第25章 十二支の王たちの 禁じられた幸せ
首都ディモイゼから、俺が治める神猿スクリーチ州、レンが治める神鶏コルリ州、神犬ペンブローク州の各州までは、馬で数日かかる。
犬族と猿族の仲が悪いため、いつも、鶏族の隊列を挟んで、十二支会議からの帰路を進む。
今回もそうだ。
俺は騎乗し、レンとクロエは一緒の馬車に乗っている。
というより、俺が毎回、レンをお嬢の馬車に蹴り込んでいる。
もう20も超えているのに、レンの奥手ぶりは、まるっきり深窓の御令嬢。
さっさとその眼鏡を粋に外して、整ったお顔をお嬢に近づけて、
既成事実の三つや四つ作っちまえと、心底思っていた。
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昨晩、シリウス様がリヒト嬢に襲われて大怪我をしたことは、十二支のみが知っている。
リヒト嬢の処遇については、彼女自身の希望で、十二支にも秘匿されるとのこと。
……おそらく、自分から大神殿を去ったのだろう。
「決して探してくれるな…ってことか…」
俺は薄雲がかかった空を見上げた。
あの素敵な「ネグリジェの天使」は、シリウス様の感情を取り戻してくれた。
出立の前、我々十二支の前で、
あの方は、感情の再生計画は完了したことを宣言した。
顔の半分は布で覆われていたが、常よりも堂々として、張りのある姿が、
かえって、あの方の壮絶な苦しみを俺の心に突き付けた。
俺は、俺ですら、絶対に思い出さないようにしているあの光景を、
今、敢えて、眼前に思い出した。
誘拐戦争が始まって2年後、
あの方が幽閉されている部屋を開けたとき、
数匹の糞野郎に囲まれて、
どちらにも突っ込まれ、まさに虐待されていた最中のあの方の悲惨な姿を。
畜生…!畜生…!!…畜生!!!
どうして?…あの方に悲劇が起こる?
どうして?…あの方はあんなにも真摯に生きているのに?
どうして?…あの方は幸せになれない?
俺は図らずも神を呪った。
神の御業に何か意味があるとしても、あんまりじゃないか…
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雲が広がってきたようだ。
俺はベルトに挟んだ手紙を見やって、鼻からフゥと息を吐いた。
「葉巻吸いてぇなあ…」
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昨晩の晩餐会、ツムギに誘われてテラスに葉巻を吸いに出た。
ツムギは、ロベルト様、ファリス、オスカーと共に、あの方を救出するときに、共に戦った十二支の王。
気の置けない友人だ。
葉巻に火をつけ、口の中で煙を転がす。
煙を優しく吐き出しながら、ツムギは言った。
「クロエはいよいよ可愛くなったわね。そう思わない?」
「そうだな、あんよが上手になってきた。」
「またそんな…もう立派な女性よ。」
ツムギは俺をチラリと見た。
「分かっているんでしょ?クロエの気持ち。」
「ハッ」
俺は煙を吐き出した。
「元婚約者の子供なんか抱けるか。」
「それは言い訳よ。…ねえ…私、シリウス様が大好きなの。アダムもでしょ?」
「当たり前だろ。食べちゃいたいね。」
「だからこそ…私たちみんな、囚われてる。
…シリウス様が幸せになれないのに、自分たちが幸せになっちゃいけないって。」
「…」
「ねえ、ツヴェルフェト各地で、妙な動きがあるのは知ってるでしょ。」
「ああ…『神鼠の…』ってやつだろ?」
「そう…」
ツムギはゆっくりと煙を吐き出した。
煙は、ゆっくりとテラスから流れていく。
「…この国では、王の命は余りにも軽いわ。」
「生贄、かつ、捨て駒だからな。」
「だから…アダム、せめて、幸せになろうよ。明日からでも。
クロエは、あの子は本当にいい子よ。貴方を幸せにして、自分も幸せになる力がある。」
「おい、幸せ云々はアンタもだろ?アンタは…」
しかし、葉巻を灰皿に置いて、ツムギは席を立った。
「アダム…お願いだから。」
テラスに残された俺は、煙の中で、ツムギが去っていく背中をぼんやり見送っていた。
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大神殿を出立するとき、何やら青ざめたクロエお嬢がやって来て、
俺にコッソリ手紙を渡したときは、ハハンと思った。
ツムギは知っていたのだ。お嬢が俺に告白することを。
まったく、お人よしが過ぎる。
馬上で封筒を開けると、黄色いハンカチと青いハンカチと共に、手紙が入っていた。
「貴方のことが好きです。
私のことを好きになってもらえるよう頑張りたいので、
少しでも、お試し期間をもらえませんか。
承諾してもらえるなら、貴方がスクリーチ州に向かう岐路のところで、
黄色いハンカチを私に振ってください。
どうしても駄目なら、青いハンカチを振ってください。」
お試し期間とは、お嬢も考えたもんだ。
いや、ツムギの入れ知恵か?あるいは、あの…
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いつもは長い道のりも、今回はあっという間だった。




