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第7章 もう一度会えるなら、今ここで死んでも

挿絵(By みてみん)





シリウスの風邪は治ったようだ。

しかし、今日は朝から来賓があり、大神殿中が慌ただしい。

シリウスには、やはり、会えない。


私は、どうしてあんなことを言ったのだろう。

…どうして?


あの手紙をポケットに突っ込んで、雪が残る大神殿の庭園をぼんやり歩いていると、

早春のスノードロップが目に入った。

花にかかった雪に触れる私に、ふいに穏やかな声が降ってきた。


「大学の休暇は、今日までですね。」


「ロベルト様…」


私は立ち上がって礼をした。


「見事なカーテシーです。すっかり淑女になられた。」


「ステファニー様のおかげです。」


ステファニー様の淑女教育が遠い昔のよう。私は唇を噛んだ。


「貴女のおかげで、シリウス様の感情は戻ってきています。」


「そうでしょうか…」


感情が戻ってきていると、私も思う。

明確に肯定しなかったのは、怖かったからだ。

役割が終わったことをロベルト様に宣告されることが、怖かったからだ。


「この計画は、一か八かの賭けのようなものでした。それがこんなにも成功するとは…」


ロベルト様は、私に向かって深々と頭を下げた。


「貴女には感謝してもしきれません。」


「私ごときが…お役に立てて幸いです。」


宣告を待つ方が息苦しくて、私は、再生(リザレクション)計画に…

…シリウスに、自分で終止符を打とうと思った。


「私の役目も終わりですね…

…今日中に大学に戻ればよいでしょうか?」


しかし、ロベルト様は首を横に振った。

期待で胸がドキリと鳴る。


「いいえ。リヒトさん…

いったん退学して、もうしばらく、再生(リザレクション)計画に協力していただけませんか。

シリウス様の感情は動き始めたばかり…まだ貴女の力が必要です。」


「その依頼は…十二支としてのものでしょうか?」


「そうです。」


私は、また息苦しくなって、ロベルト様から目を逸らした。


「シリウスは…シリウスは望んでいないと思います。

私は…シリウスにひどいことを言ったんです。

その後、シリウスは病気になって、それで……」


「リヒトさん」


ロベルト様は低い声で遮った。


「シリウス様は神鼠(しんそ)の継承者、このツヴェルフェトの大王です。

感情を取り戻し、神通力を操作、最大化して国を統治する責務がある。

シリウス様の望む、望まないで物事は決められません。」


息苦しさが増して、私は喉に布を突っ込まれた気がした。

ロベルト様は静かに続ける。


「しかし、リヒトさん。貴女には、選択の自由がある。

貴女はエクウス高等学院で素晴らしい成績を修め、大学に入学された。

きっと相当な努力を積んでこられたのでしょう。

まして、最高峰のツヴェルフェト大学。

大学に通うことを選択してもまったくおかしくない。」


ロベルト様は一枚の紙と封筒を手渡した。


「全ての手続は、この封筒の書類で行っています。

もし、ご承諾いただけるなら、この紙にサインして、

貴女自身で、封筒と一緒に大学に提出してください。」


私は何も考えられず、手渡されたものに目を落とした。


「今から馬車を用意します。一度、大学にお帰りください。」


大学に「帰る」。私のいた場所に。


「もし、ご承諾いただけないなら、そのまま大学にとどまってください。

荷物の整理などはこちらで行います。」


ロベルト様は踵を返した。


「どうか、貴女のお気持ちをよくお考えください。」


****************


私は馬車に揺られていた。

サインのない紙と封筒を手にしたまま、過ぎ去る街の景色を見るともなしに見ていた。


心が、考えることを拒否している。

考えると何かが終わる気がするのだ。


ただ……ただ、あの憎らしい少年大王にもう一度会えるなら、

今ここで死んでもいいと、私は思う。


***********************

澄み渡る青空のもと、久々に見るツヴェルフェト大学は賑やかだった。

まだ冬の姿をとどめるポプラやイチョウ並木の下で、

休暇を終えて再会した学友たちが笑いさざめいている。


エクウス高等学院の最優秀成績者として推薦され、上京したときに見たこの大学は、

どれほど輝いていただろうか。


行き交う人々は知性と人徳に満ち、赤レンガの建物は美しく、胸いっぱいに空気を吸い込んだものだ。


今はどうだろう。

競争者を蹴落とし、権力者に媚び、失敗者は二度と再起させない。

呼吸するように他人を下げ、相対的に自分の位置を高める世界。


無論、そんな人間ばかりではないが、

結局、うまく人間関係を操り、よい就職先を手に入れるのはそういう人間に帰着する。


気高く、何ものからも逃げないシリウスを知ってしまった今では、あまりにもここは淀んでいる。


*************


久々に入った寮の自室は、シルヴェスタの日で時が止まったようである。

埃とかびの匂いがする。

寮母は、窓際学部の学生部屋には、掃除にも入らないのだ。


机に紙を置いて、埃をかぶった椅子に座り込んだ。


こんな大学には未練はない。

いや、仮に、この大学が、今もなお私にとって素晴らしい場所だろうと関係ない。

私は、シリウスを支えていたいのだ。


…「支える」?


私は目を閉じて、眉間を押さえた。


お姫様でもない平民で、しかも、神鼠(しんそ)を捕殺する猫族(フェリス)なのに?


私は、両手のひらを天井に差し伸ばし、それを仰いだ。


「それでも、再生(リザレクション)計画の間だけは、『支えたい』と思っていい。」


瞬きのような時間に過ぎなくても、

もうシリウスが望まなかったとしても、

再生(リザレクション)計画の間だけは…

私が彼を、「支えたい」と思うなら、そうすればいいのだ。

それを可能にする再生計画(りゆう)があるのだから。


「貴女のお気持ちをよくお考え下さい。」

……ロベルト様の言葉が蘇った。


私は一度胸に手を当て深呼吸すると、ペンをとり、紙に走らせた。



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