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綾火の怒りは

五人のうち唯一の狂人だった和音には何故に年時が狂ったのかを理解した。


それはもちろん、和音のせいだ。


狂気は伝染する。しかし、和音は罪悪感を感じなかった。むしろ感じていたのは、確かな満足感。


他人のために狂った自分の狂気が、他人を狂わせて同じ目的とする。かつてない悦びを和音は感じていた。


「この戦争が終わった後の人生はほぼないと言っても間違いねェが、そんでも構わねェっつゥ事だよなァ?」


年時の口調は年日の能力使用状態に酷似していた。


言動、精神状態、思考、表情までもが、年日と同じだった。能力による性格の豹変、と言っても過言ではないが、年時は能力を所持していない。


まったくの原因不明だ。それでも言えることはただひとつ。狂人が増えたということだ。


「勿論、肯定しておこう。私はこの世界を終わらせる為に命を差し出せと言われてもそれをいとわない。寧ろ、私のような小さなもので満足するのなら、この身など、どうでもいい。くれてやろうではないか」


プルプルと綾火は体を震わせていた。怒りによって、勝手に体が震える。目は真っ赤に染まっていた。


綾火は我慢出来なかった。


和音に向かって歩きだし、手を振りかぶった。


パァン、という軽い肌と肌がぶつかった破裂音が部屋中に響く。その音に遅れて和音は左の頬にヒリヒリと痛みを感じた。紅葉型に跡がくっきりと付いていた。


「何をする綾火」


綾火の表情は歪んでいた。対する和音は無表情で綾火を見つめる。


綾火の頬を涙が一筋つたう。


綾火は温厚で優しい少女だった。その綾火がこのような行動をとったことに和音は驚きを覚えていた。


和音は低い、ドスの効いた声で問う。時に怒りの表情よりも無表情のほうが恐ろしいことがある。今がまさにその時だろう。


頬を打たれた和音は痛がる素振りをまったく見せず、無表情で綾火に迫った。


しかし、綾火は動じない。じっと和音を見据えてプルプルと震えるだけだ。


「何をする綾火、と問うたのだ。黙っていてはわからないぞ」


和音は無表情で言う。答えを聞くこと自体が億劫であるかのようだった。


「………もう、いいです和音さん」


綾火はボソっと呟いた。


「何がだ。答えよ。手早くだ」


「自分で考えて下さいこの馬鹿ぁ!」


ドン、と綾火は手で和音を突飛ばし外へと出ていった。不意に綾火がいた所を見ると、その下には幾粒もの涙が落ちていた。


和音は綾火を気に止めずに周囲を見回した。年時がこちらに来ようとしていたのを見て和音は大丈夫だ、とだけ声をかけてジンジンと痛みを主張してきた頬を軽く触る。赤く腫れた頬は温度を上昇させていた。


和音は懐からアーミーナイフを取りだし反射させ、鏡のようにして頬を写し出した。形はくっきりと残っている。


「まったく……私の顔が台無しではないか……」


髪をファサッとかきあげ、年時にアイコンタクトをする。


年時はただケケケっと笑う。本当の悪魔は白なのかもしれない。と心で思った和音は一先ずナイフを戻して室咲を見つめた。


室咲の表情は酷く歪んでいた。先程の綾火の茶菓子を食べていた時の明るい彼を見た和音はそんな顔も出来るではないか、と内心喜んでいたが、今の表情は何時もの眉間に皺を寄せているときの表情よりも更にひどかった。


その表情のままズンズンと年時に迫り、年時の胸ぐらを掴んだ。長身の室咲が年時を持ち上げたせいで年時の足が地面から離れる。じたばたと暴れる素振りをまったく見せなかったが、不満に思っていることは間違いない。


「年時、アレは正気なのか?あんなもん作って一体何になるっつーんだよ?機械に知識を持ってる身としてはいただけないことなんだけど」


「正気じゃァあんなもん出来ねェよ。どっちかっつゥと狂気だなァ。俺も枷ェ外れちまったみてェだ」


「その枷、俺がはめなおさないと治んねぇか?一体何回殴ればいい?」


「さァ?俺は知らねェ。狂った所から戻る気なんてさらさらねェしなァ。室咲は狂わないのかァ?狂ったほうが人生楽できんぞ?俺としちゃ、ただ戦争のためだけに作る化学兵器が楽しいのなんのって………それで、どうなんだ和音ェ?こんなデタラメしかねェふざけた悪魔に魂売ってまで殺してェ相手がいんのかァ?」


年時は室咲に持ち上げられたまま和音に質問した。年時は綾火の行動も理解している。


ただ一方的に宣言された嫁という肩書きは一方的ではなく、綾火からも好意を向けるようになっていた。


故に和音の発言に対して怒った。


私のような小さなもので満足するのなら、この身など、どうでもいい。和音の放った言葉だ。


どうでもいい。この一言が綾火を苦しめた。


「……………………………っ」


そして綾火の言い分には和音は気付かなかったが、自身が悪いことは分かった。しかし、反省どころか、罪悪感すら感じない。ただ一方的な好意は少なからず返ってきていた。


和音にとって好意が、大きな誤りだった。


数目は自分自身で矛盾を作っていた。優しすぎる心は壊れやすい。他人を思う心は歪みやすい。そのために幾多の交際を断ってきたのではなかったか。


しかし、和音は綾火に好意を抱いていた。故に歪む。愛ほど醜い醜悪なものはないというのに。


そして、綾火は決別を試みる。綾火への愛を捨てる。


和音は狂人たれ、と心に言い聞かせた。


「製作作業に入れ年時。それが完成しだい、東本部へと侵攻を開始する。貴様がやればやるほど無意味な死者は減るだろうな」


「カカカっ、一週間だ。流石にこの作業は緻密だかんなァ。この狂科学者に任せな」


チッ、と室咲は舌打ちをして年時を雑に突き飛ばした。尻餅をついた年時はパンパンと埃を叩いてキーボードを持って部屋から出ていった。


年日もそれについていく。兄が心配なのだ。


室咲は和音の手首を強引に掴んで、連れだそうと試みる。和音は抵抗したが、青年と少女の力の差は明らかだった。

次回予告


「む、む、室咲……こんなとこに私を連れてきていったいなにをひゃい!」


ーー狂った少女、和音

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