛んできた馬鹿な紅色の機体は悠々とそこに立っている。私は思い込む。『私は機体に乗る』
「年時。限界はいつまでだ」
「頼む……お願いだから……俺の作品で殺さないでくれよ……もう背負えないんだよ!俺には重すぎる!だから……だから!!」
「年時。質問に答えろ。私は一体どれだけの間動けるかと問うたのだ。貴様の事なぞ、ただの一科学者としか見ていない」
年時が目を見開く。紅く充血した目に、紅色の瞳。涙がいっぱいに溢れそうだった。そして、拳も固く握っている事を目で見て取れる。悔しいのか?今まで忠告してきたのに、それを無視された事に対する怒りか?これだから面白い。これだから人間の感情は愉しい。
私は機体に乗り込み、機体内に入り込んで操縦室の椅子に座る。多少ながらも、その造型が変化していることがわかった。今まで光っていたボタンの数々は消え失せ、代わりに座席の肘置きに小さなボタンを発見する。そこだけが異常に光り、存在を誇張していたが、私には必要ないだろうと思い、私は思い込みを始める。
イメージしろ。私の機体の動力源は電力などではない。私の思いでこの機体は動いている。
「余りにも残酷で、何もしない。ただ、そのに在るだけ。それなのに、この残酷の中ではこんなにも素晴らしい人物がわんさかいるではないか。世界の条理か?違う。ならば彼らは残酷でなければならない。均衡を保つ為か?違う。ならば彼らは狂うべきだ。
人間は、こんなにも予測不可能で、こんなにも面白いのだ。故に私は人間足り得ない。世界に抗う事なく狂い、残酷になってしまう様な弱い私は最早人間としても欠陥品だろうな。では、私に何が出来る?世界に生きる人間とsてではなく。私自身。和音・F・アーンドランとして何をするのが正解なんだ?私の導き出した正解を肯定してくれる人間はいるだろうか。虚ではなく、偽りでなく、是とする。
そんな完全正義が、私には必要だ」
私は座席に深く腰掛け、小さく起動、と呟いた。全面に、今機体の周囲360度が表示される。標的は、緑色が黒く染まった機体。
「3分だ。それ以上は何があっても認めない」
どこからか、機体内に年時の声が響く。外部アクセスをしているのだろう。製作者ならそれくらい出来ても当然か。もしくは、私と年時を無理矢理繋いだか。私は年時の通信を強制終了すると念じ、その通信を強制切断した。
私はこの行動の一つ一つに対して思った事があった。確かに強制力は増したが、それでも一つの思考によって一つしか行えないこの状態ではどうしても動きが大振りになってしまう。どうする。
狂う事は選択肢にいれてはならない。私にとって狂気は逃避することと同義だからだ。自身を守り、自身を害する者を殺すものだ。ならば、今の私は狂うべきではない。私は何処までも狂人でなくてはならない。だがそれは今もそうか?否。今は違う。正すことを目的とする今は。ならば、ならばならばならば、室咲を守ることが、今のすべき事だ。
「走れ。今はそれだけでいい」
私の下した決定は、思い込みを一つに絞り、それを応用して機体を操作するというもの。一つの思い込みに上書きをして、思い込みの数を減らす方法。私はボイスコマンドを選択する。これならば、思い込む事は一つだけでいい。『私の言った通りに動く』。そう思えばいい。
紅葉桜は応える。目標を指定しなかったのに、確実に室咲の方向へと加速し距離を詰めて行った。
次回予告
狂え狂え狂えェ!そォだよ速く!!俺をもっと狂わせやがれェェェ!!何処だ!?一体ェ何処にアレはあんだァ!?




