第18章 禁忌のシスター・コンプレックス
シリウス大王は、今、鼠族の年若い令嬢とダンスを踊っている。
その令嬢は、熟したリンゴのように真っ赤に染まり、
大王の華麗なリードに乗って、夢見心地といった雰囲気で舞っている。
おめでたい令嬢だ。
僕の妹マリアとの婚約の「予定」は十二支と関係者だけが知っている話だから、
一般的に、大王には、婚約者もその候補もいないことになっている。
僕と一つしか変わらないのに、最近は背もどんどん高くなるし、顔面と外面もいい。
この大王に、令嬢たちが目も心も奪われるのは当然だろう。
この国では、王位は直系の子孫ではなく、刻印が発現した者に継承される。
とはいうものの、やはり、現国王の親戚になると社会的地位は格段に上がるうえ、
何しろ、この大王はまだ13歳。
まだ何十年も在位することが見込まれている。
僕の両親を含め、娘を持つ親が、争って「婚約適齢期」の大王に取り入ろうとするのも当然なのだ。
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マリアは、ドレスの一端を指でいじりながら、華麗に踊るあの大王を眺めている。
やきもきしていることが一目瞭然だ。
既にマリアは彼と踊ったのだが、
「私以外の方と踊らないで。」と顔に書いてある。
少なくとも、双子の兄である僕には手に取るように分かるのだ。
そのマリアも、別の男性に誘われてダンスに行ってしまった。
僕は、優雅に舞うマリアを貪るように見た。
やはり、我が妹は別格。
他の令嬢など比較にならない光を持っている。
それなのに、あの大王ときたらどうだ。
春の十二支会の初日、
ほんの少し、ユーリ様が野蛮な猫族を揶揄ったくらいで怒ったくせに、
この晩餐会では、マリアと踊っても他の令嬢と踊っても、まるで無感動だ。
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僕とマリアは、生まれた瞬間から、つらいときも、楽しいときも、いつも一緒だった。
リュウザキ家に引き取られる前も、その後も。
マリアは泣き虫で、僕を頼ってばかり。
僕はマリアがいることで笑っていられる。
僕たちは二人で一人だった。
でも、年々そうじゃなくなった。あの鉄面皮の大王が成長するにつれ、
マリアの「好き」が、真剣になってきたから。
あの大王はマリアに決して振り向かないのに。
いや、もし、振り向いたらどうなる?
マリアは完全に、僕のもとからいなくなる。
マリアの魅力に振り向かないことには腹が立つが、
振り向くことは許せない。絶対に……
ここまで考えると、僕は思わず呟いた。
「もう潰れればいい。婚約の予定なんか。」
「どうして、そんなにシリウス様を敵視するんです?」
爽やかな声が降ってくる。
セキレイのような青い髪と、眼鏡の奥に群青色の瞳を持つ、神鶏のレン・ハトリ様だ。
レン様は、眼鏡の位置を少し直しながら続ける。
「シリウス様は、フレドリック様にもリントヴルム州にもきちんと目配りしておられます。
敵視していいことは何もないですよ?」
「ハイハイ、子供の我儘は王として失格。いい子は、いい子のシリウス様には逆らいません。」
ダンスを終えたマリアが、こちらに微笑みかけている。
僕はとろけそうな気持ちになって、頷きながらマリアに微笑み返す。
僕を見ていたレン様が、急にブルッと身を震わせた。
「シリウス様との婚約の予定がなくなっても、貴方はマリア様と共にいられない。
もうこだわらずに…」
「僕たちに立ち入るな!」
僕は、鋭い声で制した。しかし、顔をレン様に向けられなかった。
「大人ぶって、何様ですか?
レン様は、人のことを言える御身分ですか?」
レン様は黙り込んで、顔を横に向けた。
視線の先にクロエ様とアダム様がいる。
クロエ様が何かと突っかかり、アダム様が飄々とかわす、いつもの光景だ。
しかし、すぐに僕に向き直ると、
「私は、少なくとも血の…」
と言いかけて……そして、黙って首を横に振った。
僕は、戻ってきたマリアをダンスに誘うと、その場を離れた。
すれ違いざまに、レン様のうめくような声が聞こえた。
「…それは、どうしても駄目なんだ、フレドリック…」




