ある一日、こんなことがあった
高校に入学して色々あってバタバタ……
ずいぶん日が空いちゃったなぁ
「好きです!付き合って下さい!」
またか、と和音は心の中で呟いた。第三勢力のこれを発足して早十日。日に日にこうした出来事が増えてきている。
和音は困っていた。
何故にこうしたことが起きているか原因ははっきりしている。
「すまない。私は貴女の期待にそぐえそうにないのだ。それに、私が貴女を受け入れてしまうと悲しむ人間もいるのだ」
貴女、と言ったのは正しい。相手が女なのが、和音をさらに困らせていた。
男ならば、対応は簡単だ。ただ刃物で脅してしまえばいい。しかし、和音は女性にそのようなことはできない。
「そうですよね………私なんかが和音さんとなん……釣り合わないですよね」
と、少女は肩を落とす。和音はアワアワと手を振って少女の肩を抱いた。
「そう言うわけではないのだ。私はこうして皆を愛している。しかし、私には既に思い人がいるのだ。忘れないでくれ。私は貴女を嫌ったりなぞしない」
和音は耳元でそう呟いた。
ズルズルと引きずるのはよくない。それに普通に男と結婚して幸せな家庭を築いていればいいのだ。
私とは深く関わらない方がいい、と和音は心に言い聞かせた。
タッタッタッと少女は走って和音から離れていく。
涙を流していたことはわかったが、その原因である和音はバンダナを首に巻き直してハァ、と息をついた。
そのまま司令室へと足を運ぶ。
ウィン、と自動ドアが開いた。和音は中に既にいた四人の顔を確認した。
黒髪で一見日本人形のような印象を受ける少女。和音が嫁宣言をしている彼女は綾火。
他の三人よりも頭一つ抜き出た長身で常に眉間にシワを寄せて厳つい顔をしている青年、室咲。
白髪紅眼の兄妹、通称、年ブラザーズ。年時と年日。
和音が一層信頼しているメンバーだ。
「ただいま」
習慣のように和音は小さく呟いた。
おかえりなさいと返したのは彼女に嫁にされた綾火だけだった。
室咲は、「ん」とだけ言い、年ブラザースに至っては完全に無視。兄妹そろって何やら設計図を描いていた。
室咲は銃を分解して中を掃除している。
「おかえりなさい和音さん。その……なにかありました?」
こういう時は鋭いなと和音はいつも思う。もしかすると本当に嫁に向いている性格なのかもしれない。
綾火は義姉の形見である赤い着物を着ていた。
赤い着物は綾火のサラサラの黒髪にとても映えていて一層美しさを醸し出している。
人見知りをする彼女が自ら目立つ服装をするということは珍しいことだった。
「あ、いや。別に大したことではないのだが……その……いつものアレだ」
「ったく……また告られてきたのかぁ?んで、返事は?」
ドライバーをコネコネと弄りながら室咲は和音に問う。
相変わらずの声の低さで話すものだから彼をよく知らない人物が聞いたら怒っているように聞こえるかもしれないが、彼はまったくそのつもりではない。
むしろ心配しているのだ。勿論ここにいる全員が室咲がどのような人物なのか知っている。
「勿論断ってきた。私は綾火を嫁にすると決めているのだ。そう易々と身体を許す訳なかろう」
「あらまー可哀想に。どうせなら男にモテれば良かったのにな」
「私は男を余り好いていないのだ。貴様も知っているだろうが。私はあのような人種とは関わりたくない」
「カカカ。同性にモテるってのはどんな気分なんだ?俺ゃぁ男に言い寄られるなんてマジ勘弁な」
「それは私に対する愚弄だと受け取った方がいいのか?」
と、和音は毒づきながら言葉を発した。和音は穴の中にいた時の男を知っている。
年頃の女を穴の中で見つけては外へ連れだし、性欲の捌け口とするための道具にする男たちだ。
そのせいで和音自身には及ばなかったものの、数多の少女達が汚されて穴の中に戻ってくる。眼の光が失われている者もいた。
絶望に染まりきった眼。その内何人かは子どもを孕み、どうしようもなく子どもを産む。
そうして穴の人間は増えていった。
母となった少女達も18を迎えると子どもを置いて戦場へと駆り出される。人間がサイクルをしていた。
和音の幼少期の記憶は曖昧で両親がいたという事実しか覚えていないが、そのサイクルの中で生まれた人間ではない。
和音は兵士に強姦されそうになった経験があったが、能力で弾丸を防ぎ、ナイフで兵士を殺害することで難を逃れていた。
野蛮な男たちには今でも嫌悪感を和音は覚える。話す程度にまでは回復しているが、男性不信には変わりない。
「チッ、ひでぇ言い様だぜ。あ、俺とか年時とかも適用されちゃってるわけ?」
「貴様も年時も大丈夫だぞ。私が嫌悪しているのは性欲のために動いている男だからな」
「男なんて全員性欲で生きてるようなもんだとおもうんだけどな」
「はっ、貴様のようなヘタレがよくいったものだな。第一、貴様を男とは思った事がないぞ」
正しくは男のようだ(・・・)と思ったことがないだ。勿論これは和音が意識して省略したわけでは無かったが、本当のことだ。あの兵士とは違う優しい目をしている。
室咲は勿論のこと、年時もだ。
いつも輝いていて、それこそ少年のようと表現するのが正しい。
いつも顔をしかめているせいで気が付かない事が多いが、表情が緩んだ時の彼らの目は美しく輝いている。
「んなっ……!そりゃぁ聞き捨てならねぇな和音。俺ゃぁ結構鍛えてんだけど」
室咲はドライバーを地面に置いて右側に力瘤を作った。
18に満たない青年とは思えないほどガタイの良い室咲は男と呼ぶに相応しい。
が、しかし。和音が言いたかったことはそうではない。和音が言いたかったことは目の話だ。
とっても優しい彼の目。
次回予告
ー悪くないな
狂人、和音