第20章 飢えた神鼠は足りない、抱き締めるだけでは
僕の口が、彼女の唇の、ふっくらと盛り上がった頂きにかすろうとするとき…
…リヒトさんがフッと薄目を開け、うわ言のようにささやいた。
「シリウス……?」
僕はハッと顔を離して、リヒトさんを見た。
でも、彼女は、夢見るかのように微笑んでいる。
「シリウス…」
僕の名を呼びながら手を伸ばし、
震えるように、僕の頬を両手で挟む。
「会いたかった…」
そのまま両手を滑らせ、リヒトさんは、
羽根のように不安定な腕を、僕の首に回した。
「ずっと…」
その言葉、その仕草は、雷光のように僕を引き裂いた。
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僕は、彼女の頭や背中に、手を力一杯差し入れて、
無我夢中で、彼女を抱き締めた。
僕の心臓は、僕自身を揺らすほど、激しく鼓動している。
抱き締めるだけでは、とても感触が足らない…
足らない…
足らない…
僕は、僕の唇を、リヒトさんの耳や髪に激しくすりつける。
「僕も…会いたかった…」
僕の吐く息は、
彼女の髪の毛にこもり、
肌で反射され、
蒸気のように張り付いてくる。
「…すごく…リヒト…さん…」
吐息と言葉が、途切れ途切れに混じり合う。
僕が唇を擦りつけるたびに、
頼りなく回された彼女の手に力がこもる。
僕の全身の血は逆流して、汗が噴き出してくる。
もう僕は、ほとんど我を忘れていた。
僕の手は、彼女の素肌を探して、ワンピースの首元から背中で這い回る。
僕の唇は、彼女の首まで滑り降りていく。
「リヒトさん…ずっと…」
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しかし、次の瞬間、リヒトさんがピクッと止まった。
「シリウス…?」
僕の背中に回していた手が、ふいに離れた。
「本物の…?」
声に芯が通る。
僕の両肩をつかんで顔を確認しようとしているようだ。
僕は驚いて体を離した。
まだ体には、狂おしい火が滾っている。
リヒトさんは、肘をついて上体を起こした。
茫然と僕を見ている。
「私…部屋に戻ろうとして…どうして…」
「ああ…」
僕はため息のように息を吐いた。
熱が冷めていくことが、あまりにも残念だった。
「…リヒトさんが倒れていたので、
僕が部屋まで抱えてきたんです。」
「…あ、ありがとう…」
リヒトさんはベッドの上で姿勢を直したが、
ローブが開いていることに気付き、
気まずそうに重ね合わせた。
「僕が開けたんです…首が苦しそうで…」
「…あ、ありがとう…」
リヒトさんは、落ち着かない手つきでローブのボタンを留めながら呟いた。
「晩餐会は…終わったの…?」
「ロベルトに任せて休憩に…」
さっきの鮮烈な熱は、星の瞬きだった。
とうに傷物にされた僕も、
こんなことには幼過ぎて、取り戻すことなどできない。……




