第15章 いわゆる「犬猿の仲」
十二支会議の仕事は膨大だ。
私は、夜遅く、何とか仕事に一区切りつけて自室に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。
そのまま夢の中に引きずり込まれようとするとき…
コンコンッと軽快な音がする。
私はパッと目を開けて窓に飛んで行った。
ツムギ様とクロエ様が、微笑んで浮かんでいる。
「リヒトさん…ごめんなさい、寝るところだったのね!
また別の日にするわ。」
「そんな…嬉しいです。さあ、お入りください。」
私は、お二人を招き入れた。
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三人でゆったりとソファに落ち着くと、
「お互い忙しくて…ねえ?なかなか遊べないわね。」
クロエ様が、なぜか落ち着かない様子で言う。すると、
「今日は、どうしてもリヒトさんに聞いていただきたいの!」
とツムギ様が勢い込む。
「ねえ、リヒトさん。クロエとアダム様のこと、どう思う?」
「ツムギ様!や、やっぱり、やめま…」
私は、クロエ様を気にせず、率直に答えた。
「アダム様は34歳。クロエ様は17歳と聞いています。
年は離れていらっしゃいますが、アダム様は力強くて、包容力があって、
お気遣いも細やかで、ウィットに富んだ方。
私から見ても、大変魅力的な男性です。
クロエ様は、抱きしめたくなるほど可愛らしい方ですが、
そのクロエ様とご結婚される方として、アダム様ほどお似合いの方はいないと思います。」
「聞いた?クロエ!
これがエクウスの俊才、リヒト・ネコミヤよ!」
ツムギ様は、私をひしと抱き締めた。
俊才…関係あるのだろうか…
「ちょっとカールしたブラウンヘア、それにマッチした明るいブラウンアイ…
どんな悪い状況でも楽しむ勇気と洒落…若々しい笑い声…」
ツムギ様は目を閉じて、アダム様を思い起こすようにうっとり語ると、
パチリと目を開けて、クロエ様の肩に手を置いた。
「クロエ、好きになったことに罪はないわ。」
「ああ、もう!!!ツムギ様はからかって!!!」
そして二人で子猫のようにじゃれ合っている。仲良しか…
「何が問題なのですか?
これまでも王同士の婚姻はあったはず。
クロエ様はアダム様がお好きなのですし…」
「そ、そこは確定なの?!」
クロエ様は上気した顔を覆う。
「お気持ちを伝えて、手続を踏めばよいと思います。
何も問題ないでしょう…?」
ふいに、ツムギ様は真面目な顔になり、私に言った。
「リヒトさん、ちょっと聞いてもらえるかしら?……」
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アダム・サハシは、先々代のスクリーチ州女王アンネの甥だった。
代々、犬族と猿族は仲が悪い。
神の山ゴテスベルク登頂レースの際に熾烈に争ったことが所以という、
いわゆる「犬猿の仲」である。
神猿スクリーチ州と神犬ペンブローク州の間に鶏族を挟むことで、
実際に血の気のある紛争までは起こらないが、
互いに敵視し、積極的な交流はない。
しかし、先代の神猿のアンネ女王と神犬のダイアナ女王は、
ほぼ同時期に王位に就いたが、
二人は幼いころからの親友だったのだ。
両州の王は、犬族と猿族の関係改善に努める。
その一環として、アンネ女王の甥アダムとダイアナ女王の娘オフィーリアを婚約させたのだ。
当時、アダムは12歳、オフィーリアは14歳。
政略的な婚約ではあったが、幼い二人は恋に落ち、
4年後の結婚に向けて、順調に「愛を育んで」いた。
しかし、3年後、神猿のアンネ女王が急逝したとき、
その神通力と王位を継承したのは女王の伯父ギルバートだった。
既に齢50を超えていたギルバート王は、犬族との関係改善の強硬な反対派で、
アンネ女王の行った関係改善施策を次々と覆していった。
これに犬族も反発。
女王ダイアナの苦労も虚しく、両州の関係は悪化の一途をたどった。
アンネの死の1年後、親友の後を追うように神犬ダイアナ女王が病死。
そして…
…神犬の神通力と王位を継承したのが、
ダイアナの娘であり、アダムの婚約者であるオフィーリアだった。
そのとき、アダムは16歳、オフィーリアは18歳。
ちょうど二人の結婚が予定されていた年齢だった。
しかし、ペンブローク王となった神犬オフィーリア女王が、
猿族のアダムと結婚することには、根強い反対意見があり、
ついには両州で、次々と衝突や反対運動が起こる事態になった。
結局、神犬オフィーリア女王は、アダムとの婚約を破棄することを表明。
…すぐに鶏族の貴公子と結婚した。
翌年に生まれたのが、クロエである。
オフィーリアが婚約破棄を表明したとき、
アダムが単身ペンブローク州の王宮に馬で乗り込み、
オフィーリアに会おうと試みて叶わなかったこと、
招待されなかった結婚式に正装で現れ、オフィーリアの結婚を堂々と祝った話は有名で、
今では吟遊詩人の歌曲にもなっているほどだ。
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「クロエが神通力と王位を継承したのは、10年前。
お母様のオフィーリア女王が亡くなったとき。」
ツムギ様が、クロエ様の右こめかみ付近の刻印「١١」を優しく撫でた。
「そのときには、もうギルバート様が亡くなって、アダムが神通力と王位を継承していたのだけど…」
ツムギ様は私を向いていたずらっぽく笑う。
「初めて会ったアダム様の魅力に完敗したのよねぇ、クロエは。」
「ツムギ様!!!」
「色気と哀しさを漂わせた、あの見た目の24歳よ?7歳少女の初恋泥棒になるわよ。」
「アダム様は…クロエ様のお気持ちを知っているのですか…?」
「アダムは知っていると思うわ……でも、ずっと、子ども扱い。」
クロエ様はうつむいた。
「しかも…因縁の、元婚約者の娘よ?
本当は、相手にすらしたくないと思う…」
「そうかもしれません。でも!」
私はワインを喉に流し込んだ。
「始めましょう、お試し期間を!」
「お試し…?」
お二人は呆気に取られている。
「アダム様にお気持ちを伝えて、お試し期間を提案するんです!
その間に、アダム様の好きな食べ物、好きな音楽、好きな本、好きな場所…」
私の目には、シリウスが浮かんでいた。
「嫌いな食べ物、嫌いな言葉…なんでも吸収して、
アダム様にクロエ様を好きになってもらえるよう、頑張るんです。」
お二人は私を見つめて身動きをしない。
「『貴女と共に家に帰ることが嬉しい。』って言ってもらえるように…頑張る…と、
アダム様に…伝えるんです……」
私は何とか泣くのをこらえた。
「絶対に…絶対に…アダム様は、クロエ様を好きになってくださいます。」
ツムギ様は、苦しそうにご自分のあごの刻印に手をやった。
クロエ様は顔を覆ったが、すぐに、唇を噛みしめて顔をしっかり上げた。
「乗ったわ、その提案。」
クロエ様は、涙をゴシゴシこすりながら、晴れやかな笑みを浮かべる。
「この十二支会議の帰り道、途中までアダムとレンと一緒だから…
分かれ道のところで、私、告白する!!お試し期間を言うわ!」
「クロエ!!」「クロエ様!!」
思わずツムギ様と私は手を握り合わせる。
「もし、うまくいったら…レンの神通力【伝令】ですぐにお二人に伝えてもらうわ。
失敗したら…そうね…」
クロエ様は茶目っ気たっぷりに、
「【伝令】が来なかったら察して頂戴?」
ツムギ様と私は吹き出した。
「大丈夫よ、【伝令】が来なかったら、激励の宴をセッティングするわ。美味しいお酒を用意して…」
「万難を排して、私も駆けつけます。」
「失恋するのが決まってない??もう!!!」
三人で、もう一度乾杯して勝利を願う。
重大な秘密を共有した小さな宴は、この上なく楽しい。
しかし、私は、自分の「おみくじ」を、クロエ様に引かせているのではないか?
……心の奥に灰色の雲がよぎって、去った。




