狂い、思い、伝い、
三人称進行です。この子の狂気は一人称だと暴走しがちという事もあってですけどね
まぁいいじゃあありませんか。救済措置だって用意してますけど、使うつもりは今のところありません。世界は残酷なんですよ。
黒い、粘ついた負の感情。和音はそれに溺れていた。和音の中に存在する、自責の人格と、狂気の人格。自責は自身を見失い、狂気がその体の主導権を握る。しかし、今狂気は絶頂の余韻に浸る事で頭が一杯だった。
「はぁ……あぁぁ……ふぃ………」
体に力が入らない。痛みと快楽を同一と感じてしまうようになってしまった和音は、その弱々しい力で操縦管を握った。
「殺しだァ……あははははっ!殺しだ殺しだ殺しだ!私は殺しが大好きだ!狂っているからな。私はこうも醜い!!」
目を見開き、前を見据える彼女は確かに狂っていた。彼女を支配するただ一つの感情は、『殺しがしたい』という事。彼女は手に握られたナイフを、柄を逆さに持ち変える。この手で、この力でこの前にいる天使を殺せる。そう想像するだけで、和音の表情は恍惚としたものへと変化していく。C programによって底上げされたおかしい程のスペックは、目の前の白い機体が対応出来るような物ではなかった。今、この殺していた人々は、村部手が自身の家族を奪い、そのくせ自分たちは良い生活をしていた。憎み、恨み、殺意。その三つが和音を狂気へと沈めていく。ピーッ、という音の後、和音のコックピット内が赤い光で包まれた。
『制御装置、第一リミッター解除』「はがぁ……ああああ!!ああああああ!!!!」
脳が焼き切れる程の痛みを、狂気は快感と受け取り、和音の体から力を抜けさせていく。狂いによる痛み。それは正規のプログラムではないが為の制御装置が搭載されていた。痛い。痛いと体が訴えているのに、和音はそれを快感と受け取る。止まることは出来なかった。外れた制御装置によって解放されたのは、黒い砂鉄を纏う力。和音の機体は、黒い砂鉄で覆われていく。黒い、禍々しい黒。それが蠢きながら体中を覆っていく。それが形成したものは、漆黒色の刀だった。黒く、ただ漆黒色の刀を右手に持った和音は、その刀を以て白い天使の元へと走る。もはや言語にする事もできなくなり、和音は狂気に身を任せた。そして対象となっていたセラフィムは……嗤っていた。白い天使の羽をもぎ取り、手で二本の刀へと形を変形させる。刀を和音にぶつけようとセラフィムは刀を振り上げる。和音はそれに応じ、一方の天使の刀に砂鉄の刀をぶつけた。蠢く砂鉄がセラフィムの刀の刀身を削り取っていく。
「面白い。貴様等はそれで私に勝てると思ったのか!?馬ァ鹿!だァれも私に勝てる訳なかろう!!」
嗤う。翼で形成された刀を奪われそうになっている今も不敵に嗤っていた。セラフィムの中の操縦室から高笑いがする。互いの操縦士が狂っていた。殺すことのみを考え、それしか考えず、ただ力に溺れる。両者の違いは、その狂気の質と量。故に和音は勝った。殺人狂はセラフィムのコックピットに砂鉄の刀を突き刺す。
パン、と突然ブレーカーが落ちたかのように両者は停止した。和音の感じていた快感が一気に消滅する。狂気が消えていく。何が起こったのかを確認するため、和音は扉を開いて現状を確認した。巨大な鎌が、ちょうどエンジン部分に刺さっている。そして、その持ち主。彼は。
「もう、和音は磨り減りすぎたんだ」
緑色の機体に、その大きさを優に越える大鎌。室咲の声がその機体から響く。狂気を知った為に痛みを知り、しかし狂気に完全に染まりきらなかった彼は未だ正気のまま和音の前に現れた。室咲は機体の器用に操作し、和音を機体に付いていた部品で地面に固定する。地面に金属棒を突き刺し、和音の服と背中の間に通す。
「和音、さ。今までこんなモンと向き合って、無理に殺して、狂って、磨り減って……気にすんな。残りは俺が殺す」
「っ!?……っ……っっっ!!」
声が出なかった。何も身体に異常は見られないのに、声を出すことが叶わない。何故、どうしてと思考がぐるぐると回る。自身に対する問題ではなく、その疑問は室咲に向いている。今の言い方だと、室咲は狂気を経験した事になるのではないか。
「(狂うのは……私だけで良かった……)」
和音はそうとしか思えない。自身の置かれている状況への思考を全て放棄してただ室咲の事を。苛立ちを覚えた。ただ、狂気を感じなくなっていた。殺人衝動に勝る室咲への感情。その感情を向けてきたのは室咲だったはずだ。そして、それを拒絶したのは、和音だった。偽ろうとしていた感情が戻ろうとする。精神を押しつぶそうと、その記憶は和音に重くのしかかった。苦しい。痛い。辛い。怖い。だが、それを和音は今になって受け入れたいと願った。
「(何がFだ。全然強くない。何が自責だ。全部あたしは逃げてた)」
そう自身を自虐した。
ーーーーーーそうだ。本当は、あたしは………!!
次回予告
てめぇらの所為だ。違ぇか!?てめぇらがこんな事始めなきゃ……誰も苦しむ必要はなかったんじゃねぇのか!?」




