表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/26

第6章 未来の婚約者はお姫様

挿絵(By みてみん)




「5月の十二支会議には、シリウス様の婚約者もいらっしゃいますのよ。」


朝の支度中、メイドの何気ない一言が私に刺さった。


「シリウス…様には、婚約者がいるんですか?」


平静を装って質問を返す。


「ええ。正確には、2年後、シリウス様が15歳になられたときに、正式に婚約する『婚約予定者』です。竜族のマリア様。」


メイドはこの手の話が好きらしく、嬉しそうに話を続ける。


「今、神竜の国リントヴルムのフレドリック王は、マリア様の双子のお兄様ですから、まさにお姫様ですわね。」


「マリア様は……今おいくつですか?」


「シリウス様よりも一つ下の12歳だったかと……本当に愛らしくて、天使のような方ですのよ。」


喋りながらも、メイドは全く仕事の手を止めずにてきぱきと動いている。

私は胸のあたりに、冷たい鉛の塊が食い込むのを感じた。


「婚約の予定が決まったのはいつですか?」

「確か3年くらい前ですわ。そのきっかけが…」


ここぞとばかりに、メイドは意気込んで喋り始める。


「マリア様の一目ぼれなんですのよ!」

「一目ぼれ?」

「ええ。シリウス様はそれはそれはお美しいですもの。頭脳明晰で、お強くて、気高くて…」


悲惨な経験を経ても、気品を失わず、大王としての歩みを止めないシリウスの背中が目の前に浮かんだ。


「最初こそ、一過性の子供の熱と思われていたのですが、ずっとシリウス様のことを想い続けるお姿に、とうとう婚約に…というお話なのです。物語のようでしょう?」


メイドはすっかりいい気持ちになっている。


私は、なるべく本心であるように「本当ですね。」と答えて、部屋を出た。


****************

その後はどうも調子が出ない。


朝食の時は、シリウスに対して、久々に猫族(フェリス)の憎悪と食欲が溢れかえって、()()暴れてしまい、パンをかじった程度で退室せざるを得なくなった。


勉学の時間もイライラし通しで、結局、もう一本鎮静薬を打つ羽目になった。

おかげで激しい睡魔に襲われ、高名な教授の前で、いびきと恥をかいた。


ようやくランチタイムがきて、私は逃げるように大神殿の庭園に飛び出した。


**********************


昨日の大雪で、庭園は深い雪に埋もれている。


静かで趣深いこの景色も今は役に立たず、私は滑らかに積もっている部分を目掛けて、

えい!えい!馬鹿!馬鹿!と、ズボリズボリ足跡をつけた。


「リヒトさん、大丈夫ですか?」


ハッと振り向くと、シリウスが立っていた。


「誰かに、何かされたのですか?」


シリウスは、私がつけた雪の足跡にチラリと目をやる。


「別に何もない……何か用事?」


理不尽な私の苛立ちを気に留める風もなく、シリウスは手に持っていたものを差し出した。


「ランチボックスです。持たずにここに来たでしょう。貴女は朝食もろくに食べていない。どうぞ。」


「大王様が、メイドみたいなことをするな。」


「僕の分もあります。貴女と食べようと思って。」


「大王様が、危険なことをするな。」


「貴女は少し前に、今日2本目の鎮静薬を打ったから大丈夫でしょう。」


「ここは寒い。」


「では、部屋に戻って、一緒に食べましょう。」


シリウスの静かで穏やかな返答に、言いようもない苛立ちが湧いてくる。

自分が惨めでたまらない。


「君は、私なんかと食べる必要ないじゃないか…」


「リヒトさん、今朝から具合が悪そうです。」


「君といると具合が悪いのは、いつもじゃないか!」


私はシリウスを見ていることが耐えられずに、背中を向けた。


「リヒトさん…」


シリウスは諦めずに呼び掛けてくれる。


「僕が、貴女に何かしてしまったでしょうか。」


私の脳裏に、美しいドレスに身を包んだお姫様と、その手を優しく取るシリウス、笑顔で祝う人々のまぶしい光景がサアッと広がった。


その瞬間、私は、シリウスに叫んでいた。


「私が猫族(フェリス)だ!猫族(フェリス)なければ……大王で、無敵で、強くて、頭もよくて…

きれいなお姫様の婚約者までいる君とは、本当は会うことなんてない!!!」


シリウスは表情を動かさず「婚約者…?」とつぶやいたが、私はその後をつがせなかった。


猫族(フェリス)でなければ、私なんかゴミだ!

今頃、大学の窓際で、人に笑われて生きるゴミに過ぎないんだ!」


私は、私自身の言葉で自分を傷つけながら、言葉を加速させた。


「君には分からないんだ!惨めに生きる私が、もっと惨めになるこの気持ちが!

君には感情がないんだから…」


言ってしまって、私は言葉を失った。

最も言ってはいけない言葉を言った。


しかし、私には、シリウスに謝るどころか、彼を見る勇気もなかった。


「大学の休暇は後三日で終わる。もう、君の前から消えるから…」


私は、シリウスから目を逸らし、飛ぶようにその場を去った。


*********************


夕食は欠席した。どうしても、シリウスに会う勇気が出ない。


シリウスには何の罪もないのに、身勝手で感情的な言葉で、私は彼の心を傷つけた。

どうやって謝ればいいかも分からない。

シリウスは今、何を考えているんだろう…。


夜遅くまで消えないシリウスの部屋の明かりを見ながら、私はほとんど一睡もしなかった。


しかし、夜が明けると、謝る覚悟が決まった。


まずは、シリウスに会って、「ごめんなさい。」を言うのだ。

それから、「感情がない」ことは何も悪くないと伝えて…それから…


しかし、朝食にシリウスは現れなかった。


珍しく、高熱を出して寝込んでいるという。


「昨日の午後は夕方まで予定がなかったのですが…ずっと、雪が積もっている庭園にいらっしゃったようで…」

「まあ、どうなさったんでしょう。それでお風邪を召したのね。」


ロベルト様とステファニー様の会話が、目の前を滑っていく。

ロベルト様はちらりと私を見て心配そうに声を掛けた。


「おや、リヒトさん。食が進みませんね。」


************************


次の日も、その次の日も、シリウスは自室から出てこなかった。


必要な執務は自室で行っているようで、公務上はそれほど大きな問題は生じていない。


でも、会わない時間が長くなるほど、謝罪の言葉は行き場を失う。


そして、明日は、大学の休暇の最終日……この再生(リザレクション)計画期間が終わる日。

もう、謝罪の機会すらなくなってしまうのだ。


夜、私は、月明かりの中で、手紙を書いた。


”貴方は何も悪くない。

全部私が悪いのです。

本当にごめんなさい。”


一文字一文字、心を込めて書いた手紙を渡そうと、そっとシリウスの部屋に近づいた。


しかし、執務を続けようとするシリウスに対し、必死に休ませようとする人々の声を聞くと、

手紙を握りしめ、ただ黙って立ち去るほかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ