狂気伝染、
タイトル回収キマシタワー
外見ではわからないが、綾火は和音に誉められて嬉しかった。
その後の年日の乱入には一瞬だけ殺意を覚えたが、綾火は理性で押さえ込む。
もしそんなことをすれば和音に嫌われるかもしれない。何を言われるか分からない。
たったそれだけの思いで殺意を押さえられる綾火は子供なのか、大人なのか。
少年少女の集まりのはずなのだが。
「ところで年時。確か私専用機を作って欲しいのだ。何か案がないか?」
「案がない……って言ったら嘘になるかな。あ、今の和音の真似ね。結構似てたっしょ?後、和音さん。ぜーたくいっちゃーいけません!確かに個人用機体は作ってるけど、本当は反対なんだよ。なんといっても勢力内での優遇は不満を抱えちまうし、戦闘時に目立っちまう」
「目立っても構わないさ。元々私は纏めて殺すのは嫌いではない」
「じゃあ、十機まとめて相手できる?大した訓練なんて出来ないこの状況で練習ナシの一発勝負で死なない覚悟があるの?」
ちょっと兄ちゃん。と年日が年時をとめたが、年時は妹の頭にポン、と手を乗せてそれをさせなかった。左人差し指を妹の口にそっと当ててウインクした。
気持ち悪い。
年時は妹から手を離してパソコンのキーボードを取り出してカタカタと規則的に音を出しながらテキストを起動させた。
「どうしてもって言うんなら説明すっけど、俺は止めたぜ?」
年時の持っているキーボードの先には小さな画面が。
ミニチュア化された年日のマスコットだろう。マスコットはペタンと地面に座った状態で表示されていた。
その下にはPlease Enterの文字。
「聞かせろ年時。危険性など考慮していては短期決着なぞ期待できん。私は狂人だ。悲鳴を楽しめる狂人。悲鳴のためならこの命すらいとわない」
文字で揺らぐほど、和音は脆くない。彼女は自らに課した名の元にある。
狂い、楽しむのだから、狂った人間に殺されても自身のせいである。
自責。
そのために強さを求める
F。
悲鳴を奏でる奏者。音を束ねる。
和音とする。
そう言う意味の元で彼女は名を課した。
自分のような狂人を作るくらいならば、その元になっているこの無意味な抗争を終結させる。
そして、既に狂ってしまった自身はこのまま壊れ続けてしぶとく生き延びて、用がすめばそこで息絶える。
使い捨ての物品のように自身を扱う、自己犠牲の思考だった。
「…………その言葉を待ってたぜ和音」
タァン、と軽いキーを叩く音が部屋に響いた。年日のマスコットは立ち上がって下を俯き(うつむき)、ニタァと笑う。
それと同調しているかのように年時も笑った。
カタカタとキーボードを叩きながら年時は補足しながらテキストを開いた。
表示されたのは機体のモデル図だった。正面、横面、背面から投影された三枚の図。
点と線だけで描かれたソレの横には何やらパラメーターが表示されていた。
「コイツが次のモデル。涙なんてちゃちなもんじゃねぇ。これそのものが悪魔だからな。魂を売って、魂を狩る。傑作だよ」
パラメーターが異常だった。造形も異常だった。それこそ、ゲームの中でチートを使ったように異常だった。
ただひたすらに赤い。
パラメーターが全て最高値を表す赤色だった。
どのことに対しても最高のパフォーマンスが可能だ。
しかし、全てが赤かった。勿論それには悪い意味での赤色も存在している。
例えば安全面。危険度最高の赤色。
例えば効率。消費が激しい、最高の赤色。
それを見てなお、和音は溜め息をついた
。そして、いつもの口調で冗談を笑うように言う。
「年時。貴様の腕は私も重々承知しているが……いい加減その趣味をやめたほうがいいぞ」
「言っとくけど、パラメーターはガチだぜ?」
表情を一切変えず、口端を吊り上げてニタァと笑いながらカタカタとキーボードを鳴らし、年時はEnterキーを押した。
ブォン、という音の後、さらに新たなパラメーターが表示される。
これだけが青色をしていた。赤色の中でただ一つのみの青は違和感よりも異常を知らせていた。
そして、その下に現れる文字。たった四文字。
LIFE。
「これはなんだ年時………?機体の残り体力か?」
年時はただニタァと笑うだけだ。タァン、とEnterキーを叩く。表示されていた機体パラメーターは消失し、次も図に移った。
人体模型。
異常だ。とにかく異常だ。と、和音は内心思う。
第一に機体を人体、LIFEの関係性が見出だせない。
第二に年時が質問に答えずにこの図に変更した点。
その無言は肯定するものなのか。それとも否定か。
ひっ、と少女の声。その出所は綾火だ。機体と人体図とLIFEの文字。そして年時言った台詞でその関係に気付いたのは綾火だけだ。
サァーっ血の気が失せていく。もじもじして顔を赤らめるような綾火はそこにいなかった。
ただ、驚きと絶望に染まった。そんな顔。
年時はカカッと笑い、口を開く。
「綾火、気付いちゃった?そそ。そういうこと。あのLIFEは文字通り人生を表してる。そこまでしないとこのスペックは叩き出せないわな。簡単に言うと、操縦士の命削って規格外の
スペック出しちゃおうぜっつーもんなんだけど、一年削って一分。この狂った世界には狂ったブツが必要だろ?」
年時はタン、とキーボードを軽く叩いて、
「んで、こんときの弊害なんだが、まだ試したことないからよくわかんないけど、脳への障害、言語能力の低下、老化、臓器の損傷、吐血………考えてればキリがない。ただわかってんのはいっぺん削った命は二度と取り戻せねぇ。一時間で廃人確定。勿論、一気に使った場合な」
さて、と年時はディスプレイを切って立ち上がる。
「操縦士様は誰が務めてくれるんだァ?」
あまりにも、酷似していた。年時は、年日に、姿、形すら。そして、
能力使用状態の口調さえも。
狂っている。年時は、狂っている。狂人。
しかし、和音とは狂気のベクトルが異なっている。
和音は自己犠牲で危害を加える人物を殺し、罪無き人物を救おうとしている。
その為に狂っていった。
年時は、自己の長所。機械を使って間接的に人を無差別に殺す。
故に自身の手を汚さない。それであって、使用者の安全性など二の次で殺人兵器をつくる。
年時は、楽しんでいた。
和音はふっ、と笑って髪をかきあげる。口端をにっとあげて狂気に身を委ねようと試みる。
「良い狂気だ年時。貴様の言い分には私も賛同するとことがある。狂った世界には狂ったブツが必要。そして、この狂ったブツを動かせるのは私のような狂人だけ、ということだろう?良かろう。私が操縦士だ」
和音は年時に近づいて右手を差し出した。
「私は和音・F・アーンドラン。狂った世界の狂った住人。狂った世界にある狂った現象、無銃力空間を所持する狂いに狂った快楽殺人鬼。この狂人が狂犬を従えて狂気をここで断つ。私が操縦士だ。さしずめ、【銃の効かない操縦士】とでも言うのだろうな」
狂人(和音)は狂人(年時)と目を合わせてふっ、と笑い、狂気は伝染するとはよく言ったものだ、と自嘲した。
次回予告
ー座れ和音。動くんじゃねぇぞ
ーー室咲・M・ウェイパー