第17章 僕と結婚してください
私は苦も無く木に登ると、ほどよい枝に腰を掛け、晩餐会のホールを見回した。
すぐにシリウスは見つかった。
まさに王子様、という麗しさに心臓が跳ね上がって、思わず枝にしがみついた。
シリウスが来賓と言葉を交わす。
今度は貴婦人と踊る。
大王として立ち振る舞う姿を夢中で見つめた。
何の障害もなく、シリウスを見つめられることが、こんなに幸せだとは…
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「何してるん?」
見ると、テオ様がテラスから私を見上げていた。
私は、この幸せが中断されることに心底がっかりして、テオ様を恨みたい気持ちになった。
「晩餐会など見たことがないので…少しだけ見せていただこうと…」
「それで木登り?
ほんまおもろいな、自分!」
テオ様は屈託なく笑うと、軽く詠唱した。
「神路開門 神通力【蛇の道】」
薄金の膜が張られたような透明の道が、テラスから私の座っている木の枝までスゥッと伸びた。
テオ様が、コッチコッチと手を振る。
私は、最後に一目と横目でホールを見やったが、シリウスは見られなかった。
道を伝った先のテオ様に手をとられ、私はテラスに降りた。
テオ様は、
「晩餐会見たいなら、いくらでも見せたるで。」
とそのまま手を引いていこうとする。
「いいえ、もう十分です。ありがとうございます。」
私は、テオ様の手から自分の手を抜いた。
礼をして急いで立ち去ろうとすると、
「ちょぉ、待って。」
ツカツカとテオ様が近付いてくる。
思わず後ずさりをすると、ピタリと足を止めたテオ様が、私に手を差し出した。
「お姫様、僕とダンスを踊っていただけませんか?」
冗談のように誘う言葉が、端正な顔立ちと相まって洗練された雰囲気を醸し出す。
「私は、ダンスなど踊ったことがなく…今夜は遠慮させていただきます。」
差し出された手をそっと押し戻し、再度立ち去ろうとすると、
テオ様が素早く私の手を強く握った。
前言撤回。この方は、私を口説こうとしているのか?
シリウスを見つめられる貴重な機会を壊された挙句に、行きずりの女扱い?
私は、グッと力を込めて手を引き抜いた。
「え?なんで怒ってるん?僕、なんかした?」
テオ様もムッとした声になる。
この程度で怒るなら誘わなければよい。
私は、黙ったまま立ち去る機会を窺った。
しかし、ふいにテオ様は暗い表情になった。
テラスの風が、金色の髪をサァッと揺らす。
「なあ…泣くほどつらくて……木登りするほど遠いんやろ?
シリウス様は…」
テオ様は、私がいた木にぼんやりと目をやった。
「一度きりの人生やのに、楽しんだらあかんの?僕らは…」
「僕ら…?」
「神獣の継承者のこと。猫族の継承者…リヒトもな。」
テオ様は、手近な柱に背中を預けた。
「今の継承者は、みんな不幸や。
不幸の頂上決戦しとるみたいや。
意味わからん。
継承者が人生楽しんだら、世界が滅亡するんか?」
私は、思いがけない言葉に、耳を澄ました。
「再生計画で、なかなか見つからんかった猫族が見つかって、
話聞いたら、順調やいうから…
やれやれ、これで重たい空気も仕舞いや、って思てたのになァ…
蓋開けたら、全然ちゃうやん。」
テオ様は少し黙ってから、ポンと言葉を放り投げた。
「なあ、春の十二支会議が終わったら、僕の国に一緒にけえへんか?」
「え?…あの、ちょっと意味が…」
テオ様は柱から背を離して、私に向き合った。
「僕と結婚してください。」
あまりにも想定外で、一瞬言葉を失った。が、私がすぐに言葉を継ごうとすると、
「あかん。
答えは、明日…閉会の儀の後、聞かせて。」
金色の目が、私を捉えている。
「僕は、今、リヒトにとって一番やない。
でも、これから一緒に生きていけば、総合点で一番になれるやろ?」
「あの…私じゃなくてもよいと…思います。
テオ様を好きになる方はいくらでもいらっしゃいます。
その方となら…」
「鈍いなぁ。
…僕かて、誰でもええわけちゃうわ。」
テオ様は金色の目を私から逸らした。
横を向いたテオ様の耳が赤い。
「自分、可愛いやん。
何でも一生懸命で、よく気が付いて、謙虚で…
…ほんで、顔も…可愛いし。
なかなかおらんで、自分みたいなええ女の子。」
私は、顔に血が上ってうつむいた。
困惑と妙な嬉しさが、ない交ぜになる。
「僕の国にリヒトを連れて帰ったら、みんなに喜ばれるわ。
ええ人見つけた言うて。
楽しいで、クロリ州。
気候もええしな。」
この押し寄せる言葉の波に、とても立っていられそうもなかった。
本当に、目まで回ってきた。
テオ様は、ホールに向かって歩き出した。
「僕、そろそろ戻るわ。
明日、出発する前に返事、聞きに行くから、よろしくな。」
テオ様はすれ違いざまに低い声で囁いた。
「僕が本気なのは、自分なら分かるはずや。」
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テラスからテオ様の影が消える。
私は、自室に向かってよろよろと歩き出した。
廊下の絨毯が宙に浮いているようだ。
一足進むとぐにゃりと沈む。
疲労も極致というときに、色々なことが起こり過ぎた。
自分の考えるべきことの順番が全く掴めない。
意識が朦朧とする。
どうして、こうも周りは五月蠅いんだろうか。
この世界のどこかで、シリウスと二人きりでいられるなら、
今ここで死んでもいいと、私は思う。
もう、自分が立っているのか、座っているのか、歩いているのか、
止まっているのかも分からなくなった。




