決定事項と、私の求める物
「そんなん、当たり前の事やん。見ず知らずの他人を受け入れる時に、何を、どうしてどんな目的で……ここに来たのか。だとすれば、それを利用したい。そして、反乱分子であれば、それを処分する。そういうアンタの不安が慎重に変わって、なんとか今までの期間存続してきた。ええ頭やん、ま、1度心を許した人間にはとことん甘いっていうのが、扱いにくい所なんだろうけど」
図星だった。その所為で、綾火の能力のリスクを軽い物と受け取ってしまった。もう、味覚と嗅覚は戻らないだろう。真希の話から推測しただけだが。今の時点で、どこまで進行しているのかは不明だが、綾火の五感が削がれつつあることは変わりない。真希はそれを把握した上で 何を考えているのか。
既に綾火に能力暴走状態の使用を禁止した。食い止める事が出来れば、と思っている。なんといっても、今の現状では何も出来ない。満足な設備も医者もいない今では、手の出し様がない。私が情けなかった。私は俯いて
「真希は、嘘……吐かないか?」
こう問いを投げ掛ければ、答えはYesと決まっているじゃないか。嘘を吐かないかと問うて、吐くと答える人間はまともではないだろう。わかっていた。
だが、私にはこれしかなかった。偽りでも構わなかった。だけど、信じていいのかの確証が欲しかった。私は、本来であれば、このような高い立ち位置にいるのはおかしいような人間。私の能力は銃弾の無効化。厳密に言えば、火薬使用系統の武力の攻撃を無条件で無効化する能力だ。
ならば、少年兵の様な戦闘方法が一番向いている。死を厭わずに、敵兵に突撃し、確実に共倒れ以上で殺す。そして、私は共倒れとなるための被弾を一切しない。振り上げたナイフを確実に急所に降り下ろせばいい。弾薬を使わないのだから、何度でも出来る。人間としては欠陥品だ 。
真希はうーんと考えて、
「吐く時は吐くし、吐かへん時は吐かへんかな。うちそんなに嘘吐かへんけど。絶対ってのが無いんが人生とちゃうん?やからおもろいねん。絶対勝つとかありえへん。やけど、絶対負けるとかもあらへん。だからうちは勝負事が大好きや。殺しは好かんけどな」
「殺しが好かないにが事実であれば、貴様は私が嫌いか?快楽殺人鬼なんて………理解されない事は解っているが」
「そんな弱々しい声で言わんとってぇな。それでもうちをくるめた人間なん?はぁ……殺しが好かんっていうんは、殺したら再戦出来へんやん?天国で、死後の世界で戦えるとか言う確証はないわけやし。それに、アーンドランが殺してるんて、再戦したい様な良い人か?ヒトやなく、人か?第一、もう東にはうちしかおらへんかったし。当たり前やろ?再戦したいと思った人だけを助けるんや。これをモットーにしとったらその性格も変わると思うで?」
「私に戦闘狂になれと言うのか?」
「ちゃうちゃう。ただ、人が好きになればええんやって。狂気がどっから来てるかうちは解らへん。やけどな、殺人っていうのは、壊れてるから出来るんや。んで、壊れた心を治せるんは人だけ。考えてみ?アーンドランがここを立ち上げる前と後、どっちがよーけ殺してる?」
考えてみよう。私に関わった大柄な兵士、食料調達の時に殺した兵士、強姦しようとした兵士。それぞれ三人ずつくらいか?立ち上げてからは、倉庫の兵士、襲撃の操縦士、……あ、いや、これだけか。前後同期間だけでも差は明らかだ。ティアに乗っていて巻き込んだ兵士の数は不明だが、自分から殺したのはその程度だ。
「前だな。なんせあの頃は必要に迫られていたからな。こことは比べ物にならぬ」
「ちゃうちゃう。年時くんや室咲。年日も綾火もおったからとちゃうか?それとも安全が保証されているから?安全とは言えへんなぁ、ここ。そんなに大きい場所とちゃうし。明確なリーダーが同じ穴の貉だと知ったら、直ぐに反乱始めるかもしれへんで?一番殺されやすいたち位置におるんは解ってるやろ?それやのに、他の四人には丸腰や。能力も全部把握してるし」
「私は奴等を信用しているからな」
「アーンドランは信用なんかで命守れると思うてんの?」
少しだけ、ほんの少しだけ真希の口調に力が込められた。表情は変化しなかったが、明らかな動揺と、感情を圧し殺した様な印象を受ける。しかし、私にも言うべき事はあった。
一週間程でしか感じられなかったこの感情は、長年の思いには無力かもしれない。疑えないのが私だが、彼等が言った事は全て信じる。それが、彼等の信用足り得るのならば、この身を削ってでもそれを実行するのだ。
私は、短い間だけでも、この感情を感じられて良かったと、心から思っている。
「信用なんかで命が守れるか、だったな。真希が今まで持っていた信用は、偽りだ。どこか疑いの残った物で、それは信用足り得ない。信用は、本当に疑わない。疑えないのが私だが、一度信用した相手は何があっても疑わない。勿論、思案する事はある。だが、彼等が言った事は全て信じる。どう考えても嘘だろうが、戯言だろうが、何だろうと!私は馬鹿で快楽殺人鬼でどうしようもない屑だが、彼等の言った事は全て信じる。それが、彼等の信用になるから、この身を削ってでもそれを実行するのだ」
「えらいよおけ喋んな……そっか。ほな、アーンドランには話しても良さげやな」
そう言うと、真希は髪をキュッと縛り、ポニーテールにする。その際に前髪も巻き込んだ為、濁った隻眼が露になる。黒い片目は正常なのに対し、その濁りには光すら灯っていない。そして気付くべき点がもう一つ。
よく見ると、顔、首のあらゆる所に幾本もの古傷があった。余程深かったのだろうかもっこりとその存在を確かな物にしていた。真っ直ぐ一直線に切られたそれらは、刃物で切られた事を表していた。真希はその中でも一際大きい切り傷を指指した。
「これが、一人目」
何が一人目なのだろうか。その疑問を浮かべたが、それに対しての解答を導き出す前に別の傷へと指が動いていく。
「これが、二人目」
それからは淡々とこれは何人目だ、これは何人目だと良い続けた。古傷は合わせて百八つ。
「これで全部。うちの二つ名、ゆーたやんな?デウス・エクス・マキナ。これが理由や。機械仕掛けの神の様に情無しで内部の人間を殺す。数は百八。内部の反乱分子を暗殺するんが目的やったんやけど、そのうちにうちは全員ぶっ殺してた。わかる?要するに、今の東は外の殻で誤魔化してるだけの集団って事。あんた等を探しとった。一週間前の倉庫占拠であんだけ数出しといて負けてきたからな。コイツらやったら西を潰せると思てん」
「殺しは好かないのではなかったのか?」
「うちが殺しとったんは屑ばっかりや。自分の事しか考えへん。大した能力もない癖に態度だけでかいようなな。部下を道具とも思ってない。そんなんばっかり」
真希は内部からの破壊によって、終末を望んだ。もしかすれば、その破壊は自身の敗北という形で終末を迎えたかもしれない。だが、それを真希は良しとした。終わればいい、と。だから私たちを頼った。対決には、戦力が必要だから。こう聞いていると、私たちが利用されているようにそか聞こえないが、それでも構わなかった。
「誰も動かんかったら、終わらへんねん。やから、うちは感情を殺せる、初めてはうちが奇襲された。それからや。殺しは悪じゃない。後で悪人と言われようが、うちはかまへんねん。狂ってるよ。百八もよぉ殺せたと自分でも思う。でも、これしか手段がないんやったら。うちが狂うだけで終わるんやったら」
ここで真希は言葉を区切り、髪をほどいた。前髪で隻眼が隠れ、パッと見ればどこにも異常がない女にも見えない事はない。
「うちは、自分の事なんてどーでもいい」
私は確信した。真希は私と同じ……いや、それには誤りがある。過去の私とソックリだった。自分が狂うだけで済むなら、その後の自分はどうでもいい。それを改める気は更々ないが、私にはするべき事があった。むしろ、義務にも近い。だが、明らかな相違点が1つだけある。
私は狂える。理由は、自身の娯楽の為。だから、私は狂わぬ間は通常……普通でいられた。
だが、真希は違う。彼女の狂うベクトルは、私とは違う物となっていた。真希は狂うのではない。ただ、人としての心を壊し、殺しているだけにすぎない。
これで真希が狂えば、私の今までが崩れる。私が、私だけが狂うべきだったのに、彼女まで狂ってしまえば、私の今まではどうなるというのだ。
自壊することと狂う事は同義ではない。それは私が一番理解している。狂うとは、己が本能のままに動く事。壊れるとは、心を殺し、正しい判断、つまりは良心を殺し、自身の信じた事のみを実行する。
ここままでは駄目だ。真希が壊れれば、今までの生活はおろか、可能性としては、綾火すらも悲しむ結果となりうる。真希は、終結後の事を一切考えていない。
いいのか?それで本当にいいのか?後悔していないか?壊れた自分を整った世界が受け入れるか?壊れた自分は、整った世界を受け入れられるか?
「そうでも言い訳……なかろう……」
形だけの否定だった。私だって狂っている人間の1人だ。彼女を改めさせられるような真っ当な人間ではなお。そこから真希と言い争いになった所で、私の言葉は彼女には届かないだろう。
手がぬめぬめしていた。何だろうと自分の手を見ると、血に濡れていた。掌に食い込みすぎた爪が真っ赤に染まり、赤黒く変色していた。床には私の血で血溜が出来ている。
……私は…悔しかったのか?
悔しい。どの様に悔しいのかと問われても、悔しいから悔しいのだとしか言えない。こんな感情は初めてだった。私はしたくない事には抵抗するし、結果は甘んじて受け入れていた。しかし、今はそれを受け入れられないのだろうか。
「どうでも言い訳、なかろう!!」
そう。どうでも言い訳がなかった。何故、このような感情は芽生えたのか、私では理解出来なかった。しかし、今私の心が悔しいと感じている。同じ道を辿ろうとしている、同じ結果が見えている彼女を止めたいと、私は強く願っている。
狂人は、もう、誰1人と必要ない。
「どうでもいいなど、自分を卑下するでない」
そうだ。私は、自分を卑下したから、殴られた。
「いいか、自分はどうでもよくなんかない。貴様は唯1人しかおらぬではないか」
自分は自分だけが欲している訳ではない。人間は、コミュニケーションによって繋がっている。故に、コミュニティに参加している以上、消えるという選択肢は皆を苦しめる鎖となりうる。
「綾火はどうなる?貴様の妹分である綾火は貴様が消えたあと、どうするつもりだ」
既に、自身という個人は個人でなくなった。
「悲しむぞ。私も悲しむ。年時も年日も室咲も、ここの人員皆がっ!」
狂うのではない。壊れるのではない。
「たった1人を亡くしただけで、皆が涙する!」
だから
「だから」
「世界そのものを変化させるしかあるまい」世界そのものを変化させるしかあるまい。
私もこの戦争な長すぎた、と理解している。真希の持論には賛成する他ない。それに真希のしてきた行為には、今、東軍には主力となる人員、リーダー格の人物の存在がない事を示している。たった今、この情報によって決断した。東軍は、青年兵で固められた集団でしかない。
機会は、今しかなかろう。
「真希、1つだけ約束しろ。その傷を今後一切増やすな。これは命令と受け取って貰っても構わない。殺す事は悪ではなおが罪だ。罪をこれ以上増やすな。私たちは、この戦いを終結へと導ける、唯一の集団であることを忘れるでない」
そうだ。私たちがやらなくて誰がやる。私がせねば、誰が私の代わりをするというんだ。
「狂うのは、私だけでいい」
次回予告
「マイクテストーテストー……んじゃァ、聞こえたら返事頼むわ。揃い次第、上位個体を始動する」
ー機体を作る少年、年時




