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第9章 僕は嬉しいです…貴女と共に帰ることが

挿絵(By みてみん)


シリウスが私をエスコートして歩き始めると、正門まで自然と道が開く。

呆気に取られて、ただ見送るばかりの人々。


左を歩くシリウスを見たかったが、その横顔があまりにも美しく、心がくじけて下を向いた。


「前を見て歩いてください。それで大丈夫です。」


何が大丈夫か一瞬分からなかったが、二、三歩進んですぐに分かった。

シリウスのエスコートに任せれば、この私でも、お姫様のように優雅に歩けるのだ。


手を掛けたシリウスの腕は、予想外に固くて、頼もしい。

背丈も私を少し超えたようだ。

私より3つも年下のこの少年は、どうしてこうも、見事に予想を上回るのだろう。


私は、こんな夢のような道のりが気恥ずかしくなって、落ち着きなく話しかけた。


「初めて見た…シリウスの神通力…あんなに凄いと思わなかった。」


「あれはほんのお遊び…幻を見せただけです。」


「それに…どうして私に見えたの?…私には、神鼠(しんそ)の神通力は効かないはず…」


「気付きましたか?」


シリウスは目を細めるようにして、私をちらりと見た。いたずらっ子のようだ。


「貴女に、少しでも僕の神通力を見せたくて、色々研究していたんです。」


正門で、衛兵が馬車が用意して待っていたが、シリウスは近くにいる馬に素早く飛び乗り、


「こちらで帰りましょう」


と私に手を差し伸べた。

その手を取った瞬間、どうやったのか、私の体はふわりと宙に浮き、自然に馬上に収まっていた。

信じられない筋力だ。


シリウスが額の刻印に触れながら何か呟くと、満開の花が一斉に舞い散り始めた。

ワアッと歓声が上がり、拍手が起こる。


しかし、シリウスは、人々や慌てふためく衛兵には目もくれず、馬に鞭を当てた。


**************************


馬は加速し、街の景色が後ろに飛び去って行く。


シリウスの呼吸がうなじの刻印にかかるのを感じ、胸が高鳴る…

…と同時に、猫族(フェリス)としての憎悪と食欲が湧き立ってくる。


「すぐ降ろせ、シリウス!君を襲ってしまう!」


「この姿勢なら襲えない。」


「震えているじゃないか!」


「馬が怖いだけです。」


「嘘をつけ!」


シリウスは私を乗せて、巧みな馬術で走っていく。

道行く人の驚嘆のまなざしも一瞬で飛び去る。

シリウスは人気のない道に進路を向けた。


しかし、シリウスの呼吸の乱れ、体の震えがひどくなっている。


…こんなにも猫族(わたし)が怖いのに、

私はひどい言葉を投げつけたのに、

この国の大王なのに、

君は、私を助けに来てくれたんだ。

連れ出してくれたんだ。


本当は、私が、君を助けなければならないのに!


私は自分の手に噛みついた。

こんなに痛いのに、ほんの少し血が出ただけだ。

最初の日、シリウスはどれほど痛かっただろう。


私は、もう一度、思い切り噛みついた。

まだだ。

もう一度、もう一度…


「何をしているんですか!リヒトさ…」


「ごめんなさい。」


必死に紡いだその一言は、私の心のドアを開けた。


「シリウス、ごめんなさい。」


「…あの日のことですか?」


耳元で優しい声がする。

涙が溢れてきた。私は何度もうなずいた。


「あの日のこと…ごめんなさい…ずっと謝りたくて…でも謝れなくて…」


シリウスは馬の速度を落とした。


「僕は怒っていません。」


「でも、傷ついた。」


シリウスはふっと黙ってから、ポツリと言った。


「感情がないから、傷つきません。」


「だから、だから、ごめんなさいって言ってるの!」


私は耐え切れずに泣きじゃくった。


「リヒトさん…」


シリウスは、私の耳にそっと口を寄せた。


「ごめんなさい…どうか泣かないで。」


私は激しく首を横に振った。どうして君が謝るの?


猫族(フェリス)の憎悪と食欲が嘘のように引いていくのを感じた。

でも、涙だけは止まらない。


「大神殿に帰りたくないですか?」


私はまた首を横に振った。


シリウスは、その頬を、私の頬にすり寄せるように近づけた。

シリウスの震えも止まっている。


「言葉で聞かせてください。」


「帰り…たい。」


林の小道に、馬の足音だけが流れていく。

この時が一瞬でも長く続くことを祈ろうとしたとき、

馬車の中の自分の願いが、針のようにこめかみを刺した。


小道が終わりに差し掛かり、遠くに大神殿の影が見えるところになると、

シリウスが小さな声で言った。


「僕は嬉しいです……貴女と共に大神殿に帰ることが。」


ボロボロッと音がしそうなほどの大粒の涙が、私の目からこぼれ出た。


シリウスは、きっと遠くないうちにすべての感情を再生し、歴史に名を残す大王になるだろう。


手への口づけも、

私を包む長い腕も、

刻印への吐息も、

耳元でささやく優しい声も、

共に帰ることを喜ぶ気持ちも、


…じきに、私から離れていく。


私は、全身でシリウスの感触を覚えておこうと、

なるべくシリウスに体を寄せ、ほんの少しだけ顔も傾けた。


シリウスも、私に触れ合わせるように顔と体を寄せたと感じたのは、気のせいだったろうか。


夕暮れの一番星の下、神鼠と猫を乗せた馬が、大神殿への帰路をゆっくり進んでいた。……

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