絶対正義
痛い。痛い。痛い。首が、胸が、腕が、手が、指が、胴が、足が。だが、それだけだった。
痛いだけ、体が痛むだけだった。その痛みの原因は狂気だった。体に受け入れたソレは粘りつくように体力を奪い、精神を削いでいく。脳が痛みを別のものと受け取ろうとして、自身の人格を狂わせようとする。俺は自身を殺して今まで他者を殺してきた。それとは違う方法。和音はこの狂気を使って殺人を行ってきた。根本的な問題でしかない。和音はその弱さ故に、狂気に頼る事を覚えて、それにしか殺人の方法を知らなかった。体感した今なら分かる。痛みを快楽と受け取った瞬間に殺人狂と化す恐怖。その行動全てに対して快いと感じ、それによって対象の他の人物ーーー他者を傷つけることを厭わなくなる感情、それによって成される事への恐怖感。そして、狂気から解放されるまでは、その恐怖感さえも快感として認識してしまう。
「はハっ………ははははははッ!俺を喰えるとでも思ったのか!?そんなやわじゃねぇよ俺は!!」
狂気を飼い馴らせ。俺の人格は弱くなんかない。そう自分に言い聞かせた。捨てた。ただ、脳の一部を狂気に染め上げただけ。ここにきて、俺の体質が眠れない事で良かったと思える。もしそうでなければ、本当に元に戻る事は出来なかったかもしれない。
だが、それは仮定でしかなかった。俺は眠れない。脳の一部だけで動ける。俺は狂気を脳の一部だけに留まらせ、区分化することで狂気を飼い続ける。例え侵食してきても、俺は、ただ、和音を、
『守りたいと、強く願った』
そうだよ。俺はこの世界の異常に頼った。可能性は極めて低い。今までにそんな兆しもなく、能力のロジックを知っていて、尚且つそれを異常として認識し、ありえないと思っているその能力を、このタイミングで、この瞬間で発現させなければならない。そのまま狂って、俺は敵を殺し尽くせば、それで今回は和音が殺人をする必要がなくなる。だが、それでは駄目だったんだ。俺は和音とは違う。和音はスイッチを切り替えて、ただ狂う。殺しを良しとする和音と、守りたいと願う和音。その切り替えの才能を俺は持ち合わせていない。だから、この瞬間で俺は異常に手を伸ばす。強く願う。狂気を操って、守りたいと。否。『俺は、室咲は、狂気を以て和音を守る事が出来る』
プラシーボ効果を現実で、他の物質に対して発動させる物が能力所持者の能力なのだとすれば、俺の思いは小さなものだった。世界を騙す必要はない。他はいらない。自分だけが狂気を使えればいい。俺の意思は強かった。
ーーー殺しがしたい。
「てめぇらの所為だ………ちげぇか!?てめぇらがこんな事初めなきゃ…誰も苦しむ必要はなかったんじゃねぇのか!?」
強すぎる欲求だった。それなのに、俺は否定する。俺は殺しを良しとしようとしていた。それを拒んだのは、小さな良心だった。殺しは罪だという精神。今の時代で磨り減り過ぎて、もう機能する事はないと思っていた殺人に対する罪の意識。だけど、その欲求に正当な理由を付けて、俺は殺しをしようとしていた。
「殺しなんてしたくなかった……したくなかったんだ!!だけど、てめぇらはそれを始めた。全てを奪った。住む場所の両親も友人も信頼も!!」
駄目だ。違う。こんなのは俺じゃない。確かに否定しているのは俺だ。だが、奪っただなんて思っていない。俺から全てを奪ったのは西側で、東は関係ない。根っこの部分が違う。俺に東に対する恨みなんてない。そんな感情を感じるほど、俺はまともじゃない。
あっ、でも、殺人が出来るなら、もうそんなことくらいどうだっていいや。
「だから殺す。一人残らず、てめぇらの罪はてめぇらで償え。俺は今、殺しがしたい」
鎌を構える。刃は内側にしか付いていない、三日月状の鎌の攻撃可能範囲は少ない。内にしか付いていないから、引くことでしか殺しの手段がない武器。だが、今の俺は殺しが愉しめた。笑いが込み上げてくる。ああして殺してやろう、こうして殺してやろうと、俺の思考は殺人に対する欲求を尽きさせる事をさせなかった。刈れ、狩れ、刈り取れ。こうも命は脆く、美しい。走れ、疾れ。走り抜けろ。こうも尽きる一瞬は瞬き、美しい。殺せ、滅せ。壊せ。こうも血肉は鮮やかで美しい。俺は傲慢で強欲だった。
「きゃはっ……殺す殺す殺す………!!てめぇら全員ぶっ殺してやらぁ!!」
地面を蹴る。狂気の赴くままに、鎌を振り上げる。止まらない。笑みを抑える事が出来ない。愉しい。嬉しい。殺めるという罪の意識が薄れていく。『俺は、狂気を以て和音を守る事が出来る』今の和音はもう戦闘すら困難な状態だ。俺がやらなくてどうする。狂い切るな。欲求で動くな。これは義務だ。守らなければならない。和音をこれ以上壊してはいけない。操る必要はなかった。ただ、狂気に一線を引くだけでいい。
「チェックメイトだクソ野朗共。無能力(ダメ人間)が殺しにきたぜ」
刈り取れる。操縦室の丁度ある部分に刃を当てて、引く。赤い液体が付着していた。黒い布着れや毛のようなものまで。ついさっきまで動いていたであろう操縦士の残骸。それを観て、気分の高揚を感じていた。俺は鎌を振って、血の汚れを払う。もっと早くだ。もっと、そうでないと、体力が持たないかもしれない。速く、相手が一手打つ時には二手打つくらいに速く。天使が散り散りになっている所為で、移動に無駄が生じる。それを速く、速く!!
「きゃはっ……もっとォ……もっとだ。もっと鳴け!啼け!愉しませろよ!償えよォォォォ!!」
ガシャコッ!!と背中の部品が変形するのが分かった。速くと望んだ結果、背中には黒ずんだ赤色の翼の様な物があった。先ほどの加速装置が狂気と血に染まっている。鎌を大きく振るには邪魔だったが、早さには代えられない。速さを求めたが故の結果だった。速さは力に直結する。速く動けば動くほどに、俺の力は増していく。起動し、数百メートル先の天使に狙いを定める。地面を蹴る必要がなくなった。それよりも疾く、加速装置が動く。慣性の法則は考慮されていない。俺の体にダイレクトな痛みを与えてくる。一瞬で天使との間合いを詰めて、鎌の刃を向けたまま走り抜けた。頭がぐわんぐわんと揺れる。脳が揺さぶられて意識が飛びそうな快感を受けたと錯覚する。
「まだ終わっちゃいねぇだろ!!なァに逝こうとしてんだァ!?え゛!?」
言い聞かせる。俺は気を失う事を許されない。終わらせるのは自分だ。ここでもし俺が止まれば、残りを和音が引き受ける事になる。それだけはダメだ。これ以上、和音を磨り減らせる訳にはいかない。構わずに加速装置を動かす。残りは400弱だろうか。他のC programによって狂気に染まった機体の加勢もあって、思いの外速く済みそうだ。だが、それでも一つずつ殺していてはキリがない。何より、鎌を振るう事さえが億劫になっていた。殺すことに刃物は必要ない。操縦士を殺せば、何も問題ないし、その操縦室の場所も分かっている。必要なものは、この両手と、強度だけ。和音に出来た事を、今の俺が出来ない訳がなかった。砂鉄を集めた。
「そォだ………これでいィ……これだけで、コイツらを殺せる………!!」
時速300km/時。一瞬で間合いを無くし、手を突き出す。正確に、かつ最小の動きで一人ずつ殺していく。声は聞こえない。ただ、停止したときに感じる物理法則に耐えながら、1.5秒に一機のペースで殺していく。それをしても、計算すればかなりの時間を要する。他の機体の速さにもよるだろうが、ギリギリの時間だった。ただ殺すだけの作業が、ここまで愉しいなんて思ってもみなかった。
「逆らうんじゃねぇよ。どーせてめぇらに俺は止めらんねぇ。理由?決まってんだろ。志が違ぇ。思いが違ぇ。本当に殺そうしているか、否かの違いだ。何の為にやってんだ?その理由はなんだ?いィか。理由は一つだけだ、俺はただ、てめぇらに壊されたたった一人の人間を救いたい。他はどうなったっていいんだよ!!
俺自身がちっぽけなモンだなんて思ってねぇ。ただ、救いだ。あんなに優しくて、自らも蔑ろにしてまで他人の為に働ける様なアイツが、どんな理由で壊れないといけねぇんだよ。どんな理由で死ななきゃいけねぇんだよ!!たしかに善人には程遠い性格だし、思考回路だし、発想だけどな、それでもアイツは目的を間違えた事なんかねぇ!!何人もの孤児を助けて、管理して、普通に性格させて……自分の事なんか完全に後回しなんだよ!!
俺は狂ってるんだよ・・・・・・アイツがいままで背負ってきたモン感じて、それに耐えられずにこォなってんだよ。こうしたのはてめぇらの責任なんだよ!!だから責任を取りやがれ。心を殺すってのは体を殺すよりも重ェっつゥ事を思い知れぇ!!」
だから、殺す。正当な理由なんかいらない。必要なのは、己を肯定する薄っぺらい理論だけで構わない。望んでこの戦争に兵士として参加していない?違ぇだろ。だったらその戦争が起こってるという現状を変えようとするだろ。俺らの辛さ、わかってるんだろ?穴の中での恐怖心は理解しているんだろ?それなのに、てめぇらは規律に従うことを優先して、何もしなかった。終わらせる気なんてサラサラなかったんじゃねぇか。何もわかっちゃいねぇ。だったら、そのふざけた人間ごとぶっ殺すのが筋ってもんだろ。
「俺は限りなく正しい」
そうだよ。俺は正論だけ振りまくって、それで全て解決するじゃないか。正しいんだ。俺は戦争を終わらせたかった。俺の夢は正義の味方になれる夢だった。だから、俺は正義でないといけなかった。正す気のない愚か者は、それこそ手遅れだ。
「俺の全てが正しくて、正義だ。後先のことなんて考える必要はない。ただ、その時正しい事を言えばいい。その正義を振るう対象は悪で、全てが悪で。悪は絶つ。だから、俺は幾度でも狂う。正論の為なら、アイツの為なら、どんな正論だって振りかざす」
走って、殺して。走って。殺して。走って。殺して。俺は正しい。正しく、狂う。俺に間違いなんてない。あるのは、正しき正義と正論だけ。周囲からの評価はどうでもいい。正義足る自分が正義だと言えばそれが正義だ。天使が疎らになってきた。圧倒的だった天使の数の利はほとんど意味を成さなくなっている。残りは、数える程しかなかった。
「1」
白。
「2」
白。
「3,4」
白、白。
「4,5,6」
白、白、白。
「7,8,9」
白、白、白。
「10」
青。
次回予告
そうか。私には貴様の感情が良く分かるぞ。怖いよ。自分のした事を認めたくないというのは、正気を保つ上で重要な事だな




