第21章 ラストダンスは 君の血肉を 味わって
『あ…』
『あの…』
月明かりが照らす白いシーツの上で、
途方に暮れた僕たちは、
同時に話しかけようとしてしまった。
失敗した、と思ってリヒトさんを見ると、
リヒトさんも気まずそうにチラリと僕を見た。
思いがけず、僕たちの間に、微笑みの天使が降りてきた。
照れ笑いの視線がチカチカとかち合う。
和らいだ空気が、僕に勇気を奮い起こさせた。
「リヒトさん、僕、さっきのことで、聞きたいことがあります。」
リヒトさんはパッと顔を上げた。
「わ、私も…」
「では、レディファースト…
リヒトさん、先に質問をどうぞ。」
しかし、リヒトさんは困ったように、またうつむいてしまった。
静寂の中、ふと風に乗って、微かに音楽が聞こえてきた。
僕は、ベッドから立ち上がると、リヒトさんに手を差し出した。
リヒトさんは、不思議そうに僕を見ながらも、
つられたように僕の手を取って、おずおずと立ち上がる。
僕は、微かな音楽に耳を澄ませ、ダンスのリードを始めた。
「ダ、ダンス?あの、質問は…?」
「ダンスをしながら、伺います。」
「あの、私……ダンス、したことない…」
「僕となら、大丈夫です。」
音楽はもう聞こえない。
僕は、3拍子のワルツを鼻歌で歌い出した。
思いがけなかったのか、リヒトさんは目を丸くして僕を見たが、
僕は気にせず、歌いながらリードを続ける。
背丈が同じくらいなので、ダンスをするとどうしても顔が近くなる。
絶好の機会を得た僕は、
もじもじするリヒトさんを、甘ったるい気持ちで見つめる。
リヒトさんは、いかにも目のやり場に困っているという風だったが、
もともと敏捷な彼女は、すぐに僕のリードに乗り、
滑らかに踊りはじめた。
踊りながら、僕がリヒトさんを促すように見ると、
リヒトさんは視線を逸らして、
気恥ずかしそうに、小さな声で言った。
「さっき…シリウスが、私に、すごく会いたかった…って言って…
…私を…ギュッてしたような…気がするんだけど…」
僕は、手と声に力を込めた。
「気のせいではないです。
リヒトさん、僕は、本心から貴女に言いました。
そして、貴方を思いきり抱き締めました。
我慢できなくて、素肌にも触れました。」
リヒトさんの頬は上気して、耳まで真っ赤になっている。
「…では、僕が質問します。」
僕はダンスを止めた。
が、体は離さず、鼻先が触れ合う距離でリヒトさんを見つめる。
リヒトさんは怖気づいたように、まだ視線を逸らしたままだ。
「僕を見て。」
リヒトさんはおずおずと僕の目を見た。
僕も視線を逸らさない。
「さっき、リヒトさんも、僕に、会いたかった…って言っていました。
あれは…本当ですか?」
リヒトさんは何かを言おうと口を開けた。
が、急にリヒトさんのオレンジの目を、黒水晶の瞳孔が覆った。
一気に猫族の禍々しい空気が流れる。
リヒトさんの中で、僕への憎悪と食欲が吹き上がり、
彼女の全身がわなないている。
リヒトさんは、力の限り、僕を突き放した。
「逃げて!!!」
彼女は悲鳴のように叫んだが、
次の瞬間には理性を失い、猛然と僕に飛び掛かってきた。
常なら、大人の男性でも易々と返り討ちにする神鼠も、
猫族への本能的な恐怖で硬直し、全く動けない。
そのまま二人で倒れ込み、
僕の顔面に、彼女の牙が突き立てられた。
僕の口元は大きく切り裂かれ、
顔に真っ赤な血の河が溢れ出る。
彼女は、仰向けの僕にまたがり、
何かをにちゃにちゃと噛みながら、
血まみれの獲物の顔を、猟奇的に見つめている。
その何かを飲み下すと、
彼女は、獲物の顔の血を、
ゆっくりと舐め回し始めた。
猫が餌の皿を舌で拭き取るように、
猫が獲物を弄ぶように。
彼女は自分の勝利を確信し、とどめまでの数瞬を味わっているのだ。
僕は、彼女の舌が顔を這うたびに、
苦痛とも悦びともつかない呻き声を上げた。
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そのとき、衛兵数人が、部屋に雪崩れ込んできた。
次の瞬間、
何もかもが揉みくちゃになり……
……何もかもが、真っ暗になった。




