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第15章 いわゆる「犬猿の仲」

挿絵(By みてみん)




十二支会議の仕事は膨大だ。


私は、夜遅く、何とか仕事に一区切りつけて自室に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。

そのまま夢の中に引きずり込まれようとするとき…


コンコンッと軽快な音がする。

私はパッと目を開けて窓に飛んで行った。

ツムギ様とクロエ様が、微笑んで浮かんでいる。


「リヒトさん…ごめんなさい、寝るところだったのね!

また別の日にするわ。」


「そんな…嬉しいです。さあ、お入りください。」


私は、お二人を招き入れた。


*************


三人でゆったりとソファに落ち着くと、


「お互い忙しくて…ねえ?なかなか遊べないわね。」


クロエ様が、なぜか落ち着かない様子で言う。すると、


「今日は、どうしてもリヒトさんに聞いていただきたいの!」


とツムギ様が勢い込む。


「ねえ、リヒトさん。クロエとアダム様のこと、どう思う?」


「ツムギ様!や、やっぱり、やめま…」


私は、クロエ様を気にせず、率直に答えた。


「アダム様は34歳。クロエ様は17歳と聞いています。

年は離れていらっしゃいますが、アダム様は力強くて、包容力があって、

お気遣いも細やかで、ウィットに富んだ方。

私から見ても、大変魅力的な男性です。

クロエ様は、抱きしめたくなるほど可愛らしい方ですが、

そのクロエ様とご結婚される方として、アダム様ほどお似合いの方はいないと思います。」


「聞いた?クロエ!

これがエクウスの俊才、リヒト・ネコミヤよ!」


ツムギ様は、私をひしと抱き締めた。

俊才…関係あるのだろうか…


「ちょっとカールしたブラウンヘア、それにマッチした明るいブラウンアイ…

どんな悪い状況でも楽しむ勇気と洒落…若々しい笑い声…」


ツムギ様は目を閉じて、アダム様を思い起こすようにうっとり語ると、

パチリと目を開けて、クロエ様の肩に手を置いた。


「クロエ、好きになったことに罪はないわ。」


「ああ、もう!!!ツムギ様はからかって!!!」


そして二人で子猫のようにじゃれ合っている。仲良しか…


「何が問題なのですか?

これまでも王同士の婚姻はあったはず。

クロエ様はアダム様がお好きなのですし…」


「そ、そこは確定なの?!」


クロエ様は上気した顔を覆う。


「お気持ちを伝えて、手続を踏めばよいと思います。

何も問題ないでしょう…?」


ふいに、ツムギ様は真面目な顔になり、私に言った。


「リヒトさん、ちょっと聞いてもらえるかしら?……」


*********************


アダム・サハシは、先々代のスクリーチ州女王アンネの甥だった。


代々、犬族と猿族は仲が悪い。

神の山ゴテスベルク登頂レースの際に熾烈に争ったことが所以という、

いわゆる「犬猿の仲」である。


神猿(しんえん)スクリーチ州と神犬(しんけん)ペンブローク州の間に鶏族を挟むことで、

実際に血の気のある紛争までは起こらないが、

互いに敵視し、積極的な交流はない。


しかし、先代の神猿(しんえん)のアンネ女王と神犬(しんけん)のダイアナ女王は、

ほぼ同時期に王位に就いたが、

二人は幼いころからの親友だったのだ。


両州の王は、犬族と猿族の関係改善に努める。

その一環として、アンネ女王の甥アダムとダイアナ女王の娘オフィーリアを婚約させたのだ。


当時、アダムは12歳、オフィーリアは14歳。

政略的な婚約ではあったが、幼い二人は恋に落ち、

4年後の結婚に向けて、順調に「愛を育んで」いた。


しかし、3年後、神猿(しんえん)のアンネ女王が急逝したとき、

その神通力と王位を継承したのは女王の伯父ギルバートだった。


既に齢50を超えていたギルバート王は、犬族との関係改善の強硬な反対派で、

アンネ女王の行った関係改善施策を次々と覆していった。


これに犬族も反発。

女王ダイアナの苦労も虚しく、両州の関係は悪化の一途をたどった。


アンネの死の1年後、親友の後を追うように神犬(しんけん)ダイアナ女王が病死。


そして…


神犬(しんけん)の神通力と王位を継承したのが、

ダイアナの娘であり、アダムの婚約者であるオフィーリアだった。


そのとき、アダムは16歳、オフィーリアは18歳。

ちょうど二人の結婚が予定されていた年齢だった。


しかし、ペンブローク王となった神犬(しんけん)オフィーリア女王が、

猿族のアダムと結婚することには、根強い反対意見があり、

ついには両州で、次々と衝突や反対運動が起こる事態になった。


結局、神犬(しんけん)オフィーリア女王は、アダムとの婚約を破棄することを表明。

…すぐに鶏族の貴公子と結婚した。


翌年に生まれたのが、クロエである。


オフィーリアが婚約破棄を表明したとき、

アダムが単身ペンブローク州の王宮に馬で乗り込み、

オフィーリアに会おうと試みて叶わなかったこと、

招待されなかった結婚式に正装で現れ、オフィーリアの結婚を堂々と祝った話は有名で、

今では吟遊詩人の歌曲にもなっているほどだ。


**********************


「クロエが神通力と王位を継承したのは、10年前。

お母様のオフィーリア女王が亡くなったとき。」


ツムギ様が、クロエ様の右こめかみ付近の刻印「١١」を優しく撫でた。


「そのときには、もうギルバート様が亡くなって、アダムが神通力と王位を継承していたのだけど…」


ツムギ様は私を向いていたずらっぽく笑う。


「初めて会ったアダム様の魅力に完敗したのよねぇ、クロエは。」


「ツムギ様!!!」


「色気と哀しさを漂わせた、あの見た目の24歳よ?7歳少女の初恋泥棒になるわよ。」


「アダム様は…クロエ様のお気持ちを知っているのですか…?」


「アダムは知っていると思うわ……でも、ずっと、子ども扱い。」


クロエ様はうつむいた。


「しかも…因縁の、元婚約者の娘よ?

本当は、相手にすらしたくないと思う…」


「そうかもしれません。でも!」


私はワインを喉に流し込んだ。


「始めましょう、お試し期間を!」


「お試し…?」


お二人は呆気に取られている。


「アダム様にお気持ちを伝えて、お試し期間を提案するんです!

その間に、アダム様の好きな食べ物、好きな音楽、好きな本、好きな場所…」


私の目には、シリウスが浮かんでいた。


「嫌いな食べ物、嫌いな言葉…なんでも吸収して、

アダム様にクロエ様を好きになってもらえるよう、頑張るんです。」


お二人は私を見つめて身動きをしない。


「『貴女と共に家に帰ることが嬉しい。』って言ってもらえるように…頑張る…と、

アダム様に…伝えるんです……」


私は何とか泣くのをこらえた。


「絶対に…絶対に…アダム様は、クロエ様を好きになってくださいます。」


ツムギ様は、苦しそうにご自分のあごの刻印に手をやった。

クロエ様は顔を覆ったが、すぐに、唇を噛みしめて顔をしっかり上げた。


「乗ったわ、その提案。」


クロエ様は、涙をゴシゴシこすりながら、晴れやかな笑みを浮かべる。


「この十二支会議の帰り道、途中までアダムとレンと一緒だから…

分かれ道のところで、私、告白する!!お試し期間を言うわ!」


「クロエ!!」「クロエ様!!」


思わずツムギ様と私は手を握り合わせる。


「もし、うまくいったら…レンの神通力【伝令】ですぐにお二人に伝えてもらうわ。

失敗したら…そうね…」


クロエ様は茶目っ気たっぷりに、


「【伝令】が来なかったら察して頂戴?」


ツムギ様と私は吹き出した。


「大丈夫よ、【伝令】が来なかったら、激励の宴をセッティングするわ。美味しいお酒を用意して…」


「万難を排して、私も駆けつけます。」


「失恋するのが決まってない??もう!!!」


三人で、もう一度乾杯して勝利を願う。

重大な秘密を共有した小さな宴は、この上なく楽しい。


しかし、私は、自分の「おみくじ」を、クロエ様に引かせているのではないか?

……心の奥に灰色の雲がよぎって、去った。


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